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四月:終わりの始まり
第10話:黒薔薇
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「それじゃ、私お風呂入ってくるねー」
無防備にもバスタオル一枚になった解華は満面の笑みを浮かべ、ホテルの部屋に内装されている浴室に向かう。
「ああ、待っているよ」
男は優しく答えた。男はストーカーだった。離婚した反動があまりにも強く、女性を無性に近くで見たくなるという精神状況に陥っていた。今さっき浴室に入った少女は自分を満たせてくれるかもしれない。その気持ちでいっぱいだった。それから十分程がたち、解華が浴室から出てくる。
「お待たせ~ごめんね待たせちゃって」
男はその透き通った肌をじっと見据える。垂れ流れる汗を拭い、聞く。
「いいのかい?本当に」
「え~?ここまで来て?やだよだってお兄さんかっこいいもん」
少女は無邪気に笑う。羞恥心はあるのか 、思わずそう問いたくなる。解華は一気に男に詰め寄り、男のYシャツの中に細く華奢な手を入れる。
「アハハッ!スッゴい汗掻いてる!相手が未成年でも緊張しちゃう?」
「だからだよ」
自らを宥めるように答える。そして解華の唇は自分のそれと結合する。柔らかなその感触に年甲斐もなく赤面する。そしてもう、何も考えられなくなる。
「あ……う…あ…」
自然と涙が出る。無理もない。二度と味わえないと思っていたものを自殺の判断を下す前に味わうことができたのだから。最早、彼女が何者でもいい。そう思うのが正しいと思った。だが、疑念を捨てるということは、彼女のおもちゃ箱に入ったも同然である。
「あなた…奥さんは?」
「う……ふぐ…」
誰得だよ、といった表情で四十代の涙を見てくる。今まで無邪気だった彼女の雰囲気が少し変わった気がしたがそんなことはどうでもいい。
「助けてくれ…助けて!」
縋る思いで彼女のバスタオルを掴み剥ぎ取る。少し同様した表情で呆然としている解華をベッドに押し倒す。
「キャッ、ちょ、そんな急に」
「あ…あは…もう我慢できない!」
既に男は解華のおもちゃだった。一歩間違えれば、危険な捜査が好きだった解華は中二の時にこのやり方に目覚めた。そのやり方を実行する度にに幾千もの男を天国へ導いては地獄に引きずり落としてきた。この男には充分蜜を与えた。ならば次は、
「触りたい、触りたい。君に!君の全てに!」
男の唇は口から首、首から胸へと下がっていく。そしてそれが細い腰に到達した時、
「待って」
解華は口を開いた。耳まで赤くなっている。これは無論"演技"だ。
「本当に?するの?」
「あ…ああ!可愛い!愛しい!綺麗だ!奪いたい!僕の!僕のものになれ!」
どうやら焦らされるのが好みのようだ。男は無理矢理解華を押さえつけその上に股がる。そしてそのYシャツとズボンを脱ぎ捨て、汗ばんだ肌が露になる。主導権を握っているのは男だが、解華はそれを跳ね返す。
「しー」
解華は男の唇に人差し指を当てる。そして逆に男を押し倒し、股がる。
「奥さんと別れちゃったんだ。可哀想、酷い奥さんだねえ。君は何もしてないのにねえ、酷い酷い。じゃあ私が奥さんの代わりになってあげる。奥さんが離婚してあなたを地獄に叩き落としたなら、私も…」
解華は男の耳元で笑みを浮かべながら、そう言った。
「あんたを地獄に叩き墜としてやるよ」
「!?」
態度の豹変に男は感情を取り戻した。そして本能が訴える。この女は危険だ、と。
「くっ!」
男は解華を振り落とし、距離をとる。解華は微笑み、舌舐めずりをする。まるで獲物を前にした狼のように。やはり危険だ。男は自分の服をとり、扉へ逃げる。
「おーい、逃げてんじゃねーぞー?」
首根っこを思いっきり掴まれ手を振りほどく為に後ろを向く。だがそこに解華の姿はない。正確にはバスタオルを羽織った彼女が、ベッドの上に座ってるのが見えている。だがやはり依然として首は掴まれている。
