アベレーション・ライフ

あきしつ

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六月:修学旅行

第29話:それから

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あれから事態の収集は意外にも早くついた。学校を束ねる生徒会や理事長の鶴の一声で多くの犠牲者の無念を刻み込み、つい先刻、終息へと辿り着いた。事実、数分の邂逅だったにせよアイテールの出した被害は口では言い表せない程に甚大で凄惨なものだった。天変地異と言っても過言ではない。存在自体が未曾有であり、いわばそういった類の邪悪だった。全壊した第三スタジアムの他、校舎も大半を抉り削がれており、西側の壁が解放され青空教室状態だ。ここ数時間に起きた出来事は一瞬にして全国へ拡散され、メディアによる報道が始まっている。
「……テレビつけるか?」
スタジアムとは反対方向にあり、最低限の被害に抑えられた寮で担任の指示を待つ快達は、撃方一の提案で黒いテレビの電源を入れた。
『皆さん、見えますでしょうか。こちら帝英学園の上空からの撮影になります。一部倒壊を免れたものの、見るも無惨な光景となっております!現在自衛隊が負傷者の捜索をしている模様です。一体何が起きたのでしょうか。以上、中継でした』
『真中さん、ありがとうございました。今回の件に関しては学校側も口をつぐんでいるようです。今回の件に関して、近く町と中継が繋がっております。田畑さ~ん…』
『……はい。現場の田畑です。緊急につき、取材は生中継でお送り致します。それでは、早速ここ数時間の出来事を聞いてみましょう。すいません。先程何か変わったことはありませんでしたか?』
『激しい物音がしました。地震というか…揺れましたね、すごく』
『怖かったです。この世の終わり的な感じで。少なくとも今まで経験した地震とかの類ではないと思います』
『帝英は口を閉じてんでしょ?なんか隠してるってことじゃないの?』
『うーん…よく分かんないですね。考えたら負けじゃな…』
電源が切れた。ソファーに寄りかかった状態で柔也が消したのだ。リモコンの電源ボタンを勢いよく押した柔也はそのままそれを床に放り投げる。
「ハッ、胸糞悪ィ。つーか大体どこのどいつのせいでこうなったと思ってんだよ?あぁ?」
気分の悪さを露呈した柔也は鋭い目で電樹と冬真を睨む。
「だから、それは何度も謝ってんじゃん」
悪くない、という訳でもない。ただここで2人を責めるのはあまりにも愚かだ。気が短い柔也はそれを我慢出来ずにいる。
「こちとらクソみてぇな迷惑かけられてんだよ。頭下げて謝れやてめぇ」
電樹の前まで闊歩した柔也はその金髪の頭を鷲掴みにして振り回す。
さすがにこれ以上は見てられない。快は柔也の肩を掴んだ。
「やめろよ、おい」
「あぁ?離せ殺すぞ!!」
「って…」
柔也が無理矢理快の手をほどき、手の甲が頬に強打する。
「快!!大丈夫?…ちょっと何してんのよ!!」
「うっせーな!!手ぇ出してきたのはそっちだろうが!!」
怜奈の注意喚起を切り返し、より一層語調を強めて怒鳴る。次には祐希が椅子から立ち上がった。
「やれやれ…バカすぎて見てられないな。柔也、少し黙りなよ。子供かって」
「いや、バカはそっちじゃない。大体反省の色がないのよその2人。大人しく地べた舐めてろよ」
柔也の援護に入るように解華が祐希の前に立ちはだかる。
「それ、僕に言ってる?心外だなぁ。僕がなんで這いつくばらなきゃいけないのさ。君こそワケわかんないこと言ってないでママのミルクでも吸ってろよビッチ。ほら、ご奉仕の時間ですよっと」
「きゃっ…」
鬼の形相で睨む解華を、祐希は右足の裏で蹴り飛ばす。盛大に吹き飛ばされた解華はそのままテレビに激突する。砕けた液晶の破片が彼女の肩に刺さり、小さく呻き声をあげる。痺れを切らした界都が祐希に掴みかかる。
「何してんだよ、おい!」
「だからやめろって!!」
「何でこうなるんだよ~」
「お、おいお前ら!こんなことをしても何にもならないぞ!おい!話を聞け!」
「今さらどうだっていいだろうが!」
「先公が死んでんだよ!!いいわけねぇだろ!」
「先に手を出したの快じゃなくて柔也じゃない!」
「そーだそーだ!!」
と、寮の中に罵詈雑言が飛び交う。誰かが誰かを蹴り飛ばし、殴り、倒れて埃が舞う。人生の転換のような出来事が不意に起こると、人は人格を失い精神が不安定になる。今はまさにそんな状況だった。そして───
「はい、そこまで!!」
戦場と化した寮の中を鋭い声が貫いた。その一言に全員が我に返り、暴虐の手を止め、声の方向へ振り返った。
「……せ、せんせー…」
寮の玄関に半身を凭れ、佇むのは担任、鳥束翼だった。寮の惨状を一瞥した鳥束は呆れ顔で苦笑いをする。
「全く…君たち全員揃って子供かよ。これは説教ってやつが必要かな?と、でもその前に」
処置無しといった表情で両手を挙げた鳥束は、微笑を残したまま振り返る。鳥束の視線の先──つまりは玄関からもう1つの人影がこちらへ闊歩してくる。
「げ、理事長のババアじゃん」
その人影──帝英学園理事長・神門阿奈の姿を確認した祐希が吐瀉物を吐くような素振りを見せる。
「君達へ理事長が言いたいことあるみたいだよ?じゃ、どうぞ」
「ええ。それにしても酷い有り様ね。ここも修理してもらわないとまずいわ」
千切れた絨毯をつまみ上げ、神門は怪訝そうな表情を浮かべる。
「うっせーな、余計なお世話だっつーの!!」
「そんな気は微塵もないクセに!帰れ!」
「そうだ!帰れ!」
柔也を導火線に次々と火花が散る。今まで掴み合っていた者達も今は仲良く肩を組んで神門に言葉の十字砲火を浴びせている。
「はぁ…聞き分けが悪いわね…」
「すいませんね。僕は教師としては中堅以下なので。指導ってもんが億劫なんです。まあ、黙らせることは出来ますけど…どうします?」
理事長の立場としては部下に命じて生徒を威圧など、そんなことは体罰と同格だ。許されざる行為である。しかし、あくまでもそれは非異能力者の生徒が対象であった場合の話だ。下手に言葉で説得して、機嫌を損ねてさらに大事になるのもとても面倒だ。異能力者は異能力者でしか裁けない。神門は鳥束に目で合図をした。
「では。君達。これから理事長のご高説だ。しっかりと聞くように」
鳥束は子供を諭すような口調で快達を宥める。しかしそれでも生徒達の勢いは止まらない。鳥束は言葉での説得は無理だと判断し、人差し指を唇に添えた。
「少し…『う・る・さ・い・よ』」
「───がっ…」
5文字目を聞き取るか取らないかなその刹那の瞬間。快の、否、全員の膝が折れた。まるで巨大な鉄の塊がゆっくりと背中にのしかかってるような圧力に潰される。
(なんだ…今…何を…された?)
脳内処理すら追いつかない程に一瞬。それも『超越』とは殆んど関係のない力が働いている。人知を越えた得体の知れない力───まるで…
「アイテールと…同じプレッシャー…」 
「正解!良い勘してるねぇ。でも勘違いはしないでくれよ?僕は殺気をぶつけてるだけ。ハナからあれのアイテールと一緒にしないで欲しいな。さて、理事長。どうぞ」
鳥束は理事長にわざとらしいお辞儀をすると、後ろ歩きで後退する。頷いた神門は、地にひれ伏す快達を前に淡々と事を告げた。
「始めに言っておくわ。今回の件だけど…ありがとう。あなた達が冷静でいてくれたお陰で、被害を最小限に抑えられた。アイテール・クラウドという未知の領域を相手に自我を保ってくれた。強さがあるからこそね。素直に感謝を表明する」
改めて、神門は深々とお辞儀をした。なるほど、と快は思った。彼女はプライドが極めて高い女性だ。そのプライドの高さを自身の長所に変換し、理事長という立場にのしあがった。様々な漫画やアニメでは理事長という存在は悪役として登場する。帝英学園もそうかと思っていた。色々と彼女には一泡吹かされたことがあったからだ。しかし、彼女こそが真に理事長という器だったのかもしれない。下げる時には頭を下げる。そういった器の大きさこそが彼女の理事長たる所以なのかもしれない。
「でも、校舎が倒壊してしまったことは悔いても変わらない。これから数日、『AGNAS』に頼んで大規模な改修工事を行うわ。その間の学園都市外への外出を許可するわ。今日は感謝と、それを伝えに来たの。以上よ。大人しく聞いてくれてありがとう」
凛々しい態度を保って、神門は寮を去った。快は彼女の後ろ姿を追いながら、改めて身体に力を入れる。びくともしない。
「あの…先生…これ早く解いてくれません?」
「おっと!すっかり忘れていたよ…と言いたいところだが、もう僕は君達に殺気はない。そう錯覚してるだけだよ。敵対心を消せば身体は自由になる。じゃ、僕も職員会議があるから。また今度」
鳥束は快達に背を向けたままひらりと手を振る。
「あっ…まっ…」
快は這いつくばったまま鳥束の背に声を投げかける。聞こえていない筈がないが、鳥束は応答することなく、神門の後を追うように寮を出た。



