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閑話. エリザベートの義弟、アンドラの憂鬱な日々。
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6月1日、僕の義姉、エリザベート・ファン・ヴォワザンは国王陛下より勲章を頂き、晩餐会のドレスに着替えて王宮に戻って来ると、ご生母様よりの褒美を賜りに宝物庫に行った。
姉上が宝物庫に入った瞬間、消えた?
宝物庫には貴重な宝があるので、入庫できるのは姉上だけと案内が言ったのも怪しかった。
宝具の誤作動で済まされない。
ラーコーツィ侯爵の陰謀、正確にはカロリナ・ファン・ラーコーツィ侯爵令嬢を王妃にしようとするご生母様の陰謀だ。
他に疑いようもない。
晩餐会など出席できる訳もなく屋敷に戻ると、姉上の部屋を掃除を担当する侍女が、姉上の手紙と鍵を預かっていた。
『この手紙を読んでいるという事は、わたくしに何かあったのでしょう。
でも、慌てる必要はありません。
わたくしは15歳の貴族学園に入学する日までに戻ってきます。
何があろうと取り乱していけません。
これは女神の神託であり、他の神の悪戯です。
為すべき事をなしなさい。
机の引き出しに、今後の予定を入れておきます。
大変でしょうが、お願い致します』
姉上らしい、簡素な手紙だった。
机の引き出しを開けると、今後の予定がびっしりと綴られている書類の束が入っていた。
その最大の案件が、隣国プー王国の侵攻だ。
今年か、来年、時期は判らないそうだが、ラーコーツィ侯爵令嬢が活躍し、『救国の英雄』になるのを可能な限り阻止しなさいと書かれていた。
私は姉上に側近のトーマに相談する。
「具体的な対応はどうするのがいい?」
「そうですね。試験艦に魔法砲を搭載しておくくらいですね。エリザベートの命で大砲100門をラーコーツィ領に運ぶ準備はできていますが、攻めてくる前から移動を開始する訳できません。アンドラ様は自領に戻らず王都で待機、エリザベート様の『薔薇騎士団』も自領で待機させるくらいです」
トーマはアルバ男爵の子息で姉上が見つけてきた家臣であり、我が家の魔法技師の長を務める。
トーマ曰く、『姉上が考えた物を、自分が作る』そうだ。
「そうでした。薔薇騎士団を50人ほど、王都に呼んでおいて下さい」
「どうするつもりだ?」
「試験艦の戦力として使います。アンドラ様は事が起これば、大砲隊と合流してラーコーツィ領を目指すのが良いと思います。あまり早く移動を開始すると、謀反を疑われる可能性もあります。慎重にお願いします」
姉上は隣国から攻められた場合の対応策を考えており、トーマと一緒に作戦書を作ってあった。
薔薇騎士と言うのは騎士団の事ではなく、姉上お抱えの冒険者パーティ名である。
魔の森ダンジョン攻略に同行してレベル30以上になっている。
姉上の予定では、4年後までレベル40まで上げておくように書かれてあった。
行方知らずになっても無茶ぶりが凄い。
「どうしてハコネ山地を超えてはならんのだ?」
「ラーコーツィ侯爵家の領地を増やしてどうします」
「そういう事か!」
逆侵攻をすると、そこがラーコーツィ侯爵領になる可能性が高い。
ペニンスラ半島を譲渡した経緯を見ても、国防をラーコーツィ侯爵に押し付けて、騎士団の戦力を温存するのが目に見えている。
大砲を無理に使って壊しておくのが重要らしい。
ラーコーツィ侯爵に戦力を残したくないのだろう。
最悪、ラーコーツィ侯爵家と戦争になる事を考えているのかもしれない。
◇◇◇
7月4日、社交シーズンも終わって、父上らが自領に戻っていった直後に大変な知らせが届いた。
隣国プー王国の侵攻だ。
早過ぎる。
しかもデラモウス山脈を越えた奇襲と言う。
「アンドラ様、私は至急ノバコハーリ港に向かい、試験艦で援軍に向かいます」
「よろしく頼む」
「旦那様へは連絡を入れました。大砲隊が今日中に出発できると思いますが、アンドラ様は東領、中央領へ通行許可を貰って下さい」
そうであった。
ラーコーツィ侯爵家の援軍であっても他領の軍隊が通行するとなると問題だ。