「何なんだよ!」
首に目をやる。そこにあったのは手首だった。細く華奢な手首だった。これこそが薔薇解華の異能"解体"である。
「くそッ!」
男は解華の手首を投げ捨て、扉をこじ開ける。
「あら?」
しかしまたも何かに脱出を阻まれる。何か見えない壁か何かが玄関口一面に張られている。
「無駄だ。お前は僕の結界を砕けない」
結界、そう言われ思いつくのは一人しかいない。界都だ。
「"移動する立方体"」
界都は指を動かす。すると男は空中に浮きながらゆっくりと廊下に出される。これは男自体を操っているわけではない。六つの結界を組み合わせ、大きな立方体とし、その中に男を入れる。そして界都の結界は不可視、そのことから浮いているように見えるだけだ。
「来てたのね、残念。この変態ストーカー野郎は私が始末しようと思ったのに」
「ふざけるな、お前はなぜそんな不埒な行為を。もし本当にその行為に及んだらどうするんだ」
「あら?心配してくれてるの?」
「違う。分かったら早く服を着ろ」
目のやり場に困っている界都を見て、真顔でバスタオルを下ろす。
「見てみなさいよ、ビビりチキン野郎。言っとくけどこのおっさんはもっと強引だったわよ?つまりあんたそれ以下?」
「うるさい、こんな人外生物と一緒にするな」
界都は脱力した男の首根っこを掴んで結界から引きずり出す。解華は男の顎を掴んで無理矢理こっちを見させる。
「最後に教えといてあげる。綺麗な薔薇には棘があるの。悪かったわね。でも安心して?私のおもちゃはあんただけじゃないから。離婚乙」
男の中で今、何かが切れた。この女は今、妻との別れを嘲笑った。それだけではない、隣の長髪の男もこちらを蔑むように見ている。
「うぐぁ!」
ドスッ、音がしたと同時に、界都の腹部から血が吹き出る。
「グフッ…」
元々、万が一の為に小型のナイフを携帯していた。
──捕まりたくない
今はその一心で、凶刃を振るった。血に染まったナイフを解華の胸部に投げつける。ナイフは突き刺さり、解華はその場に崩れ落ちる。男はその時、解華がいつの間にか服を着ていたことを確認出来なかった。
(くそッ!なぜこうなった?全てあの女のせいだ!)
男は返り血も気にせず、ロビーに出た。解華への憎しみの中で、たまにあの温もりに、そう思ってしまう。
「くそッ!」
「あ、あのお客様?お出かけの際は…」
フロントに注意を無視して、自動ドアを目指す。
「どけ!」
目の前にいた一人の老人を薙ぎ倒す。老人は小さなうめき声を上げて、尻餅をつく。
(──よし!出れる!外にさえ出ることができれば!)
勝利を確信した。先の二人が追ってくることはない。
意識があっても満足に体を動かせないハズだ。
自動ドアが眼前に迫る。既にその後を画策していた男は玄関から飛び出る。はずだった。
男は一人尻餅をついていた。扉は遠い。先程、倒したはずの老人もピンピンして歩いている。視界を上に広げる。眼前には扉ではなく、黒髪の少年が立っていた。
「そんな焦って、どこ行くんすか?」
男は確信する。間違いない、彼女の一味だ。身を翻し、今度は逆の出口を目指す。
「待ちなよ」
袖を引っ張られる。今度は白と黒の髪色の少年だ。恐らく彼も仲間だ。振り返る。その視界の先にはさっきの黒髪の少年が歩いて向かってくる。ここで理解する。包囲された。
「き、君たちは何者だ!僕に何の用だ!」
その返答を聞いて男の顔は青ざめる。
「永劫の二十三家、桧山快」
「同じく光谷祐希」
永劫の二十三家、そう今世間を賑わせている最強高校生だ。
「あんたがさっきまで体験してたのは現実寄りの幻だ」
「分かり安くすると君は現実に戻ってくるまで死んでるみたいにボーッとしてて、その間、偽物の現実を走ってたってことだよ」
それ故に、老人はピンピンしている。
「バカな…そんなことができるわけが…」
「幻術系統の異能力と時間停止の異能、この二つがあれば簡単だよ」
「うちにオールラウンダーがいるんでね」
