アベレーション・ライフ

あきしつ

文字の大きさ
上 下
23 / 35
五月:開戦

第22話:妖怪

しおりを挟む
「君と戦うのは何ヵ月ぶりだっただろうか」

墓場霊太は腕をクロスさせながら、自分の目の前に立つ、永野望美に問いかけた。
「そんな話、どうでもよいのだけれど」
問いかけに答えなく返した望美は何度か爪先で地面をつつく。
「…あっそ」
素っ気ない応対に目を細めた霊太はそっぽを向いてそう返す。
 『さあ!それでは初めていきたいと思いまーす!』
その声を耳にし、反射的に斜め上を見た2人は、再び互いに向き合う。霊太は一歩後退り、長い前髪をかきあげながら言う。
「よければ聞くかい?百物語…」
それを聞いた望美は「フッ」と鼻で笑い、返す。
「結構よ」

『レディィ…ゴォォォォォォ!!』

「聞いておけよ、魔女が」
実里の合図を受けた霊太はずっとポケットにしまっていた両手を勢いよく広げ、手に持つ何かを散らせる。
「それは"願い"と、受け取っていいのかしら?」
「いいや?確定事項だよ。誰にも踏み入れられない未曾有の世界。興味あるだろう?」
散りばめた何か──よく見れば紙切れだと分かるが、それらが音もなくしなやかに地面に着弾する。
「…"憑依"…」
霊太の体が忽然と消え、望美は周囲を見渡す。だがやはり霊太の姿は見えない。
「一体何を……」
望美は心の中の願いで具現化させた二丁拳銃を周囲に向け、霊太を警戒する。その時
「……こっちだよ……」
足に冷ややかな感触と声を感じ、望美は咄嗟に下を向く。地面から半透明の、拳以外が半透明の腕が生えており、まるで温度を感じさせない手腕に、それが霊太のものだとすぐに判断し拳銃でその腕を撃ち抜く。腕は「おっと」と言うと地面に潜っていく。
「どんな霊術なの?」
望美は地面に向かって訪ねる。脳に直接響いてるようにも感じられる声が、どこからともなく響く。
「そんな大層なものじゃないよ。霊術っていうのはこういうことさ!」
ふと足に違和感を感じ、再び自分の足下を見る。霊太の腕に掴まれていた足首になにやら呪詛のようなものが巻きついていた。望美は慌ててそれを振りほどこうと足を振り回す。だがそれは離れることなく永遠的に脹ら脛を這う。
──これは…もう中に入ってるってことかしら
体の外部に張りついているのではなく、体の中に巣食っているということか。望美がその呪詛のようなものの解除を諦めた時─ 
「──っ!?」
踏み込もうとした右足首に気持ちの悪い違和感を感じ、望美はその視線を再び下へ向ける。見ると、先程まで呪詛が巻きついていた足首に、何やら気味の悪い─人間と断ずるももどかしい、泣き叫ぶような顔が文字通り浮かび上がっていた。それらはまるで一説上のマンドラゴラの様な奇声をあげ、歯をカチカチと鳴らしている。
「何っこれ!」
気味の悪さに望美は手に持つ拳銃の銃口を右足首に向け、その奇面を撃ち抜く。銃弾に顔面を抉られた奇面は、顔にふさわしい奇声をあげ、口から大量の血を吹き出し消える。
「憑依の感触はどうだったかな?なかなか気持ち悪かっただろう?」
またも空間から霊太の声が響く。
「ええ、なんて悪趣味な攻撃なの?」
望美は構えていた拳銃を下げ、やれやれといった表情で微笑する。
「それじゃあ、こちらも反撃していいかしら?」
「勿論、抵抗してくれた方が唆るからね」
望美は拳銃を持つ右手を頭に当て、左手で拳銃を構える。
「意味深な言い方を…"万物成就"」