事前交渉は絶対に必要となる。
そうだ、トーマが試験艦でヴォワザン伯爵家の援軍と行く事を知らせねばならない。
まずは王城の軍務省で許可を貰い、その後に使者を走らせる。
7月7日、試験艦の活躍の報告が届いた。
試験艦の名は『エリザベート』と言う。
姉上のように、気高い気品のある白い帆船だ。
連続射撃が可能な鋼鉄製の魔法砲を搭載しており、青銅砲の3倍の耐久性を持つ。
到着次第、砲弾の雨を降らせたらしい。
港町城砦(港町)と海関砦の敵を撃退したと軍務局の者から礼を言われた。
その後も試験艦『エリザベート』の活躍が凄かった。
献上した大砲がこれほど活躍する品と思っていなかったらしく、大砲の評価が一変した。
姉上の思惑通りだ。
北方艦隊をノバコハーリ港に向かわせたと言われた。
急いで大砲を搭載するように命令されたが、ヴォワザン領からノバコハーリ港まで輸送に13日掛かり、搭載完了まで、さらに2日掛かる。
それ以上は無理であった。
7月9日、大砲隊が東領に入った。
僕も合流する為に王都を出る準備を始めた。
「若様、大変でございます」
「どうかしたか?」
「我が国の大勝利でございます」
王都が大騒ぎになった。
敵国10万の敵をカロリナ・ファン・ラーコーツィ侯爵令嬢が討ち果たしたと伝わった。
王城と王宮は大騒ぎだ。
僕も確認の為に王城に向かった。
王城も連絡が錯綜しており詳しい事が判らない。
姉上に情報網を使って状況を把握する。
しばらくして、情報が集まってくる。
カロリナ侯爵令嬢はペニンスラ半島の西海岸に侵攻した六個騎士団2万8千人を炎の魔法を焼き尽くし、東に侵攻した十二個騎士団5万7千人を爆発の魔法と魔物を召喚する魔法で滅ぼした。
さらに、港を襲っていた別働隊5個騎士団2万4千人も敗北を知って降伏した。
つまり、一人で10万人の敵を討ち滅ぼした?
情報をまとめても信じられない。
この報告を聞いて、勝利に喜んでいた王宮は奈落の底に落とされるほど沈み込んだ。
数百万匹の魔物を操った。
敵兵はカロリナ侯爵令嬢を『魔王の娘』と呼んでいるそうだ。
魔物を自在に操れるのは魔王の血統のみである。
王国が乗っ取られる?
王宮ではカロリナ侯爵令嬢をどう取り扱うかで揉めている。
魔王の娘として斬首刑にすべきと言う意見がある一方で、王が退位してカロリナ侯爵令嬢に王位を譲るべきだと言う意見もある。
ご生母様の慧眼を褒める声を上がれば、魔王の娘を増長させた責任論も上がっている。
王宮は滅茶苦茶に荒れている。
一方、王城は平静だった。
王妃の元で淡々と国防の議論がなされている。
大蔵大臣はカロリナ侯爵令嬢の父親であり、娘を溺愛する事で有名であった。
褒めこそ、恐れる事はない。
軍務大臣は現実主義であり、戦争が終わっていないのに浮かれるような人物でなかった。
問題は王国騎士団が到着する前に大方が終わった事だ。
王命を受けて出陣したのに、何もせずに帰って来いと言えない。
財政的に戦争の継続を反対する大蔵大臣と、逆侵攻を進言する軍務大臣の対立があった。
ともかく、ラーコーツィ領の被害は甚大であり、戦争継続は不可能と言う。
◇◇◇
7月12日、王都に戻ってきた父上が緊急の貴族会議に出席した。
隣国プー王国の侵攻撃退を宣言し、同日、逆侵攻の交付が行われる事が決定した。
すでにラーコーツィ領に入っている他領の援軍と王国騎士団で混成軍を結成して、ハコネ山地に逆侵攻を行う。
ラーコーツィ家はそれに参加せず、砦などの場所を提供するに留める。
僕も大砲隊の指揮をすべくラーコーツィ領に向かった。
◇◇◇
7月25日、ハコネ砦の奪還作戦が始まった。
同日、プー王国の海岸を奇襲していたトーマの試験艦『エリザベート』が寄港して、北方艦隊に編成された。
翌日、弾薬・食糧・水を搭載すると、再び出航していった。
大砲隊の仕事は楽だ。
最初に100門が一斉に射撃し、その後に騎士団が突撃を行う。
ハコネ砦の奪還は簡単に終わる。
山道を登り、ハコネ山地の敵砦の攻略は困難を極める。
城壁のように聳え立つ断崖が天然の要塞と化し、攻める場所がない。
狭い山道を通り、裏に回って砦へ続く道を登って行くか、断崖絶壁を直接登るか?
