魯坊人外伝~魯坊丸日記~

牛一/冬星明

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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

六十一夜 松平三蔵の逃亡

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〔天文十八年 (一五四九年)三月三日〕
 お内裏様とお雛様、二人並んで澄まし顔。
 今日は楽しいひな祭り。
 二十四節の一つである清明せいめいは、春の穏やかな日差しを受けて、清々しい明るい日々を送れる季節という意味らしい。
 日差しが暖かく、ウチの楓も猫のように屋根瓦でよく昼寝をしている。
 俺も仕事を抜け出し、秘密の読書ポイントで紅葉と一緒に読書をしながら、いつの間にか寝ていることもあった。
 日差しはぽかぽかして気持ちいいのだ。
 桃の花は二月中旬から三月下旬 (新暦では3月中旬から4月下旬)まで咲き、この頃からひな人形を飾る。
 飾ると言っても五段飾りの豪華なものではなく、傀儡師くぐつまわし(人形師)が懇切丁寧に作ったお内裏様とお雛様の二体である。
 因みに、この傀儡師が浄瑠璃じょうるりに合わせて、人形で物語を描く『説教節せっきょうぶし』という芸があり、猿楽と並ぶ大衆娯楽の一つらしい。
 これが人形浄瑠璃文楽へとなってゆくのだろうか?
 まぁ、寺で若い僧侶の涼やかなお経をコンサートのように楽しむ。
 僧がロック歌手だ。
 サッカーやバスケがない替わりに、合戦ごっこと相撲が持て囃されていた。
 娯楽は少ないが、まったくない訳でもない。
それはともかく、京で天王寺屋がお内裏様とお雛様の二体を購入して、俺に献上してくれた。
 もちろん、俺はそれを里にプレゼントした。
 雛人形は里のお気に入りだ。
 三月三日の夜に枕元に置いて寝ると邪気を身代わりとして受けてくれるというので、今晩は枕元に置くらしい。
明日、熱田神宮に持ってゆき、俺が邪気のお祓いをして里の一年の無病息災を祈願する予定だ。
それとは別に、母上が流し雛ながしひな(雛流し)を催した。
京の賀茂神社で平安の時代から子供の無病息災を願って、紙の雛人形に身のけがれを託して川に流す行事だ。
母上が一緒に山崎川で紙の雛人形を造った村の娘達と流す。
里も侍女に抱かれて参加する。
里が川に落ちないように見守らねば。
そう思った俺をさくらが引き留めた。

「さくら、後生だ。行かせてくれ、里を守らねばならん」
「侍女がおります。望月衆も周りを固めております。問題ありません」
「里の初雛流しをこの目に留めねば」
「若様、この後は奉行方で会議となっております」
「さくら、後で美味しいモノを作らせる、一緒に食べよう」
「ううう、嬉しい誘いですが、今日は無理です。千代女様より絶対に逃がしてはならないと言いつかっております」
「絶対の日か」
「絶対の日です」
「さくら、クレープという舌が蕩ける菓子があるぞ。それでどうだ」
「ごくり…………駄目です。絶対の日です」

さくらは単純で抜けているので買収や騙すのが簡単だ。
千代女もそれを承知しているので、重要な日は『絶対』と語尾に付ける。
破ると一晩中のお仕置きが待っている。
無事に寝ずの特訓を終えても、翌朝から日課の練習が待っており、そこでミスを犯すと、その日の晩もお仕置きとなり、無限ループに突入する。
地獄を三回見たと、しごきの原因となった俺に苦情を何度も言ってくる。
絶対の日は俺からの誘惑に乗ってはならないと、多少は学習したみたいだ。
また別の誘惑の方法を考えねばならない。
今日の脱出に失敗した。

