アベレーション・ライフ

あきしつ

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四月:終わりの始まり

第7話:異能力者誘拐事件

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「すまないね、急に呼び出しちゃって」
二十三家の快と祐希を前にし、若い青年はそう言った。彼は学園警察の山崎刑事といい、快達への依頼を送ってくるのは大体山崎だ。学園都市内での事件を解決する役目を果たしている学園警察だが、手が回らない時はこうして快達に頼っている。
「いえ、そちらも大変なんですよね」
「まぁねー、このちっさい署で五件はさすがに手が回らないっすよ」
山崎は手を後ろに組み合わせて、椅子の背もたれに寄りかかる。
「で?事件の内容は?学園都市内で起こったんですか?」
祐希が話を切り出す。
「いや、事件が起きたのは渋谷だ。それじゃあ説明を始めるね」
山崎が足下にあったノートパソコンを取り出して快と祐希の目に写るように回転させる。
「被害者は赤道真白せきどうましろ、七歳」
「七歳?」
快と祐希は首を傾げる。被害者が七歳とは、さすがに想定外だ。
「ああ、そして彼女は異能力者だ」
「一気にお願いします」
何だか待ちきれずに快は少し山崎を急かす。山崎はやれやれといった顔つきで小さく深呼吸をする。
「改めて、被害者の名前は赤道真白。温度を操る異能力を持っている。この事件は誘拐だってことを忘れないでくれ。事件が起きたのは三日前、小学校からの帰りが遅く母親が不審に思い警察に通報、その後二日に及び捜査が行われるも未だ見つかっていない」
「なるほど」
「続けるよ、我々が最重要容疑者として疑っているのは現・大学生本郷白兎ほんごうはくと。彼もまた異能力者で霧を操る異能力だ。他にも細かい物がいくつかあるが君たちならこの程度の情報で充分だろう!それじゃあ今回も頼むよ」
山崎が快と祐希の間に手を差し出す。快は笑顔で握り返す。
「もちろんです 、山崎さんは自分のやるべき事件を」 
「いや、俺は一人でこの件を担当しているよ」
快と祐希は苦笑いをする。その後二人は学園警察を出た。そしてその道中、
「異能力者が異能力者を誘拐か…祐希、どう思う?」
「異能力者誘拐は互いにリスクがある。本郷白兎は彼女を誘拐して何がしたかったのか、ともあれ、色々調べる必要がありそうだね」

「つー訳だ、まぁハナからよくわかんない部分が多すぎる」
「異能力者誘拐など犯人にとってもデメリットでしかない。私が犯人なら異能力を持たない人を狙いますが」
快と祐希は事件のあらましを皆に話す。冬真は快同様の点に目をつけた。
「つまりその本郷白兎とかいうヤツは何で異能力者を誘拐したかってことになるな」
電樹も顎に手を当てる。

「誘拐して…異能力を奪う?とか?」

恐らく何気なく言った怜奈の意見に一瞬で空気が凍りついた。
「いや、そんなまさか…」
大也がゾッとした顔をして言う。普段はあまり表情を乱さない灰崎も焦燥を感じられる顔をしている。
「あり得ないとは言い切れないね、仮に能力者から異能を分離させる異能力者がいたとすると、それも可能となるよ。ただ、その本郷白兎はそういう系統じゃない。可能ではあると思うが彼の目的は他にあると思う」
鳥束は顎に手を当てて可能性の否定をする。
「ま、じっとしててもなんも分かんないし、界都、柔也任せたぞ」
快は二人の方を向き、捜査の進行を促す。
「了解」