どちらも容易でない。
ただ、砦無力化するのは簡単だった。
『撃て!』
スゴン!
30門ずつに分けて、東、中央、西の山道を進む。
大砲で砦を撃つ。
一発撃つと水を被せて冷却し、時間を空けて次弾を撃つ。
砲台となる場所が少ないので、100門を集めて使用する事ができない。
だから、三か所に分けた。
連続で撃つと砲身が焼けて爆発を起こす。
青銅製の大砲は造り易いが耐久力に問題がある。
トーマは鋼鉄製を魔法砲と呼び、青銅製を大砲と呼んでいる。
試作で見せられたミスリル製の大砲は何と呼ぶつもりなのだろうか?
我が家で製造できる事はしばらく秘密にする。
「若様、砲身にヒビが走っております」
「そうか、その大砲は下げて、予備と取り換えよ」
「判りました」
丁寧に使っても100発くらいで破損した。
使っていない予備の大砲と交換させる。
この戦いで全部潰すように言われているので問題ない。
そう思ったが簡単でなかった。
「これではヴォワザン伯爵家の大砲部隊の手柄になってしまう」
「完全に潰してからの方が安全と思いますが!」
「それでは困る」
騎士団や他領の領兵にも活躍する場を提供しろと言われた。
納得いかない。
しかし、僕は指揮官ではない。
指揮官の命令通りに攻撃を続ける。
「十分だ! 騎士団、突撃!」
砦の防衛機能が停止した所で騎士団と領兵を突入させた。
砦の攻略は騎士団に譲れと言う。
騎士団らは山道を抜けて、砦へ続く道を登って強襲を掛けた。
敵の損害過多で防衛能力が落ちている。
しかし、通り道が狭いので簡単に落ちない。
それでも時間の問題だった。
「ランズベルト伯爵が家臣、某、コール領騎士団長が砦を落とした」
うおおおおぉぉぉ!
相応の被害を受けたが、騎士の面目を保った。
領主の体裁も整う。
あと一押し、大砲で砲撃を加えれば撤退する。
砦を落とす意味がない。
実に面倒だ。
さらに後背の砦を潜入部隊のみで陥落させるという領軍も現れた。
軍の統制が滅茶苦茶だ。
敵が組織的に反撃されないのが幸いであった。
反撃されたなら全滅もありうる。
両軍のレベルが低さに助けられている。
一番の問題は他領の兵とぎくしゃくしている事だ。
姉上が育てた兵達は規律に厳しい。
命令違反などあり得ないし、作戦行動中に酒を飲むなどあってならない。
他領の兵が緩いのだ。
そして、レベルの低さに驚いている。
我が兵は最低でもレベル20を超えている。
隊長クラスでレベル30、姉上の薔薇騎士団ならレベル30を切っている者は一人もいない。
その気になれば、断崖絶壁にザイル(登り綱)を張って、無血占領も簡単そうだ。
規律の揺さとレベルの低さから馴染めないでいた。
また、それを理解できない指揮官が我が軍の態度の悪さを責めた。
飲酒を咎めて、我が兵が怒られる。
秩序も乱すな、他領の兵に口を出すな!
