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39. カロリナ、はじめてのおつかいを成功する。

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ミスホラ王国の王都ミスホラは瓢箪の形をした巨大な島である。
どれくらい大きいかと言えば、カロリナの住む王国の町がすっぽりと収まってしまうほどの大きさであり、島の中心にあたる丘の上に大霊園の花畑が作られていた。
王都の屋敷や町の家々は瓢箪でいう上の小さい方に集まっていた。

カロリナ達は長い石造りの橋を馬車で渡り、客用の屋敷で1泊すると、翌日に王宮に向かった。
王宮は城というより屋敷であった。
門が大きいが城壁はない。
敢えていうなら湖が堀の代わりのようなものであり、島を覆う堤防が城壁とも言えた。
その目的は大雨が降った時に低地の家々を守る為らしい。

謁見室に入ったのは、使者のカロリナ、付き添いの文官としてラファウとルドヴィク、護衛騎士のマズルの四人のみが付き従った。
部屋に入室するとカロリナ達は王の前で跪いた。

「遠路はるばるお越し頂いたことを心から感謝する」
「国王モシュモント・アブ・アール陛下の名代として、ラースロー・ファン・ラーコーツィ侯爵の娘、カロリナ・ファン・ラーコーツィ。陛下のお言葉と返礼の品をお持ちいたしました。ご生母様へ賜った品を感謝し、その御礼と今度の友好の証として、品々を送らせて頂きます」

アール国王から賜った品が入れられ、そのお礼の言葉を貰って終わりとなった。
西側の諸国への使者なら歓迎するパーティーなどが開かれて大変だ。
10日間はパーティー責めにあってしまう。
沢山の貴族と面会して外交をしない訳にはいかない。
とても11歳の子供を送る訳にいかない。
しかし、ミスホラ王国に対して華美なもてなしが禁止されていた。

良くも悪しくも逃亡貴族が作った王国だ。
罪を免責したといえ、貴族の称号をはく奪された庶民である。
妖精王の後ろ盾がなければ、準国王として扱うことなどあり得なかった。
逆に言えば、
ミスホラ王国だからカロリナに『はじめてのおつかい』を任せることができた。

「固い話はここまでだ」

ミスホラ王がそう言うと、玉座を降りて「よく来てくれた」とカロリナの手を取った。

「王様が玉座を降りてよろしいのですか?」
「普段はしない。だが、君は大切な客だ。それに王も仕事をせねばならぬ貧しい国だ。玉座に座るなど客が来たときだけだ」
「そんな大事なことをおっしゃってよろしいのでしょうか?」
「普通の使者様には絶対に言わない。だが、君は妖精王の客だ。私より遥かに偉いのさ」

いつ、私は妖精王の客になったの?
カロリナは振り返った。
判らない時の他力本願だ。
ラファウと目が合った。

「私の推測ですが、カロリナが会われた女性が妖精王本人だったと推測されます」
「妖精王は人の形で地上に降りるのを好まれる方だ」
「あのお姉さんが妖精王?」
「さぁ、案内しよう。大祖母様の所に」

そう言えば、300歳になった大祖母様から御婆様が祝いの品を貰ったのであった。
カロリナはすっかり忘れていた。
国王の案内で廊下を歩く。
部屋に入ると、30~40代くらいの気品にある女性がソファーに腰かけていた。

「あら、あら、今回は可愛い使者様なのね!」
「お初にお目に掛かります」
「あぁ、堅苦しいあいさつはなしにしましょう。カロリナさんね。姉さんから聞いているわ。私はエレン・サミュエルよ。この子の大祖母をやっているのぉ!」

カロリナはびっくりだ。
余りにも若い。
とても300歳には見えない。

「お気持ちは判ります。若くは見えますが、祖父の先々代様の母君であらせます」
「私はね。妖精族の血が少し混じっていて、人より少し寿命が長く、少しだけ若いように見えるのよ。でも、もう駄目ね。中身はおばちゃんよ」
「まじまじと見てしまい。失礼しました」
「ふふふ、謝らなくていいわ。大切な頼みごとをするお客様ですもの」
「何の話でしょうか?」

