アベレーション・ライフ

あきしつ

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四月:終わりの始まり

第11話:全員出動

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数分前──
「よしっ、本郷のPCに潜入できたよ~」
教室内に整備された巨大モニターの液晶に本郷白兎のPCの画面が表示される。目が隠れる程に伸びた前髪をかきあげながら、遊佐梳賦斗ゆざそふとが自慢気に言う。見た目では完全に陰キャ感しかないが、それをカバー出来るほどのプログラム技術。それは冬真も軽く凌駕するレベルだ。
「犯行計画書…やっぱり本郷白兎が犯人ってことで間違いないのかな?」
書類制作アプリを開いた形跡を発見し、すぐにそれを調べると、大きく『赤道真白誘拐計画書』と書かれた書類がある。それを見て全員が確信に至る。
「快と祐希がいないのは少し痛いですが…運聖、望美、行ってくれます?」
冬真はこの場に残り、万が一の場合の対策とメンバー構成をする為、突撃には行けない。何より相手がどんな手を使ってくるかが明白ではないため多人数での攻めは危険だ。
「おうよ!やってやる!」
「いいわよ、足を引っ張らないでね?」
互いに睨み合う運聖と望美、二人がイチャついてるシーンはあまり想像できない。
二人がここを出て、梳賦斗の焙りだした情報を頼りに根城へ向かっている最中、冬真の耳をつんざくような罵声が飛んでくる。
『冬真!』
その緊迫感のある声色からしてどうやら向こうも気づいたようだ。自分達が囮に騙されていたことに。
「承知しています!こっちも梳賦斗が本郷のPCに潜入して奴の協力者は割れています!」
『なぜすぐに言わなかった!』
「こちらで対応できたからです!既に運聖と望美が向かってます!」
そう言い聞かせると向こう側から安堵したような反応が伺える。
「さて…頼みましたよ運聖、望美。それにしても先生はどこへ行ったのでしょう…」
冬真は不安そうに窓の外を眺める。空は不穏な曇模様だった。


「梳賦斗の言ってた廃工場ってのはここか…カビ臭えな…」
「あなたは何を言ってるの?さっさと入るわよ」
「るせ」
思いの外重たい扉を押し、入って数秒で状況を理解した。場内一面に渦巻く白い霧。
「扉の風圧で舞った塵…ではなさそうね」
視界を阻むそれは間違いなく本郷白兎の異能力だ。手を振り回しても何も変わらない。そればかりではなかった。
「なんだ?体が重いぞ?なんつーか…具合悪ィ」
瞼を落としかけた状態の運聖がもの凄い量の汗を掻いて座り込む。
(確かに、体の自由が効かない…奴の異能力は視界を阻むのみのシンプルな力だと……まさか!)
「異能力強化剤か…クソが!」
望美も急な吐き気と頭痛に襲われ膝をつく。異能力強化剤とは自身の異能力を強化させ、新たな性能を得る目的で使用される違法薬物だ。依存性はないもののその危険性はそこらの麻薬や覚醒剤を軽く上回る。
「正…夢…」
ボーッとしてる頭を回転させ、望美は妄想からガスマスクを取り出す。
「これを、入ってしまったものは…ぐ…取り除くことは出来ない…けど…これから防ぐ…ことはできる」
「サンキュ」
二人はなんとかガスマスクを装着し、重い足取りで上を目指す。上の階へ進めば進むほど、霧が濃くなっている。霧が濃くなればなるほど息づかいが荒くなり、体も重くなってくる。
(上へ行く程体が蝕まれる。まずい。このマスクじゃ抑えられない、早くヤツを見つけなければ)
「!おい!望美!」
「何?」
呼ばれて運聖の向いている方向を見る。眼前には当然、白い霧の他には何も確認できない。
パシュッ
その音が聞こえた瞬間、消音器サイレンサーを装着した銃の銃声だと確信し、その考えに至るまでの間に自分の、望美のガスマスクが撃ち抜かれる。
「望美!グアッ!」
急激に多量の霧が口の中に入り込み、望美は膝から崩れ落ちる。望美を懸念した運聖も右肩を撃ち抜かれる。
「んの野郎…」
相手は鉄パイプやらの武器を持っている。そのことから連中は異能力者ではない。だがこちら側がこの体調では勝機は薄い。
「ヤバ…吐血…止まらない…」
無尽蔵に望美の口内からドス黒い血が噴き出る。運聖も肩の出血が止まらないようだ。
「カカカッ、てめえらに恨みはねえがここでくたばってもらうぜ?」
男の一人が鉄パイプを振り上げ、望美の顔面に命中させる。
「グッ…ガハッ」
「のぞ…」
運聖が肩を押さえながら立ち上がるも今度は足を撃ち抜かれる。両足の力を失い、壊れた豆腐のように崩れる。
「うぐ…ぐがぎああああ!のぞみ…のぞみ!」
血にまみれた手で運聖は望美の粉砕した手を握る。どうやら鉄パイプを手で防いだ際に砕かれたようだ。
今すぐにでも傷を修復して立ち上がり、奴らを倒す。だが異能力者の修復能力は能力者の体調に比例する為、体は癒えず、立つことすら憚られる。
「うんせ…お願い…倒して…」
望美は妄想で解毒剤を作り出し、運聖の口の中に突っ込む。体が急速に軽くなる、それでも普段よりは調子が良くないものの、この状態であれば対抗できる。
「わりいな…つー訳でクソ共。──殺す」
目付きが鋭くなる。獣のような迫力に男達は後ずさりをする。運聖は少しずつ近づき、相手との距離が二メートルほどになった時、足下に転がる小さな瓦礫を拾う。肩の痛みを確かめ、運聖はニヤリと笑う。
「異能力"運勢"付呪・最終天命」
「なんだ?何をやっている?」
「その日によって強さが変わる俺の異能力、その発展技だ。他人の運気を奪い物に与える力だ。言いたいこと分かるか?」
他人の運気を奪う、つまりその場に人がいなければ運気を奪うことは出来ない。そして今ここにいる人物から奪うとなるとその候補者は安易に想像できる。
「まさか!俺たちは今!」
「お察しの通りだぜ、今てめえらが何をしても良い方には行かない。俺はこの石ころを投げるだけで全て上手くいくっ!」
再び体を猛毒が襲い、運聖は体を折り曲げる。
(やべ…薬もう切れやがった…情報聞き出してえが…)
その時間は…なさそうだな…
「ハッ薬は切れたようだな。じゃあ死ね」
男の一人が鉄パイプを運聖に投げつける。すると突然頭上から小さな石の破片が崩れ落ち、鉄パイプに命中する。軌道の逸れた鉄パイプは壁にぶつかり甲高い金属音を奏でる。
「!!なぜ!?」
「言ったろ?良い方には行かないって。特大ブーメランだ。てめえらこそ死ね」
運聖は運気の詰まった石ころを親指で弾く。宙に舞った石ころは天井にぶつかり、また地面に当たり、また弾け、そして…
石ころは空間を右往左往し、やがて瓦礫の隙間に入り込み、男と運聖の存在している空間から消え失せる。
「……ハッ脅かせやがって。何が死ねだ!何も起きねえじゃねえか!」
冷や汗を掻いていた男は石ころの消失を確認すると大きめの瓦礫を拾い運聖に近づく。
「見たところ体力も無いみてえだし、消えろ」
男は瓦礫を振り下ろす。運聖は身構える。ヤバい、間に合わねえ!
その時だった
「!?」
天井が、いや、この病院が呻き声を上げている。
「な、なんだ?」
「俺がさっき投げた石だよ、ハァ、跳ね返ってぶつかって、そしててめえらの運気が相まって大崩を引き起こす。そして何より今日の俺は…」
運聖はポケットから御神籤を取り出す。その中に手を突っ込み、器用に紙を開いて男達に見せつける。
「大吉だ。万に一つも負ける気がしない」
「何?うごあっ!」
男達の頭上から大量の瓦礫が降り注ぐ。運聖は風圧で眼鏡が吹き飛ぶ。いよいよ何も見えなくなった目で奥の壁が崩れ、階段が現れる。
「隠してたってか…一石三鳥だ…」
望美は助かり、男達は倒れ、通路も開けた。まさに一石三鳥。運聖は最後の力を振り絞り、耳に手を当てる。
「冬真!俺と望美はっ、ぐ…もう無理だ。邪魔は…ある程度片した。あとは頼んだ…」
『大丈夫ですか?』
「わりいが大丈夫じゃねぇ…く…異能力強化剤で霧に毒性がある…んじゃ…応援頼んだぜ…」
冬真との通信を切断し、望美の横に倒れる。運聖は望美の砕かれた手を握る。そして、ゆっくりと瞼が落ちて、意識が途絶える。