アンドラが溜息を付いた。
姉上が居たら怒り出すだろうと思った。
◇◇◇
8月25日、ハコネ山地の山頂部を越えた。
これで砦の攻略が楽になる。
断崖絶壁とおサラバだ。
大砲は使い過ぎで7割が全損している。
軍の雰囲気は悪くない。
山頂を超えると山の起伏がなだらかになり、普通の砦攻略になる。
もう難航不落の砦はない。
大砲隊は軽く、砲撃してくれるだけでよいと言われた。
嫌々、派手に撃って全部壊そう。
そう思っていると、攻撃停止の命令が出された。
「何故だ!」
命令書を見て、司令官の叫ぶ声が聞こえた。
僕は予感していたので驚かない。
10日前にトーマから報告が入っていた。
プー王国の艦隊が集結しており、どうやら艦隊決戦になると書かれていた。
海戦に勝てば、制海権がアール王国に移る。
プー王国の首都、あるいは副都を直接攻撃ができる。
プー王国の首都は、海に突き出した台地の上に建設されており、海側は断崖で近づく事ができない。
陸側のみに戦力を集中できるという要塞首都だ。
建国当初はプロイス王国の攻撃を何度も受けたが、狭い陸路を守って凌いだと歴史書に掛かれている。
しかし、大砲の出現でその定義が崩れてしまった。
トーマは敵の艦隊の目を盗んで、何度も首都や副首都の砲艦攻撃を行っている。
しかし、一艦でできる攻撃など知れている。
敵の艦隊が戻ってくると、敵の艦を何隻か潰して戻ってきたらしい。
だが、首都の直接攻撃など、プー王国の威信が傷つく。
そこで艦隊決戦が起こる訳だ。
姉上とトーマの読み通りだ。
アール王国の北方艦隊が6艦に対して、敵の帆船は50隻を超える。
敵の帆船はマスト一本の小型戦闘艦、一方、我が艦はマスト2本の中型輸送艦だ。
風上から風下へ直線的に襲ってくる突撃力に劣っているが、それ以外では負けている所はない。
お互いに風上を取ろうと切り上がる。
そこを大砲で遠距離攻撃を掛ければ、大砲のない帆船などただの的らしい。
帆船の艦隊戦はよく判らない。
とにかく、楽勝らしい。
姉上が授けて下さった艦隊戦に勝って停戦条約を結ぶという策が採用されたそうだ。
艦隊指揮を軍務大臣のサロー・ファン・セーチェー侯爵自ら取る。
トーマは巧くやっている。
つまり、艦隊戦で勝って停戦条約が結ばれた訳だ。
糞ぉ、失敗だ。
大砲30門ほどがラーコーツィ家に渡る事になる。
どうやら、僕は失敗したらしい。
姉上が宝物庫に入った瞬間、消えた?
宝物庫には貴重な宝があるので、入庫できるのは姉上だけと案内が言ったのも怪しかった。
宝具の誤作動で済まされない。
ラーコーツィ侯爵の陰謀、正確にはカロリナ・ファン・ラーコーツィ侯爵令嬢を王妃にしようとするご生母様の陰謀だ。
他に疑いようもない。
晩餐会など出席できる訳もなく屋敷に戻ると、姉上の部屋を掃除を担当する侍女が、姉上の手紙と鍵を預かっていた。
『この手紙を読んでいるという事は、わたくしに何かあったのでしょう。
でも、慌てる必要はありません。
わたくしは15歳の貴族学園に入学する日までに戻ってきます。
何があろうと取り乱していけません。
これは女神の神託であり、他の神の悪戯です。
為すべき事をなしなさい。
机の引き出しに、今後の予定を入れておきます。
大変でしょうが、お願い致します』
姉上らしい、簡素な手紙だった。
机の引き出しを開けると、今後の予定がびっしりと綴られている書類の束が入っていた。
その最大の案件が、隣国プー王国の侵攻だ。
今年か、来年、時期は判らないそうだが、ラーコーツィ侯爵令嬢が活躍し、『救国の英雄』になるのを可能な限り阻止しなさいと書かれていた。
私は姉上に側近のトーマに相談する。
「具体的な対応はどうするのがいい?」
「そうですね。試験艦に魔法砲を搭載しておくくらいですね。エリザベートの命で大砲100門をラーコーツィ領に運ぶ準備はできていますが、攻めてくる前から移動を開始する訳できません。アンドラ様は自領に戻らず王都で待機、エリザベート様の『薔薇騎士団』も自領で待機させるくらいです」
