魯坊人外伝~魯坊丸日記~

牛一/冬星明

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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

百五夜 北条使者の帰国(魯坊丸が傀儡な件)

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 〔天文二十年 (一五五十一年)八月〕
 近衛稙家の仲介で織田弾正忠家と駿河今川家の和睦継続が太原たいげん-雪斎せっさい朝比奈あさひな-泰能やすよし飯尾いのう-乗連のりつらの立会いで結び直された。丹羽-氏秀の藤島の返還を諦めさせたが、水野-信近の刈谷は今川方と認めさせられた。
 和睦を受け、長沢城に駐屯していた今川勢も引き上げる。
 重原城や来迎寺城への物資の運搬が再開されたが、三河に織田の兵は残っていない。
 織田弾正忠家の三河を放棄が和睦の条件となったからだ。
しかし、重原城や来迎寺城を守っている三河武士の意地もある。織田の兵が引き上げたからと言って、すぐに今川へ降伏するのは恥ずかしい。三河武士の意地もある。
果たして三顧の礼を尽くして、今川方へ迎えてられるだろうか?
織田の傭兵はそのまま残り、三河の傭兵となった。
織田方として援助物資を送る。
 強情な三河武士は今川の支配をよく思わず、反抗してくれると思う。
 これは重原城や来迎寺城に残る三河武士だけに限らない。
 親父は三河、遠江の反今川の武士を焚き付けて、三河や遠江の今川支配に対して抵抗させる。
 織田弾正忠家は今川義元から見れば、テロ支援国家だ。
 仲良くできる訳がない。
 俺は織田兵の撤退が終わった事を喜んだ。

「やっと雑用から解放だ。さくら、千代女は?」
「千代女様は後片付けの為に現地の亀崎で指示を出されると、今朝出て行かれました」
「千代には苦労を掛けるな」
「若様の為の苦労は苦労ではございません。それに水野-信元の動向も気になるので、現地の確認が必須とおっしゃっておられました」
「信元も曲者だからな」

 亀崎の亀崎城は高台に立っており、見張り台として最適な所に七郎左衛門(稲生いのう-政勝まさかつ)によって建てられた。七郎左衛門は水野家臣であり、亀崎水軍を指揮する武将だ。城の北側に亀先北浦があり、亀先水軍の拠点が置かれている。
 その一部の土地を借り、熱田水軍の寄港地が建築中だ。
 織田家の銭で湊が拡張できるので、水野家にとっても嬉しい話だ。
これから三河湾で編成される今川水軍に対抗してくるだろう。この寄港地は織田弾正忠家が水野家を見捨てない証であり、今川方へ裏切りを防ぐ鎖となる。
 縄張り、作業員の派遣、工事期間など、現地で確認すべき作業が多く、俺の代わりに千代女が足を運んだ。
 さくらが俺の前に手紙を置いた。

「それより勝幡の信実のぶざねと妙興寺の住職から招待を受けております」
「招待? 具体的に報告しろ」
「信実は総構えの進捗と自前で黒鍬衆を雇いたいという相談です。妙興寺は『蝮土』を作る小屋を自領に置きたいという陳情です」
「勝幡は秋祭の視察で予定が組めるなら行ってもよい。妙興寺の陳情は許可する。塩水選と正条植えの情報はかなり広まってしまった。完全に隠すのは不可能だ。解禁を許す。蝮土を買った領主のすべてに指導員を派遣してやれ。人材の選抜を準備しろ」
「畏まりました。調整してみます」

 さくらの横から書類を抱えて楓が現れ、俺の机に書類を置いた。

「若様。収穫報告の確認と酒造所の冬の計画案にも目を通して下さい」
「それは楓に任せる。熱田も酒造所も楓の判断で通してよい」
「すでに通しました。でも、内容は確認はして下さいよ。若様が後で知らないとか言われたら困ります」
「判った。寝る前に目を通しておく」
「若様。こちらも目を通して下さい」
「紅葉もか」
「紅葉もか……じゃありません。私の班は全国です。さくらちゃんと楓で尾張国内と二分しているのに対して、私の班の負担が大き過ぎます」
「紅葉ならできる。大丈夫だ。書類には目を通しておく」

