刺殺からはじまる侯爵令嬢、カロリナだってがんばります!

牛一/冬星明

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62.カロリナ、小石1つで無礼討ちなんてしませんよ。

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フォト伯爵領は中央領の最南端と守っていた武人の家系であったが、50年前の侵攻で海まで続く山地を新領地として賜った。
今回、問題を起こしているのは盆地に住む28村のようだ。
村に入って身分を明かすと代官が這い蹲ってあいさつをしてきた。
卑屈だった。
代官所に村人を集めても何もしゃべろうとしない。

「これ、ラーコーツィ家ご令嬢様に事情をお話しするのだ」

怒鳴りつけるだけで村人が委縮する。

「ええい、罰を与えるぞ! 聞かれたことに返事をしろ」
「代官、頭ごなしに怒るのは止めて下さい」
「しかし…………」
「黙りなさいと言っております」
「申し訳ございません」

いつも偉そうにしている代官がペコペコしているので、くすくすと失笑が飛ぶ。

「私は王都で冒険者もやっております。汚い言葉にも慣れております。その発言で罰を当たるなど致しません。どうして山向こうの村と争っているのか教えて下さい」

カロリナがそう言うとぽつぽつと口を開き始めた。

「あいつらが悪いんじゃ」
「そうだ、俺達にどれだけ世話になってきたか?」
「最近は態度がデカくなって!」
「あいつら恩義も何も忘れて何様のつもりだ」

つまり、50年前、港町レェィクベィは戦争で荒廃した。
この盆地にやってきたこの村の人達は自分達の村を作りながら港町レェィクベィの復興にも手を貸したらしい。
中央領の領都に魚を運ぶのもこの村の男達の仕事だった。
最近は王都に薬草を運ぶ商会が現れ、魚を運ぶ仕事も奪われた。
すると、態度がデカくなり?
仕事を回して欲しいなら運ぶ代を下げろと言う。
塩や鍬などの物の値段も吊り上げた。

「あいつら鬼じゃ!」
「自分らだけ儲ければいいと思っておる」
「小麦一袋、(小)銀貨5枚だったのを4枚でしか引き取れんとか言いやがる」
「うんだ、うんだ!」
「別に売って貰わなくとも構わんだと!」
「いつからそんなに偉くなった」

安いとカロリナはそう思ったが、王都は消費地だから取引価格が高く、地方ではそんなものだ。

「そうなの?」
「はい、この好景気で物の値段は総じて上がっておりますが、小麦の生産が増えて価格は下がっております」
「レェィクベィが傲慢というのは?」
「傲慢ではなく、適正価格と思われます」

ラファウが言うには、王都周辺の農家は葡萄とオリーブなどの商品価値の高い物に生産を変えているらしい。
小麦だけを作っていると収入が減る。
小麦で税を払わせている領主の税収も減って没落貴族が増えているらしい。

「それは大変です」
「いいえ、没落貴族も増えていますが、成金貴族も増えており、王宮として問題としておりません」
「小麦の税が減っているのでしょう?」
「王宮も小麦から得る税収は減っております。しかし、物流税が増えておりますから問題ありません」

王宮は関所を廃したときに消費税のようなモノを導入しており、商品を売ると1割(10%)の物流税が掛かる。
支払っているのが商人のみであり、庶民や貴族には適用されない。
この税収が馬鹿にできなくなっていた。
8割を占めていた小麦の税収が、今では6割に下がり、物流税が3割まで増えた。
4~5年の内に5割まで伸びるとラファウは考えている。

フォト伯爵は没落中の貴族だ。
旧来型の開拓で小麦の生産を増やし、税収を補おうとしていた。
しかし、開拓地が進むほど小麦の値段は下落する。
ジリ貧であった。

しかも盆地の28村は移住村であり、すでに開拓の余地がない。
村の収入は減る一方だ。
そこで唯一の副収入だった魚の運搬も王都の商人に奪われた。
村民の不満が溜まっていた。

塩など物品の値段を吊り上げ、小麦の買い取り価格を下げると怒っている。
単なる好景気の物価上昇だ。
それが判らなかった。
レェィクベィの商人の悪事を憎んでいる所に日照りが起こった。

「あいつらは俺達の畑に毒を撒いた」
「そうだ!」
「そうとしか思えん」
「しかも神々を使って呪詛をしている」
「俺も聞いた」
「俺もだ!」
「俺は祈りの煙を見た」
「祈っていやがった」

村の小麦が不作なのは畑に毒を撒かれたと信じている。
あちらこちらで噂になっているらしい。
しかも成長を妨げる呪詛の祈りをレェィクベィの者がやっている。
それを本気で信じている。