──どうか、立ちはだかる悪霊のその体が、現世に顕現しますように

望美は詠唱の如く心の中で願いを唱える。すると、世界がそれを受け入れたように、
「うおっと」
望美の背後で、声と共に幽霊はその姿を地から弾き飛び出す。
「後は祓うのみなので!」
望美は声の方向を振り向くと、手榴弾を地面に投げつける。それは爆音をかき鳴らし、煙幕が四方に霧散していく。
「─っ煙幕?」
視界を封じられた霊太はすぐさまに望美がいた方向とは逆に飛び退く。
「一体どこから…それにしても…」
霊太は「祓う」という言葉を気にかけていた。幽体である霊太にとって、祓われるのは死を意味する。たかが学校行事でそこまでするとは考え難いが──


「僕は何の為に生きているのだろう」
過去の自分、過去の霊太は学校の屋上でそう呟いた。丁度、霧雨が降っていた日だと思う。当時霊太は自分自身が異能力者であることを知らなかった。無力の自分が生きていて、この世に何か貢献出来るのだろうか、そう考えた結果の台詞だった。
旧友はその台詞を笑い飛ばした。「社会貢献出来んのなんて極一握りだろ」と、
霊太もそれには同意し、苦笑いをしながら頷いた。だからこそ知ってみたくなってしまった。


僕が死ねば、誰かが悲しんでくれるのだろうか


霊太は階下に戻ろうとする友の背中に、「ありがとう」と一言伝え、柵を乗り越えた。霊太自身はあまり覚えていないが、友は青ざめた顔でこちらに走ってきていた。頭の中に駆け巡る、走馬灯。家族との、友人との思い出。それらが、フラッシュバックしていき、体感ではもの凄く短く感じる転落。
落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて── 


グシャッ


そして霊太ぼくは死んだ


と、思うのも束の間だった。破裂していた筈の頭は、潰れていた筈の肉は、千切れていた筈の血管や神経は、砕けていた筈の骨は、以前と同じように、生き生きしていた。何一つ欠けることない肉体が、心臓がただ揚々と動いていた。やがて生きていたことに気づくのは、そう時間はかからなかった。そして霊太は理解する。


墓場霊太 異能力「幽体」
死することによってその異能力が発動。以降、人体と幽体を切り替えることが出来る


自分が異能力者であることに。飛び降りる覚悟は決して無駄ではなかったのだ。霊太はその後、友に事情を伝えた。友は初めは少し驚いた顔を見せたが、やがてそれは普段の穏やかなものに戻った。さらに霊太は旧知の友にこう伝えた。
「僕は強くなる。社会貢献出来るような男になって、また会おう」
決して別れの時に放った言葉ではないが、やはり彼はどこか安心したような表情で
「ああ、期待してるぜ。霊太」
返した。

その後霊太は帝英学園に入学し、新たな出会いを果たす。そして今 ──


(死、か。そういえば一度試したな)
一向に晴れない煙幕の中で、霊太は再び"死"の覚悟を固める。
「来いよ永野望美。祓えるものなら祓ってみろよ」
「ええ…お言葉に甘えて…!」
背後の声に霊太は素早く反応し、ジャージのポケットから藁人形と金槌を取り出し、釘を口に咥える。煙がぐわりと動き、予想通り背後から望美のシルエットが現れる。それは次第に実像となり──
(今だ!)
望美の胸に藁人形を推し当て、鋭い釘を刺し、金槌で食い込ませていく。だが、
「──!!」
呪詛は発動しなかった。しまった、と思う頃にはもう遅い。気づいた頃には霊太の右頬をガントレットの様な物を装備した望美の拳が貫き、抉りとっていた。