そのオールラウンダーとは他人の異能力をコピーできる能力を持つ怜奈のことだ。幻術は以前にそういう犯罪者と対峙した際に、時間操作は帝英の一年生にいる。
「くそッ!」
快と祐希、二人のいない方向に走る。その先には下ってきた階段がある。しかしそれもまた阻まれる。
「痛かったな、刺さったのは初めてだけど」
「今度は逃げられないわよ、閃光頭ロリコン野郎」
界都と解華だ。
「な、なぜだ!ナイフで刺されてなぜそんなに平気で歩ける?」
「異能力者を舐めるな」
二人は刺された傷痕を男に見せる。多少の血がついているだけで刺されたような傷は一切残っていない。
「そういうこと、分かったら観念しな」
快は右手を男に向け、その手に炎を灯す。前方は快が、後方は祐希が、両サイドは界都と解華が押さえている。形勢逆転、快達の勝利だ。
男はその場にへたり込む。男には最早、人と対話する気力も無いだろう。
「顔を上げなさい、卑怯な手を使ったのは謝る。でももう遅い。あんたは私と界都を刺した。そして私という未成年を前に欲望を爆発させた。教えてあげる、私と関わった犯罪者は死ぬ。一部の犯罪者から私"黒薔薇"って呼ばれてるからさ」
「コイツの人の精神を左右させるやり方に耐えかねて独房で自殺するやつが多いんだよ。だからそうなる前に聞いておく、だろ?」
解華が多くの犯罪者を間接的に葬ってきたのは事実で、"黒薔薇"だなんて呼ばれているのは快達全員が知れていた。彼女は犯罪者の遺族に怨まれている。それも両手で数えきれないほどの。それを背負って生きてるなんて快には到底できそうにない。
「うん、何でストーカーなんてしてたの?」
「え?いや、それは…妻と離婚して…それで…」
男は目を伏せて小さな声で言う。
「だからといって!」
「うっさい」
解華をそんなことを!と言おうとした界都を解華が静止する。
「違うでしょ?あんたが私を刺して逃げたあとあんたのバッグを調べた。指輪が無かったわ。本当に未練があるなら大切に持っているはず。他に訳があるんでしょ?」
男は黙り込む。脈ありか、快は確信する。
「ほ、本郷白兎って人に頼まれたんだ!理由は聞いていない!」
「──!!」
意外な人物の登場に快は頭が混乱する。祐希は一方で一つの考えに行き着いていた。この男の抵抗は予測していた。だからたった一人の男の犯行を四人で止めた。他の理由としては"黒薔薇"が関わった犯罪者は精神に異常をきたす可能性が高かったからだ。成績最優秀者・光谷祐希、成績第三位・桧山快、唯一の防御能力者・結城界都、"黒薔薇"薔薇解華。さらにここにはいないが幻術を仕掛けた神童・甘海怜奈も近くに来ている。祐希はこのメンバーに嫌気が差す。
「──!!まさか!」
その一声で、快も、界都と解華もすぐに気づく。祐希は耳に手を当て怒鳴る。
「冬真!」
『承知しています!こっちも梳賦斗が本郷のPCに潜入して奴の協力者は割れています!』
「なぜすぐに言わなかった!」
『こちらで対応できたからです!既に運聖と望美が向かってます!』
そう言われ快はホッとする。
「んじゃさっさとこのおっさん警察に引き渡して加勢に行こうぜ」
快は男の手をとり立たせる。抵抗する気は無いようだ。
「あ、快と祐希で行ってて、私は界都に用があるの」
「りょーかい」
快と祐希は男を連れ、ホテルを出た。二人がいなくなるのを見届けた界都は話を切り出す。
「で?僕に用って何?」
「何であんたが来たの?おっさんを押さえるのなんて他でもいいじゃない」
「僕じゃ不満か?」
「違うわよ……」
解華は不貞腐れたような態度をとる。
「断じて恋愛感情ではない、だけど簡単なことだ」
界都は解華を真っ直ぐ見据える。男とは思えない甘い眼で。
「な、何よ!」
「簡単だ、簡単だよ」
界都は真っ直ぐな顔でそれを口にする。
「君が大切だからだ」
解華は目をぱちくりさせ、心の中で界都が言ったことを反復する。
「プッ、何よそれ気持ち悪い」
「な!気持ち悪いとはなんだ!そして何が可笑しい!」
解華は界都に背を向け、外へ走り出す。その目には一筋の涙が伝っていた。
「大切って何よそれ…本当に気持ち悪い、あり得ない。でも…」
