魯坊人外伝~魯坊丸日記~

牛一/冬星明

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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

四十七夜 池田恒興の初陣(寺部城の戦い)

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〔天文十七年 (一五四八年)八月十日から十五日〕
松巨島 (笠寺台地)は海に面しており、潮風を防ぐ防風林も設置していないので農作物がほとんど育たないので、特産物は塩であった。
松巨島で造られた塩は塩付街道を通って、東美濃から中美濃や木曽へ運ばれてゆく。
この塩付街道は我が領地を通っている。
笠寺から桜中村を通り、中根、山崎川に沿って上がってゆく。
実際、戸田の渡しを通って山崎に向かう馬借人 (運送屋)も多いけれど、祖父の大喜嘉平の塩馬借『橘屋』は塩付街道を利用して塩を運んでいた。
第一報は、その馬借人から齎された。
山口やまぐち-重俊しげとし戸部とべ-政直まさなおの戸部城を強襲したのだ。
笠寺観音の笠覆寺は松巨島の中央に位置しており、その南西に165間300mほど行った所に山口重俊の寺部城があった。
対して、戸部城は笠覆寺の西、寺部城から北西に385間(700m)という目と鼻の先にある。
戸部城と言っているが、元々は松本砦と呼ばれており、城と呼ぶには質素な作りであった。
重俊は夜陰に紛れて奇襲した。
しかし、山口重俊が襲ってくると警戒しており、逆に砦に引き込んで包囲したらしい。
重俊の手勢も多くなかったので、逆に討ち取られたのだ。
俺は笠寺に人をやると、なかなかに酷い状態になっていた。
重俊が討ち取られると、出家していた兄の俊良と弟の良真が寺部城に入り、重俊の敵討ちを誓った。
山口家は笠寺の信徒も多く、俊良に従って戸部との戦仕度をはじめている。
重俊の子に清蔵がいるのだが、後継人のような顔をして山口宗家を簒奪した。
そして、俊良は家臣や同族の敵討ちの檄を飛ばしているという。

「勝てる気でいるのか?」
「笠覆寺の苦情を聞いてはじめた戦です。自分らの要請で重俊が討ち取られたとなると、笠覆寺の僧は引くに引けない状態でしょう」
「笠寺別当である千秋季忠に反発した僧らの反乱だぞ」
「季忠様が大殿に出陣を要請される案件ですな」
「親父が仕掛けたから、親父が尻を拭くは当然だな」

政直のみで松巨島で笠寺観音の信徒を相手に戦は大変な負担であり、政直は笠寺別当の千秋季忠に助けを求めた。
熱田単独でも解決できるが、千秋季忠は熱田衆に負担を強いるつもりはなく、親父に助けを求めるだろう。
そもそも発端が政直の笠覆寺の横領からはじまっており、熱田の龍泉寺や荒子観音、甚目寺などの観音寺である他の信徒が、笠覆寺に同調する可能性があったからだ。
横領を許した親父の案件で千秋季忠が批難するのは的外れなのだが、竹千代の事件を知らない者にとって不公平に感じても仕方ない。
寺院の横領を容認するのは、それぞれの寺院の死活問題なのだ。

予想通り、千秋季忠は熱田衆を集めることなく、仕掛け人の親父に責任を返した。
親父が介入すれば、寺院の下手な批難を回避できる。
千秋季忠は「織田様に逆らいますか。私は遠慮します。逆らいたい方はお好きにどうぞ」という感じで、笠寺別当だけが被害者を演じている。

親父は寺部城攻めの大将に御器の大学允 (佐久間さくま-盛重もりしげ)とし、副大将を鳴海の山口やまぐち-教房のりつぐとした。
千秋季忠が率いる熱田衆にも参戦を命じた。
信光叔父上から俺が出陣すれば、笠寺観音の信徒が怯むので出陣しないかというお誘いがあったが、俺は「熱田神宮の大宮司であり、笠寺別当の千秋季忠がいれば、十分でしょう」と断わった。
織田勢三千人に対して、寺部城と星崎条の山口勢五百人のみだ。
俊良と良真は、山口やまぐち-教房のりつぐなどの同族にも見限られ、笠寺の新屋敷家にも見捨てられた。
今川義元や水野信元や織田信友などにも援軍を求めたが、応じる気配はなく、平針の新屋敷家にも援軍の要請を出したが、平針新屋敷家は平針加藤家の家臣として山口教房の軍に加わった。
そう言えば、梅森北城の松平まつだいら-信次のぶつぐにも求められていた。
俺の忍びが梅森北城へ向かう使者を捕らえ、三蔵宛の書状を手に入れたのだ。
その手紙には三河からの援軍云々と書かれていた。
信次には、三河に織田方ではない勢力に伝手があるということだ。

「松平-信次か」
「八事での騒動では援軍を送ってくれましたが、盗賊を手引きした前平針城主の新屋敷家とは親しかったと聞いております」
「笠寺との関係はどうだ?」
「良好と聞いております」
「信次に親しい三河の勢力はどこだと思う」
「見当も付きません。水野かもしれませんし、怪しいのは同族の松平の岡崎、長沢もありますが、他かも知れません。いずれにしろ、今川方に与した勢力でありましょう」
「そうだよな」