王様も大祖母様も一番大切なことを言ってくれない。
ラファウ達がなにやら焦ってきた。

「口を挟むことをお許し下さい」
「何かしら、小さな使者の騎士様」
「先ほどから言われております約束とは何のことでしょう。カロリナ様は何某かの約束をされたようですが、肝心の要件を聞いておりません」
「あら、そうだったの。お姉様は可愛い使者様との盟約を交わしました。その盟約とは、私達の頼みごとを1つ聞いて頂くことです。明日、可愛い使者様が信頼する8人の家臣と一緒に王宮に来て下さい」
「8人ですか?」
「貴方が一番気に入っている方を8人です。貴方を入れると9人ね」
「判りました」
「あっ、後ろの騎士様を連れて来ても構いませんが、鎧は脱いで来て下さい」

一体、何を頼むつもりなのか?
ラファウも判らない。
鎧が要らないというなら荒事ではないのかもしれない。
聞ける願いならいいのだが、聞けない願いの時はどうしようかと思案したが、願い事が判らないのではどうしようもなかった。

それよりももっと大事なことがあった。
そうだ、誰を連れて行くかで揉めていた。
お気に入りという基準でいうなら最初のお友達であり、一番信頼できる家臣。

「エル、付いて来てくれますか?」
「喜んで!」

これに異論がある者はいない。
そうなると次に呼ぶのは一人も決まっている。
冒険者でもなく、護衛でも、侍女でもない一人だ。
二番目の友達で大親友の彼女だ。

「大親友のアザちゃんにしましょう」
「その大親友って何ですか?」
「友達の最上級です」
「友達とは思っていますが、身分も違いますし、大親友はないでしょう」
「私にはっきり文句を言ってくれるのはアザだけです。付いて来て下さい」
「はい、はい、付いて来いと言われれば、付いて行きますよ」
「お願います」

3・4番目は痩せ細ってカロリナより小柄に見えた弟分と妹分。
身長も伸びてカロリナより大きくなった。
体は大きくなってもカロリナはお姉ちゃんなのだ。

「ジクとニナにします」
「やった」、「嬉しい」

二人は大喜びだ。
三貴族子息とリーダのレフが悔しがる。
だが、まだ枠がある。
そう希望の光をカロリナに送った所で、ラファウが口を開いた。

「カロリナ様、お気に入りの順に選ぶことに異論はありませんが、王宮の頼み事がはっきりしない以上、マズル様か、ルドヴィクを護衛として連れてゆくことをお考え下さい」
「そうね、それを忘れていたわ。ラファウ、ルドヴィク、マズル兄ぃも同行をお願いします」
「畏まりました」

三人が決めた。
これで5・6・7番が埋まった。
残る枠は8番枠のみだ。

「カロリナ様」
「エル、何か?」
「護衛と言うならば、最も信頼すべき者が呼ばれておりません。また、どのような頼みごとか判りませんので、私よりオルガ様を同行させた方がよろしいのではありませんか?」
「なるほど、それも一理あるわ!」
「では、オルガ様に」
「いいえ、出掛ける時はエルでいいわ」
「判りました」
「では、最後の一人を言います。エルの言った通り、私が一番頼りにしている護衛と言えば一人しかいないわ」

最も信頼できる護衛。
ごくり!
イェネー、クリシュトーフ、カール、そして、レフが息を飲む。
カロリナの信頼を託す護衛とは…………。

「アンブラ、供をしなさい」
「畏まりました」

屋根裏からヒョイと出てきて跪いた。

「えっ~、私達も一緒に行きた~い」

上から嘆くのは、フロスであった。
残る三人も屋根裏に身を隠した。

「貴方達は隠れて付いてきなさい」
「畏まりした」
「承知」
「あ~い」

今回は近衛が付いてきているので姿を見せていなかった。
だから、近衛の方々に存在は気づかせていない。
三貴族子息たちも完全に忘れていた。
忘れてはいけないお姉さんらだ。
見かけは若く同じくらいに見えるが自分達を鍛えてくれたお姉さん達だ。

「アンブラ、別に隠れていなくてもいいのじゃなくて?」
「我らは影、そういう訳にはいきません」
「では、明日はアンブラと判らないようにおめかししましょう。オルガ、アザ、お願いします」
「判りました」
「服のことから私に任せない」
「お嬢様、私は別に!」
「命令です。明日、私を飾る花になりなさい」
「はい」

アンブラは生まれてはじめて、貴族のようなドレスを着る。
純粋な妖精種であるアンブラは素材として最高である。
おめかしとなると侍女達も大騒ぎだ。
カロリナも色々な注文を出して楽しんだ。
そんな部屋の隅で小さくなっている4人を完全に忘れていた。
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