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第一章 魯坊丸は日記をつける
三十九夜 魯坊丸、ハイキングにゆく
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〔天文十六年 (一五四七年)七月六日〕
山を越え行こうよ。
口笛を吹きつつなんて歌がありますが、そんな余裕はありません。
暑い。
山は森林浴で涼しくなるって言っていた奴は誰だ。
今日は岡本-定季の提案でさくら山(蜜柑山)にハイキングだ。
山の高さは大したことはない。
だが、道が整備されている訳でもなく、山道を歩くのは大変だ。
俺を抱いた武蔵が慎重に山を登った。
頂上に到着すると、俺の眼下に御器所台地、熱田台地、その先の濃尾平野が広がっていた。
中根から見るとさくら山は北の山と思っていたが、古渡城側から見れば、山崎川に沿って立っている丘陵地だった。
定季がやりたかったのは地理のお勉強だ。
「地図で見ているだけでは実感がわきません。こうして見ると城の位置関係がよく判ると思います」
「そ、う、だ、な」
「熱田、古渡、那古野は台地の上にあり、天然の城壁をもっております」
「ま、わ、り、こ、め、る」
「確かに、城を攻めるのに、間延びした台地を迂回するのは容易いことです。ですから、両城は空堀を掘って城を守っております」
定季の説明が進む。
親父、織田信秀は尾張守護代の清洲織田大和守家の奉行に過ぎない。
だが、主だった領主が集まる会議では、親父の意見に反対する者はおらず、その奉行が実質の国主である。
親父に逆らった者は造反者として滅ぼされる。
「主筋である清洲の大和守家、その譜代は面白くありません。また、同じ奉行の因幡守家、藤左衛門家も同様です」
「で、あ、る、か」
「大殿は勝ち続けなければ、信頼を得ることができないのです」
「そ、れ、ばぁ、つ、ら、い、な」
この世界が談合で回ると定季が教えてくれた。
尾張の国の主である守護ですら皆の意見を無視できない。
実際に国の運営を任されている守護代も同じだ。
奉行などの家臣団の意見を無視することができない。
親父は守護代の大和守家と戦って、前守護代の織田-達勝と戦って隠居に追い込み、養子でいれた信友を守護代に据えた。
信友も親父に逆らえば、隠居、あるいは、自害に追い込まれる。
だから、実質の国主なのだ。
「大殿は信長様を尾張の守護代に据えるおつもりなのでしょう」
「そ、う、な、の、か?」
「土田御前様は土岐源氏の血を引かれております。血筋的に文句がでません。織田弾正忠家の朝廷や幕府の貢献は申し分もございません。守護の斯波-義統がお認めになれば、おそらくは」
「よ、ろ、こ、ばぁ、し、い」
「その通りです。同格ならば造反が容易いですが、主筋となれば、反逆となり簡単に滅ぼす理由となります。迂闊に動けなくなります」
そういうことか。
隣の国の斎藤家は下剋上でのし上がった家ゆえに、反発する家が多いとか。
美濃が分裂するのもその為だ。
現守護土岐-頼純、元守護土岐-頼芸、現守護代斎藤-利政、そして、元守護代が乱立し、自らの正当性を主張する。
頼芸は親父の力を借りてでも、斎藤-利政を倒せば、守護に帰り咲ける。
少なくともそう考える美濃の領主がいるので、親父は美濃に攻める口実となる。
いわゆる、勝てば官軍だ。
尾張、美濃、三河に影響力をもつ織田弾正忠家なら守護代に据えるのは必定と誰もが思う。
定季はそう読んでいた。
そこから見える範囲で城を指し、その城主や主な家臣の名前を語っていった。
全部、覚えろって?
