アベレーション・ライフ

あきしつ

文字の大きさ
上 下
1 / 35
プロローグ

第1話:桧山快のスタートライン

しおりを挟む
こんばんは。私の日記生活ももう二ヶ月も続いています。こんなに長く続くなんて思っていませんでした。今日は私の学校の先生からとても面白い話が聞けたのでこの日記に残したいと思います。もう何年も前の話で、先生が高校にいたときの話だそうです。
私はその当時まだ産まれていなかったので、その話を知りませんでした。両親が懐かしげに話しているのを一度聞いた位でよく覚えていません。どうやらとっても怖いことがこの地球で起きたようです。それが何かというと


━地球崩壊が起きようとしていたようです


異能力というものが社会常識のように捉えられるようになったのは何も昔の話ではない。1987年3月15日に政府が憲法改正、『異能力者待遇基本法』が発布され異能力は世に一気に蔓延っていった。諸説あるが異能力の起源は鎌倉時代後期とされている。当時では百姓と名づけられていた一家に産まれた望月頼宗もちづきのよりむねという青年に予知の異能が芽生えたことが全ての始まりである。以降、異能力は『人離れの力』と恐れられ、望月家は世から冷遇されてきた。それからというもの、異能力者は目まぐるしい速度で増加していった。全盛期と言われる戦国時代には『未曾有特異の武士』として大名の傘下に最低でも20名ほど置かれることもあったが、度重なる戦争により異能力は全滅に追いやられた。江戸、明治、大正時代も同様で、移り行く時代の変化や、第二次世界大戦などにより異能力者は雀の涙と化していった。平成前期となると、右肩上がりに異能力者が再生していった。しかし問題はそこではない。異能力を悪行に施行する者が増えていったのだ。それにより日本始め世界は再び混乱に陥る。対策として国連はある組織を設置した。世界異能力研究機関、通称WASO。異能力を研究し、混沌と化した世の中を沈静化させる為に当組織はさらにいくつかの支部を世に放つ。アメリカのサンモール・エクスプレス、ロシアのフリージア社、ドイツのサンスクリット株式会社、そして日本の月陽連げつみょうれん大火電工たいかでんこう。それらの組織は各々の国で成果を発揮し、世の中の混乱を沈めることに成功した。その中でも日本は奇抜かつファンタスティックな対策案を叩き出す。悪を穿つ為に正義を構築したのだ。それが『ファイター』という職業である。やがてそれは俳優や女優のように第三者に『推し』を作らせるほどのものに今はなっている。それ以降、『ファイター』を養成する学校が多数設立、この物語の舞台もまたそこだ。
そして今、2089年、1つの聖戦の幕が上がる。

