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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達
百七夜 信秀の急変(織田信秀の死亡原因の仮説)
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〔天文二十年 (一五五十一年)九月〕
信実叔父上の要望から勝幡の運営を協議している最中に、千代女が「親父(信秀)が倒れた」という一報を持って飛び込んできた。
俺は口をぽかんと開けて、しばらくぼっとしてから間抜け顔で“嘘だろう?”と呟いた。
俺は周り目を気にする余裕もなく、ブツブツと呟き出す。
天文二十年から天文二十一年頃に織田-信秀が死亡した。
いつ死んだのかをはっきりとしない。
はっきりとしているのは天文二十一年三月以前だ。
信玄が自分の死後三年は、自らの死を隠せと遺言を残した。当主の死を隠すのは、領内や国外の外敵に隙を見せたくない為だ。今川-義元に攻められている最中であり、隠したいので死亡を隠そうとしても不思議ではない。だが、どこかでバレてしまった。
だが、俺は知っている。
親父らは先月まで懐妊をどう隠すかで大騒ぎしていた。
過労で倒れた親父は、それをきっかけに今川方を騙す策を始めた。敵を少しでも油断させる為だ。今川-義元が家督を継いだ時に有力家臣だった福島一門を敵にした。福島一門は遠江の土方城(高天神城)城主などを治め、同じ遠江の井伊家なども福島一門が推した。義元の別腹だった兄弟玄広-恵探に与したのだ。
遠江には、今川家臣の間に深い傷跡を残し、加えて斯波家臣だった一族もあり、反義元の思いが根強い。義元が力で押し付けているだけである。
義元は三河を手に入れたが、三河武士は反骨精神の塊だ。
義元は駿河・遠江・三河の三国の土台を固め直し、強固な今川家臣団を再編したい。再編する時間が欲しいが、カリスマのある『尾張の虎』を放置もできない。
親父はその意図を汲み、倒れた事を幸いに病床に付き、そして、自ら死んだ事にして油断を誘う。これは芝居だ。
敵を欺くならば、まず味方から……俺を騙す芝居に違いない。
昨日までは、子をポコポコと孕ませ、「隠す気あるのか?」と怒りを覚えていた。
無駄な偽装など止めてしまえと思っていた。
反省したのか?
否、千代女が慌てているから知らせてきたのは伊賀者だ。
こんな事が起こるのか。
・
・
・
あり得る。
誰よりも健康そうな20代のプロ野球選手ですら、突然に心臓麻痺で死亡する。今ある医学力は検査器具も揃っていない戦国時代だ。できる事は食事バランスに気を使う事だった。甘酒を減らして糖尿病の予防を進め、酒の飲み過ぎからくる肝不全を警戒してきた。
史実より長生きして欲しかった。
外壁である総堀が完成するまで、火薬が十分に揃うまで、鉄砲の量産が確立するまで、帆船と肺胞が完成するまで……間に合ったとは言い難い。
本当に最低の準備はできただけだ。
だが、あと1年……2年は待って欲しい。まだ、死ぬな。
俺は『偽装ではないか』と目で語ったが、千代女が顔を横に振った。
悩む俺に信実叔父上が声を掛けてきた。
「落ち着け。すぐに回復される」
「…………」
「信秀兄上が亡くなるものか。大丈夫だ」
「大丈夫でしょうか」
「これまでも何度もあった事だ。大丈夫に決まっておる」
信実叔父上の声に呼応するように勝幡の家老も声を上げた。
無敵の親父が何度も死地から生き延びた戦場の話をする。倒れた後も何度でも復活し、特定の者に限られていたが、元気な姿を見せていたと言った。
親父が倒れたと聞いても、信実叔父上とその家老らはそれほど慌てていない。
そうだった。
味方も騙している最中だった。
「申し訳ございません。取り乱しました」
「魯坊丸様が慌てるのは不思議ではありません」
「その通り。ですが、大殿は不死身でございます。すぐに回復されます」
「魯坊丸様は大殿の無事を祈って下され」
「それが良い」
この者らは親父が倒れたという知らせは一度ではない。親父は何か思い付くと、倒れたと言っては信光叔父上らを呼び出した。
酷い時は月に何回も倒れたと知らせが届き、末森に家臣を集めていた。
