アベレーション・ライフ

あきしつ

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六月:修学旅行

第32話:修学旅行

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「なぁ、烏の舞姫って知ってるか?」
「あ?んだよそれ」
薄暗い冷たい空気が漂う部屋で煙草を咥える男が顎髭を生やした男にそう聞いた。顎髭の男は心当たりが内容に聞き返す。
「様々な犯罪グループに潜り込んではスパイを炙り出して、死すら気づかせない殺し屋だ。バレたと思った時にはもう遅い。そうなりゃ文字通り袋の中の鼠だ」
男は煙草の先端を灰皿に押しつけて消火する。
「あら、姫ってことはそれは女性なの?」
「ああ、噂だとな。それも、5年前にご臨終と聞いたぜ?」
黒服で入口らしき場所に佇む女の問に男は答え、手をパーにして見せた。顎髭の男がそれを聞き、不気味な垂れ目を見開く。
「5年前…?そいつぁ意味ありげだねぇ…」
「ああ。となると死んだことすら疑わしい。あの人も言っていた。悲願を達成には烏の舞姫が必要だと」
男はゆっくりと立ち上がった。机の上に乱雑に散らばったダーツの矢を一本持ち、鋭利な先端を指先でなぞる。
「あら…じゃあこないだ言っていた例の計画。遂行するつもりなのね?」
「フン…抜かりはねぇよ。あの人には恩があるからな。失敗は許されない」
「それで?標的は?」
顎髭の男が頬杖をついて男に聞く。男は不敵な笑みを浮かべ、矢の先を的に向ける。ダブルブルに貼られた一枚の写真に向けて。
「元月陽連。鳥束翼。奴が恐らく烏の舞姫の居場所を知っている。捕まえて吐かせる」
「聞いた話じゃ帝英学園で教師をやってるらしいぜ?動向は把握しにくいと思うが?」
顎髭の男が神妙な顔つきで的を見つめる。男はその問を一笑に伏すと、
「言ったろ。抜かりはねぇって。安心しろ。月の欠片を落とす策なら…既にある」



「月陽連、構成員の約八割を異能力者で占めたテロ犯罪対策組織。強力な異能力者を主軸とした軍隊に対抗できる勢力を持ち合わせていて、そのアンモラルな行動から世間からの強い反感を持たれ、現在は解散。かつて本拠地とされた建物も現在は既に解体されているようです」
ひっそりと薄暗い寮のロビー、その壁に白い光でパソコンの画面が投影されている。その前に立つ冬真は座ってそれを眺める一同に向き直り、確かめるように言う。
「ここまでは理解できましたか?」
「ああ⋯まぁ」
「では続けます。月陽連とは一体どのような組織だったのか」

時代は遡って鎌倉時代。百姓の村に生まれた望月頼宗もちづきのよりむねという一人の少年が『人離れの力』という摩訶不思議な力を覚醒させた。少しばかり先の未来を夢で見ることができるというそれは瞬く間に都に伝わり、将軍家及び多くの武家が頼宗を手に入れようと使いを送った。しかし、彼らはあくまで戦に勝つために頼宗を欲した。人間の貪欲さに絶望した頼宗はいくつかの武家と接触し、当時5歳だった頼宗よりも年下の12人の子供たちと仲を持ち、共に成長した。彼らが強力な異能力者になることを予期していた頼宗は、成長した彼らと『月見の会』という組織を作り、月を見ては歌を詠む、平穏な生活を続けた。頼宗の死後、その子息たる頼道が長の座を継承し、12人の継承者をまとめて鎌倉十二月将と名付け、そのまま時が流れた。
時は流れ、戦乱、戦国時代。室町時代後期に起きた応仁の乱により日本は戦乱の時代を迎えた。それにより、『月見の会』の在り方は徐々に変化していく。強力な異能力者が増えた『月見の会』は8代目望月尚康の指示により戦国大名の下で異能力を振るう道を行き、歌を詠む愛好会的な組織は戦闘集団へと存在意義を変えた。
再び時が過ぎ、江戸時代後期。長く続いた戊辰戦争に幕が下り、大政奉還が成され明治維新が起こる。天皇中心の政治を作り、平穏が再び訪れる。しかしそれは束の間の休息に過ぎなかった。
1939年9月1日、第二次世界大戦開戦。それにより『月見の会』は再び戦争の舞台に上がる。しかし、日本は思い知る。既に異能力者の力など世界が相手となると無力に過ぎないことを。他国の兵器に圧倒され、1945年8月6日午前8時15分に広島が、同年8月9日11時02分に長崎が、アメリカ軍による原子爆弾投下により日本は壊滅。『月見の会』のメンバーの大半が死亡する。ポツダム宣言により第二次世界大戦は終戦するも、日本は暗黒時代を彷徨っていた。
そんな中、昭和時代後期から平成時代前期にかけて世界的に異能力者が急増する事態が発生する。強き人々は神に授かった異能力の万能感に浸り、世界中で異能を駆使した犯罪行為が増える。混乱の世となった世界を鎮静化させるため、国際連合はある組織を打ち出す。それが『世界異能力研究機構』通称WASOだ。彼らはいくつかの被験体を利用し異能の仕組みを知る。そして各国で相次ぐ異能犯罪を取り締まるべく、世界情勢を支えるいくつかの国に特殊組織を設置した。そのうちの一つが日本異能設備開発組織MOONだ。WASOが調べた異能残留と呼ばれる現象を使い、異能を機械化することに成功したことで世間に功績が広まる。それに『月見の会』二十三代目の望月天海もちづきてんかいが目をつけ、時代の移り変わりにより歌を詠まなくなった『月見の会』はMOONと合体し、名を『月陽連』とし、異能の機械化を進めつつ、テロ犯罪対策組織としても動き出した。
そして現在、2089年の7年前、月陽連は当時の内閣総理大臣の汚職事件を暴き、それに協力していた政治関係者を皆殺しにした。しかし、圧力により総理大臣の汚職は世間に知られず、メディアは「月陽連は大勢の政治家を無差別に殺害した悪魔の集団」と報道し、内面的な事情を知らない一般市民に叩かれる。そして政治家の命令により警察が月陽連を攻撃し、彼らは姿を消した。そしてその構成員たちは未だ誰一人として捕まっていない。