松平-信次は三河三代当主松平まつだいら-信光のぶみつの末裔であり、長沢松平家の庶流である。
松平まつだいら-清康きよやすが守山城を襲ったときに、梅森北城を頂いて、そのまま尾張に残ったが、親父が東尾張に進出すると下って織田家臣となった。
天文9年の信次の息子である松平まつだいら-忠倫ただともが矢作川の東にある上和田城の城主だったので、松平広忠に対して逆心させて織田方に寝返らせた。
先日の小豆坂の戦いで織田家が大敗すると、上和田城の忠倫は降伏して今川方となっている。
本家の長沢松平家も今川方だ。
以前から今川方に通じているならば、竹千代救出も関与しているかもしれない。
だが、信次が動く気配はまったくなかった。

十五日、織田勢三千人が東と北から二手に分れて笠覆寺に進軍したが、別当千秋季忠の説得で開城した。
本隊はそのまま南下した寺部城を取り込んだ。
俺は師匠の定季に連れ出されて、寺部城から東の山に布陣した熱田勢の近くから戦の検分だ。
定季曰く、戦の差配は戦を見なければ、養われないとか。
寺部城を見ながら、俺ならどう兵を配置するかとか、色々と尋ねられた。
戸部城は海上に突き出した砦であり、船で攻めてきた敵に対応する笠寺の支城である。
東側の島からの攻撃に脆い。
一方、寺部城も笠寺を守る支城であったが、小さな丘の上に城を築いており、海側、山側に関係ない。
西側から北側に掛けて入り江があるので防御力がある城であった。
しかし、南北東西共に五十mしかない小さい城であり、多くの兵が詰められない。
南東に100間 (180m)程離れた山口やまぐち-盛隆もりたかの市場城が機能していれば、寺部、市場、星崎が双方に背中を守る形になって厄介な戦いになっただろう。
しかし、山口-盛隆は中立を宣言し、市場城に佐久間の兵を入れることを承諾した。
これで寺部城を包囲することが容易になった。
佐久間の主力が北東に、山口教継が率いる混成軍が南に、戸部を中心とした笠寺勢は北に配置された。
熱田衆は市場城に近い東の丘に陣取った。
我々の目の前に池田いけだ-恒興つねおきの池田家『泊蝶とまりちょう紋』の旗がなびいていた。

「信長兄ぃの乳兄弟と聞いているが、恒興とはどんな男だ」
「恒興殿は父の恒利つねとしが若くして亡くなって、わずか三歳で家督を継がれました」
「信長兄ぃの小姓ではないか?」
「去年まで小姓をやっておりましたが、元服されて信秀様の家臣となっております。此度が初陣でしょう」
「初陣か」 

池田-恒興は天文五年 (1536年)に生まれたが、2年後の天文7年に父の恒利が亡くなった。
しかし、恒利の妻が信長の乳母であったことから、乳兄弟の恒興が家督を継ぐことが許され、3歳で信長兄ぃの小姓となった。
しかも恒利の妻は美人だったのか?
いつの間にか、親父の側室になったので恒興は義理の息子ということで大切にされているとか?
意味がわからん。
親父もどういうつもりだ。
今年の春、俺の妹である栄を出産したそうだ。
ホントに⁉
血はまったく繋がっていないが、マジで義理の兄になるのか。
それはともかく、今年の正月で13歳 (満12歳)となった恒興は、元服が許されて、此度が初陣となったらしい。
初陣で負けるのは、げんが悪いので、勝ち戦に参陣させるのが常である。
春の戦に連れていかなかったのは正解だ。
この戦で家臣が敵の首を1つでも上げれば、箔が付くらしい。

「魯坊丸様には関係のない話ですな」
「戦で殺した数を競う趣味はない。戦わずに勝つのが上の上だ」
「それがわかる者が少ないのです」

大学弁の戦口上が終わると、戦が弓合戦からはじまった。
城兵は300人程度である。
東の大手門から佐久間勢が激しく弓の雨を降らせ、矢の数で敵を怯えさせる。
半刻 (1時間)ほど弓合戦が続き、大学弁が突撃の合図を送ると戦いが一気に激しくなった。

「大学殿は自ら先陣を切る勇猛な武将でございます」
「それにしては、弓合戦が長かったな」
「無駄に味方の被害を出したくないのでしょう」
「勝敗は決しているので、敵の士気が下がるのを待ったのか」
「おそらく、そうでしょう」
「西の海側に兵を配置していないのは、脱走兵が逃げ易くする為だな」
「入り江を泳いで渡れば、助かるかもしれません」

西側に門はないが、逃げ出すならば矢討ち台から板壁を飛び越えれば問題ない。
東の攻撃が苛烈になると、東に兵が集まり出し、北と南が手薄になってゆく。
そこを見定めていた山口教継が裏手門を攻めるように下知が飛び、池田軍も攻め始めた。
少し遅れて北に配置された戸部を含む笠寺勢が北門も攻め掛かった。
戦は中盤を飛ばして終盤へ突入した。
兵が少なくなった裏手門に取りつくと、門が開かれ、兵が雪崩込み、僧の俊良と良真が討ち取られて終わった。

明日は、星崎城を攻めるそうだが、おそらく迫ったところで降伏するだろう。
星崎の山口家も宗家に対する義理は果たした。
これで笠寺の山口宗家は取り潰しとなり、山口教継が宗家を名乗るらしい。
当主だった重俊の子である清蔵 (後の山口重勝)と重俊の弟の厳丸 (後の山口盛政)は戦がはじまる前に寺部城を逃げ出して、教継に保護されているらしい。
おそらく、親父か佐久間家が預かることになるだろう。
これで織田家に敵対する家を1つ潰したことになる。
容赦なく宗家を取り潰した山口教継は親父に心から臣従しており、親父が生きている限りは裏切ることはない。
そう、親父が生きている限りだ。
こうして寺部城の戦いはあっさりと終わった。
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