「異能力強化剤…ですか。厄介なことをしてくれますね」
冬真は運聖からの情報を聞いて険しそうな顔をする。
「毒性か…永野がガスマスクの想像に遅れをとるはずがない、となるとマスクをも貫通する強い劇毒…」
気怠げな垂れ目の下に厚いクマを作っている毒霧黒雨どくぎりくろさめが顎に手を当てる。自身が『劇毒』の異能力を持つ彼が言うと説得力が違う。
「ただの霧ならサーモグラフィースコープでもなんでも使って対処できたけど…毒なんか使われたら、しかもガスマスク無効って…」
怜奈も口に人差し指を当てて考え込む。
「いや、マスクに関しては黒雨に任せよう。相手がどれだけの戦力かは不明だ。界都、解華聞いてるね?という訳で今から一切の手加減はしない」

「全員出動だ」

祐希の指示が全員に行き渡る。相手の戦力が予測できない以上、無駄な駆け引きは時間の無駄だ。よって持てる全戦力で臨む。この判断は正しいはずだ。
『待って』
耳の中に解華の声が響く。何か異論があるのだろうか
『私と界都はその作戦に参加しないわ』
「は?なんでだよ!」
祐希と冬真が険しい顔をする横で電樹は解華に怒鳴る。
『うっさい、少し声を抑えなさいよ。耳痛い』
「今はんなこと言ってる場合じゃ…」
『理由として僕らは今帝英の近くにいない。もう一つは解華が例のストーカーの件で警察と話しがある』
「いや、ならお前は関係ないだろ!いちいち帝英に戻ってこなくとも直接行けばいいだろ!」
『いや、それも無理だね。なぜなら解華が離れるなと言ってるから』
あちゃ~、快は額を手を当てる。あれを言ったのか。快は呆れ顔を隠せない。万人を愛する演技のできる解華は今まで心の底から人を愛したこともなければその逆もない。だから"君が大切"と言われ、恐らくだが解華は界都のことを好きになってしまったのだ。
「離れるなってお前それ…」
さっきまで怒鳴り散らしていた電樹もそう聞いて笑いを隠せずにいる。
『ちょっ、それは言わないって言ったじゃん!』
『言わなきゃ理由にならないでしょ』
二人がどんな表情をして会話しているかが快には容易に想像できた。
「あー分かった分かった、じゃあお幸せに」
電樹もお手上げいった感じで会話を放棄する。
「あの二人がいないのは少し痛いけどまぁどうにかなるだろう。それじゃあ最速でやっつけるよ?目的は運聖と望美の救出、そして本郷白兎の拘束だ!」
祐希は教室の扉を開く。そして一声、




「出動!」
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