───午後11時50分
「はぁ…なんだって僕が巡回なんて…明日からしばらく休みなんだから…いいじゃないか…」
そうため息を吐き、懐中電灯を片手に薄暗い廊下を歩きながら鳥束はぶつぶつと愚痴を呟く。職員会議の結果、廃墟みたいな学校の巡回を担当にすることになった鳥束は僅かな肌寒さに肘を抱える。
実は鳥束は妖怪や幽霊の類が滅法苦手だ。存在すると信じているわけではないが、人間としての意思を持たないそれは鳥束にとっても天敵である。だから、墓場霊太の過去を知った時は少しゾッとした。
「さて…まぁこんなモンか…異常は無し…と……ん?」
壁が剥がれて露になった冷ややかな廊下で鳥束は『気配』を感じた。
(霊ではないな…それにこれは…) 
気配を感じる、ということは死霊の類ではないということだ。鳥束は一安心し、『気配』に向かって『気配』の名を読んだ。
「こんな時間に壊れた校舎へ、どんな野暮用かな?桧山君?」
廊下の曲がり角の向こう側、月明かりでくっきりと地面に映った人影がゆっくりと蠢く。人影──桧山快は出来る限り声を殺して鳥束の呼びかけに答える。
「すいません。少し聞きたいことがあって。少しお時間頂けますか?」
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