無理、無理、無理。そんな面倒なことは仕度ない。
定季が「一度で覚えろと申しません。何度でもお教えいたします」と笑いながらいった。
マジで止めてくれ。
城に戻った俺は水風呂に入った。
井戸の側に窯で湯を炊く公衆浴場を建てさせた。
中根村には巨大な銭湯を建てた。
長根村、中根村、河原者が共同で使うように命じ、丸根村は少し遠いので夜寒村と共用の銭湯を建設中だったりする。
毎日入ってほしいが、薪代も馬鹿にならないので三日に一度という感じだ。
母上には肌がつやつやになると唆したが、髪を乾かすのが面倒と言い出した。
仕方ないので、手動の扇風機を作らせた。
いずれは、窯の余熱で固定式のドライヤーを作ろう。
水風呂を浴びてさっぱりして部屋に戻ってくると、母上が俺を見つけて寄ってきた。
「魯坊丸も何か願いを書きなさい」
短冊に書く願いことなんてありません。
七夕が近付いたので、七夕祭りはないのかと聞くと特になかった。
母上が「七夕祭りとは何ですか?」と興味津々に問い質すので、京の公家の姫が短冊に願いごとを書くと願いが叶うとでまかせを言った。
福は福で「おぉ」と感動した。
河原者の字の練習を兼ねて、笹を用意させると子供らの願いを書かせて短冊を吊らせたらしい。
母上も笹を用意させて、侍女や女中の短冊を吊っていた。
こういうときの母上は子供っぽい。
七夕。
熱田神宮は七夕の朝に『禊』をする行事があるそうだ。
町で祝うことはないそうだ。
村人は七夕が晴れると凶作になると信じていた。
何となく判った。
先月、灰が降ったあとも天候がすぐれず、不作になるかと不安に思ったが、大雨が降った後はからりと晴れて、がんがんと日差しが照りつけてきた。
今は雨が欲しいくらいだ。
水田の稲は元気だが、乾田の稲は少しお辞儀をし始めていた。
村人も川の水を掬って田畑に撒くのに忙しい。
お盆前の七夕に雨が降ってほしいと願うのは自然な流れだ。
「魯坊丸はどんな願いを書きますか?」
もっとゴロゴロしたいかな…………でも、書いたら怒られるかな?
怒られるな。
山を越え行こうよ。
口笛を吹きつつなんて歌がありますが、そんな余裕はありません。
暑い。
山は森林浴で涼しくなるって言っていた奴は誰だ。
今日は岡本-定季の提案でさくら山(蜜柑山)にハイキングだ。
山の高さは大したことはない。
だが、道が整備されている訳でもなく、山道を歩くのは大変だ。
俺を抱いた武蔵が慎重に山を登った。
頂上に到着すると、俺の眼下に御器所台地、熱田台地、その先の濃尾平野が広がっていた。
中根から見るとさくら山は北の山と思っていたが、古渡城側から見れば、山崎川に沿って立っている丘陵地だった。
定季がやりたかったのは地理のお勉強だ。
「地図で見ているだけでは実感がわきません。こうして見ると城の位置関係がよく判ると思います」
「そ、う、だ、な」
「熱田、古渡、那古野は台地の上にあり、天然の城壁をもっております」
「ま、わ、り、こ、め、る」
「確かに、城を攻めるのに、間延びした台地を迂回するのは容易いことです。ですから、両城は空堀を掘って城を守っております」
定季の説明が進む。
親父、織田信秀は尾張守護代の清洲織田大和守家の奉行に過ぎない。
だが、主だった領主が集まる会議では、親父の意見に反対する者はおらず、その奉行が実質の国主である。
親父に逆らった者は造反者として滅ぼされる。
「主筋である清洲の大和守家、その譜代は面白くありません。また、同じ奉行の因幡守家、藤左衛門家も同様です」
「で、あ、る、か」
「大殿は勝ち続けなければ、信頼を得ることができないのです」
「そ、れ、ばぁ、つ、ら、い、な」
この世界が談合で回ると定季が教えてくれた。