解華は濡れた頬を拭う。そして青い空へ向かって言う。
「ちょー嬉しいんだけど」
"黒薔薇"と怨まれる少女のその言葉は当然界都には届いていなかった。
無防備にもバスタオル一枚になった解華は満面の笑みを浮かべ、ホテルの部屋に内装されている浴室に向かう。
「ああ、待っているよ」
男は優しく答えた。男はストーカーだった。離婚した反動があまりにも強く、女性を無性に近くで見たくなるという精神状況に陥っていた。今さっき浴室に入った少女は自分を満たせてくれるかもしれない。その気持ちでいっぱいだった。それから十分程がたち、解華が浴室から出てくる。
「お待たせ~ごめんね待たせちゃって」
男はその透き通った肌をじっと見据える。垂れ流れる汗を拭い、聞く。
「いいのかい?本当に」
「え~?ここまで来て?やだよだってお兄さんかっこいいもん」
少女は無邪気に笑う。羞恥心はあるのか 、思わずそう問いたくなる。解華は一気に男に詰め寄り、男のYシャツの中に細く華奢な手を入れる。
「アハハッ!スッゴい汗掻いてる!相手が未成年でも緊張しちゃう?」
「だからだよ」
自らを宥めるように答える。そして解華の唇は自分のそれと結合する。柔らかなその感触に年甲斐もなく赤面する。そしてもう、何も考えられなくなる。
「あ……う…あ…」
自然と涙が出る。無理もない。二度と味わえないと思っていたものを自殺の判断を下す前に味わうことができたのだから。最早、彼女が何者でもいい。そう思うのが正しいと思った。だが、疑念を捨てるということは、彼女のおもちゃ箱に入ったも同然である。
「あなた…奥さんは?」
「う……ふぐ…」
誰得だよ、といった表情で四十代の涙を見てくる。今まで無邪気だった彼女の雰囲気が少し変わった気がしたがそんなことはどうでもいい。
「助けてくれ…助けて!」
縋る思いで彼女のバスタオルを掴み剥ぎ取る。少し同様した表情で呆然としている解華をベッドに押し倒す。
「キャッ、ちょ、そんな急に」
「あ…あは…もう我慢できない!」
既に男は解華のおもちゃだった。一歩間違えれば、危険な捜査が好きだった解華は中二の時にこのやり方に目覚めた。そのやり方を実行する度にに幾千もの男を天国へ導いては地獄に引きずり落としてきた。この男には充分蜜を与えた。ならば次は、
「触りたい、触りたい。君に!君の全てに!」
男の唇は口から首、首から胸へと下がっていく。そしてそれが細い腰に到達した時、
「待って」
解華は口を開いた。耳まで赤くなっている。これは無論"演技"だ。
「本当に?するの?」
「あ…ああ!可愛い!愛しい!綺麗だ!奪いたい!僕の!僕のものになれ!」
どうやら焦らされるのが好みのようだ。男は無理矢理解華を押さえつけその上に股がる。そしてそのYシャツとズボンを脱ぎ捨て、汗ばんだ肌が露になる。主導権を握っているのは男だが、解華はそれを跳ね返す。
「しー」
解華は男の唇に人差し指を当てる。そして逆に男を押し倒し、股がる。
「奥さんと別れちゃったんだ。可哀想、酷い奥さんだねえ。君は何もしてないのにねえ、酷い酷い。じゃあ私が奥さんの代わりになってあげる。奥さんが離婚してあなたを地獄に叩き落としたなら、私も…」
解華は男の耳元で笑みを浮かべながら、そう言った。
「あんたを地獄に叩き墜としてやるよ」
「!?」
態度の豹変に男は感情を取り戻した。そして本能が訴える。この女は危険だ、と。
「くっ!」
男は解華を振り落とし、距離をとる。解華は微笑み、舌舐めずりをする。まるで獲物を前にした狼のように。やはり危険だ。男は自分の服をとり、扉へ逃げる。
「おーい、逃げてんじゃねーぞー?」
首根っこを思いっきり掴まれ手を振りほどく為に後ろを向く。だがそこに解華の姿はない。正確にはバスタオルを羽織った彼女が、ベッドの上に座ってるのが見えている。だがやはり依然として首は掴まれている。
「何なんだよ!」
首に目をやる。そこにあったのは手首だった。細く華奢な手首だった。これこそが薔薇解華の異能"解体"である。