奥に籠もっていると暇過ぎるのだろう。
主治医の曲直瀬-道三が駆け付けるとピンピンしており、信光叔父上らや側近を集める為の芝居だった。何度も呼び出された道三は、付き合ってられないと関東に逃げた。
主治医は道三の弟子に代わった。その弟子は口止めされているのか、俺に何一つ情報は入って来なくなった。
親父に雇われている尾張伊賀者も職務の情報漏洩はしなし、させない。
仕事に信用は大事だ。
但し、俺の生死に関わるような場合はその限りではない。
その初めてが今日だった。
何も知らされていない信実叔父上とその家老らとって、親父が倒れるのは日常茶飯事だった。
「魯坊丸、慌てるな。お主が信秀兄上の期待に応えようと頑張っているのは知っている」
「信実叔父上」
「信秀兄上に認められたいのだな。昔、俺もそう思って頑張った記憶がある。信秀兄上は不死身だ。すぐに回復する。取り乱すな」
「もう大丈夫です」
「知恵を借りるのはまたの機会とする。城に戻れ」
信実叔父上が俺に気を使って協議を打ち切った。
俺は中根南城に帰った。
翌日、親父は倒れてから、しばらく寝かせていると目を覚ましていた事が判った。
手足に痺れを感じており、治療が必要だ。
道三の弟子は治療方法が判らず、俺の意見、あるいは、師匠を関東から呼び戻して欲しいという内容の手紙が届いた。
親父が倒れた原因は不明だ。
おそらく、心臓麻痺か、脳梗塞の類いと思われる。
痺れが残っているなら脳梗塞か。
イチョウの葉茶とその類似の漢方薬を進めておいた。
イチョウの葉茶は血をサラサラにして血管を広げる不整脈の抑止、血栓溶解の効用がある。
刀傷を負った時は、血が固まるのを阻害するので服用しては駄目な薬だ。
すぐに回復したという手紙が届いた。
今回は原因は、長時間同じ姿勢でいることによって下肢の血流が悪くなり、血栓(血の塊)が形成される肺血栓塞栓症(エコノミークラス症候群)が有力だろう。
今まで脚のむくみ、腫れ、痛み、皮膚の変色がなかったか聞いてみよう。
定期的に屈伸運動など奨めておこう。
曲直瀬道三を呼び戻そう。
数日後、主治医名代と信光叔父上から手紙が届いた。
主治医名代の手紙には親父がかなり回復した。
まだ手足が痺れ、口が巧く動かぬが、動ける程度に回復したそうだ。今後の意見が欲しいと書いてあった。他に何かあったか?
次に信光叔父上の手紙に目を通すと、千代女と定季に手紙を回した。
読み終えた定季が口を開いた。
「家督を継ぐ気がないなら黙っておけ……ですか。どうされますか?」
「黙っておく」
「判りました。信光様は本格的に家督を狙う素振りを見せ、信勝様と距離を置かれると書かれております。信長様と信勝様のどちらかに近づいておきますか?」
「信勝兄上は信光叔父上の後ろ盾あっての信勝兄上だ。信光叔父上が信長兄ぃ、信勝兄上の中継ぎとして織田弾正忠家の家督を継ぐと言えば、信長兄ぃ、信勝兄上を支える者らが警戒する。どちらかに与するのは得策ではない。俺は傀儡だから、(千秋)季忠殿に従う事とする」
「では、季忠殿が中継ぎを認めると、信光様に与みするかも知れませんな」
「何故だ?」
「信長様は御年十八歳(満17才)、信勝様は御年十七歳(満16才)でございます。家督の継承は三十代が一般ですから、まだ十年はあります。十年もあれば、信光様の派閥も生まれているでしょう。近づいておく意味がございます」
「信光叔父上の意図を汲むならば、季忠殿にはどちらにも与するなと言っておこう」
「それが宜しいかと」
千秋-季忠の視点から見れば、信長様、信勝様の家督継承は白紙に戻っても構わないのか。
熱田勢が信光叔父上を支持すれば、信長兄ぃも渋々でも認め、家臣団も従うしかない。世代交代を安定して行える。
但し、信光叔父上は俺に「黙っておけ」と言っている。俺に熱田勢の支持を取れと言っていない。つまり、信光叔父上も中継ぎであっても家督を継ぐ気はない。
その気のない信光叔父上が家督争いに名乗り上げたのは、親父の命令だ。
熱田衆は俺を担いでおり、信長兄ぃを中継ぎとして支援している。だから、津島を中心にした信長派、家臣団を中心にした信勝派に割れていた。
そこに信光叔父上が一石を投じる。