「──!」
霊太瞑っていた目を思い切り開け、勢いよく体を起こす。匂いで保健室だとすぐに分かったが、自分は何故こんな所に。
「お疲れ様」
横から聞こえる声に反応し、その方向を見やる。見ると望美が、保健室のテーブルを借り、優雅に紅茶を飲んでいた。
「……あのさぁ、怪我人を絶景に見立ててお茶飲まないでくれる?」
「そんなつもりはないわ」
訝しげな目を長い前髪の奥で作りながら、望美に言うも、淡々と返される。
霊太は手持ち無沙汰に転がっている包帯を弄りながら望美に尋ねる。
「あれはどういう手品?幽体である僕にどうやって物理攻撃を?」
望美は「そんなことも分からないの?」と嫌味な視線をぶつけ答える。
「塩よ。回転寿司とかよくあるじゃない。効くかどうか分からなかったけど、思ったより刺さってくれたみたいね」
「祓うっていってたじゃんか…」
恐らくそれも彼女の計算の内なのだろう。「祓う」と言われれば当然札か何かを使用すると予想する。ましてや霊太のような実体を持たない相手に対し、物理攻撃などナンセンス。そう思わせ、物理の対処法を潰したのだ。普段の純真無垢で穢れのない彼女の性格を信じきってしまった故に、霊太は負けたのだ。彼女は嘘偽りを吐かないと。
「あっそう、僕は君にまんまと騙されたわけだ」
「………騙したなんて人聞きの悪いことを」
霊太は再びベッドに横たわる。紅茶を口に流し、クッキーか何かを咀嚼している望美を横目に霊太はぶっきらぼうに言う。
「……次の試合見なくていいの?決勝行くつもりなんだろ?」
「ええ、今行こうと思ったところよ?」
純白のテーブルクロスを畳みながら望美が言う。その様子を霊太はちらと見て、横になったままそっぽを向く。
──真田、僕は、もっと強くなるよ
霊太は再び心に刻む。かつての友と結んだ誓いを。新たな友と、切磋琢磨しより強くなると。窓の外を眺めながら妖怪は優しげに微笑んだ。


『さあ先程の試合も見所満載の神試合でしたね!さて!これからいよいよ2回戦と行きます!最初を飾るのはこの2人!』


『奏でる音色は無垢なる呪い?声霊!有都色音!対するは?』


『放つ氷は無情の一撃!氷結機械!雪原冬真!!』


実里の実況に合わせるようにスタジアムを囲う炎がより一層爛々と輝き燃ゆる。
「発声練習は済みましたか?」
冬真は手首はくるくると動かし、有都を真っ直ぐに見据え、嘲笑うかのような口調で聞く。
「いいえ、これからよ」
有都も負けじと余裕の表情を見せ、言い返す。2人は互いに不敵な笑みを見せ会うと、

『レディィ…ゴォォォォォォ!!』

「"氷結世界"!!」
「"天使の美声エンジェルボイス"!!」
音と氷がぶつかり合う。氷は声に穿たれ、声は氷にかき消された。
「うぁぁぁぁ…」「うぎゃぁぁぁぁ…」
客席で2人を見下ろす快は、周囲の一般人を見渡す。誰も彼も有都の美声に正気を削がれ、悶絶している。彼女の異能力は、自身が奏でるあらゆる旋律を力に変える。だが恐らくそれだけではない。
「侮ってなどいませんよ、無論」
冬真は白い息を吐きながら、地に手を当て、前方に撫でるように振るう。その動きと同じように、水色の氷が地面から生え有都へと迫っていく。
「──っ…」
それは有都を覆い被さる形でぶつかり、有都は氷の結晶の中に閉じ込められる。冬真は先手で動きを封じられたことに安堵し、再び白い吐息を吐く。だが、
「─!?」
ピキッとガラスが割れるかのような音が響くと、一斉に氷が脆く崩れ去る。冬真はそれなりの硬度の氷を放ったつもりだった。無論一撃で仕留められるとは思っていなかったがそれでも眼前で起こる現象には、瞬時には能が追いつかない。
「………成る程、やはり」
冬真は砕けた氷の奥から覗くその輝かしい音に感嘆の声をあげる。
「"蓮花練習曲エチュード"」
有都の腰あたりを煌めきうねる金色の鍵盤。宙に舞うその華麗さは、客席から見ても一目瞭然だ。有都はその金色の鍵盤を撫でながら、片手で指揮棒を持つ。それもまた、月のように儚げに美しく、見る者を圧倒する。そして─


「今から魅せるのは、私1人のオーケストラ…最上の音色にひれ伏しなさい」 
しおりを挟む

処理中です...