魯坊人外伝~魯坊丸日記~

牛一/冬星明

文字の大きさ
34 / 242
第一章 魯坊丸は日記をつける

三十三夜 魯坊丸、葛根湯をつくる

しおりを挟む
〔天文十六年 (一五四七年)初夏四月下旬〕
曲輪を護岸工事と同じ方式ですると言ったが、あれは噓だ。
河原者がやってきてから三日過ぎた時点で二百人に達してしまった。
追加応募はまだしてない。
しかし、天白川だけでなく、松巨島まつこしまや鳴海、反対側の山崎川の者が集まってきている感じだった。
まだ増え続けると、義理兄上の忠貞から報告を受けた。
すでに東八幡社の拝殿は一杯となり、境内に臨時の小屋を建てはじめている。
問題は、働ける者が余り増えていない。
山に入れば、食料が手に入り、獣の皮を剥いで売れば生活に困らない程度に稼げる。
食うのに困っていない者は甘い言葉に警戒している。
うん、このまま来るな。
働ける者は初日の六十人から七十五人にしか増えていない。
どちらかと言えば、女、子供、老人、戦などで片腕を失った者とかが多くなっていた。
無償で働いてくれる超格安の労働力だけが手に入る訳もなかった。
一割五分って、労働比率が酷過ぎる。
この配分で人が増えれば、労働力が増えない儘で人が集まり、住む場所も足りなくなる。
計画変更だ。
最初の曲輪の外に四つの曲輪を追加して、大豆、麦、麻、粟、野菜などの畑を増やし、女・子供でもできる手工業や水飴などを作らせる作業場を追加する。
中根南城から丸根村に続く斜面に、びわ、柿、栗、金柑などの木々を植えて、その世話をさせる。
作業小屋の建設を優先し、住む所の拡張は東八幡社に任せよう。
労働力の選択と集中だ。
という訳で、曲輪も簡素化して、壁部のみ石とローマンコンクリートとし、中は畑作りで出た残土で埋める複合壁に変更だ。
呼び出された村上小善の弟がその説明を真剣に聞いていた。

「魯坊丸様。つまり、土地を整地の残土で曲輪を作りながら側面のみ石を積んで固め、最後に『こんく』(ローマンコンクリート)を流して固めるのでありますな」
「そ、う、だ」
「なるほど、なるほど、これは凄いことです。これなら一夜で砦作りが簡単にできますぞ」

覚える吸収力が凄く、発想も柔軟だ。
砦作りに使えるのか。
ならば、人工石炭を作る構造物にも同じ方式が使えると思ったので、作之助を呼ぶように言っておいた。
護岸工事は少しずつ沖になり、満潮時は仕事ができないので、その間はこちらを手伝わせるという二元作業になっていた。
労働力は整地最優先し、使える場所から大豆でも何でも植えてゆく。
女・子供でも山で薬草摘みの作業に入れて自分の食い扶持を稼いでもらおう。
福にそう指示を出すと、少し心配そうな顔で聞いてきた。

「魯坊丸様。多くの者を抱えて大丈夫なのですか?」
「ぜ、に、の、し、ん、ばぁ、い、ば、な、い」(銭の心配はない)
「そうでございますか」
「ぶぅぐ、に、ばぁ、せ、わ、を、ま、が、ぜ、て、わ、る、い、ど、お、も、つ、で、い、る」(福には、世話を任せて悪いと思っている)
「そちらは大丈夫でございます」

作業の振り分けで、東八幡社の河原者の世話を任せられる人材がいなかった。
中根村の住人は避けているし、他の侍女らも行くのを嫌がった。
河原者の話を聞く役は福しか信用できる者がいなかったのだ。
その内、取次役を河原者の中から探すつもりだ。
翌日、夕食の時間になっても福が戻ってこないので使者を東八幡社に送った。
慌てて戻ってきた福が遅くなったことを謝罪する。