織田弾正忠家を二つに割らない為に、織田一門は中継ぎに信光叔父上を支持する。
信長兄ぃは軒並み、熱田衆と一門衆の支持を失う。信勝兄上を担ぐ家臣団が勢い付き、織田弾正忠家は完全に空中分解寸前となる。
「若様。大殿の狙いは何でございますか?」
「千代。信光叔父上の狙いではなく、親父の狙いか?」
「はい。大殿が回復されました。ならば、信光様の行動は大殿の命と考えます」
「俺も同じ意見だ」
「では、大殿狙いは何でございますか?」
「獅子身中の虫を炙り出す」
「なるほど、危険ですがやる価値はありそうです」
親父が期待しているのは、清須の守護代の蜂起だ。
織田大和守家と和睦している以上、こちらから守護代を攻めるのは道義的に拙い。
美濃の斎藤利政がやった『下剋上』と思われると、朝廷・幕府の忠臣という評判が崩れる。
一度、信用を失うととり戻すのが大変だ。
だから、守護代である織田-信友の方から和睦を破らせたい。
降りかかる火の粉を払うのは仕方ない。
朝廷や幕府に訴えて討伐の許可を願う。その許可が降りる降りないは関係ない。勝ってしまえば、何とでも取り繕える。
親父は今川義元の外交を見習っているのだろう。
義元は朝廷や幕府の仲介で結んだ和睦を何度も破っている。
同じ事を織田弾正忠家がすれば、逆賊の汚名が降りかかる。周りが一気に敵だらけに変わる。
足利一門の弱体化を避けたい幕府、義元は足利一門という肩書きを最大に利用している。
今川家を逆賊として討伐の命を出せない。
織田弾正忠家では同じ手は使えない。
だから、先に織田-信友から和睦を破らせる。それで邪魔でしかない守護代を排除できる。
「それでは守護斯波-義統様の取り込むを急いだ方がよろしいですね」
「斯波家と今川家は犬猿の仲だ。今川家の風下に入りたくないだろう。ならば、今川家と対抗する親父と信長兄ぃを支持してくれる」
「清須の守護代織田-信友殿を傀儡とし、実権を握っている坂井-大膳が、義統様が清須の外に出る事を阻んでおります。面倒ですが、なんとかしてみせます」
「信光叔父上の邪魔だけはするなよ」
「承知しております」
親父も倒れた事で腹を括ったようだ。
万松寺で自分の葬儀の準備をさせているくらいだから、自分が死んだ事にして、ついでに謀反人も炙り出すつもりなのだろう。
少し元気になってよかった。
信実叔父上の要望から勝幡の運営を協議している最中に、千代女が「親父(信秀)が倒れた」という一報を持って飛び込んできた。
俺は口をぽかんと開けて、しばらくぼっとしてから間抜け顔で“嘘だろう?”と呟いた。
俺は周り目を気にする余裕もなく、ブツブツと呟き出す。
天文二十年から天文二十一年頃に織田-信秀が死亡した。
いつ死んだのかをはっきりとしない。
はっきりとしているのは天文二十一年三月以前だ。
信玄が自分の死後三年は、自らの死を隠せと遺言を残した。当主の死を隠すのは、領内や国外の外敵に隙を見せたくない為だ。今川-義元に攻められている最中であり、隠したいので死亡を隠そうとしても不思議ではない。だが、どこかでバレてしまった。
だが、俺は知っている。
親父らは先月まで懐妊をどう隠すかで大騒ぎしていた。
過労で倒れた親父は、それをきっかけに今川方を騙す策を始めた。敵を少しでも油断させる為だ。今川-義元が家督を継いだ時に有力家臣だった福島一門を敵にした。福島一門は遠江の土方城(高天神城)城主などを治め、同じ遠江の井伊家なども福島一門が推した。義元の別腹だった兄弟玄広-恵探に与したのだ。
遠江には、今川家臣の間に深い傷跡を残し、加えて斯波家臣だった一族もあり、反義元の思いが根強い。義元が力で押し付けているだけである。
義元は三河を手に入れたが、三河武士は反骨精神の塊だ。
義元は駿河・遠江・三河の三国の土台を固め直し、強固な今川家臣団を再編したい。再編する時間が欲しいが、カリスマのある『尾張の虎』を放置もできない。
親父はその意図を汲み、倒れた事を幸いに病床に付き、そして、自ら死んだ事にして油断を誘う。これは芝居だ。
敵を欺くならば、まず味方から……俺を騙す芝居に違いない。
昨日までは、子をポコポコと孕ませ、「隠す気あるのか?」と怒りを覚えていた。
無駄な偽装など止めてしまえと思っていた。
反省したのか?
