アベレーション・ライフ

あきしつ

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プロローグ

第2話:鳥束翼という男

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その言葉はあまりにも重く、現実として受け止めるには難儀なものだった。反応に全員が困っているのか、教室内は静寂に包まれる。暫くしてその静寂を切り裂いたのは、目を隠す程に前髪を伸ばした、遊佐梳賦斗ゆざそふとだった。
「えぇぇぇぇ!どういうことですかぁ!?」
「うるせぇよ、落ち着け」
運聖が呆れ顔で梳賦斗を押さえ込む。鳥束はその様子を一瞥して、微笑みながら運聖を宥める。
「ハハッ、想定内の反応だよ。彼のオーバーリアクションは僕のせいでもあるからさ。責める必要はないよ。普通ならば当然の反応だ」
まあ、無理もない。突然世界を救えなんて言われて、ハイ分かりましたなんて反応を示せる高校生など皆無だ。鳥束は梳賦斗の反応を正当化し、再び口を開いた。
「重ねて言うがすまないね。上からの命令でね。さっきも言ったけど僕は元々国家機関に属していたんだ。元々この問題に関しては国の方で対応する予定ではあったんだ。だけど諸事情により君達に依頼することになったんだ」
話が転々と進みすぎて快は少し混乱する。隣の祐希の顔をちらと見ても、眉を潜め、合点がいかない、という表情だ。冬真でさえ、いつもより険しい顔をしている。
「……やはり皆理解が追いついていないみたいだね。無理もないよ。だがそれらの情報を暴いた方法は企業秘密なんだ。つまり言えないってこと。一方的で申し訳なくなっているよ」
鳥束は目を伏せながら、同情を買うように全員を見渡しながら言う。それを見て何人かが無意識に頷いている。
「そしてもうひとつ」
鳥束は顔を上げ、人差し指を立てる。
「その地球滅亡に関しても、その原因は口外しないようにと言われてるんだ」
そう、地球滅亡。何も遠い昔の話でもない。つい1ヶ月前だ。国際連合、通称国連と、世界異能力研究機構、通称WASO──ワソの二大権力の調査により明らかになった地球の現状──原因不明だが、地球はもう1年ほどしか形を留めていられないらしい。しかし何故、彼らはそれを隠そうとするのか。国民に机上の空論の様な事象だけ伝え、根拠は伝えない。安心を与える為か、はたまた別の理由か。その一端を鳥束が握っている。快は急すぎる展開に置いていかれながらも、高揚感に駈られていた。
とはいえ予感が無かったわけでもなかった。全てを盲信していた訳ではないが、ある程度嫌な予感はあった。鳥束は時を忘れて黙り伏せる彼らを前にし、「ふむ」と唸る。
「とても勝手だよね。今すぐに不安不満をぶつけたい気持ちも分かる。だからこそ君達には自身で暴いて欲しい。だからさっき、そう言った」
全員が全員、いつも違う表情を見せている。この男の言うことは全て真実だ。至って虚偽なんかではない。逸る気持ちを抑えるように快は手で胸を握る。心臓が極めて速く拍動しているのが分かる。理由は、この意味の分からない状況で快が鼓動に激しいさざ波が起こる理由は、単純だ。快は、快達は天才だった。生まれながらに持つ天賦の才、それに伴う強力な異能力。全てを持ち産まれた彼らは高校入学と共に"永劫の二十三家"と世間から呼ばれるようになる。それは今も呪いのように彼らを縛りつけると共に、全て勝ってしまう、つまらない人生を与えてきた。だが今、眼前で起きる未曾有の出来事に、このつまらない、平々凡々とした人生の終止符を打てる。だから今は、逸る気持ちが抑えられないのだ。
「……事情は承知しました。ですが数ある候補から我々を選んだ理由くらいは教えて頂いてもいいのでは?」
冬真は相手を計るような態度をとる。冬真の蒼い双眸に鋭い光が宿る。まっすぐに鳥束を睨み、見据える。
「ふむ…まぁそれに関しては釘を刺された訳じゃないし…いいよ。望みとあらば教えてあげよう」
鳥束は少し考え込み、その結論に帰結する。黒板に振り返ると、凄まじい勢いで何かを記していく。
「第一に、大まかな理由としては君達が最も適任だったからだ。確かに世間には有力なファイターはごまんといる。だがいずれも役に立ちそうのない有象無象ばかりだった。それが1つ目。もう1つは君達が高校生であることだ」
黒板に記した『国家権力』『ファイター』に斜線を引くと、残りは『前途ある高校生』だけとなる。
「未成年には未来、つまり成長の余地がある。そして全世界の高校生を吟味した結果、見事君達が選ばれたということだ」
最後に残った『前途ある高校生』に白い円が描かれる。スタート地点とゴール地点が違わない、綺麗な円だ。コンパスでも使って描いたかの様な円の美しさに思わず目を奪われてると、
「まぁそんな訳だから…今はまだちんぷんかんぷんだろう。僕も出来るならこんなことはしたくなかったんだ。もうそろそろ下校時間だから、今日は解散ということでいいかな?一応、教師としての仕事も果たさなきゃいけないし」
そうして、鳥束は快達にさようならを告げると教室から去る。余韻が残っているのか、暫く皆帰ろうとせずに気まずい空気になりかけたが、運聖の勇気ある下校にぼちぼち全員が動かされる。
「おい冬真!なにのろのろしてんだよ!」
教室から出ようとする電樹が1人机の前に佇む冬真を呼び止める。呼ばれた冬真は顔を上げ、不満気な顔を見せる。
「……のろのろ、とは心外ですね。少し考え事をしていただけですよ。先に行ってて下さい」
「そうかよ」
電樹は尻目で返事をし、大股で廊下を歩いていく。快は冬真の"考え事"が気になったが、声をかけることなく、廊下の奥へと歩いていった。