こいつはまずいことになった
桧山快ひやまかいは今学舎の玄関の前でガラス張りの大きな扉を見つめている。現在の時刻は八時三十分。登校時刻は八時二十分である。快は毎年この日は遅刻している。今日は入学式。三年生の快達は校内の飾り付けをしなければならない。だから快はこの日だけは遅れてやってくる。とはいえ今年は最後の年。最後ぐらい真面目に来ようと幾多もの目覚まし時計をセットしてきたのにまさかの二度寝。だが一般人にとっては入りづらい職員室も快にとっては只の年間行事である。快は一階の職員室の前に立ち、小さな深呼吸をして、ドアを開く。
「失礼します!三年の桧山です。今日は色々あって…」
「分かっとるわ!遅刻だろ!」
いつものシナリオ通りにやり過ごそうとする快を教師もシナリオ通りに返す。快は職員室を背にし、慣れない三年廊下をふらりと歩く。ついこないだまで2年生だったのでまあ無理もないが。やがて快はユニバーサルデザインを超越した、無駄に大きい扉に辿り着く。この大きな扉がこの学校・名門帝英学園の特徴である。帝英学園は異能力と呼ばれる特異体質で満ちた世界で犯罪を犯す者の制圧、犯罪防止する職業、ファイターを育てる為の学科がある。それに名門と言っても勉強ばかりしているイメージとは違い、自由が売りの学校だ。快は大きな扉に手をかけ、開ける。
「うぃ~す」
「あーおはよー快、今年も安定の遅刻だね」
当然、教師だけじゃなく生徒もまた快の遅刻には慣れている。快に真っ先に挨拶した長い栗色の髪の少女は甘海怜奈あまみれいな。この学校で二番目に美人で、(能力的に)最も強い。まさにパーフェクトガールの名を与えるにはふさわしい存在だ。
「まったくもう!ずっと待ってたんだよ、快のこと」
「なんかその誤解される言い方やめろ。ってか机全部下げてなにしてんの?」
「記念撮影だよ、せっかく最後の年の始まりなんだ。快も撮ろうよ」
全体的に白髪を基調とし、所々黒い頭髪を持つ少年が言う。彼の名は光谷祐希ひかりやゆうき。この学校で(実力的)に最も強い。怜奈を女王とするなら祐希は王だ。
「ほーら、しっかり撮ってくれよ、アンドロイド君」
体格は中肉中背、いかにもチャラそうな金髪の少年、宮川電樹みやかわでんきが気取った様子で椅子に座り、カメラの先にいる、黒髪に氷の様に冷たい瞳を持つ、雪原冬真ゆきはらとうまに言う。
「私をアンドロイドなんかと一緒にしないで下さい。私はAI、あんな低能とは違いますよ」
冬真は脳細胞が全て人工的に作られたAIであり、世間のことは大体把握してある。だが元々は人間で、自らの体を媒体にしたと言う。
「おーおー、相変わらず仲良いのか悪いのかって感じだな」
「ほんとね、あなたたち幼稚園、小中と同じだったんでしょう?」
飄々とした態度でこちらへ闊歩してくる大柄で眼鏡をかけた大男に、豊満に過ぎる胸を腕で抱きながら、甘栗色の髪をポニーテールに結いだ少女が後ろにつき、呆れた口調で言う。2人は、男の方は幸城運聖さちじょううんせい、女の方が永野望美ながののぞみだ。望美は財閥のお嬢様で、それ故に、自立性はあまりないが、性分はしっかりした"女性"である。そんな2人の問いに、電樹と冬真もまた、訝しげな表情で答える。
「一緒ではありましたが気が合わないだけですよ」
「そんな事よりさー、今日から新しい先生なんでしょ?」冬真の否定を無視し、怜奈が別の話題に切り出した。そうだ、快も今思い出した。それを聞かされたのは卒業式の一日前だ。うざったい先生から抜け出せて、快も心底喜んだものだ。でもまぁ、
「あいつから抜け出せても次の先生がうざかったら意味ねぇんだよなー」おい、馬鹿野郎、快は心の中で言った。そんな事言ったらいつものが来るだろ。そして快の予想は的中し、背後から太い声がした。
「誰がうざいって?」
「うぉっ、先生!あぁえっとおはよーございます。新しい先生は?」「順を追って話をする。まず座れ」
快達は、去年までの担任、蒲田力かまたりきに促され席に着く。
「さて事前に話いってると思うが今日から担任が変わる。という訳でお前らようやく俺から脱出できたな。嬉しいか?」
「悲しいです」「泣きそうです」と教室中で虚言めいたものが飛び交う。そんな虚言を蒲田は一掃する。
「そうか、嬉しいんだな。まぁそんな事はどうでもいい」
「どんな先生なんですか?」
電樹が気怠げにゆっくりと手を挙げる。全員の嫌味を一掃した蒲田は電樹の方を向き直り、呆れた口調で言い放つ。
「俺も詳しくは聞いていないが相当マイペースで個性的な男だと聞いた。入学式が終わってから来るらしい」ホントにマイペースだな、入学式に遅れるか?普通、と快は心の中で突っ込んだ。恐らく口に出すと自分に返って来ると思うが。
「とりあえず二三年は事前練習があるからすぐに廊下に並んで体育館に行け」


