魯坊人外伝~魯坊丸日記~

牛一/冬星明

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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

百八夜 焼石の入手(大寧寺の変の件)

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〔天文二十年 (一五五十一年)九月末〕
親父が回復してからしばらくして、天王寺屋の津田つだ- 宗及そうぎゅうが熱田湊に寄港した。宗及は山口に買い出しに行っていたので、『大寧寺の変』の一抹が聞けるかと思って期待した。

相良さがら-武任たけとう殿が山口を出奔したと聞き、これ以上、山口にいるのは危険と感じて荷を受け取ると出航しました。おそらく、魯坊丸様がお知りと思います以上には存知上げません。申し訳ございません」
「責めている訳ではない」
「ともかく、豊後の大友家がすえ-隆房たかふさ殿に付いたという噂が出た瞬間に勝負は付いたと考えました。大内おおうち-義隆よしたか様も大友おおとも-義鎮よししげ様の弟御、晴英はるひで様を猶子に戻し、家督を譲ると言われたそうです。しかし、義鎮様は義隆様のお言葉を信じられなかったと思われます。義隆様が隠居を表明されて、隆房殿に晴英様の出迎えを命じられれば、こんな事にならなかったと思いました」
「そうだな」
 
 義隆が本気で晴英に家督を譲る気があったならば、回避する策はいくらでもあった。しかし、義隆が兵を集めた事で、陶隆房も引くに引けない状況に追い詰められて、『大寧寺たいねいじの変』は起こってしまった。長門守護代内藤ないとう-興盛おきもりは駆け付けず、義隆の檄に集まった兵は重臣の冷泉れいぜい-隆豊たかとよくらいだったと聞く。
 そこからは一方的な虐殺だったらしい。
 逃げた義隆は捕まって首を刎ねられ、義隆を頼って集まった公家らにも被害が及んだ。
 朝廷や幕府は大騒ぎだ。
 謀反を起こした陶隆房と、義隆を慕っていた家臣、及び、陶家に従いたくない反陶派の間で内乱が続いている。
 日明交易で内需が潤い、東は備中、西は豊前と筑前を制圧していた。しかも備前の浦上うらがみ-宗景むねかげが尼子の支配を嫌って、 尼子と同盟を進める兄浦上うらがみ-政宗まさむねと袂を分かって、大内家に支援を申し出ていた。
 また、九州は筑後、肥前の大内派が活発になっていた。
 大友-義鎮は晴英を大内家に入れる事で、これ以上の反抗を抑止する目的もあった。
 あぁ、なるほど。
 義鎮が陶隆房を支援したのは、大内家が内乱を起こしている隙に、筑後、肥前の反大友派を沈静化し、さらに豊前、筑前を掠め取る機会を狙ったのか。
 今頃、大友家から豊前、筑前に調略の手が伸びている頃だ。しかも陶方として堂々と兵を送る事ができる。
 汚い、これが戦国の世か。
そう気付くと、毛利家が陶方に与したのかも判る。
 道義的には、毛利家嫡男の隆元たかもとは義隆養女、内藤興盛の娘を嫁にしている。誰が見ても義隆派である。しかし、内藤興盛が陶の反乱を黙認したならば、毛利家が義理を立てる必要もない。
 否、安芸に残る義隆の家臣を葬り、安芸一国を奪い取る絶好の機会だ。
 謀士の毛利元就なら義隆への義理より安芸一国を取る。
 安芸一国を手に入れた毛利家は、陶隆房が立てる新しい大内家の風下に立つ必要がなくなる。
 対等ではないが、大国の都合で利用できない。
 それを嫌った陶隆房が毛利元就を排除しようとして、陶の大内家と毛利家が存亡を賭けた戦いへ向かうのか。
 史実では、毛利元就は大内家を滅ぼし、返す刀で尼子家も滅ぼしたのか。
 この世界の毛利元就はどう動くのか?

「魯坊丸様。何か、気になる事がございましたか?」
「何でもない」
「そうでございますか」
「天王寺屋、何の根拠もない戯言を聞きたいか。俺の勘だ。そうなると限らん。それでも聞きたいか」
「もちろんです。お聞かせ下さい」
「今は陶隆房に手を貸している毛利元就だが、いずれ亀裂が走る。元就は旧大内義隆派を糾合して戦う。そこまでは天王寺屋も予想できているだろう」
「確かに。大内家の内紛を収めた後は、大きくなり過ぎた毛利家が邪魔となりますな。しかも毛利元就殿の戦上手は世に聞こえており、大内家の家臣らも一目置いております。陶隆房様の実の兄である問田といだ-隆盛たかもり様は石見守護代ですから、安芸と近こうございます。安芸国、備前国、備中国に影響力のある毛利家が大きくなるのは喜びませんな」
「そういう事だ。ここから俺の勘だ。毛利家は陶の大内家を下し、尼子家を食らって中国の覇者となる」
「毛利家が中国の覇者ですか⁉」
「戯れ言だと言っただろう」
「いいえ、魯坊丸様の勘は神の啓示でございます。外れて否とは申しません。毛利家に恩を売って一儲けさせて頂きます」
 
 本当に知らんぞ。
 宗及はこの話を終えると、次の帳簿を侍女に渡した。侍女が中身を軽く確認すると俺に届ける。侍女が確認したのは中身ではなく、帳簿に毒や妙な仕掛けがないかだ。
 宗及は安芸から足を伸ばし、山口に京で流行っている清酒を届けたようだ。他の船は瀬戸内海の別の湊に寄港していた。
三隻の内、一隻は備前から戻ってきた船だった。
美作の柵原やなはらで産出する『焼石』と呼ばれる石を購入した。

「天王寺屋、焼石の納品。大義である」
「村の周辺にゴロゴロと転がっている石であり、篭一杯一文で喜んで集めてくれました。川船で下り、そこから馬に乗せて運ぶ手間賃の方が高くつきました」
「これだけあれば、当分は問題ない」
「魯坊丸様に喜んで頂けて、感無量でございます」
 
 俺は全国から変わった石を集めさせていた。
 美作の『焼石』もその一つだ。
 送ってきた宗及に大量に仕入れて欲しいと頼み、それを実現してくれた。
 この『焼石』こそ、硫化鉄である。
 硫化鉄と酸素が反応すると、酸化鉄と二酸化硫黄ができ、その二酸化硫黄が更に酸素と反応して三酸化硫黄になり、三酸化硫黄を水と反応させて硫酸を作る事ができる。
 製鉄の過程で鉄鉱石から鉄を抽出する際に、硫黄を分離するために用いる。
 また、電池の材料である。
 理科の実験にも欠かせない。そして、何と言っても土に鉄分を補給し、植物の生育を促進する土壌改良剤に欠かせない。
『蝮土』のバージョンⅡ、土壌改良剤を研究させよう。
良い取引だった。
 
猶、研究員の果心かしん-居士こじが硫化鉄に薄い塩酸を掛けると、硫化水素ガスが発生するのに気づき、硫化鉄から大量の毒ガスを簡単に作れるようになったと喜んだのは付録だ。
 
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