女性と見紛う程に流麗な長髪を靡かせる結城界都ゆうきかいとと、極度のつり目に反比例するような穏やかな甘栗色の頭髪を持つ伸代柔也のびしろじゅうやは、今目の前にそびえ立つ学校を見上げていた。門からちらほらと湧き出る若者達を見て、改めてスマホの液晶に映し出された『360度マップ』を覗く。
「浅賀山大学…ここで間違いないね」
「おっしゃ!さっさと乗り込んで聞くとこ聞こうぜ!」
改めて気合いを入れ直し二人は浅賀山大学の門をくぐった。中に入るといかにも大学、といった雰囲気で、生徒が二人を不審そうにじろじろ見てくる。
「ちっ、なんか感じ悪ぃなあ」
不満を露見させる柔也を片目に界都は近くにいた教師らしき男を捕まえた。
「あのーすいません、お宅の学長に会いたいんですけど…良いですか?」
「む?君は確か…」
「永劫の二十三家 結城界都です」
「同じく伸代柔也、あんたんとこの学長に話があって来た」
二人は自分の身分を教え、目的も伝えた。教師の男は少しは考えこんで、首を横に振った。
「すまないが、今学長は出ている。話があるのであれば私が聞くが?」
二人はしばらく顔を見合せ、互いに頷き合う。とりあえず今は本郷白兎について知れればそれでいい。二人は教師の男の方を向き、頭を軽く下げる。
「お願いします」

教師の男に連れてこられたには進路指導室だった。様々な企業の資料が並べられていてなんだか目が痛くなる風景だ。
「結構ここ有名なんですか?」
周囲の資料のタイトルを見て界都は教師に問う。話を円滑に進めるにはこちら側を信用してもらう。そうでなければ、重い話に入りずらくなる。
「ああ、うちは難易度が低い割りに、良い企業に就職しやすさで有名でね。結構人気があるんだ。とりあえずここに座っていいよ」
教師は二人をソファーの方へ促す。二人は一礼をして
グレーのソファーに腰をかける。
「それで私、いや、学長への話ってなんだい?答えられる範囲で答えよう」
界都と柔也は顔を見合せ、界都が制服の胸ポケットから男の、本郷白兎の写真を取り出す。
「この人、この大学の生徒ですよね?」
抱くのは疑念ではなく確証、仮にこの教師が本郷とグルだった場合、こちら側の意思があやふやであるかのような言葉でははぐらかされてしまう。なので「ですか?」ではなく「ですよね?」を語尾に選んだ。まあ、当然疑念ではあるのだが。
「ああ、本郷君か!知っているよ、彼の話は否応なしに耳に入ってくる」
(否応なしに?)
界都はその言葉を聞き逃さなかった。
「それって成績が悪かったり素行がよくなかったり?」
界都は前のめりになって聞く。
「あ、いや、逆だよ。成績も素行もいいよ。そういう意味で彼の話は耳に入ってくるんだ」
「聞いてた?」
柔也は耳に手を当てる。無論教師と二人の会話は教室で待機している快達にも聞こえている。
「おう、バッチグーよ」
快は見えもしない対話相手にグッドサインを送る。
「その教師の言うことが事実だとすると余計に謎が深まる。成績良い勝ち組がなぜ犯罪を?先生どう思います?」
祐希が鳥束に話を振る。鳥束は少し考えると自分の考えを話した。
「良心的な人間こそ仮面を被っている可能性も高いね。成績がいいならその脳を悪事に使用することも充分、あり得る。まあでも情報が足りないね」
鳥束は今は謎こそ多いが快達に危害は加えていない。自分も仮面を被っているよ、ということを示唆してるのか。そんな考えが頭に浮かぶも直ぐに快はそれを絶ちきった。
「引き続き頼む。新事実が明らかになったらこっちも動くから」
「了解」
そしてまた再び、界都と柔也の取り調べ?が始まる。
「成績の裏で何か怪しい噂とかはないんですか?」
怪しい噂、そのワードが出た瞬間に教師の男の表情が一瞬曇ったように見えた。柔也がさらに聞き込む。
「あんのか?そんな事」
「私もその場にいたわけでもないし何より何年も前の話だ。彼の友人から聞いた話なんだが、本郷君は小学生の時に人を殺しかけたことがあるらしい」
「!!」
界都と柔也は目を丸くする。
「異能力の暴発だそうだ。一人の少女が霧に飲まれ階段から足を踏み外し転倒。意識不明の重体だったそうだ」
(異能力の暴発…異能力者であれば避けては通れない道…その発現平均年齢は約7歳と言われているが…)
界都は顎に手を当てて考え込む。
「落ちたその人、殺しかけたってことは生きてるんですよね?その人の名前、教えてもらうことってできますか?」
教師は少し考えると、口を開く。
「君たちもよく知っていると思うよ?その子の名前は…」
教師は少し間を置く、そのことから言うのを躊躇う人物なのか、と二人は考えた。
「その子の名前は、女優 佐々木亜里沙」

