魯坊人外伝~魯坊丸日記~

牛一/冬星明

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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

九十七夜 護岸工事の完成式(織田の長城な件)

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〔天文二十年 (一五五十一年)二月四日大安〕
 今日は平針と八事の中間で天白川の護岸工事完了を祝う祭典が行われた。
 ダム竣工式しゅんこうしきは熱田大宮司千秋季忠が執り行う。
 俺とまき-長義ながよしがテープカットならぬ采配を振り下ろす。
それを合図に天白川と植田川の水の流れを止める水門が落ちた。
 二つのダムは利水・治水・防衛の複合ダムである。
二つ川が合流する場所は嫌でも氾濫が多発しており、貯水池の入り口の砂防ダムで土砂や流木を受け止め、池の貯水量で流れを緩和する。
溜めた水は中根村までの農地を潤し、周辺にあった湿地帯が新田と変貌する。
また、同時に今川勢の侵入を阻んでくれる。
ありがたいダムである。
ダム建設で一番の問題は立ち退きだが、今回は問題ない。
毎年の増水で水没する地域に人は住んでおらず、沈んだ土地の一部が赤松城の丹羽十郎右衛門の領地をかすめているので激怒しているが、土手を築いて赤池領に浸水しないように配慮している。
 激怒するより氾濫する危険が軽減した事を感謝して欲しい。
 もちろん、氾濫を完全に防ぐには、上流部の土手を高くするなどの自助努力は必要だ。
 そこまで面倒は見られない。
 況して標高が低い土地に高い土手を建設し、赤松丹羽家が利用できる農地を提供する義理もない。
 利用していない空き放棄地が水没しただけだ。
 昨年、丹羽領は洪水で被害を出し、収穫が減った農民達が土木工事に参加して、日銭を稼いで潤っただろう。
 感謝されても文句を言われる覚えはない。
 苦情の手紙が平針の加藤家に届いているが嫌がらせで攻めてくるなら受けて立つ。
 否、むしろ攻めて欲しい。
 護岸壁の実戦データーとなってくれ。
 そんな事を考えながら、水嵩がジワジワとしか上がらないのを見ていると式が終わった。
式が終わると宴会だ。
 俺は大量の安酒を振る舞い、油で揚げたフライ魚を出した。
 油は貴重なのだが、手入れが間に合わない土地には菜の花を植えて、大量の菜種油を絞っているので元手はタダだ。
 この菜種油と蒸留されたアルコールはよく混ざり、なんちゃって火炎瓶も完成した。
 瓶ではなく、壺に入れているから『火炎壺』かな?
 小さな壺に太い糸を垂らして、火を灯すとアルコールで希釈された油ランプともなる。
 蝋燭より割安になるので領地で広めている。
 蒸留されたアルコールが安いのに疑問を思うかも知れないが、どんな良い物でも売れない物はゴミと一緒なのだ。
 夏場に稗や粟で造った焼酎が余っている。
 俺の失態だ。
 酒を造るのに60日、点検、入れ替えなどを入れて90日サイクルで回っている。
 しかし、焼酎は二次仕込みまで20日だった。
 蒸留は八事でやっているので、仕込み一サイクルが30日と短かった。
 酒の3倍も製造量があったのだ。
少しでも工夫して、蒸留したアルコールと水を混ぜた三倍酒という安酒を一般に売っている。
 しかし余り大量に出すと酒の価格が暴落する。
 つまり、大量の焼酎が余っている。
 壺に入れて保管して古酒にするにも限りがあった。
 蒸留に使う木材も工夫している。
 八事に水車を動力にした角材の加工工場を建設し、プレハブ用の角材を一手に生産している。そこに生まれる木クズが蒸留所の主燃料となる。そこに蔦を乾燥させた廃材も足して利用している。
 巨大な蒸留器で大量に生産した蒸留酒を何度か重ねて待望の高純度の消毒液(アルコール)も確保できた。
 一部は熱田屋に売るが、余っている蒸留酒の為に樽と倉を建て増している。
 防衛の為に考えた菜種油とアルコールを混ぜた混合酒を城の外壁に隣接した。また、関所の防衛に利用もした。だが、まだまだ大量に余っている。
 しかも夏がくると、勝幡の酒造所もフル稼働するので大量の焼酎が造られる。
夏以降はどうしようか?

「千代、村で祭りや宴席があれば、十倍酒を差し入れとして無償で贈ってやれ」
「十倍酒ですか?」
「酒の香りがして、酔えれば十分だろう。蒸留酒を少しでも処分したい」
「確かに村人らならば、酒の香りがする差し入れを喜ぶと思います」
「いっそ焼酎で配ってやるか」
「酒が売れなくなるかも知れませんが宜しいのですか?」
「そうだった」

蒸留酒を三年寝かせ、古酒として売り出す予定だった。
 古酒を売る前に安物の焼酎が出回るのは拙い。
倉を建てるだけでも高く付く。
 しかし、村々に稗や粟を買い取ると言った手前、今更生産を止めるとは言い難い。
 かと言って、周辺国に酒を無理矢理売ると、寺とトラブルになる未来しか見えない。 
 各宗派の寺から追加注文が増加しているので良しとするしかない。
 俺が溜め息を吐くと、千代女が代案を言った。