トーマはアルバ男爵の子息で姉上が見つけてきた家臣であり、我が家の魔法技師の長を務める。
トーマ曰く、『姉上が考えた物を、自分が作る』そうだ。
「そうでした。薔薇騎士団を50人ほど、王都に呼んでおいて下さい」
「どうするつもりだ?」
「試験艦の戦力として使います。アンドラ様は事が起これば、大砲隊と合流してラーコーツィ領を目指すのが良いと思います。あまり早く移動を開始すると、謀反を疑われる可能性もあります。慎重にお願いします」
姉上は隣国から攻められた場合の対応策を考えており、トーマと一緒に作戦書を作ってあった。
薔薇騎士と言うのは騎士団の事ではなく、姉上お抱えの冒険者パーティ名である。
魔の森ダンジョン攻略に同行してレベル30以上になっている。
姉上の予定では、4年後までレベル40まで上げておくように書かれてあった。
行方知らずになっても無茶ぶりが凄い。
「どうしてハコネ山地を超えてはならんのだ?」
「ラーコーツィ侯爵家の領地を増やしてどうします」
「そういう事か!」
逆侵攻をすると、そこがラーコーツィ侯爵領になる可能性が高い。
ペニンスラ半島を譲渡した経緯を見ても、国防をラーコーツィ侯爵に押し付けて、騎士団の戦力を温存するのが目に見えている。
大砲を無理に使って壊しておくのが重要らしい。
ラーコーツィ侯爵に戦力を残したくないのだろう。
最悪、ラーコーツィ侯爵家と戦争になる事を考えているのかもしれない。
◇◇◇
7月4日、社交シーズンも終わって、父上らが自領に戻っていった直後に大変な知らせが届いた。
隣国プー王国の侵攻だ。
早過ぎる。
しかもデラモウス山脈を越えた奇襲と言う。
「アンドラ様、私は至急ノバコハーリ港に向かい、試験艦で援軍に向かいます」
「よろしく頼む」
「旦那様へは連絡を入れました。大砲隊が今日中に出発できると思いますが、アンドラ様は東領、中央領へ通行許可を貰って下さい」
そうであった。
ラーコーツィ侯爵家の援軍であっても他領の軍隊が通行するとなると問題だ。
事前交渉は絶対に必要となる。
そうだ、トーマが試験艦でヴォワザン伯爵家の援軍と行く事を知らせねばならない。
まずは王城の軍務省で許可を貰い、その後に使者を走らせる。
7月7日、試験艦の活躍の報告が届いた。
試験艦の名は『エリザベート』と言う。
姉上のように、気高い気品のある白い帆船だ。
連続射撃が可能な鋼鉄製の魔法砲を搭載しており、青銅砲の3倍の耐久性を持つ。
到着次第、砲弾の雨を降らせたらしい。
港町城砦(港町)と海関砦の敵を撃退したと軍務局の者から礼を言われた。
その後も試験艦『エリザベート』の活躍が凄かった。
献上した大砲がこれほど活躍する品と思っていなかったらしく、大砲の評価が一変した。
姉上の思惑通りだ。
北方艦隊をノバコハーリ港に向かわせたと言われた。
急いで大砲を搭載するように命令されたが、ヴォワザン領からノバコハーリ港まで輸送に13日掛かり、搭載完了まで、さらに2日掛かる。
それ以上は無理であった。
7月9日、大砲隊が東領に入った。
僕も合流する為に王都を出る準備を始めた。
「若様、大変でございます」
「どうかしたか?」
「我が国の大勝利でございます」
王都が大騒ぎになった。
敵国10万の敵をカロリナ・ファン・ラーコーツィ侯爵令嬢が討ち果たしたと伝わった。
王城と王宮は大騒ぎだ。
僕も確認の為に王城に向かった。
王城も連絡が錯綜しており詳しい事が判らない。
姉上に情報網を使って状況を把握する。
しばらくして、情報が集まってくる。
カロリナ侯爵令嬢はペニンスラ半島の西海岸に侵攻した六個騎士団2万8千人を炎の魔法を焼き尽くし、東に侵攻した十二個騎士団5万7千人を爆発の魔法と魔物を召喚する魔法で滅ぼした。
さらに、港を襲っていた別働隊5個騎士団2万4千人も敗北を知って降伏した。
つまり、一人で10万人の敵を討ち滅ぼした?