昼食を取りながら奉行方で主な責任者が集められ、来月の予算配分を相談する。
使える予算が報告され、それぞれの担当が予算を要求する。
これらは定季の裁定で十分だ。
俺に承認に求めるので首を縦に振ったが、この程度の案件なら皆で決められるだろうと欠伸を堪えた。
だが、最後に重要案件が残っていた。
今年の冬に精製できた鉄の使用用途だ。
去年の春にはじめて製鉄にチャレンジし、火事を起こして大失敗に終わった。
火事で残った鉄は様々な木や灰などが混在しており、クズ鉄として再利用された。
去年の反省を糧に小屋を少し大きくし、火事が起こらない様に気を使った。
また、食事や仮眠する場所は別の小屋だ。
とにかく、製鉄小屋内の無駄を一切排除した。
去年十月頃に伊吹おろしが吹きはじめると、俺は真夜中に起こされて山に登り、早朝から鉄の生産成功を祈る祈祷して、製鉄がはじまったのだ。
それから三回の精製が行われた。
残念ながら、親方の坂口さかぐち-作之助さのすけが満足する鉄はできなかった。
見事な玉鋼たまはがねにならなかったのだ。
それでもかなり良質な鉄ができた。

「精製をまだ行っておりますが、すでに完成した鉄の用途を決めたいと思います」
「千代女様。魯坊丸様より命じられた武具があります。優先して頂きたい」
「金山衆には優先的に回す予定です」
「お待ち下さい。頭の坂口さかぐち-作之助さのすけより、我らが作った鉄は我らが鉄砲造りで優先して使えるとのお約束です」
「鉄砲と武具はどちらも最優先します。必要な量をお示し下さい」
「わかりました」
「承知しました」

金山衆の頭名代と鉄砲衆の監督名代が睨み合う。
それに負けない勢いで武器衆と武具衆の監督も鉄を回して欲しいと懇願する。
刀や矢じりを制作している武器衆もクズ鉄より良質な鉄を使いたい。
鎧の中に鉄を仕込みたい武具衆も同じだ。
同じ鍛冶師同士でなじり合いがはじまった。
千代女が「若様の御前です。控えなさい」と一蹴する。
俺が武器衆と武具衆にクズ鉄で我慢してくれというと引いてくれた。
確かに俺の一言が必要だ。
農具や生活器具を作っている農具衆は、普通の鉄で十分なので参戦しなかった。
そこから定季は調停役として、細かい優先度の意見をまとめてゆく。
それを記禄していた千代女が俺に意見を求めた。

「若様。話し合いの結果、鉄砲を優先しました。次に鎖帷子の製造を優先します。中根家の武士、および、織田信光様から依頼された分、黒鍬衆百人分となります。それで宜しいでしょうか」
「できれば、出陣する可能性がある家臣分も造らせておきた」
「そうなりますと、『ぷれす機』を来年に回すことになります」
「それは駄目だ」

俺としてはプレス機を作らせたい。
プレスで銃身を製造できれば、鉄砲の量産が楽になる。
一度で完成する訳もなく、完成には数年、十数年を要するかもしれない。
職人を育てる為にも最初の一台目は早い方がいい。

「出来た鉄を再溶解する反射炉を完成させる必要がある。実験用の鉄は必要であり、その鉄でプレス機を造る。実験用の鉄は必要だ」
「溶かすだけでしたら、良質な鉄を使う必要はありません」
 
 千代女に正論を突かれた。
 そ、その通りだ。
 プレス機は買った鉄で製造しようと妥協した。
 合わせて、鉄板焼きの鉄板も却下された。

「では、家臣の鎖帷子を優先し、ぷれす機の鉄は購入する手配を致します。鉄板も同様でよろしいでしょう」
「待て、良い鉄で焼いた肉は美味い。皆、肉の美味さを広めたい」
「酒糟で熟成させるなどの方法を若様から頂きました。十分に美味しいので必要ありません」
「分厚い鉄で焼いた肉は美味いぞ」
「家臣や村人が一同に介して、大宴会を開く為に何枚の型鉄板が必要とお考えですか。却下です」

NO(ノー)。
焼き肉専用の分厚い鉄板が却下された。
普通の鉄板より南部鉄の鉄板で焼いた焼き肉の方が美味いんだ。
大焼き肉大会でその美味さを広めようと画策していたが、大量の鉄がいるので却下された。
だが、俺がちょっと暗い顔をしたのを気遣ってか、千代女はそっと付け加えた。

「若様。次の精製が大失敗しなければ、追加の製鉄ができてきます。二、三枚は分厚い鉄板を造らせて、城で楽しめるように調整致します」
「本当か」
「若様を悲しませる訳に参りません」