尾張の国の主である守護ですら皆の意見を無視できない。
実際に国の運営を任されている守護代も同じだ。
奉行などの家臣団の意見を無視することができない。
親父は守護代の大和守家と戦って、前守護代の織田-達勝と戦って隠居に追い込み、養子でいれた信友を守護代に据えた。
信友も親父に逆らえば、隠居、あるいは、自害に追い込まれる。
だから、実質の国主なのだ。
「大殿は信長様を尾張の守護代に据えるおつもりなのでしょう」
「そ、う、な、の、か?」
「土田御前様は土岐源氏の血を引かれております。血筋的に文句がでません。織田弾正忠家の朝廷や幕府の貢献は申し分もございません。守護の斯波-義統がお認めになれば、おそらくは」
「よ、ろ、こ、ばぁ、し、い」
「その通りです。同格ならば造反が容易いですが、主筋となれば、反逆となり簡単に滅ぼす理由となります。迂闊に動けなくなります」
そういうことか。
隣の国の斎藤家は下剋上でのし上がった家ゆえに、反発する家が多いとか。
美濃が分裂するのもその為だ。
現守護土岐-頼純、元守護土岐-頼芸、現守護代斎藤-利政、そして、元守護代が乱立し、自らの正当性を主張する。
頼芸は親父の力を借りてでも、斎藤-利政を倒せば、守護に帰り咲ける。
少なくともそう考える美濃の領主がいるので、親父は美濃に攻める口実となる。
いわゆる、勝てば官軍だ。
尾張、美濃、三河に影響力をもつ織田弾正忠家なら守護代に据えるのは必定と誰もが思う。
定季はそう読んでいた。
そこから見える範囲で城を指し、その城主や主な家臣の名前を語っていった。
全部、覚えろって?
無理、無理、無理。そんな面倒なことは仕度ない。
定季が「一度で覚えろと申しません。何度でもお教えいたします」と笑いながらいった。
マジで止めてくれ。
城に戻った俺は水風呂に入った。
井戸の側に窯で湯を炊く公衆浴場を建てさせた。
中根村には巨大な銭湯を建てた。
長根村、中根村、河原者が共同で使うように命じ、丸根村は少し遠いので夜寒村と共用の銭湯を建設中だったりする。
毎日入ってほしいが、薪代も馬鹿にならないので三日に一度という感じだ。
母上には肌がつやつやになると唆したが、髪を乾かすのが面倒と言い出した。
仕方ないので、手動の扇風機を作らせた。
いずれは、窯の余熱で固定式のドライヤーを作ろう。
水風呂を浴びてさっぱりして部屋に戻ってくると、母上が俺を見つけて寄ってきた。
「魯坊丸も何か願いを書きなさい」
短冊に書く願いことなんてありません。
七夕が近付いたので、七夕祭りはないのかと聞くと特になかった。
母上が「七夕祭りとは何ですか?」と興味津々に問い質すので、京の公家の姫が短冊に願いごとを書くと願いが叶うとでまかせを言った。
福は福で「おぉ」と感動した。
河原者の字の練習を兼ねて、笹を用意させると子供らの願いを書かせて短冊を吊らせたらしい。
母上も笹を用意させて、侍女や女中の短冊を吊っていた。
こういうときの母上は子供っぽい。
七夕。
熱田神宮は七夕の朝に『禊』をする行事があるそうだ。
町で祝うことはないそうだ。
村人は七夕が晴れると凶作になると信じていた。
何となく判った。
先月、灰が降ったあとも天候がすぐれず、不作になるかと不安に思ったが、大雨が降った後はからりと晴れて、がんがんと日差しが照りつけてきた。
今は雨が欲しいくらいだ。
水田の稲は元気だが、乾田の稲は少しお辞儀をし始めていた。
村人も川の水を掬って田畑に撒くのに忙しい。
お盆前の七夕に雨が降ってほしいと願うのは自然な流れだ。
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