もっと遅れて来れば良かった


校長先生、教育委員、PTA会長の長すぎる話を聞いた快達は教室へ戻って来た。黒板には蒲田が書いたと思われる文章がある。
『新しい担任が来るまで教室待機!』
「だとよ」
片側だけ伸びた前髪を気取った様子でかきあげながら、小塚大也こづかだいやが書いてあることを読み上げる。さすがにそろそろ来るか、全員がそう思い大人しく席に着く。
「先生としてどーなのかねー」
「胡散臭そうだね、どんな人なんだろ、ホントに」
などと、その新たな教師の序盤の失態に教室中で非難の声があがる。だが、それらの声も次の瞬間、消える。
「おはようございます」
声と共にゆっくりと扉が開く。全員の目が、扉に向いた。扉の向こうから現れたその男は、氷の様に冷たい水色の頭髪が、肩ほどまで伸び、目も同様、冷ややかで冷徹な目付きだ。だがそれでいてどこか、安心感を得れる。やや長めの白衣に身を包み、髪の長さか、どこか中性的な印象も感じられる。そんな彼に快が初見で感じた印象は、以上の印象とは裏腹に、"異常"だ。これといった証拠や確信は無いが、それでも快は普通の教師を見る目を無意識に止めていた。
「はじめまして、今日からこのクラスの担任を受け持つ鳥束翼とりつかつばさです。みんなよろしく」
とりつかつばさ、快はこの名前を心の中で無機的に反芻した。
「君たちのことは事前に調べておいてあるよ。自己紹介の必要は無い。でも君らは僕のことを知らない訳だし、僕の自己紹介で良いかな?」
「いいっすよ」
クラスメートの何人かが声を揃えて言う。
「じゃあ始めるよ、改めてよろしく、僕の名前は鳥束翼、生まれも育ちも東京都品川区だ。大学は守谷大学ってとこに行ってたかな。昨年まで防衛省に勤めていたよ。だから教師になったのは今年だ」
「え、そうなんすか?にしちゃベテランの風格あるけど」快は鳥束からただ者ではない何かを感じ取ったからそのまま聞こうかと思ったが無意識に表現を変えていた。
「ベテランだなんて買いかぶり過ぎだよ、僕は只のファイターさ」
「え、ファイターなんですか?」電樹がすっとんきょうな声をあげる。
「馬鹿なの?ファイターじゃなきゃ帝英学園に教師として来れないよ?」
電樹の当たり前の質問を、清楚系女子を思わせる飾らない顔立ちをし、それでも綺麗な女子、有都色音あるといろねが笑いを含んだ口調で言う。
「その語尾うぜぇからやめろ」グギギ、と歯ぎしりしながら言い返す。
「まぁ彼女の言う通りだよ、ファイターじゃなきゃ帝英学園このがっこうには居られない」
「センセー質問」怜奈がゆらりと手を挙げる。
「ん、なんだい?」
鳥束は、裏のない笑顔で答える。
「先生の異能力ってなんですか?」
怜奈を横目に快も頷く。それは確かに気になっている。
「良い質問だね、僕の異能力はね… うーん、口で言うのもめんどいけど…まぁいいや」
鳥束は一瞬困った顔をするも、1人で勝手に頷き言う。
「僕の異能力はズバリ、"超越"、だよ」
「ちょーえつ?」
茶髪のツインテールを弄りながら、糸永繭いとながまゆが無機的におうむ返しをする。
「そう、超越。僕が持つありとあらゆるの数値を上げる能力だ。例えばそうだね。視力としよう。視力を超越により強化したら、布地の細かな繊維の隙間を覗き、中身を見ることが出来るんだ」
「嘘っ、じゃあ私達の服まで透けて見えるってこと?」
繭が胸の前で腕をクロスさせ、椅子を思いっきり引く。鳥束はその反応に苦笑いをして答える。
「ハハッ、勘がいいね。でも安心しなよ。僕の異能力は常時発動のものではないから。そして僕にはそんな嗜好はない」
その言葉に女性陣はホッとして胸を撫で下ろす。快はただ1人凛とした表情を保つ望美に呆れながらも、改めて鳥束の方へ向き直る。すると、
「じゃあ金属とかみたいな隙間の無いやつは視れんのかよ」
からかうように嫌らしい笑みを浮かべながら運聖が言う。
「その場合は聴力を上げて僅かな音を聞き分け、次に嗅覚を上げて同じく僅かな匂いを嗅ぎ、その物の正体を増強させたIQで推理し、当てるってとこかな。中身当てとは無縁だが、僕は六感シックスセンス以外にも、体の耐久力であったりパワーであったりも強化出来るよ」
引いた。これは相当の才能マンだ。感覚を増強させる異能力だけで透視ができるとは。ただ与えられた異能力ちからを振るうだけの快達とは訳が違う。これがプロ、並大抵のプロなら合ったことはあるが鳥束は"超越"の名の通り人並み外れている。快が感心していたところに冬真が水を差す。
「申し訳ございませんが、私にはあなたがどうも怪しくて仕方がない。根拠も不十分ですが…生憎私はあなたの考えていることがなんとなくですが理解出来ます、答えて下さい」
冬真の頭脳は信用できる。快自身も、鳥束から何かを感じ取ったこともあり、快は心の中で冬真に賛成する。鳥束は冬真の鋭い瞳を一瞥すると、「お手上げだよ」といように両手を挙げる。
「ふふ…さすがだね、噂通りの頭脳だよ冬真君、皆、地球の余命宣告は知ってるかい?」
地球の余命宣告、聞き慣れた言葉だ。今まで遠く感じていたものが今は何故だか近く感じている。それは多分このクラス共通の感覚だろう。鳥束はゆっくりと口を開く。
「君たちには是非…」
快はこの時何故か少し汗を掻いていた。裏がありそうな妖しげな笑顔の鳥束が最後の一言を放つ。


「地球の余命宣告の原因を暴き、止めて欲しい」


少し常人離れした高校生達の異常な生活が始まる。
ここが桧山快の、いや、帝英学園三年A組のスタートラインだ
しおりを挟む

処理中です...