「ラファウ、どう思いますか?」
「無理でございます。28村の村に毒を撒き、誰一人も犯人を捕まえていない。しかもレェィクベィの民が毒を撒く理由がございません」

レェィクベィの民がこの村人達を恨んでいたとしても、そんな高価な毒を買うくらいなら生活改善に使うだろう。
ラファウの意見は正論だった。

「どうして豊作なのか調べさせろと言うと、駄目だと言いやがる」
「絶対に何か隠している」
「そうだ!」
「あいつらは自分らだけ良い目をしようと考えているんだ」

これも無理筋だ。
新農法の技術を隠匿するのは当然であった。
教えないと逆恨みする村民も大概だ。

「カロリナ様、この村は戦勝国の村でレェィクベィは敗戦国の村です。自分達が格上と思っているのです」
「どうして、そんなことが?」
「レェィクベィは敗戦したことで交易ができなくなり、貧しい漁村に成り下がりました。同じ南領で魚を買ってくれる村はありません」
「なるほど、漁村は他にもあるのよね」
「はい、レェィクベィより近い場所に漁村があります。遠いレェィクベィから買う意味がありません」

海にも縄張りがあり、レェィクベィの漁民は他の港に船を付けることができない。
つまり、中央領に魚を卸すのが唯一の生活の糧であった。
この村は中央領に魚を運んでくれるありがたいお得意様だった。
この村の意向に逆らって生きてゆけなかった。

「立場が逆転した訳です!」

商人らは交易による薬草などで儲かるようになり、王都の商人が搬送を引き受けてくれる。
隣村に頼る必要がなくなった。
しかも、レェィクベィ男爵は南方交易所を頼って農業指導を受けており、高価な酒造用の小麦生産を行っている。
売る先に困ることもない。

隣がこれほど好景気。
日照りで小麦が不作になっていない。
それどころか、大豊作という。
そりゃ、隣が気になる訳だ。
フォト伯爵の家臣がレェィクベィの豊作の原因を調べと命令し、役人が向かうとレェィクベィ側は拒絶した。
ならば、実力行使で調査用の小麦を奪いに行き、怪我人が出た。
領主様の命令を妨害し、怪我人まで出させた。

「男爵如きが伯爵様の命に逆らうなど在ってなりません」
「そうだ、そうだ!」
「これまで伯爵様がどれだけ便宜を図ってきたか。漁村復興の資金を伯爵様が出されたのですぞ」
「恩を仇で返すレェィクベィなど叩き潰せ!」
「そうだ、あのような村は潰せばいい」

カロリナに言われて小さくなっていた代官が声を上げる。
個人的にも恨みがあるのか?
無茶な慰謝料という吹っかけた賠償もそこから来ていたのね!

代官所が殺気に満ちてきた。
不満が相当溜まっている。
このまま勢いに乗って、レェィクベィの町まで行進をはじめそうだ。
しかし、そこに役人が走って代官に耳打ちした。
ひぃ~、代官の顔が青ざめる。

「ラーコーツィご令嬢様、どうか領兵の無礼をお許し下さい」
「急にどうした」
「黙れ! あろうことか、領長がラーコーツィご令嬢様に剣を向けたのだぞ!」
「まさか?」
「小石ではすまん」
「止めてくれ!」
「皆もおすがりしろ! 20年前の悪夢を忘れたか!」
「お嬢様、お許し下さい」
「お許し下さい」
「後生でございます」
「お命だけは!」

急に村人が謝り出した。
そう言えば、領兵達は平謝りしていたな!

「代官、20年前に何があった」
「20年、前領主様が視察に来られた時、子供が投げた小石が前領主様に当たりました」
「小石?」
「小指の爪ほどの小さなものです」
「痛い訳はないわよね」
「当然です。5歳の子供が投げた小石です。当たったのも足元」

あぁ、何となく読めた。
貴族の多くは平民を家畜くらいにしか思っていない。
子供であっても容赦はしない。

「殺したのね!」
「はい、その場で剣を抜き、真っ二つに!」
「あっ~、残念ね」
「どうかお許し下さい」
「どうか!」
「そんなことしないわ。それで母親はどうしての!」
「殺されました」
「どうして?」
「泣いた母親に前領主様はお怒りになり、村人38人に斬首され、村を焼いてしまわれたのです」

思っていたより酷かった。
1つの村が消えた。
小石で村人全員とすると、剣で切り付けた罪は盆地の28村に及ぶと怯える。
その場で泣き崩れる者もいた。

どれだけ恐怖政治をしているの?

もちろん、カロリナはそんなことを望まない。
だが、決めるのは領主だ。
侯爵令嬢に斬り掛かったと知れな、その罪で村人全員を斬首しかねない。

「そのようなことにならないように頼んでおきます」

男達はひたすらに頭を下げ、女達は泣き叫んで止まらない。

「代官」
「何でもございましょうか?」
「私は何の罪も問いません。村人達が責め合って騒動にならないようにしなさい」
「判りました」
「他の村もです」
「私がフォト伯爵に誰も殺すなと命じておきます。罪も問いません。私は血が流れるのが大嫌いです。そうならないようにしなさい。これは命令です」
「畏まりました」

これ以上は何も聞けそうもないのでカロリナはその場を後にする。

目指すのは中央領都だ。
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