「くそッ!」
男は解華の手首を投げ捨て、扉をこじ開ける。
「あら?」
しかしまたも何かに脱出を阻まれる。何か見えない壁か何かが玄関口一面に張られている。
「無駄だ。お前は僕の結界を砕けない」
結界、そう言われ思いつくのは一人しかいない。界都だ。
「"移動する立方体"」
界都は指を動かす。すると男は空中に浮きながらゆっくりと廊下に出される。これは男自体を操っているわけではない。六つの結界を組み合わせ、大きな立方体とし、その中に男を入れる。そして界都の結界は不可視、そのことから浮いているように見えるだけだ。
「来てたのね、残念。この変態ストーカー野郎は私が始末しようと思ったのに」
「ふざけるな、お前はなぜそんな不埒な行為を。もし本当にその行為に及んだらどうするんだ」
「あら?心配してくれてるの?」
「違う。分かったら早く服を着ろ」
目のやり場に困っている界都を見て、真顔でバスタオルを下ろす。
「見てみなさいよ、ビビりチキン野郎。言っとくけどこのおっさんはもっと強引だったわよ?つまりあんたそれ以下?」
「うるさい、こんな人外生物と一緒にするな」
界都は脱力した男の首根っこを掴んで結界から引きずり出す。解華は男の顎を掴んで無理矢理こっちを見させる。
「最後に教えといてあげる。綺麗な薔薇には棘があるの。悪かったわね。でも安心して?私のおもちゃはあんただけじゃないから。離婚乙」
男の中で今、何かが切れた。この女は今、妻との別れを嘲笑った。それだけではない、隣の長髪の男もこちらを蔑むように見ている。
「うぐぁ!」
ドスッ、音がしたと同時に、界都の腹部から血が吹き出る。
「グフッ…」
元々、万が一の為に小型のナイフを携帯していた。
──捕まりたくない
今はその一心で、凶刃を振るった。血に染まったナイフを解華の胸部に投げつける。ナイフは突き刺さり、解華はその場に崩れ落ちる。男はその時、解華がいつの間にか服を着ていたことを確認出来なかった。
(くそッ!なぜこうなった?全てあの女のせいだ!)
男は返り血も気にせず、ロビーに出た。解華への憎しみの中で、たまにあの温もりに、そう思ってしまう。
「くそッ!」
「あ、あのお客様?お出かけの際は…」
フロントに注意を無視して、自動ドアを目指す。
「どけ!」
目の前にいた一人の老人を薙ぎ倒す。老人は小さなうめき声を上げて、尻餅をつく。
(──よし!出れる!外にさえ出ることができれば!)
勝利を確信した。先の二人が追ってくることはない。
意識があっても満足に体を動かせないハズだ。
自動ドアが眼前に迫る。既にその後を画策していた男は玄関から飛び出る。はずだった。
男は一人尻餅をついていた。扉は遠い。先程、倒したはずの老人もピンピンして歩いている。視界を上に広げる。眼前には扉ではなく、黒髪の少年が立っていた。
「そんな焦って、どこ行くんすか?」
男は確信する。間違いない、彼女の一味だ。身を翻し、今度は逆の出口を目指す。
「待ちなよ」
袖を引っ張られる。今度は白と黒の髪色の少年だ。恐らく彼も仲間だ。振り返る。その視界の先にはさっきの黒髪の少年が歩いて向かってくる。ここで理解する。包囲された。
「き、君たちは何者だ!僕に何の用だ!」
その返答を聞いて男の顔は青ざめる。
「永劫の二十三家、桧山快」
「同じく光谷祐希」
永劫の二十三家、そう今世間を賑わせている最強高校生だ。
「あんたがさっきまで体験してたのは現実寄りの幻だ」
「分かり安くすると君は現実に戻ってくるまで死んでるみたいにボーッとしてて、その間、偽物の現実を走ってたってことだよ」
それ故に、老人はピンピンしている。
「バカな…そんなことができるわけが…」
「幻術系統の異能力と時間停止の異能、この二つがあれば簡単だよ」
「うちにオールラウンダーがいるんでね」
そのオールラウンダーとは他人の異能力をコピーできる能力を持つ怜奈のことだ。幻術は以前にそういう犯罪者と対峙した際に、時間操作は帝英の一年生にいる。
「くそッ!」