「成る程…ここが第四理科講義室か…しかし学校に理科室が4個もあるとは驚きだな。これは覚えるのが面倒だ」
学園内に殆ど生徒がいなくなった頃、橙色の夕陽が窓から差し込む理科室の中で、特有の黒い机を撫でながら鳥束翼は教室の多さの困惑していた。部屋が部屋だからか、着用している白衣がやけに映える。鳥束は扉を少し開け、首を突き出し、右を見て左を見る。誰もいない。
その様子を確認した鳥束は理科室内の玄関から最も遠い机を陣取り、ポケットからスマートフォンを取り出す。視認できないスピードで液晶を指で打ち、そのまま耳に当てる。
「やぁ、僕ですよ」
鳥束は目を閉じながら、液晶越しの相手に言う。数秒空けて声が返ってくる。
『元気そうでなによりだ、鳥束君。上手く…やれているかい?』
やや低めで、温厚な声の持ち主だ。鳥束は小さく微笑むと、重心を後ろに傾け安心したように笑う。
「ええ、まあ。今のところ問題はないです。少し謀るのが厄介なのもいますがまぁ、無用な警戒と、思っておきます」
『そう油断をするな。君らは強い。だがその強さによる油断が、あの悲劇を起こしたのだ。時が来るまで君は偽り続けなければならない。分かるかい?』
慎重な男の口調とセリフに鳥束は思わず苦笑いを溢す。
「相変わらず慎重な方だ。あなたは。最もですよ。全所得します」
が映した未来。それは必ずやって来る。どれだけの頃に現れるかは不鮮明だが、備えておきなさい」
鳥束は目を伏せ、小さくため息を吐く。そして、短く、たった一言、

「了解」

鳥束は、ゆっくりとスマホをポケットにしまう。どこか切な気に夕焼けの、紅蓮の空を眺めると、
「……この学校も変わってしまったな」
覇気のない声で、机を撫でながら呟く。鳥束は立ち上がり扉に手をかける。が、ふとその手を止める。
「──ふむ」
その洗練された勘と感覚で、廊下を音もなく歩く──氷結の王に気づいていた。鳥束はゆっくりと扉から離れると、あたかも機材を弄ってるかのような素振りを始める。
扉は音を立てて開き、氷結の王──雪原冬真は理科室に入ってくる。
「なにやら話し込んでいましたが、何方が相手ですか?」
「察しが良いなぁ…嫌になっちゃうよ」
鳥束は冬真の察知能力の凄まじさに嘆く。お手上げだよ、といように両手を挙げ、自身の潔白をアピールする。
「………質問よろしいでしょうか」
冬真は遠慮することもなく、鳥束の向かいの席に着く。その冷たい双眸で鳥束の空色の目を睨み──
「あなたの正体、及び掴んでいる情報を私のみに伝えて下さい」
鳥束は、その固まった表情を弛ませる、そして微笑を浮かべながら、
「ふぅん成る程。考えたね。根拠を教えて貰っても構わないかな?」

男の、鳥束翼の思いとは、冬真が抱える疑念は、互いにぶつかり合い、そして──
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