12 / 16
12 高橋視点③
しおりを挟むミルは賭けをしようと言った。自分が誰なのかを見つけろと。
だから俺も賭けをしよう。ミルを見つけるために。
今生で生活が全て変わってしまった俺達は、前世と全く同じとはいえない。生きていくために、前世の自分とは様々なことが変わってきている。
でも、本質は変わらない。
自分は自分。ミルはミル。
だから、ミルを見つけ出すために俺は賭けをする。
あの俺の心に浮かび上がるクラスメートとミルが同じ人物なのか知るために。
ミルは本が読みたいと思っているらしい。
でも文盲のミルは本を読むことができない。文字を習ったとしても、本が読めるようになるのは少し先になるだろう。
だから俺が本を書こう。日本語の本を。
用意させた紙とペンを取る。
そして記憶に残っている物語を書き始める。
ミルとの約束の時間が迫っているから、長い小説を書くことは出来ない。
前世で読んでいた小説。暇つぶしに読んだ電子書籍の小説。
ミルの好みは分からないから、記憶の中に残っている小説の中から短いものを選ぶ。
ストーリーを思い出していくが、さすがに一言一句憶えてはいない。
なんとか文章にして紙に書き出していく。
大量な執務の合間を見つけては書き綴っていく。
ストーリーを憶えているとは言っても、初めてということもあり、文章に書き起こすのは、なかなか難しい。
時間が差し迫っているという思いが焦りを呼んで、なおさら上手くいかない。
たった1篇の小説を書き出すだけに、ミルの言った期日ぎりぎりまで掛かってしまった。
出来上がった小説を手に、逸る心のままに家庭教師から勉強を習っているミルの元へと向かう。
「うえー。この歳になって勉強するとは思わなかったよ。文字分かんねー。何この文体、理解できないっての」
鼻の下にペンを唇で挟んでブーブーと文句をいっている。
家庭教師は、孫よりも幼いミルを微笑ましく見ているし、アルバンはお茶とお菓子を準備して待機している。
ミルを甘やかしたくて、たまらないようだ。
「勉強は、はかどっているか?」
「おう、高橋」
ミルが俺に向かってヒラヒラと手を振る。
賭けの話しをしてからのミルは、帰れる日にちが決まったと思ったのか、もう帰るとは言わなくなった。
俺に対しては、クラスメートの気安さで接してくれる。
接触禁止令は出たままだが。
「今日の授業はここまでにしましょう。次の授業までに3ページ書き写しておいてくださいね」
家庭教師は先に俺に挨拶し、次にミルに声を掛けるとミルの頭を撫で、部屋から出て行った。
「うわ~。宿題とかマジかんべん」
「とても覚えが早いとエイダ先生も褒めていましたよ」
アルバンがお茶とお菓子をテーブルへとセットすると、ミルの頭を1つ撫で、一礼して出て行った。
お前達ミルに対して、親しすぎないか? なぜ触る必要がある。
二人が出て行った扉を恨みがましく見てしまう。
「おう高橋どうした。変な顔して」
「いや、何でお前は誰にでも頭を撫でられているんだ」
「へ。じいちゃん先生とアルバンさん? 優しいよ」
「だから、どうしてそう簡単に触らせるんだ」
「??」
首を傾げるミル。分かっていない顔だ。全然分かっていない。
自分の狭量さが嫌になる。
「そうだ。これをお前にと思って持ってきた」
自分が書いた小説をミルへと渡す。
全部で42枚。思ったより長くなった小説。
ただ紙を綴じ、厚紙の表紙と裏表紙を付けただけの物だ。
「何?」
ミルは不思議そうに、渡された物を手に取り表紙を見る。
「日本語じゃんか……え、これ何?」
表紙を見て驚きの声を上げると、急いで表紙を開き、中をめくって見る。
「えええっ。これ本? うそっ。高橋、これ小説じゃないか? それも日本語だよ。日本語の小説。本だよっ本っ! 高橋、これどうしたのっ」
「俺が書いた」
「高橋が……」
ミルは呆然とした顔を俺に向ける。
「すごいっ!! 凄いよ高橋。本を書くなんて、お前凄いな。本だよ本。これ読んでいいの? この本、読んでいい?」
「勿論だ」