快と祐希、二人のいない方向に走る。その先には下ってきた階段がある。しかしそれもまた阻まれる。
「痛かったな、刺さったのは初めてだけど」
「今度は逃げられないわよ、閃光頭ロリコン野郎」
界都と解華だ。
「な、なぜだ!ナイフで刺されてなぜそんなに平気で歩ける?」
「異能力者を舐めるな」
二人は刺された傷痕を男に見せる。多少の血がついているだけで刺されたような傷は一切残っていない。
「そういうこと、分かったら観念しな」
快は右手を男に向け、その手に炎を灯す。前方は快が、後方は祐希が、両サイドは界都と解華が押さえている。形勢逆転、快達の勝利だ。
男はその場にへたり込む。男には最早、人と対話する気力も無いだろう。
「顔を上げなさい、卑怯な手を使ったのは謝る。でももう遅い。あんたは私と界都を刺した。そして私という未成年を前に欲望を爆発させた。教えてあげる、私と関わった犯罪者は死ぬ。一部の犯罪者から私"黒薔薇"って呼ばれてるからさ」
「コイツの人の精神を左右させるやり方に耐えかねて独房で自殺するやつが多いんだよ。だからそうなる前に聞いておく、だろ?」
解華が多くの犯罪者を間接的に葬ってきたのは事実で、"黒薔薇"だなんて呼ばれているのは快達全員が知れていた。彼女は犯罪者の遺族に怨まれている。それも両手で数えきれないほどの。それを背負って生きてるなんて快には到底できそうにない。
「うん、何でストーカーなんてしてたの?」
「え?いや、それは…妻と離婚して…それで…」
男は目を伏せて小さな声で言う。
「だからといって!」
「うっさい」
解華をそんなことを!と言おうとした界都を解華が静止する。
「違うでしょ?あんたが私を刺して逃げたあとあんたのバッグを調べた。指輪が無かったわ。本当に未練があるなら大切に持っているはず。他に訳があるんでしょ?」
男は黙り込む。脈ありか、快は確信する。
「ほ、本郷白兎って人に頼まれたんだ!理由は聞いていない!」
「──!!」
意外な人物の登場に快は頭が混乱する。祐希は一方で一つの考えに行き着いていた。この男の抵抗は予測していた。だからたった一人の男の犯行を四人で止めた。他の理由としては"黒薔薇"が関わった犯罪者は精神に異常をきたす可能性が高かったからだ。成績最優秀者・光谷祐希、成績第三位・桧山快、唯一の防御能力者・結城界都、"黒薔薇"薔薇解華。さらにここにはいないが幻術を仕掛けた神童・甘海怜奈も近くに来ている。祐希はこのメンバーに嫌気が差す。
「──!!まさか!」
その一声で、快も、界都と解華もすぐに気づく。祐希は耳に手を当て怒鳴る。
「冬真!」
『承知しています!こっちも梳賦斗が本郷のPCに潜入して奴の協力者は割れています!』
「なぜすぐに言わなかった!」
『こちらで対応できたからです!既に運聖と望美が向かってます!』
そう言われ快はホッとする。
「んじゃさっさとこのおっさん警察に引き渡して加勢に行こうぜ」
快は男の手をとり立たせる。抵抗する気は無いようだ。
「あ、快と祐希で行ってて、私は界都に用があるの」
「りょーかい」
快と祐希は男を連れ、ホテルを出た。二人がいなくなるのを見届けた界都は話を切り出す。
「で?僕に用って何?」
「何であんたが来たの?おっさんを押さえるのなんて他でもいいじゃない」
「僕じゃ不満か?」
「違うわよ……」
解華は不貞腐れたような態度をとる。
「断じて恋愛感情ではない、だけど簡単なことだ」
界都は解華を真っ直ぐ見据える。男とは思えない甘い眼で。
「な、何よ!」
「簡単だ、簡単だよ」
界都は真っ直ぐな顔でそれを口にする。
「君が大切だからだ」
解華は目をぱちくりさせ、心の中で界都が言ったことを反復する。
「プッ、何よそれ気持ち悪い」
「な!気持ち悪いとはなんだ!そして何が可笑しい!」
解華は界都に背を向け、外へ走り出す。その目には一筋の涙が伝っていた。
「大切って何よそれ…本当に気持ち悪い、あり得ない。でも…」
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