魯坊人外伝~魯坊丸日記~

牛一/冬星明

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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

六十二夜 天文十八年 安祥城の合戦 その1

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〔天文十八年 (一五四九年)三月中旬〕
 東三河に駐留して今川軍が矢作川を渡って安祥城を攻めてきた。
 吉良家を威嚇する為の兵だ。
 そもそも西条の吉良義安周辺では東条の吉良義昭を支援する今川の調略から小さなイザコザを二月以上も続けていた。
 イザコザが拡大すると今川方と織田方が集結し、昨年の『小豆坂の戦い』に続く、大合戦となる予定であった。
 だが、西条吉良家は今川家の介入を嫌ってイザコザが拡大することはなかった。
 このまま終息するかと思えたところに、三蔵が岡崎に逃げたことで情勢が大きく変わった。
 
 松平広忠は『耳取縄手の戦い』で叔父の松平信孝を討ち取った勢いで、矢作川上流の梅坪城の三宅みやけ-政貞まささだを攻めた。
 この梅坪城は、天文十六年 (1547年)の『加納口の戦い』で大敗した後、三河へ救援に赴いた親父が岡崎城を陥落させた後に攻めた城の一つであった。
 親父の攻勢で政貞の父である師貞もろさだが討たれたが、その直後に息子の政貞が敵を討って城を死守した。
 その話を聞いた信長兄ぃが、天晴れな政貞に葦毛の馬と鞍具一揃を贈った。
 その心意気に見せられて、政貞は織田方に転じたという経緯の織田方城主だった。
松平広忠の梅坪城攻めに政貞は抵抗したが、織田方の援軍がやって来なかった為に政貞は、遂に降伏に至った。
信広兄上の対応が遅かったのだ。
確かに松平信孝が討たれた直後で西三河の織田方は動揺し、誰が寝返るかわからない。
安祥城の兵のみでは松平広忠を追い返せない。
周辺の出陣を要請したが、返事が芳しくなかった。
その説得に時間を要した。
馬鹿な話だ。
誰が寝返るか不安なのはわかるが、そこは勢いと乗りで安祥城を空にしてでも援軍に赴き、後詰めに水野家にでも頼めばよい。
それで水野家が裏切って安祥城を奪われたなら仕方ない。
頭を剃って親父に詫びれば、笑って許してくれる。
 どうも信広兄上は決断が遅く、そう言った度胸がない。
 信広兄上の体格は六尺三寸 (189cm)の大柄であり、安祥城を奪う攻略戦では武勇はそれなりに上げた。
その功もあって安祥城の城代を任された。
だが、情勢を見る目は並以下だ。

「信広兄上の家臣に定季さだすえのような者はおらんのか?」
「あははは、魯坊丸様が某を高く評価して頂いているのは嬉しくありますが、某が信広様に仕えていても結果は同じでしょう」
「何故だ?」
「信広様の下には、家老三名、重臣五名、その他の家臣が仕えております。某が重臣として取り立てられても、某の意見は通りますまい」
「定季の意見を却下するのは馬鹿なのか?」
「家老、重臣、側近の間で駆け引きがございます。魯坊丸様のように、ドンドン前に進んでいかれると、家臣一同が付いてゆくだけで必死となり、駆け引きなどできません。中根家の城代様や家老、重臣方々が某の意見を聞くのは、ひとえに魯坊丸様の暴走を止められるのは某しかいないと思われているからです」
「俺は暴れ馬か」
「暴れ馬なら御せられます。魯坊丸様は海に浮かぶ勇魚いさな(くじら)か、滝を登る鯉でございます。御せる者などおりません。某は先導するので精一杯でございます」
「俺が勇魚なら、すべてを定季に押し付けて、ずっと部屋でゴロゴロしているわ」
「あははは、今もゴロゴロされておられるようですが?」
「ゴロゴロしながら、報告を聞いているであろう」

信広兄上は有能な家臣を使えない無能なのだろう。
まぁ、それは安祥城の修復図を見ればわかる。
安祥城は突き出た丘に本丸と二の丸を分けて建てられている平城であり、城の周辺に空堀を巡らせている。
岡崎がある東側から攻めると、矢作川の湿地地帯を抜け、一段高くなった安祥城を攻めることになる。
南側も同様であり、一段高くなっている城の前に大きな空堀が掘られている。
西側も丘が切れており、そこには二の丸を置いて守っていた。
そして、フラットな北側には、空堀を二重にすることで守りを固めている。
そう言っても丘の段差は六尺 (2m)程しかない。
空堀を含めても、その倍にしかならない。
しかも南、東、北の三箇所に門があって出入りができる。
俺が指揮官なら、東、南、西の三箇所を同時に攻めて、兵が南から減ったところで、空堀と塀を越えて本丸を強襲する。
少なくとも出入り口を二つに絞り、大外堀を掘って、侵入時の兵が移動させる時間を稼げるようにしないと簡単に落とせると思った。
三百貫文も納めにいった者の家臣に忍びを混ぜて城の見取り図を作らせた。
俺でも簡単に入手できるということは、今川方が手に入れるのは容易い。
ゴロゴロと転がって、安祥城の見取り図の前で止まった。
千代女が地図を指差して聞いてきた。

「若様ならば、どうされます」
「南にもう一重の堀を掘らせるのが上策だ」
「では、上策ができない場合は?」
「南の塀の内側にもう一つの塀を作らせ、二重の塀とする。普段は塀と塀に板を渡し、弓台として使い、敵が塀を越えてきたら板を落として、塀と塀に挟まった塀を串刺しにでもするか」
「なるほど、簡単な工夫で強固な城になりそうです」
「強固とは言えん。嫌がらせの類い。逃げる為の時間稼ぎだ。せめて、東と南に水を引いて泥濘みにすれば、多少は守り易くなるだろうな」
鹿乗川かのりかわから水を引いて湿地にしておくのですか」
「蓮根畑が理想だな」
「確かに蓮根畑ならば二尺(60cm)は足が取られ、身動きができません」
「だろ。しかも冬の食料の確保となる」

三百貫文もあれば、冬場の村人を雇いいれて一気に水路を掘り、東から南の土を掘り返せば簡単にできた筈だ。
信広兄上の家臣は無能ばかりだ。
 救援に失敗した信広兄上の信頼が落ち、より西三河が混沌となった。
親父のようなカリスマはないらしい。
 今のところ、竹千代を見捨てた松平広忠の失策に救われていた。

「若様。岡崎の状況もわかってきました」
「無理をして調べる必要はないぞ」
「望月衆が勝手にやっていることです」
「そうか」

俺は三河の情勢に興味がない。
親父も岡崎より東の調略を諦め、まず吉良義安の確保と思っている。
三河中根家へは調略の振りのみ継続している。
三河武士は御しがたい。
幕府は三河守護の力を削ぐ為に幕府奉行人の被官として、三河の地侍を召し抱えた。
だから、三河の武士は幕府の被官というプライドを持つ。
一国一城の主として、百年近く守護の命令を聞かない城炬が続いたので、それが当然と思っている。
三河武士は傲慢なのだ。
長い時間を掛けて教育するしかないが、それを織田家がやる必要はない。
一度今川家に支配させて、反発する三河武士を今川が叩く『もぐら叩き』をやらせてから頂くのが安上がりだと思う。

「岡崎に入った三蔵は広忠の命令で竹千代救出に尽力したことを強調したそうです」
「広忠に従った為に梅森北城を捨てることになった。その見返りを要求するのは当然だろう」
「そこで岡崎衆から竹千代を亡き者にする計画があったのかと追求され、三蔵は『後顧の憂いを断て』という広忠の命令にあったことを証言しました。それを聞いた岡崎衆が激怒したそうです」
「有耶無耶になっていたことが、白日の下にさらされた訳か」
「広忠は嫌だったが、側近の岩松八弥の進言に従ったと言ったそうです」
「責任をなすりつけたか」
「八弥はそれを否定したそうですが、書状を届けたのは八弥の家臣だったので、誹謗は止まらなかったそうです」
 
 岩松八弥は親の代で岡崎松平家に拾ってもらった恩を感じ、広忠を庇って片目を失った片目弥八と呼ばれる忠臣だそうだ。
 だが、その主君である広忠から汚名を着せられた。
 
「どういう経緯かわかりませんが、八弥が脇差しで広忠を刺して殺害しました。そして、自らも自刃して果てたそうです」
「主を殺し、自らも自刃することで噂を否定したのか?」
「それはわかりません。それを知るのは、二人の死を見届けた植村新六郎のみです。織田家家臣の佐久間家の者が八弥の家に出入りしており、織田家の命で殺したという噂も流れております」
「馬鹿らしい。八弥が織田家の密偵ならば、去年の戦の前に殺している」
「まったく、その通りです。今川方が流した噂と思われます」
「で、広忠を失った今川方は、竹千代を立てて岡崎衆が調略される前に、信広兄上を捕らえて人質交換の話を岡崎衆に吹き込んだ訳か」
「岡崎衆は自らの手で竹千代を取り戻すと、鼻息を荒くしております」
「今川の口車に乗った訳だな」
「なんと申しますか。感情的になった三河衆は深く考えずに、目の前に出された餌に飛び付く習性があると申しますか。竹千代を自らの手で救出するという言葉に自己陶酔される癖があるようです」
「一度、火が付くと止まらないからな」
「純粋な方が多うございます」
「純粋ではなく、単純馬鹿とはっきりと言ってやれ」
「ともかく、大殿は救援に出陣しました。今夜まで持ちこたえれば、互角になると思われます」
「信長兄ぃは?」
「新婚ということもあり、美濃を警戒しつつ留守番です。那古野勢は林様が率いて援軍に出られました」
「親父次第か」
 
 史実では、竹千代と信広兄上は人質交換された筈だ。
 つまり、救援が間に合わなかったのか?
 何か、俺は違和感を覚えた。
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