アベレーション・ライフ

あきしつ

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四月:終わりの始まり

第12話:THE・BATTLE

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快達一同は本郷白兎が潜伏していると思われる廃工場に到着した。外装は灰色のコンクリートを基調としていて、かつては人が出入り、機能していたことを想像させてくれない風貌だ。快はゴクリと息を呑む。ガラスは雲っていて、外から内部様子は見えない。恐らくこれが本郷白兎の異能力だろう。
「確かに…少し空気が汚いね…」
祐希は外まで多少影響が出ていることを確認するとガスマスク・アルティメットを装着する。
「このガスマスクであればどんな小さな細菌も通さない。俺が持てる最強のマスクだ」
毒霧の家は親の趣味がマスク集めと少し変わっていて少し周りと逸脱している。いずれ趣味は集めるだけでは飽きたらず、作るにまで至ったという。この場に来る前に、毒霧の両親の最高傑作を頂いたのだ。
「とはいえ油断は禁物だ。入ってすぐに異能の展開を忘れずにね?」
こうしている間にも運聖と望美の命は磨り減っている。一刻も早く突入し、救出したいが充分に策は練らなければならない。
「改めて確認するけど先頭は僕で行く、敵の攻撃に関しては未来の言うことに従う、いいね?」
未来、というのは現在の遥か先を指し示す名詞ではなく、快の隣でアキレス腱を伸ばす少年のことだ。名を先取未来さきどりみらい。不規則に伸ばした前髪、やや低めの身長に、童子の様に丸い目、ショタコンが喜びそうな顔つきだ。彼の持つ未来見通す目は、快達の戦闘指示に秀でており、一同にとって"予知"の異能力は手であり足である。しかし低身長という特徴を語るには、もっと相応しい者がいるが。
「んなこと分かってるからさっさと行こーぜ?」
祐希の確認を無視し、電樹は入り口を開けようとする。祐希はやれやれといった顔で先頭に入る。
「それじゃあ行くよ?」
祐希は錆びた取っ手に手を伸ばし、重たい扉を開く。運聖と望美が侵入した時とあまり状況は変わっておらず、依然として白い霧が充満している。
「……………」
黙っていても全員の呼吸が聞こえる。敵の雰囲気は未だにない。それよりもやはり、僅かだが体調の悪さを感じられる。それでもガスマスク・アルティメットの力は凄まじく、体にそれ以上の影響を及ぼさせない。
「三十秒後!来る!敵は非異能力者、武器を所持している!」
先取がこの先の未来を視る。先取の警告を受け、全員が警戒態勢に入る。
(霧の動きが変わった?そこか!)
快は僅かな霧の動きを感じ取り、そこから得た答えの方向に灼熱の炎を放つ。扇状に放たれた炎は白い霧を吹き飛ばし、周囲の木製の道具はパチパチと音を立てて燃えている。
「逃がした?」
快は再び周囲を見渡す。人の気配は感じない。炎で吹き飛ばした霧もやがて元に戻っていく。
「いえ…囮です!」
冬真が最初に入った扉の方を向く。快がその場所の霧を炎で薙ぎ払うと、大量の男が鉄パイプやら金属バットやらを持って立っている。
「灰崎!」
祐希が叫ぶ。その応答と同時に灰崎が前に出る。
「分かってる!桧山の炎のお陰で影が多い!」
周囲の紅の炎によって生み出された黒い影が灰崎に集まっていく。
「"影拳・暗殴かげこぶし・あんおう"!」
影が集まってできた一つの大きな黒い拳が無数、男達に衝突する。
「行け!俺たちが食い止める!」
灰崎は半身で振り返り、快達に呼びかける。快達は頷き、灰崎に背を向け、奥へ走り出す。天宮、梳賦都、墓場はこの場に残り、灰崎の援護をする。
「さあ、歯向かうと地獄行き決定だよ?」
墓場が半透明になり、ニヤリと笑った。