否、千代女が慌てているから知らせてきたのは伊賀者だ。
こんな事が起こるのか。
・
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・
あり得る。
誰よりも健康そうな20代のプロ野球選手ですら、突然に心臓麻痺で死亡する。今ある医学力は検査器具も揃っていない戦国時代だ。できる事は食事バランスに気を使う事だった。甘酒を減らして糖尿病の予防を進め、酒の飲み過ぎからくる肝不全を警戒してきた。
史実より長生きして欲しかった。
外壁である総堀が完成するまで、火薬が十分に揃うまで、鉄砲の量産が確立するまで、帆船と肺胞が完成するまで……間に合ったとは言い難い。
本当に最低の準備はできただけだ。
だが、あと1年……2年は待って欲しい。まだ、死ぬな。
俺は『偽装ではないか』と目で語ったが、千代女が顔を横に振った。
悩む俺に信実叔父上が声を掛けてきた。
「落ち着け。すぐに回復される」
「…………」
「信秀兄上が亡くなるものか。大丈夫だ」
「大丈夫でしょうか」
「これまでも何度もあった事だ。大丈夫に決まっておる」
信実叔父上の声に呼応するように勝幡の家老も声を上げた。
無敵の親父が何度も死地から生き延びた戦場の話をする。倒れた後も何度でも復活し、特定の者に限られていたが、元気な姿を見せていたと言った。
親父が倒れたと聞いても、信実叔父上とその家老らはそれほど慌てていない。
そうだった。
味方も騙している最中だった。
「申し訳ございません。取り乱しました」
「魯坊丸様が慌てるのは不思議ではありません」
「その通り。ですが、大殿は不死身でございます。すぐに回復されます」
「魯坊丸様は大殿の無事を祈って下され」
「それが良い」
この者らは親父が倒れたという知らせは一度ではない。親父は何か思い付くと、倒れたと言っては信光叔父上らを呼び出した。
酷い時は月に何回も倒れたと知らせが届き、末森に家臣を集めていた。
奥に籠もっていると暇過ぎるのだろう。
主治医の曲直瀬-道三が駆け付けるとピンピンしており、信光叔父上らや側近を集める為の芝居だった。何度も呼び出された道三は、付き合ってられないと関東に逃げた。
主治医は道三の弟子に代わった。その弟子は口止めされているのか、俺に何一つ情報は入って来なくなった。
親父に雇われている尾張伊賀者も職務の情報漏洩はしなし、させない。
仕事に信用は大事だ。
但し、俺の生死に関わるような場合はその限りではない。
その初めてが今日だった。
何も知らされていない信実叔父上とその家老らとって、親父が倒れるのは日常茶飯事だった。
「魯坊丸、慌てるな。お主が信秀兄上の期待に応えようと頑張っているのは知っている」
「信実叔父上」
「信秀兄上に認められたいのだな。昔、俺もそう思って頑張った記憶がある。信秀兄上は不死身だ。すぐに回復する。取り乱すな」
「もう大丈夫です」
「知恵を借りるのはまたの機会とする。城に戻れ」
信実叔父上が俺に気を使って協議を打ち切った。
俺は中根南城に帰った。
翌日、親父は倒れてから、しばらく寝かせていると目を覚ましていた事が判った。
手足に痺れを感じており、治療が必要だ。
道三の弟子は治療方法が判らず、俺の意見、あるいは、師匠を関東から呼び戻して欲しいという内容の手紙が届いた。
親父が倒れた原因は不明だ。
おそらく、心臓麻痺か、脳梗塞の類いと思われる。
痺れが残っているなら脳梗塞か。
イチョウの葉茶とその類似の漢方薬を進めておいた。
イチョウの葉茶は血をサラサラにして血管を広げる不整脈の抑止、血栓溶解の効用がある。
刀傷を負った時は、血が固まるのを阻害するので服用しては駄目な薬だ。
すぐに回復したという手紙が届いた。
今回は原因は、長時間同じ姿勢でいることによって下肢の血流が悪くなり、血栓(血の塊)が形成される肺血栓塞栓症(エコノミークラス症候群)が有力だろう。
今まで脚のむくみ、腫れ、痛み、皮膚の変色がなかったか聞いてみよう。
定期的に屈伸運動など奨めておこう。
曲直瀬道三を呼び戻そう。
数日後、主治医名代と信光叔父上から手紙が届いた。
主治医名代の手紙には親父がかなり回復した。
まだ手足が痺れ、口が巧く動かぬが、動ける程度に回復したそうだ。今後の意見が欲しいと書いてあった。他に何かあったか?
