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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達
五十五夜 武衛屋敷の修復で云々
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〔天文十七年 (一五四八年)十一月第二卯の日〕
小雨が降っていたが、無事に新嘗祭が終わった。
式が終わると、場所を千秋邸に移して宴会となる。
母上は俺にやり過ぎないように注意をすると帰ってしまった。
去年は、まだ言葉が拙い俺を守る為に母上と福がタッグを組んで一緒に守ってくれていたことが懐かしく思える。
それはもう今は昔だ。
正月はじめからの酒造所建設で目立ち過ぎたことで、夏頃には神官や熱田衆の皆が俺の顔色を気にするように変わってしまった。
この熱田で俺に高圧的な態度を取る者は誰もいない。
神官らも千秋季忠の説得で、俺が熱田明神の生まれ代わりと信じない者はいない。
少なくとも表向きは…………内心はどう思っているんだろうね?
そんな内心の問題より、行き過ぎた教育で狂信者が増えていることだ。
狂信者は千秋季忠一人で十分だ。
独裁者は孤独というが、俺のやり過ぎを止めてくれる者がいなくなる方が心配になってきた。
俺って戦国知識が微妙にズレいるんだよな。
兎も角、熱田神宮では敵らしい敵はいない。
母上も安心して、俺の世話を千代女らに任せてそそくさと帰ってしまった。
宴会って、セクハラ親父の溜まり場の上、俺への賞賛を聞かされ続けるので、母上も最近は宴会でうんざりしていたのだ。
参加者がぞろそろと入ってきて、その最上段に今年も信光叔父上が親父の名代として座った。
宴会の始まりは、信光叔父上の挨拶からはじまる。
「今年も無事に新嘗祭が無事に終わったことを心より喜んでおる。また、熱田衆の協力で京にて酒を売る目途も付いた。来年は大いに潤うことになるだろう。織田弾正忠家は其方らの発展を助けるつもりだ。大いに潤って欲しい」
そこから各個人への賞賛が続き、場合によっては褒美や感状などを与えた。
神宮への寄進は朝に行っているので、神宮に対して特に何もない。
こうして長い話が終わると、最後に爆弾を落としてくれた。
「長く京にいた平手政秀が朝廷より武衛屋敷の修復がどうなっているかを問われた。政秀が関与するところではないので、尾張に戻った政秀は武衛様にお目通りして伝言したが、清須で囚われの身である武衛様に修復する財力はなく、また、守護代の織田大和守様もその意志がない」
そこまで聞いた時点で俺は嫌な予感が走った。
これは予感ではなく、ほとんど確信だ。
わざわざこの席で言っているのだから、京の武衛屋敷の修復を親父が引き受けた。
「武衛様のお望みにより、織田弾正忠家が武衛屋敷の修復を携わることとなった。織田三河守 (織田-信秀)が引き受けたからには、粗末な修復はできん。銭に糸目はつけん。熱田衆に修復を依頼したい。頼めるか」
信光叔父上の目が千秋季忠を貫き、季忠が膝を折って頭を下げた。
断る訳がない。
熱田宮大工の総力を挙げて、修復をなすと宣言する。
信光叔父上の隣に座っていた俺はそっと厠へ行こうと席を立とうとすると、信光叔父上が俺の背中を鷲掴みにして引き寄せた。
「責任者は、この魯坊丸とする」
神官らは大いに喜び、熱田商人らは納得する。
他の熱田衆から文句がでることはない。
どうして、俺に仕事を押し付けたがるんだ。
中でも、季忠が興奮を抑えられないように答えていた。
「このような大工事を成功させるのは、魯坊丸様以外にございません。我ら熱田神宮の一同は、魯坊丸様と一丸となって成功させましょう」
「季忠殿、よう言われた。これで安心して任せられる」
「魯坊丸、よろしく頼むぞ」
「銭に糸目はつけぬと言われましたが、どこから捻出するつもりなのですか?」
「決まっておろう」
「酒は打ち出の小槌ではございません。次々と押し付けないで下さい」
「数万貫文の銭が動くのだ。かなり儲かるのであろう」
「熱田・堺・僧の三者で折半します。実際の儲けは六千貫文もあるかないかです」
「ほぉ、六千貫文もあるのか」
「天王寺屋が博多の商人と話した感触では、石見銀山の採掘量も銀六十貫匁から八十貫匁が取れるそうです。銭に換算すると六千貫文程度だそうです」
「石見銀山の儲けと同じか」
「酒で銀脈を当てたようなものですが銀脈は尽きます。酒の売り上げもいつか落ちます。余り当てにされては困ります」
「だが、六千貫文は儲かるのであろう」