情報をまとめても信じられない。
この報告を聞いて、勝利に喜んでいた王宮は奈落の底に落とされるほど沈み込んだ。
数百万匹の魔物を操った。
敵兵はカロリナ侯爵令嬢を『魔王の娘』と呼んでいるそうだ。
魔物を自在に操れるのは魔王の血統のみである。
王国が乗っ取られる?
王宮ではカロリナ侯爵令嬢をどう取り扱うかで揉めている。
魔王の娘として斬首刑にすべきと言う意見がある一方で、王が退位してカロリナ侯爵令嬢に王位を譲るべきだと言う意見もある。
ご生母様の慧眼を褒める声を上がれば、魔王の娘を増長させた責任論も上がっている。
王宮は滅茶苦茶に荒れている。
一方、王城は平静だった。
王妃の元で淡々と国防の議論がなされている。
大蔵大臣はカロリナ侯爵令嬢の父親であり、娘を溺愛する事で有名であった。
褒めこそ、恐れる事はない。
軍務大臣は現実主義であり、戦争が終わっていないのに浮かれるような人物でなかった。
問題は王国騎士団が到着する前に大方が終わった事だ。
王命を受けて出陣したのに、何もせずに帰って来いと言えない。
財政的に戦争の継続を反対する大蔵大臣と、逆侵攻を進言する軍務大臣の対立があった。
ともかく、ラーコーツィ領の被害は甚大であり、戦争継続は不可能と言う。
◇◇◇
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隣国プー王国の侵攻撃退を宣言し、同日、逆侵攻の交付が行われる事が決定した。
すでにラーコーツィ領に入っている他領の援軍と王国騎士団で混成軍を結成して、ハコネ山地に逆侵攻を行う。
ラーコーツィ家はそれに参加せず、砦などの場所を提供するに留める。
僕も大砲隊の指揮をすべくラーコーツィ領に向かった。
◇◇◇
7月25日、ハコネ砦の奪還作戦が始まった。
同日、プー王国の海岸を奇襲していたトーマの試験艦『エリザベート』が寄港して、北方艦隊に編成された。
翌日、弾薬・食糧・水を搭載すると、再び出航していった。
大砲隊の仕事は楽だ。
最初に100門が一斉に射撃し、その後に騎士団が突撃を行う。
ハコネ砦の奪還は簡単に終わる。
山道を登り、ハコネ山地の敵砦の攻略は困難を極める。
城壁のように聳え立つ断崖が天然の要塞と化し、攻める場所がない。
狭い山道を通り、裏に回って砦へ続く道を登って行くか、断崖絶壁を直接登るか?
どちらも容易でない。
ただ、砦無力化するのは簡単だった。
『撃て!』
スゴン!
30門ずつに分けて、東、中央、西の山道を進む。
大砲で砦を撃つ。
一発撃つと水を被せて冷却し、時間を空けて次弾を撃つ。
砲台となる場所が少ないので、100門を集めて使用する事ができない。
だから、三か所に分けた。
連続で撃つと砲身が焼けて爆発を起こす。
青銅製の大砲は造り易いが耐久力に問題がある。
トーマは鋼鉄製を魔法砲と呼び、青銅製を大砲と呼んでいる。
試作で見せられたミスリル製の大砲は何と呼ぶつもりなのだろうか?
我が家で製造できる事はしばらく秘密にする。
「若様、砲身にヒビが走っております」
「そうか、その大砲は下げて、予備と取り換えよ」
「判りました」
丁寧に使っても100発くらいで破損した。
使っていない予備の大砲と交換させる。
この戦いで全部潰すように言われているので問題ない。
そう思ったが簡単でなかった。
「これではヴォワザン伯爵家の大砲部隊の手柄になってしまう」
「完全に潰してからの方が安全と思いますが!」
「それでは困る」
騎士団や他領の領兵にも活躍する場を提供しろと言われた。
納得いかない。
しかし、僕は指揮官ではない。
指揮官の命令通りに攻撃を続ける。
「十分だ! 騎士団、突撃!」
砦の防衛機能が停止した所で騎士団と領兵を突入させた。
砦の攻略は騎士団に譲れと言う。
騎士団らは山道を抜けて、砦へ続く道を登って強襲を掛けた。
敵の損害過多で防衛能力が落ちている。
しかし、通り道が狭いので簡単に落ちない。
それでも時間の問題だった。
「ランズベルト伯爵が家臣、某、コール領騎士団長が砦を落とした」
うおおおおぉぉぉ!