「大丈夫かな…あいつら…」
快は後方を見ながら走る。あの四人なら恐らく無事だがそれでもつい懸念してしまう。
「言ってても仕方ないでしょ?とにかく先に急がないと」
祐希もそう言ってるがやはり心配なようだ。先に走り始めて、三分ほどがたった時、身強が何かを見つける。
「ねえ、あれ!」
霧の中に、二つの影が倒れていた。互いに手を握りあって倒れている。周辺には御神籤のようなものと赤く血に染まった眼鏡、そして三人の男が瓦礫の下敷きになっている。
「熱が凄い…すぐにこの場から出さないと」
多量の汗と血を流し倒れていたのは運聖と望美だ。息は荒く、触れただけでもその体温の高さは図り知れる。
「有都、糸永こいつら頼む」
電樹は運聖を持ち上げ、二人に指示する。
「え?あっはい!分かったわ」
こんな時にも電樹に名前を呼ばれ動揺している有都を全員が呆れ顔で見つめる。有都と糸永は運聖と望美を背負い、入り口へと走っていった。

「チッ、タチ悪いぜ連中」
電樹はしかめっ面で舌打ちをする。潜入を開始してから暫く経ち、数十人の敵を討伐してきたが一向に数は減らない。一人一人は路地裏にたむろしているようなチンピラ同然の実力だが、それを数が補っている。
「だな、何人いやがんだよ」
異能力というものは解放できる時間や威力が限られている。その上限を越えてしまうと異能力は能力者を蝕む。例えるなら快の"焦熱"。上限を越えると快の肉体を焼き尽くす。だから一重に人体と異能力は友達だ、なんてことは言えないのだ。現に快は体から黒煙がブスブスと発生している。
「上限も近えぞコレ、かなり腕が痺れてる」
電樹は右腕を上下する。上限に近づいたことにより、意図せぬ電気が体を痺れさせているのだ。
「確かに…このままでは埒が明きません」
冬真も上限により、体が冷え込んでいるようだ。
「そうだね…よしここからは作戦4【ここは俺が引き受ける!お前らは先に行け!】だ。全員で戦い全員が同じように身を削るのは効率が悪すぎる。二年生の時の後期期末の成績上位六名で行こう」
作戦4【ここは俺が引き受ける!お前らは先に行け!】とは次の敵の襲撃があった時に、無傷で主力メンバーを最終目的まで通す方法だ。かなり高い階層まで到達されている以上、相手は惜しみ無く戦力をぶつけてくるはずだ。そしてその成績上位六名は、
「僕、怜奈、癪だけど快、冬真、電樹、望美はいないから繰り上がりで身強だね」
「おい…癪だけどってなんだよ…」
「ん?何か言った?」
癪だけどという言葉に反論する快を祐希はいや~な目付きと口調で返す。普段は人が良さそうな態度だが、快は過去の祐希をよく知っているため、ふとした時に性格が少しだけ変わる理由もよく知っている。快と祐希のやり取りを怜奈は切なそうな顔をして見ていた。ランキングの繰り上がりで名指しされた少年は、先ほど言った、"低身長という特徴を語るには、もっと相応しい者がいる"を満たす小林身強こばやしみつよだ。右側の頭髪を耳に掛け、かなりの童顔の持ち主だ。小学生程の身長しかなく、本人曰く無抵抗に女子のスカートが見えてしまうのが悩みらしい。
「それじゃ、他の皆援護頼んだよ?」
祐希は快を突き飛ばし、他に言う。能力的には全員が全員同じ位の実力だが、頭脳で嫌でも優劣がついてしまう。決して他が弱いわけでもなく、かといって主力が強すぎるわけでもない。なぜなら彼らは永劫の二十三家、全員が最強の高校生なのだから。
大量の殺意、気配を感じて一同は身構える。
──先制攻撃──
大也が前方に結晶を放つ。美しく強い、"宝石"の異能力だ。場が静まり帰る。音が聞こえる、固い何かが砕かれる音だ。
──破られる、砕けて弾けるその一瞬で…
大也は一歩下がる。その様子を見た一同は攻撃の姿勢をし、主力は走り出す準備をする。
「破られる!」
バリンッ、硬質ガラスでも割れたような音が鳴り響き、大也の放った結晶は爆発四散する。結晶の欠片が飛び散り、快の頬を劈く。
「粉砕するのは愚策の極み、自らの視野を狭めることのなります」
冬真が冷たい床に触れ、上に腕を振り上げる。巨大な氷が男達を穿つ。
──瞬間凍結アイスバーン──