次に信光叔父上の手紙に目を通すと、千代女と定季に手紙を回した。
読み終えた定季が口を開いた。
「家督を継ぐ気がないなら黙っておけ……ですか。どうされますか?」
「黙っておく」
「判りました。信光様は本格的に家督を狙う素振りを見せ、信勝様と距離を置かれると書かれております。信長様と信勝様のどちらかに近づいておきますか?」
「信勝兄上は信光叔父上の後ろ盾あっての信勝兄上だ。信光叔父上が信長兄ぃ、信勝兄上の中継ぎとして織田弾正忠家の家督を継ぐと言えば、信長兄ぃ、信勝兄上を支える者らが警戒する。どちらかに与するのは得策ではない。俺は傀儡だから、(千秋)季忠殿に従う事とする」
「では、季忠殿が中継ぎを認めると、信光様に与みするかも知れませんな」
「何故だ?」
「信長様は御年十八歳(満17才)、信勝様は御年十七歳(満16才)でございます。家督の継承は三十代が一般ですから、まだ十年はあります。十年もあれば、信光様の派閥も生まれているでしょう。近づいておく意味がございます」
「信光叔父上の意図を汲むならば、季忠殿にはどちらにも与するなと言っておこう」
「それが宜しいかと」
千秋-季忠の視点から見れば、信長様、信勝様の家督継承は白紙に戻っても構わないのか。
熱田勢が信光叔父上を支持すれば、信長兄ぃも渋々でも認め、家臣団も従うしかない。世代交代を安定して行える。
但し、信光叔父上は俺に「黙っておけ」と言っている。俺に熱田勢の支持を取れと言っていない。つまり、信光叔父上も中継ぎであっても家督を継ぐ気はない。
その気のない信光叔父上が家督争いに名乗り上げたのは、親父の命令だ。
熱田衆は俺を担いでおり、信長兄ぃを中継ぎとして支援している。だから、津島を中心にした信長派、家臣団を中心にした信勝派に割れていた。
そこに信光叔父上が一石を投じる。
織田弾正忠家を二つに割らない為に、織田一門は中継ぎに信光叔父上を支持する。
信長兄ぃは軒並み、熱田衆と一門衆の支持を失う。信勝兄上を担ぐ家臣団が勢い付き、織田弾正忠家は完全に空中分解寸前となる。
「若様。大殿の狙いは何でございますか?」
「千代。信光叔父上の狙いではなく、親父の狙いか?」
「はい。大殿が回復されました。ならば、信光様の行動は大殿の命と考えます」
「俺も同じ意見だ」
「では、大殿狙いは何でございますか?」
「獅子身中の虫を炙り出す」
「なるほど、危険ですがやる価値はありそうです」
親父が期待しているのは、清須の守護代の蜂起だ。
織田大和守家と和睦している以上、こちらから守護代を攻めるのは道義的に拙い。
美濃の斎藤利政がやった『下剋上』と思われると、朝廷・幕府の忠臣という評判が崩れる。
一度、信用を失うととり戻すのが大変だ。
だから、守護代である織田-信友の方から和睦を破らせたい。
降りかかる火の粉を払うのは仕方ない。
朝廷や幕府に訴えて討伐の許可を願う。その許可が降りる降りないは関係ない。勝ってしまえば、何とでも取り繕える。
親父は今川義元の外交を見習っているのだろう。
義元は朝廷や幕府の仲介で結んだ和睦を何度も破っている。
同じ事を織田弾正忠家がすれば、逆賊の汚名が降りかかる。周りが一気に敵だらけに変わる。
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今川家を逆賊として討伐の命を出せない。
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だから、先に織田-信友から和睦を破らせる。それで邪魔でしかない守護代を排除できる。
「それでは守護斯波-義統様の取り込むを急いだ方がよろしいですね」
「斯波家と今川家は犬猿の仲だ。今川家の風下に入りたくないだろう。ならば、今川家と対抗する親父と信長兄ぃを支持してくれる」
「清須の守護代織田-信友殿を傀儡とし、実権を握っている坂井-大膳が、義統様が清須の外に出る事を阻んでおります。面倒ですが、なんとかしてみせます」
「信光叔父上の邪魔だけはするなよ」
「承知しております」
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