ミルはテンションMAXに興奮しまくりだ。
薄い本を胸に抱き、いそいそと窓辺に置いてある椅子の元へと行く。
お茶やお菓子に目も向けずに、椅子に座ると本を読みだした。
余程嬉しいのか、俺のことも眼中にないようだ。
窓辺に座るミルを見る。
その美しく伸びた姿勢。華奢な首筋。少し微笑んで、本に視線を落とす横顔。
ああ、そうだったな――。
クラスメートとピッタリと重なる。
いつも窓際で一人本を読んでいたクラスメートがここにいる。
ミルとクラスメートが重なって、一人になった。
「伊織……。三島伊織」
思わず零れた言葉に、ミルが弾かれたように振り向く。
「ど、して……」
信じられないものを見るような顔。
大きく見開かれた瞳には、徐々に涙が盛り上がってきている。
「お前が窓際でいつも本を読んでいたのを知っていた。俺が挨拶したら小さい声だけど、必ず返事してくれていたのを知っていた。俺はちゃんと伊織を憶えているよ」
「たか、は、し……」
ボロボロと涙を溢れさせながら、動けない伊織に俺はゆっくりと近づいて行く。
「伊織。やっと見つけた」
そっと華奢な身体を抱きしめた。
60
あなたにおすすめの小説
聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています
八百屋 成美
BL
聖女召喚に巻き込まれて異世界に来た主人公。聖女は優遇されるが、魔力のない主人公は城から追い出され、魔の森へ捨てられる。
そこで出会ったのは、強大な魔力ゆえに不眠症に悩む魔王。なぜか主人公の「匂い」や「体温」だけが魔王を安眠させることができると判明し、魔王城で「生きた抱き枕」として飼われることになる。
異世界転生した悪役令息にざまぁされて断罪ルートに入った元主人公の僕がオメガバースBLゲームの世界から逃げるまで
0take
BL
ふとひらめいたオメガバースもの短編です。
登場人物はネームレス。
きっと似たような話が沢山あると思いますが、ご容赦下さい。
内容はタイトル通りです。
※2025/08/04追記
お気に入りやしおり、イイねやエールをありがとうございます! 嬉しいです!
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
助けたドS皇子がヤンデレになって俺を追いかけてきます!
夜刀神さつき
BL
医者である内藤 賢吾は、過労死した。しかし、死んだことに気がつかないまま異世界転生する。転生先で、急性虫垂炎のセドリック皇子を見つけた彼は、手術をしたくてたまらなくなる。「彼を解剖させてください」と告げ、周囲をドン引きさせる。その後、賢吾はセドリックを手術して助ける。命を助けられたセドリックは、賢吾に惹かれていく。賢吾は、セドリックの告白を断るが、セドリックは、諦めの悪いヤンデレ腹黒男だった。セドリックは、賢吾に助ける代わりに何でも言うことを聞くという約束をする。しかし、賢吾は約束を破り逃げ出し……。ほとんどコメディです。 ヤンデレ腹黒ドS皇子×頭のおかしい主人公
弟がガチ勢すぎて愛が重い~魔王の座をささげられたんだけど、どうしたらいい?~
マツヲ。
BL
久しぶりに会った弟は、現魔王の長兄への謀反を企てた張本人だった。
王家を恨む弟の気持ちを知る主人公は死を覚悟するものの、なぜかその弟は王の座を捧げてきて……。
というヤンデレ弟×良識派の兄の話が読みたくて書いたものです。
この先はきっと弟にめっちゃ執着されて、おいしく食われるにちがいない。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
ヒロインの兄は悪役令嬢推し
西楓
BL
異世界転生し、ここは前世でやっていたゲームの世界だと知る。ヒロインの兄の俺は悪役令嬢推し。妹も可愛いが悪役令嬢と王子が幸せになるようにそっと見守ろうと思っていたのに…どうして?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる