魯坊人外伝~魯坊丸日記~

牛一/冬星明

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第二章 魯坊丸と楽しい仲間達

百六夜 勝幡の信実(織田信実が勝幡を任されている件)

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 〔天文二十年 (一五五一年)九月〕
 今年は布智神社ふちじんじゃの秋祭に参加した。
 下丸淵(〒495-0012 愛知県稲沢市祖父江町本甲宮東4)、日光川の西に鎮座するのが布智宮山神社である。周辺の森林を淵森(布智)と呼び、径約30m、高さ約2mの周濠をめぐらした墳丘の上に『宮山』(現在は元宮山)と呼ばれる社殿があった。
 墳丘というより丸い円形は古墳である。
 龍神を祀っており、今年の日照りなら『雨乞い』を行う。
熱田と同時期に祈祷したので、雨を呼んだと周辺の村人から厚い信頼を重ねた。
 今年の『竹鼻まつり』(6月の夏越なごしの神事、新暦5月3日)に呼ばれていたが、今川が攻めてきたので中止となり、そのお詫びに秋祭の参加が決まった。
 信光叔父上の命で積極的に尾張中の神社や寺の招待を受けさせられている。
この時代の民は信仰深く、土地の豪族や民の支持を得るのが目的だ。
 俺を尾張の法王にしたいのだろうか?
 熱田神宮への寄付、熱田明神の護符が売れるほど、俺の小遣いが増えるからいいんだけどね。
 秋祭の帰りに勝幡城へ足を伸ばした。
勝幡城の総堀の中に津島酒造所があり、そこに俺用の御成御殿があった。一泊するのに便利という理由だ。淵森の秋祭を終えて、その日の内に御成御殿に入った。

夕食を食べた後、勝幡城に移動し、今後の予算と兵の育成の協議を行った。
 事前話し合いで話をまとめているので内容を確認すると、信実のぶざね叔父上と俺が署名して協議は終わる。そして、そこから宴会だ。
 信実叔父上が家臣らに俺を紹介し、「可愛い弟の為ならば、何でも頼みを聞いてやるつもりだ」と俺を支持する事を表明した。
 戦国武将らは宴会こそすべてだ。
 信実叔父上が俺を支持するとかどうでもよい武将がほとんどであり、むしろ飲みっぷりを競いたいと酒をすすめる馬鹿が多い。
 数え六歳(満五歳)の児童に酒を勧める悪癖だ。
酒が飲めて一人前、児童が酔い潰れるほどすすめるからタチが悪い。
 今日も千代女らが水の入った急須に入れ替え、あるいは、盃を交換してくれる。
 見事な飲みっぷりに拍手喝采が沸く。
 俺は水を飲み過ぎて腹が苦しい。
 例の顔が赤色する薬を服用し、タイミングを見計らって早々に退出した。
千代女を生け贄にするのは悪いが、俺は御殿に戻ると風呂に入って寝床に入った。
猶、千代女らは神経毒を酒に盛って、武将らをさっさと泥酔させて帰ってきた。
その毒で死ぬ事はない。
だが、体質によっては、2,3日ほど体が痺れて動けなくなる程度だ。
まぁ、千代女を酔い潰して介抱しようなどと考える不埒者は死んでも構わないけどね。
 
 翌日、城に出る前に信実叔父上に茶に誘われ、畳四枚という小さな茶室に招かれた。
 尾張には堺の茶人が多くやってきており、信実叔父上もその一人に師事を受けたらしい。
 抹茶は俺が土産に持ってきた緑茶だ。
 手慣れた手つきで茶杓で抹茶を茶碗に移し、お湯を注ぐと茶筅で回して泡立てた。
 そして、茶碗から一滴ほど手の甲に垂らし、それを舐める。
 所謂、毒味の『鬼舐め』という奴だ。
 それで安全が確保できるなどと、俺は考えない。
 毒があれば、解毒薬もある。ヒ素のような遅効性の毒もある。
 毒味や銀の匙で防げない。
 つまり、人払いした茶室では、毒殺し放題だ。
 俺は茶碗を受け取ると、一気に飲み干した。
 信実叔父上がニヤリと笑った。

「流石、魯坊丸は度胸がある」
「何の事でしょうか?」
「勝幡を含む織田家臣団でお前の評判は良くない。昨日の宴席でもお前を批難する声が多かったのを覚えているか」
「酒をすすめてきた奴らですね。熱田贔屓過ぎるという苦情がありました。昨日も言いましたが、私を助けてくれるのは熱田衆です。助けてくれる者を贔屓するのは当然です」
「熱田水軍は荒尾水軍と佐治水軍を傘下に迎え、かなりの力を付けてきている。対して津島商人への援助は希薄だ。津島商人の不満は高まっておる。その縁故の武将の不満も溜めておる」
「これでもかなり優遇しているつもりですが?」
「安心しろ。堀田家を筆頭に大橋家、岡本家、恒川家、山川家の有力四家がお前を支持しておるので問題はない。だが、お零れに預かれぬ商人らが不満を持っているのは覚えておけ」
「承知しました」

 信実叔父上の忠告はありがたいが、それは熱田でも同じだ。
 どこかを優遇すれば、どこかに不満が残る。俺は聖人などではない。見た事もない何者かを尽くすつもりもない。利用価値があれば、貧民や棄民でも助ける。
 価値がなくとも不満を溜めると碌でもない事に巻き込まれるので、恨みや妬みが爆発しない程度に施しているに過ぎない。そのルールも簡単だ。熱田で法を定め、平等に運営する事で民衆の不満が溜まり過ぎないようにしている。
 この時代には『自由・平等・権利』なんて近代民主主義の概念りそうは存在しない。
権威主義しかない世界の法は、倫理とは関係なく、民衆に「法を守った方が得だ」と思わせる道具に過ぎない。だから、権力者は自分に都合のよい法を現代と違って、適当な理由をでっちあげたり、こそこそせずに制定できる。
権力者も法に縛られるという共同幻想が、無邪気な民衆の安心に繋がり、社会の秩序となる。
だが、法を自分の都合だけで破る人間が、権威という共同幻想を掌握し、模範とならない権力者が生まれれば、割れ窓理論というやつで無法地帯が現れ、法を守ろうとする無頼漢が溢れるようになる。 誰も何も信じられない世、それが戦国の世だ。
 法の信用など皆無だから、織田弾正忠家の武力と熱田明神への信仰心で縛っている。
 俺にできる事は「こっちの水は甘いよ」と手招きするだけだ。
 信実叔父上の心配は無用なのだ。

「忠告されても顔色一つも変えんか。信光兄上が気に入る訳だ」
「信光叔父上が何か?」
「先日、俺に忠告をくれた。しばらく、信光兄上は織田弾正忠家の家督を欲しているような態度を取るらしい。有象無象に踊らされるなだとさ。信長とお前を支持しておればよいと言われた。そこに信勝の名がなかった」
「また、何かするつもりですか」
「俺もお前に告げておこう。俺は魯坊丸を支持する。信長ではない。熱田衆と望月の女に騙されている傀儡だ。傀儡であっても担がれるだけの価値があるから担がれる。家臣が主を担いで何が悪い」
「信光叔父上の言葉は気にせぬと」
「信長か、お前と言ったのだ。逆らっている訳ではない。お前は大した奴だ。支持するに値する」
「皆から傀儡とか言われていますが、宜しいのですか」
「だから、傀儡で何が悪い。俺は戦なら一人でもできる。小さな領地なら何とかなる。しかし、勝幡を任されて、なんとかなると思うか。俺こそ、家老の傀儡、津島商人らの傀儡だ。だが、それを恥じておらん」
「なるほど」
「信長は初陣のみ。まだ他に評価されるものはない。だが、お前は酒造所を作り出した。斉藤家との外交をまとめた。琉球交易も成功させた。立派な実績だ。信長よりお前を支持する。それだけは覚えておけ」
「ありがとうございます」
 
 信実叔父上はそう宣言すると、難しい事を考えるのが苦手という。
 津島を中心に中島郡と海西と海東を発展させるのにはどうすればよいかと聞かれた。
 なお、織田弾正忠家が支配しているのは中島郡の南部のみだ。また、海西の半分は今川方の服部家、海東の東側は深田城の信次のぶつぐが任されているので考える必要はない。
 俺は帰る時間を遅らせ、別室で勝幡の家老と俺の側近、侍女、小姓らを呼んで、今後のまつりごとを議論する事にした。
右筆の定季さだすえが同行していないので、小姓として同行している息子の良勝よしかつの意見を積極的に聞き入れ、紅葉らに補完させる。
 家臣を育てる為にも俺の意見を言わない。
 すると、信実叔父上が「魯坊丸は人を使う才覚があるな」と褒められた。
 信実叔父上の政は家老が担当していた。
 次々と課題が上がり、中根南城に帰る時間が遅くなりそうと思い始めていると、千代女が血相を変えて飛び込んできた。

「若様。大殿が倒れました」
 
 俺は千代女の言っている意味が判らなかった。
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