「でしたら、混合酒を中根南城の外壁に使ったように、砦や護岸壁に併設しては如何でしょうか?」
「勝手に設置できないだろう」
「平針の加藤家、島田の牧家、土岐川(庄内川)、植田川、藤の木川の護岸工事は若様が主導で進めております。許可だけ取り付ければ、設置に問題はありません」
「許可……親父に売り付けるつもりか?」
「はい、その通りです。土手から油が流れ出し、川一面に炎が上がると言えば、納得して頂けると思います」
「そりゃ、水の上でも燃える……見事に燃えれば『赤壁の戦い』になるな⁉」
「赤壁の戦いですか。宜しいと思います」
「だが、雨の日や川の流れが速いと期待できないぞ?」
「雨の日や川の流れが速い日に渡河を敢行するのは希です。考える必要はないと思われます。攻める側からすれば、川の流れが穏やかな方が攻め易いのです」
「そりゃ、そうだな」

 中根家の城や関所のみにこだわる必要もないって事か。
織田家の城や砦の防衛に使えば、余っている油とアルコールが処分できる。
 火炎壺も武器して使えば、大量に売れば消費できる。
倉を建てる費用も捻出されるか。
 そう考え直すと、少し嬉しくなった。
心が震えると、池の水位が少し上がった気もする。

「水路に水が流れるのが楽しみだ」
「残念ながら完成している水路は、八事の水路と平針・島田縦貫奥水路のみです」
「判っている」

 ダムの水が満タンになると、繁盛川はんもりかわの上流まで水位が上がる。
すると、針名神社はりなじんじゃ(天白区天白町平針大根ケ越175)や慈眼寺じげんじ(天白区天白町大字平針大根ケ越206)の麓を流れる平針・島田縦断奥水路に天白川の水が流れ込む。
 今でも繁盛川の水が流れてジワジワと流れているが水量が少ない。
 山側の田畑に水を引き込む用水としては物足りない。
また、水路エレベーターの稼働率が上がる。
 水路エレベーターとは、水門の開け閉めで水量を調整し、段差を無視して船が上下できる水路だ。
これで熱田への埋め立て土砂を確保する第三採掘場まで船が遡れる。
 同時に土砂を運ぶ大きな平船が通れる幅広い水路は、平針・島田を守る外堀となる。
 但し、護岸壁と外堀を優先したので、内部の水路、丘を削った平地、葦林を埋め立てなどは手付かずだ。そして、完成の予定は未定だ。
なぜなら、ここで働いていた三千人の作業員は三日後から植田川の護岸工事に移動する。
 残るのは、牧家と加藤家が雇っている作業員三百人のみとなる。
 丹羽家、水野家、その他の領地から二千人の農民が冬場の出稼ぎとしてやってきているが、来月の半ばになれば、田植えの準備が始まるので帰ってゆく。
 牧家と加藤家の新田が完成するのは、残念ながら次の冬以降だ。
 石高が増えないと懐は厳しい。
 他で儲けているから何とかなっているが、単体で見ると酷い赤字事業なのだ。
 本来、上部から部分的に完成させ、石高を上げつつ、作業員の数を増やす予定だった。
 実際、中根村はそうやっている。
 しかし、福谷城に今川勢が入ると、一刻(2時間)で兵が襲い掛かる事ができる。
そのプレッシャーは半端じゃない。
 八事、平針の防備を固めないと、安心して作業が進められない。
 赤字を覚悟で防備を優先した。
 ウロウロとしていた千秋季忠が戻ってきた。

「魯坊丸様。工事の完成、おめでとうございます」
「季忠様の協力にも感謝しております」
「某のやった事は、皆に魯坊丸様に協力しろと号令を掛けただけです」
「熱田神宮が後ろ盾となって頂いたお陰です」
「その熱田神宮の後ろに熱田明神様がいらっしゃるので、どちらが後ろ盾か判りません」
「十日もよろしくお願いいたします」
「お任せ下され」

六日後は高針の貯水池の竣工式だ。
植田川の上流である猪高山(愛知県名古屋市名東区猪高町)と梅森山(愛知県名古屋市名東区猪高町大字高針梅森坂)の間に川を堰き止めて池(牧野ヶ池を北に広げた池)を造っている。
その護岸壁は猪高山まで続き、万里の長城ならぬ織田の長城となる。
長城の先に猪高砦を建設し、そのまま延長して藤の木川まで伸ばす。
壁は高さ7尺(212m)、空堀を含めると12尺(323m)となる。
壁の中央がローマンコンクリート、外側に石を貼り付けた石垣だ。
高さが足りないが、大軍が移動するには大きな障害となる。
つまり、大軍が移動するには高針街道を通らないと攻められない。
南の攻め口も平針街道、鎌倉街道(東海道)のみとなった。
これで防衛が楽になる。
 問題は2つの貯水池の完成を今川義元がどう考えるか。

「季忠様、今川方はこの貯水池をどう見ると思いますか?」
「島田の牧家は石高二千石ですが、新田が完成すれば四千石になります。平針の加藤家も二千石が三千石に伸びます。水野家がそれに興味を示し、これらの農地を増やす指導を願っております」
「去年は蝮土、今年は護岸工事による新田開発、織田家が石高を上げる事に躍起になっていると映っているのですね」
「水野家の目にはそう見えているようです。今川方の目にどう映るかは判りません」
「なるほど」
「この貯水池を脅威と思い、攻めてくるか、攻めるのを諦めるか、無視するか。私にはまったく判りません」
「気付いて脅威に思ってくれるのが善の善。戦を諦めてくれるのが最善ですが……無理でしょうね」
「今川方が押しており、大殿は戦いを避けていらっしゃる。この状況で今川方が引くとは思えません」
 
 結局、結論は判らないか。
 武田家と北条家が勢力を伸ばしており、対抗して今川の勢力を伸ばしておきたい。
 手に入れた三河の統治を優先するか、間髪を空けず尾張を攻めるか。
今川義元の腹一つ。
 俺にできる事は防備を固めるだけ……できない事を考えても仕方ないと、それ以上に考えるのを俺は止めた。
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