「そこから一千貫文が朝廷に納められ、酒造所の総構えを整える建設費や忍びの人件費を引くと五千貫文となり、造船に二千貫文を投資すれば三千貫文に目減りし、京まで陸路を確保する為に来年は一千貫文を投じますので、織田家に納める銭は二千貫文しか残りません」
「その程度なのか?」
「熱田と津島の税収が加わりますから三千貫文に届くと思いますが、そこから俺が貸している分を引きますから、納める額は二千貫文しかありません。武衛屋敷の準備費を減らせば、一千五百貫文となりますが、それで宜しいのですな」
「少ないな」
「少ないではありません。信光叔父上には試算書を渡してあるでしょう」
「あれか。実を言うと奉行方であれを読める者がおらん」
はぁ、今後の熱田と津島の税収は台帳ではなく、貸借対照表と損益計算書を基本に税収を捻出させるのでわからないでは済まないぞ。
よく聞くと、政所の侍がまったく理解できないらしい。
末森、守山の双方でだ。
後ろから千代女が小声で俺に言った。
「若様。中根南城の政所も侍女らと一年掛けて、若様の新しい台帳を覚えたと聞いております。私もまだ貸借対照表と損益計算書を完全に読み取れる訳ではありません。確かに覚えると仕分けが便利ですが、そもそも仕分けから理解できていないと思われます」
「説明書を付けたぞ」
「その説明書が読めないのではないでしょうか?」
「どうすれば、よいと思う」
「中根南城の奉行方を派遣して読み方を指導し、見習いを末森に置いておくのはどうでしょう」
「見習いは元河原者だぞ」
「嫌ならば、中根南城に返して頂けばよろしいかと。こちらも人材不足で教育中です」
聞き耳を立てていた信光叔父上が元河原者でも構わんと言った。
俺らの話が終わると、信光叔父上や俺と話したい客がずっと待っていた。
おべちゃらだけの不毛な話も多いので、誰かに押し付けたい。
もちろん、希に儲け話も転がっていたりする。
酒ならぬ水盃を汲みたいだけの者も多い。
一次会が終わると、そのまま二次会がはじまる。
俺は皆にお眠の時間と挨拶をして席を立つと、千秋邸の客間に戻った。
湯たんぽで温められた布団に入ると、やっと落ち着けた。
そして、武衛屋敷のことを考えた。
武衛屋敷は御所の西側、室町通りに面していた。
管領の斯波-義将が右衛門督の官位をもらったことより、兵衛官の唐名である武衛に因んで武衛家と呼ぶようなった。
今から五十年ほど前、斯波家第十二代の義寛が在京を諦めたことで放置されるようになった為に老朽化が進んでいるらしい。
五十年も放置すれば、かなり痛んでいるだろう。
全面改装も考えておくべきか…………そんなことを考えている内に睡魔に襲われ、俺は眠りの住人となっていた。
やはり寝るのが一番の至福だな。
小雨が降っていたが、無事に新嘗祭が終わった。
式が終わると、場所を千秋邸に移して宴会となる。
母上は俺にやり過ぎないように注意をすると帰ってしまった。
去年は、まだ言葉が拙い俺を守る為に母上と福がタッグを組んで一緒に守ってくれていたことが懐かしく思える。
それはもう今は昔だ。
正月はじめからの酒造所建設で目立ち過ぎたことで、夏頃には神官や熱田衆の皆が俺の顔色を気にするように変わってしまった。
この熱田で俺に高圧的な態度を取る者は誰もいない。
神官らも千秋季忠の説得で、俺が熱田明神の生まれ代わりと信じない者はいない。
少なくとも表向きは…………内心はどう思っているんだろうね?
そんな内心の問題より、行き過ぎた教育で狂信者が増えていることだ。
狂信者は千秋季忠一人で十分だ。
独裁者は孤独というが、俺のやり過ぎを止めてくれる者がいなくなる方が心配になってきた。
俺って戦国知識が微妙にズレいるんだよな。
兎も角、熱田神宮では敵らしい敵はいない。
母上も安心して、俺の世話を千代女らに任せてそそくさと帰ってしまった。
宴会って、セクハラ親父の溜まり場の上、俺への賞賛を聞かされ続けるので、母上も最近は宴会でうんざりしていたのだ。
参加者がぞろそろと入ってきて、その最上段に今年も信光叔父上が親父の名代として座った。
宴会の始まりは、信光叔父上の挨拶からはじまる。
「今年も無事に新嘗祭が無事に終わったことを心より喜んでおる。また、熱田衆の協力で京にて酒を売る目途も付いた。来年は大いに潤うことになるだろう。織田弾正忠家は其方らの発展を助けるつもりだ。大いに潤って欲しい」
そこから各個人への賞賛が続き、場合によっては褒美や感状などを与えた。
神宮への寄進は朝に行っているので、神宮に対して特に何もない。
こうして長い話が終わると、最後に爆弾を落としてくれた。
「長く京にいた平手政秀が朝廷より武衛屋敷の修復がどうなっているかを問われた。政秀が関与するところではないので、尾張に戻った政秀は武衛様にお目通りして伝言したが、清須で囚われの身である武衛様に修復する財力はなく、また、守護代の織田大和守様もその意志がない」