千代女の気遣いか身にしみて嬉しい。
しかし、千代女の顔がどこかぎこちなく、苦笑いを見せていた。
その顔を見て、すっと冷静さは戻った。
それなりの鉄ができて浮かれて命令したような気もする。
鉄板を確保しても美味い霜降り肉も出来ていない。
時期尚早だ。
来年、最高の『玉鋼』ができたときに考えよう。
俺は鉄板造りを却下とした。

「次の案件が最後です。石炭代 (バイオチップ)の製造過程で加熱の方法を登り窯で行うように変更しました」
「薪を投じるだけでは、その熱がもったいないからな」
「竈師が土を掘り返している間も火を入れたいと言っております」
「できる訳がないだろう。中で土を掘っている奴らが焼け死ぬ」
「もちろん、その要望は断っております」

製鉄には必要な石炭がないので、木に圧力と高熱を加えて作る人工石炭バイオコークス (バイオチップ)を製造させている。
900kgの圧力と250度以上の高熱で木クズが人工石炭へと変化する。
最初は底に薪を燃やす窯を作ったが、同じ燃やすやなら炻器せっきでも作ろうかと考えた。
幸いなことに、熱田の隣に知多半島があり、知多半島で作られた常滑焼とこなめやきは、西国まで売られている尾張の名産の一つだった。
そこから窯士を召喚して茶碗造りを命じたが、中途半端な窯で焼くのが嫌だと拒絶された。
ならば、人工石炭の生産方法を大きく魔改造し、両側に登り窯を造らせた。
今度は変わった窯に窯士が食い付いた。
炻器の常滑焼は1,200度程度で焼いているが、穴窯の信楽焼しがらきやきは1,200度以上になり、『火色』と呼ばれる『』が走る。
登り窯は1,300度を超える。
信楽焼以上に『緋』が走りやすい窯だ。
試しに焼いた器にわずかな緋色を見つけた窯士は熱狂し、十人ほどの仲間を呼んで茶碗を焼いている。
常滑焼は壺が多いので被らないだろう。
登り窯からできる大量の茶碗をタダ同然の値で売っていた。

「若様。これをご覧下さい」

千代女から一つの茶碗を受け取った。

「この部分でございます」

赤い斑点が五つほど浮き上がっていた。
うっすらと赤い斑点がさくらの花びら模様だった。
茶器の良さなど、俺にわかる訳もない。

「窯士が申しますのは、これは常滑焼ではないので、新しい名前を頂きたいそうです」
「同じ土だぞ」
「まったく別物だそうです」
「さくら山で焼き、さくら模様なので、『さくら焼』とでもするか。どうだ」
「結構かと思います」

こうして、さくら焼が誕生した。
模様のない器は安物、緋がわずかに走っている器は売り物とし、鮮やかに緋が走る器を贈答品と決めた。
そこに紅葉が慌てて走ってきた。

「若様。梅森北城の松平三蔵ら一門が城を捨てて逃げ出しました」
「何だと?」
「三河を探っていた望月衆が岡崎城へ逃げ込む三蔵を発見し、尾張伊賀衆に確かめさせたところ、梅森北城から松平一門衆が姿を消して、家臣らが大慌てになっております」
「吉良家の救援の先陣を切るのを嫌がったということか」
「そうなります」

これで竹千代救出におけるすべての謎は解けた。
三蔵は最初から三河岡崎松平家と織田弾正忠家に両属していたのだ。
竹千代の救出も率先して手を貸していたと思われる。
但し、偽装は完璧だった。
旧平針の領主を身代わりに置き、自らは裏で糸を引く。
織田家の忍びによって山口宗家の動きから三蔵に疑いがかかった。
末森城で開かれた新年の宴で三蔵が笠寺に送った手紙が披露されて、一部の家臣から弾劾を受けたが決定的な証拠ではない。
うざったい解釈をすれば、密書とも読める程度だ。
ほとんど言い掛かり近い。
親父は三蔵の手紙を不問としたが、皆の疑いを晴らす為に次の戦での先陣を命じた。
先陣で大きな手柄を立てることは岡崎松平家を切る行為となる。
親父は両属を認めんと脅した。
三蔵は疑われている親父から逃げて、同族の岡崎松平家の松平忠広を頼った訳だ。
裏で糸を引いていなければ、三河に逃亡できない。
 俺の推測だが間違っていないだろう。
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