冬真が戦闘時に最初に使う初見殺しの一撃技だ。攻撃の展開速度と範囲、その両者に長けた今の技を初見で躱せた人物は快は知らなかった。冬真は白い吐息を吐く。
「ナイス冬真!後は任せろ!」
柔也はグッドサインを冬真に見せる。冬真はそれを見て無言で頷く。
「逃がすな!追え!」
凍てつかされた男の一人が、叫ぶ。追え、現状でそれができる者はいないはずだ。快の炎無しで冬真の氷は溶かせない、だが快は当然敵を助けない。それはいくらチンピラとはいえ分かっているはずだ。指示するということは実行できる人物がいるということだ。つまり、
「まだ居やがるか」
電樹が全身に帯電する。その間まさに電光石火、尋常ならぬスピードを持つ。
「冬真ァ!足場!」
電樹は軽く真上に小ジャンプをして、電樹の足裏と床の間に氷の足場が入り込む。電樹はその上に音を立てずに着地すると、最大限膝を曲げる。その溜め込まれたバネで、
「電光石火」
飛ぶ。空中で反転し、その足裏を次は天井につけ、今度は壁に着地し、賊に言う"壁キック"を繰り返す。
「いた」
電樹は壁キックを数回繰り返したところで曲がり角の奥に蠢く無数の影を発見する。そして首を一閃、
「"雷獣ノ足跡"」
首を蹴りつけられた男達は力無く倒れる。その間約3秒、快達の中で最も速いスピードスター。一部の犯罪者から"雷獣"と呼ばれているだけある。
「二秒ってとこか…上限の影響がおもむろに現れてやがんな」
電樹は前髪をかきあげながら言う。
「残念2.9秒ですね。四捨五入すると三秒です」
「んああ?何でちゃっかり計ってやがんだよ!言っとっけどなあ!俺は本来の力の半分も出してねえぞ!」
「何ですかそれ?手抜きですか?」
絵に描いたような幼なじみの二人を見ながら快達に苦笑いをする。電樹は冬真を睨みながら、男の胸ぐらを掴む。
「おい、ヤツは今どこに…ってあれ?強く蹴りすぎたか?落ちてやがる」
「全く…加減を知らない単細胞生物が…とにかく奴が上にいることは確かです」
冬真が瓦礫を押し退け、道を拓きながら言う。
「待って!」
先に進もうとした快達を身強が静止する。その表情は何かに気づいたようだ。不吉なことに気づいたのか焦燥が感じられる。
「僕らが上がってきた階段以外にも階段はあるよね」
「はい、我々が上がってきた北階段以外にも西と東がありますがそれが何か…」
冬真ですら、一瞬身強が何を言いたいのかが分からなかった。急に出た階段の話。冬真は数秒考え、結論に辿り着いた。
「──まさか!」
「うん、逃げてる。もう動いてると思うよ。そして僕のなーんとなくの感覚が合っていれば…」
身強は真上に指を指す。
「もうじき奴が真上にくる」
天井からコンクリートの破片がパラパラと落ちてくる。快達が入って来た正面玄関以外にも、入り口出口はあと3箇所ある。逃げようと思えば簡単に逃げおおせることができる。
「どうする?律儀に階段登ってたら逃げられるぞ?」
「皆離れて、ぶち抜く!」
身強が全員に離れてと言いながらも自ら離れる。
攻撃力オフェンスポイントΛラムダ!」
身強の右腕から黒いエフェクトが発生する。細く小さく弱そうな腕だがそのパワーはボディービルダーの二百人にも匹敵する。身強からとてつもなない爆風が発生し、快達は顔を隠す。
「うおおおおおおおおりゃあああっ!!」
ボディービルダー二百人の拳で上空にアッパーをする。天井が風圧で破砕し、さらにその上の階の天井もまた粉砕する。それがあと二階分あり、やがて曇り空が見える。
「皆!飛ばすよ!」
身強がバレーのレシーブの構えみたいなことをする。
快はその小さな拳の上に乗る。
「っし!逃がさん!」
「僕より先に行くなよ~か~い」
「八つ痺れにしてやる!」
「八つ裂きみたいに言わないで下さい」
「スカートの中見ないでね?」
「見ない!僕もすぐに追うね!」
打ち上げられた快は、未だに宙を舞っている大きめの瓦礫に飛び乗り、その姿を確認する。風圧で吹き飛ばされたか、尻餅をついている。体から白い霧を霧散させているその男の前に着地する。快の背後に残りの主力メンバー、そして自力で跳んできた身強が着地する。

「大人しくしろよ大罪人、本郷白兎拘束作戦、開始!」
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