相応の被害を受けたが、騎士の面目を保った。
領主の体裁も整う。
あと一押し、大砲で砲撃を加えれば撤退する。
砦を落とす意味がない。
実に面倒だ。
さらに後背の砦を潜入部隊のみで陥落させるという領軍も現れた。
軍の統制が滅茶苦茶だ。
敵が組織的に反撃されないのが幸いであった。
反撃されたなら全滅もありうる。
両軍のレベルが低さに助けられている。
一番の問題は他領の兵とぎくしゃくしている事だ。
姉上が育てた兵達は規律に厳しい。
命令違反などあり得ないし、作戦行動中に酒を飲むなどあってならない。
他領の兵が緩いのだ。
そして、レベルの低さに驚いている。
我が兵は最低でもレベル20を超えている。
隊長クラスでレベル30、姉上の薔薇騎士団ならレベル30を切っている者は一人もいない。
その気になれば、断崖絶壁にザイル(登り綱)を張って、無血占領も簡単そうだ。
規律の揺さとレベルの低さから馴染めないでいた。
また、それを理解できない指揮官が我が軍の態度の悪さを責めた。
飲酒を咎めて、我が兵が怒られる。
秩序も乱すな、他領の兵に口を出すな!
アンドラが溜息を付いた。
姉上が居たら怒り出すだろうと思った。
◇◇◇
8月25日、ハコネ山地の山頂部を越えた。
これで砦の攻略が楽になる。
断崖絶壁とおサラバだ。
大砲は使い過ぎで7割が全損している。
軍の雰囲気は悪くない。
山頂を超えると山の起伏がなだらかになり、普通の砦攻略になる。
もう難航不落の砦はない。
大砲隊は軽く、砲撃してくれるだけでよいと言われた。
嫌々、派手に撃って全部壊そう。
そう思っていると、攻撃停止の命令が出された。
「何故だ!」
命令書を見て、司令官の叫ぶ声が聞こえた。
僕は予感していたので驚かない。
10日前にトーマから報告が入っていた。
プー王国の艦隊が集結しており、どうやら艦隊決戦になると書かれていた。
海戦に勝てば、制海権がアール王国に移る。
プー王国の首都、あるいは副都を直接攻撃ができる。
プー王国の首都は、海に突き出した台地の上に建設されており、海側は断崖で近づく事ができない。
陸側のみに戦力を集中できるという要塞首都だ。
建国当初はプロイス王国の攻撃を何度も受けたが、狭い陸路を守って凌いだと歴史書に掛かれている。
しかし、大砲の出現でその定義が崩れてしまった。
トーマは敵の艦隊の目を盗んで、何度も首都や副首都の砲艦攻撃を行っている。
しかし、一艦でできる攻撃など知れている。
敵の艦隊が戻ってくると、敵の艦を何隻か潰して戻ってきたらしい。
だが、首都の直接攻撃など、プー王国の威信が傷つく。
そこで艦隊決戦が起こる訳だ。
姉上とトーマの読み通りだ。
アール王国の北方艦隊が6艦に対して、敵の帆船は50隻を超える。
敵の帆船はマスト一本の小型戦闘艦、一方、我が艦はマスト2本の中型輸送艦だ。
風上から風下へ直線的に襲ってくる突撃力に劣っているが、それ以外では負けている所はない。
お互いに風上を取ろうと切り上がる。
そこを大砲で遠距離攻撃を掛ければ、大砲のない帆船などただの的らしい。
帆船の艦隊戦はよく判らない。
とにかく、楽勝らしい。
姉上が授けて下さった艦隊戦に勝って停戦条約を結ぶという策が採用されたそうだ。
艦隊指揮を軍務大臣のサロー・ファン・セーチェー侯爵自ら取る。
トーマは巧くやっている。
つまり、艦隊戦で勝って停戦条約が結ばれた訳だ。
糞ぉ、失敗だ。
大砲30門ほどがラーコーツィ家に渡る事になる。
どうやら、僕は失敗したらしい。
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