「ったくよー、とんだ大物がしゃしゃり出てきやがったなー」
「しゃしゃり出てきたとか言うな」
界都と柔也は浅賀山大学を背に学校に戻っていた。
「本郷は学校に来てねえって言ってたし限りなく黒だな」
「だね、先生とかもう全部分かってそうだけど」
「お前はさ、今後地球がどうなっちまうと思う?」
「さあね、想像もしたくない…」
二人は事件を忘れ、地球について考える。事実、地球上で不可解な現象が起きている。
「ところでよ、何かさっきから…」
柔也がそう言いかけた時、飛んでくる何かを感じた。
「結界!」
界都がそう叫び、結界を展開したのとほぼ同時にガキンという鈍い音が響く。直ぐに柔也も戦闘体制に入る。
「ん?」
音の正体を探ろうとし周囲を探ろうとするとと真っ先に足元に転がる黄金色の何かに気づく。
「そうか、結界とぶつかって…ライフルの弾か?」
「ちっ、逃げやがった」
飛び出した柔也が上空から戻ってくる。
「いたの?」
「ああ、あのビルの上、誰かいた。ギターケースみたいなの持ってたからライフルだろ」
二人は犯人がいたというビルを凝視する。これをきっかけに事件は次々と動きだす。


「50BMG弾…マクラミンTAC-50か…お前ら危なかったな、食らってたら一発であの世行きだったぞ」
ミリタリーマニアの撃方一うちかたはじめが2人が回収した銃弾を弄りながら告げる。彼の黒い天然パーマは見惚れる程に綺麗な形をしている。凛とした目付きがなんとも似合う男だ。
「弾の種類だけで何か分かるようなもんじゃないと思うけど…考えると恐ろしいな。ていうか電樹と冬真は?」
界都は腰ほどに伸びた綺麗な髪をいじりながら聞く。
「あの二人は赤道真白の小学校へ行ったよ」
祐希が椅子を回転させ、界都の問いかけに答える。
「君たち二人を狙撃しようとした人物、それについては僕がどうにかしておくよ」
意外な発現にここにいない電樹と冬真以外は目を丸くする。鳥束が自ら捜査を買ってでたのだ。
「え?どうして?」
「本郷白兎、赤道真白、佐々木亜里沙、スナイパー。この四人を同時に相手するのは骨が折れる。その中で最も危険なスナイパーの男は僕が相手する。まあ個人的に興味のあることもあるんでね」
確かに、二十三人とはいえ四人同時の捜査は可能ではあるがいずれどこかが綻びるのがオチだ。ならばそこは…
「それじゃあ頼みますよ?死なないでくださいね?」
「ああ、任せてくれ。ただし任せたからにはスナイパーの男が肉片になっても怒らないでよ?」
「へ?肉片?」
快は目をぱちくりさせる。
「軽い冗談だよ。それじゃあ頼んだね」
一同は少し安堵する。とはいえ鳥束なら平気で人を肉片にできるだけの力があるのは確かだ。
(慎重に関わらなきゃ)
事件と鳥束、快は改めてその二要素に気を向ける。
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