 仕事をほとんど押し付けているのに、何故か俺は忙しい。
 押し付けられるのは人材が揃ってきた証拠だ。
 毎日昼寝を取れるようになったし、ゴロゴロタイムを設けてくれている。
以前に比べると仕事は減った。
でも、育ってきた人材は俺の教材を元に様々な実験や実証を行い、開発や商品化を進めている。俺が欲しいと思っていた100円ショップの便利グッズが次々と開発されてゆく。
紙を整理する整理箱、ホッチキス、穴あけ、ハサミ、皮むき器などだ。
また、銅線によるコイル磁石発電具を初め、手動ドリル器、木材剪断機、ネジ製造機などが続々と生まれている。特に実験が大好きで、無鉛火薬の製造ももう一歩だ。
しかし、大量生産には電気が欠かせないので大量生産の目途は付かない。
 加工技術は素晴らしい進化を遂げているが、発電機やエンジンの開発に必要な鉄の鋳造技術が追い付いていない。
 大量の鉄と石炭が足りないからだ。
ともかく、この時代の者は俺が作った教材をスポンジに水を注ぐように吸収してくれる。
 俺の道楽で花火の研究も始めた。
花火の説明をすると千代女と加藤が食い付いた。花火を斜めに発射して迫撃砲のような運用を議論する。花火を迫撃砲にできない。しかし花火用の筒を使って手榴弾を遠方に飛ばす、あるいは、焼夷弾として利用するのだ。甲賀から火薬に詳しい者を誘致してくれた。
 軍事転用には、夜空に花を咲かせるくらいできないと完成しないと焚き付けている。
毒に関しては、果心かしん-居士こじの食い付きがヤバい。
 ヒ素や水銀の毒性を知っている危ない奴に硫酸や塩酸の製造方を教えてしまった。硫化水素ガスや塩素ガスの軍事利用に気付いてしまった。
 俺も一度使っているから人の事は言えない。
 危ない技術もたくさんあるが軍事技術の民間転用と思う事にした。
 販路拡張、商人の選定、新商品の開発、商品の販路選定、材料の確保、工場や工房の拡張、防衛の見直し、各分野での人材の発掘と教育、そのすべての予算書が増えてゆく。
全部丸投げしているのに、確認するだけで忙しい。
 寝る前に摘まれた書類に目を通していた。

「織田弾正忠家は豊作だな」
「織田家は豊作ですが、周辺は日照りの為にやや不作です」
 
 俺の一人事に障子を開けて入ってきた紅葉が答えた。そして、俺の前にお茶を出す。

「若様の考案で作らせました。試作の緑茶です」
「緑茶が完成したか」
「完成にはほど遠い状態です。美しい緑を出せるようになりました。味も爽やかで好評です。しかし、すぐに劣化して茶色くなり、色が陰ると味も落ちます」
「売り物にならないか」
「はい。熱田に来た客人にお出しする分には問題ありません。しかし、京や堺に持ってゆくと、時間が経って味が悪くなります。保存する入れ物か、緑茶の品質を上げるかのいずれかです」
 
 しばらくは熱田に来た客のおもてなし用のお茶に留めておくか。
 味の劣化は酸化だ。
 密封できる入れ物か、水分を限界まで抜いた緑茶の製造工程を見直させよう。
 だが、紅葉がそんな質問の為に深夜にくる訳もない。
 
「で、用事は何だ?」
「千秋季忠様から問い合わせが入りました」
「季忠から?」
「北条の使者が周辺の挨拶を終えました。急遽、小田原に帰国するそうです」
「やっと帰る気になったか」
「こちらが千秋季忠様から質問状です」
 
 紅葉がそう言うと、懐から七夕で飾る短冊のような紙に書かれた質問書を俺に渡してきた。
 早急に小田原に帰国したいらしい。
 で、帆船で小田原まで送ってくれだと?

「ずいぶんと図々しい事を言ってきたな」
「返事がない場合は、明日早朝の船で伊勢に向かい。そこから小田原へ向かうそうです」
「別にそれでかまわんが……」
 
 そう考えながら紅葉の顔を見る。
 わざわざ紅葉が届けにきたのには理由があるようだ。
 紅葉の考えを聞いた。

「どうしたい」
「すでに帆船の性能は北条家に伝わってしまいました。隠す事ができない以上、交渉を有利に進めたいです」
「ほぉ、紅葉が東国も引き受けてくれるのか?」
「最初から私に押し付けるつもりだと考えています。それとも顔見知りのさくらちゃんにしますか」
「さくらは駄目だ。良いように使われる。楓は対今川で働いて貰うつもりだ」
何見かみさん、乙子おとこさんに頼むのもできます。茜や朝顔に任せても問題ありません。どちらかに任せるのはどうでしょうか?」
「何見姉と乙子姉には俺と城の守備に徹して貰う。紅葉が茜や朝顔に命じるのは許す。千代女は俺の補佐、さくら、楓、紅葉は俺の名代である侍女長、何見姉と乙子姉は侍女長代、他は侍女だ。追加の役職を与える事はあるが、順列を変えるつもりはない」
「では、お願いします。帆船をお貸し下さい。茜に随行を命じます」
「何をするつもりだ」
「幸い、さくらちゃんが漂流してから日が経っておりません。黒潮の流れが判っております。2、3日は西から追い風が続くとさくらちゃんが言っておりました。最速で小田原まで運んでど肝を抜いておきたいと思います」
「狙いは?」
「これまで小芝居の総仕上げです。若様が優秀な傀儡であるとすり込む事、私達が先走って若様に手柄を立てさせようしている事、我々が独断で帆船を動かせる事、それらを見せて、独自の交渉をはじめようと思います」
 
 織田弾正忠家の許可がない交渉か。
 親父が病床に付き、信長兄ぃ、信勝兄上、俺、三人の付き人が水面下で家督争いしている。
 俺は様々の想いを背負った傀儡として、皆から祀り上げられているという小芝居だ。
 芝居が下手なさくらでは無理だ。
 俺はゆっくり頷いて紅葉に許可を与え、紅葉は茜に小田原行きを命じた。

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