そこまで聞いた時点で俺は嫌な予感が走った。
これは予感ではなく、ほとんど確信だ。
わざわざこの席で言っているのだから、京の武衛屋敷の修復を親父が引き受けた。
「武衛様のお望みにより、織田弾正忠家が武衛屋敷の修復を携わることとなった。織田三河守 (織田-信秀)が引き受けたからには、粗末な修復はできん。銭に糸目はつけん。熱田衆に修復を依頼したい。頼めるか」
信光叔父上の目が千秋季忠を貫き、季忠が膝を折って頭を下げた。
断る訳がない。
熱田宮大工の総力を挙げて、修復をなすと宣言する。
信光叔父上の隣に座っていた俺はそっと厠へ行こうと席を立とうとすると、信光叔父上が俺の背中を鷲掴みにして引き寄せた。
「責任者は、この魯坊丸とする」
神官らは大いに喜び、熱田商人らは納得する。
他の熱田衆から文句がでることはない。
どうして、俺に仕事を押し付けたがるんだ。
中でも、季忠が興奮を抑えられないように答えていた。
「このような大工事を成功させるのは、魯坊丸様以外にございません。我ら熱田神宮の一同は、魯坊丸様と一丸となって成功させましょう」
「季忠殿、よう言われた。これで安心して任せられる」
「魯坊丸、よろしく頼むぞ」
「銭に糸目はつけぬと言われましたが、どこから捻出するつもりなのですか?」
「決まっておろう」
「酒は打ち出の小槌ではございません。次々と押し付けないで下さい」
「数万貫文の銭が動くのだ。かなり儲かるのであろう」
「熱田・堺・僧の三者で折半します。実際の儲けは六千貫文もあるかないかです」
「ほぉ、六千貫文もあるのか」
「天王寺屋が博多の商人と話した感触では、石見銀山の採掘量も銀六十貫匁から八十貫匁が取れるそうです。銭に換算すると六千貫文程度だそうです」
「石見銀山の儲けと同じか」
「酒で銀脈を当てたようなものですが銀脈は尽きます。酒の売り上げもいつか落ちます。余り当てにされては困ります」
「だが、六千貫文は儲かるのであろう」
「そこから一千貫文が朝廷に納められ、酒造所の総構えを整える建設費や忍びの人件費を引くと五千貫文となり、造船に二千貫文を投資すれば三千貫文に目減りし、京まで陸路を確保する為に来年は一千貫文を投じますので、織田家に納める銭は二千貫文しか残りません」
「その程度なのか?」
「熱田と津島の税収が加わりますから三千貫文に届くと思いますが、そこから俺が貸している分を引きますから、納める額は二千貫文しかありません。武衛屋敷の準備費を減らせば、一千五百貫文となりますが、それで宜しいのですな」
「少ないな」
「少ないではありません。信光叔父上には試算書を渡してあるでしょう」
「あれか。実を言うと奉行方であれを読める者がおらん」
はぁ、今後の熱田と津島の税収は台帳ではなく、貸借対照表と損益計算書を基本に税収を捻出させるのでわからないでは済まないぞ。
よく聞くと、政所の侍がまったく理解できないらしい。
末森、守山の双方でだ。
後ろから千代女が小声で俺に言った。
「若様。中根南城の政所も侍女らと一年掛けて、若様の新しい台帳を覚えたと聞いております。私もまだ貸借対照表と損益計算書を完全に読み取れる訳ではありません。確かに覚えると仕分けが便利ですが、そもそも仕分けから理解できていないと思われます」
「説明書を付けたぞ」
「その説明書が読めないのではないでしょうか?」
「どうすれば、よいと思う」
「中根南城の奉行方を派遣して読み方を指導し、見習いを末森に置いておくのはどうでしょう」
「見習いは元河原者だぞ」
「嫌ならば、中根南城に返して頂けばよろしいかと。こちらも人材不足で教育中です」
聞き耳を立てていた信光叔父上が元河原者でも構わんと言った。
俺らの話が終わると、信光叔父上や俺と話したい客がずっと待っていた。
おべちゃらだけの不毛な話も多いので、誰かに押し付けたい。
もちろん、希に儲け話も転がっていたりする。
酒ならぬ水盃を汲みたいだけの者も多い。
一次会が終わると、そのまま二次会がはじまる。
俺は皆にお眠の時間と挨拶をして席を立つと、千秋邸の客間に戻った。
湯たんぽで温められた布団に入ると、やっと落ち着けた。
そして、武衛屋敷のことを考えた。
武衛屋敷は御所の西側、室町通りに面していた。
管領の斯波-義将が右衛門督の官位をもらったことより、兵衛官の唐名である武衛に因んで武衛家と呼ぶようなった。
今から五十年ほど前、斯波家第十二代の義寛が在京を諦めたことで放置されるようになった為に老朽化が進んでいるらしい。
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