「遅くなって申し訳ありません」
「ぎ、に、す、る、な。し、ん、ばぁ、い、し、た、、だ、け、だ」(気にするな。心配しただけだ)
「ありがとうございます」

福は遅くなった理由を話した。
昨日、やってきた親子連れがいたらしい。
子供は体を洗ったのちに夕食を与えると、その途中で子供が倒れたらしい。
体を洗っている時も、何度もくしゃみをしたという。
そして、昨晩は高温高熱でうなされた。
福は俺が昼寝の間に様子を見に行ったが、そこには放置されている子供を見て焦ったらしい。
母親すら諦めていたという。
七歳までは神のうち。
七歳まではいつ死んでもおかしくないという言葉であり、貧しい者は薬も与えられない。
だが、福は俺の領地に安易に死人は出せないと考えた。
布などを用意させて寝床を作り、俺が心配していると聞いて戻ってきた。
福は重湯を分けてもよいかと聞く。
もちろん、答えは『NO』(ノー)だ。
重湯だけでは、熱は下がらない。
一晩経っているなら体力も落ちているだろう。
食べる元気が残っているのか?

「ぶぅぐ。だ、い、ど、こ、ろ」(福。台所)
「畏まりました」
「が、つ、ご、ん、ど、う、を、つ、ぐ、る」(葛根湯かっこんとうをつくる)
「かつこんとう、ですか?」
「そ、う、だ」

正確には、葛根湯ではない。
すべての材料を揃えることはできないからだ。
しかし、葛をメインに使うので『葛根』に間違いはないとも言える。
効用を上げる為に、近場で採れた薬草を粉末にしたものを加える。
この辺りで採れる薬草ならすべて把握済みであり、自宅で作れる漢方薬配合を教えてくれた爺様先生の公認だから絶対に利くというか、俺もよく世話になった。
最後に水飴を混ぜて完成だ。
俺も行くと言ったが、福がそれだけは許してくれない。
代わりに硝石で作った氷を桶に入れて持って行かせ、福に濡れた布で額と首筋を念入りに冷やすように助言を与えて送り出した。
賄い長には、半刻 (一時間)ごとに氷の補充をするように命じた。
硝石箱が機能する限界まで使い切らせる。
これでしばらく氷はお預けだ。
最悪、煮詰めて再度結晶を取り出す手もあるけど、大量の薪がいるからな。
氷欲しさに大量の薪を消費したと知れたら、母上に叱られるかな?
どうするかは後で考えよう。
福は子供に無理矢理でも葛根湯を飲ませると、交替で仮眠を取りながら世話をすると、翌朝には子供が目を覚まし、重湯を食べられるくらいに回復したらしい。
彼らの代表が数人訪れて、俺に礼をいった。
助かったか、それはよかった。
あの薬は風邪に効果的だが、インフルエンザなどでは緩和作用しかない。
利いてよかった。

数日後、この話を聞いた大喜爺ぃから聞いた千秋季光が飛んできて、神薬『葛根湯』をすべて買いたいと言ってきた。
神薬って何だ?
葛は作るのに手間が掛かるが甘味として重宝されており、売られていない訳ではない。
以前、薬師と話して気づいたが、漢方薬という言葉は存在しなかった。
その薬師から葛の名があがることもなかった。
知識を秘匿しているのか、俺が提供した情報以上に返してくれないからだ。
例えば、福らは山から取ってきた適当な葉で茶を焚いていたが、イチョウ葉茶、柿ノ葉茶、ビワノ葉茶などにはそれぞれの効用があり、季節や状況に応じて替えて飲めば、より美味しく飲めると福に教えた。
これも立派な治療薬として考えられる。
だが、薬師らは、そういった知恵を広めるつもりはないらしい。
民間治療が発展すると、薬師の意義が失われるからだ。
だから、薬を売るのは、薬師か、神社、あるいは寺院だった。
千秋季光がどんな謳い文句で神薬『葛根湯』として売るつもりなのかは想像できた。
あまり乗り気になれないが、手入れされていない山には山程の葛があり、それを高値で引き取ってくれるというのである。
薬草も珍しい配合ではないので困らないだろう。
作る手間は大変だが、労力に見合う値で引き取ってくれる。
これで河原者が増えたとしても、しばらくは葛根湯を作ることで養えそうだ。
俺は千秋季光の要望にゆっくりと頷いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

処理中です...