「──以上です」
冬真はスライドショーを閉じると電気を点けた。久々の明るさに快は目を細め冬真に質問する。
「あのよ、お前それどこで知ったんだ?」
「どうやら初期データのようです。誰が入れたのかは知りませんが。このスーパーコンピューター・然にもともと入っていたようですね」
快は息を呑んだ。この情報を今まで冬真は淀みなく話した。冬真は信頼するか否かを数値の、データ状に表して決める。一切の念押しがないということは冬真の中でこの情報は信憑性が極めて高いことになる。つまりこれは限りなく真実に近しいものということになる。だが、快はこれに対して息を呑んだわけではない。
「じゃあ月陽連は世間とメディアに殺されたってことかよ⋯」
快の言葉に何人かが絶句する。悪魔だと思っていた人たちが一転して悲劇のヒーローのように感じられるのだから無理はない。
「俺たちが月陽連を悪だと思っていたのはマスコミどもの印象操作ってことかよ!!」
電樹は悔しそうに机を殴る。有都は歯嚙みする電樹をなだめようと背中を優しく撫でる。
「うん、そうだね。だけど僕らの敵はメディアじゃない。分かってるだろ?倒すべきはアイテール。そのために先生を信用するかどうかを確かめるために今こうしてるんだ。気持ちは分かるが敵を見誤らないで欲しいね」
「ちっ、わぁってるよ」
荒れる電樹を諭す祐希は全員にも聞こえるように話した。
「だけど、今はあの人を信用すべきです。鳥束翼を信じて勝利する確率は60%、信頼には十分すぎる数値です」
「ああ、僕たちは先生を信頼する。今後、その方針を一切変えるつもりはない。そしてしばらく月陽連については忘れよう。必ずその邪念は僕らの道を阻む。いいね?じゃ、解散!!」
ほぼ一方的に話をまとめ、同意を得ることなく祐希は解散を命じた。それから10分ほどでロビーは静まり返る。夏の夜にはやかましい、蛙の鳴き声が響くくらいだ。皆が座っていたテーブルの下に取り付けられた黒い塊が赤く点滅していたことには」、誰も気づかなかった。

『──続いてのニュースです。昨年行方不明になった愛知県在住の逆間反蔵さかまはんぞうさん34歳が未だ発見されていません。昨年11月5日に行方不明になった逆間反蔵さんは、買物からの帰宅があまりにも遅いため、不審に思った恋人の通報により、近辺のスーパーマーケットを出た後姿をくらませていることが分かりました。警察は誘拐の線で調査を進めていますが、逆間さんは未だに見つかっておりません。同時刻にアメリカ在住のホープ・フラグメントさん26歳も誘拐の被害にあっており、未だに見つかっておりません。二つの事件は共通して事件現場と思われる場所に腐食した林檎が置いてあったとされており、これに対して警察は、同一犯の⋯⋯⋯』
そこまで聞いて快は動画を閉じる。聞いていたのは昨年から起きている誘拐事件、通称「腐食林檎誘拐事件」のニュースだ。色々不可解な点が多く、1年経った今でも奥様方の井戸端会議の話題にもなっているらしい。
「怪奇事件にアイテール襲来か⋯世も末だな」
「コラ、縁起でもないこと言わないの。きっとこの逆間って人も苦しんでるかもしれないでしょ?」
「つってもどうすることも出来ねぇからなぁ。警察を信じるしかねぇよ」
手の届かない範囲にいる人を救い出すことは出来ない。気持ちばかりがもどかしく、それでも進まなければならない。ファイターとは悲しい職業だ。
「よっしゃぁ!!10連コンプ~」
快の後方で運聖がそのたくましい腕を振り上げる。
「うわ~マジでやりやがった。異能を乱用しやがってこの野郎!!」
身強が運聖の振り上げた腕に小さな体躯で飛び掛かる。その様子はまるでパパと子供だ。
「さ~て、何のことかなぁ?」
「ん?何をやってるの?」
『運勢』を巧みに利用し見事神引きした輝かしい運聖のスマホを突然鳥束が覗き込んだ。
「うぉっ、ビビったぁ~。──最近流行ってるソシャゲっすよ。キャラ数が10000超えてて超面白いんすよ。ま、コンプリートしてんだけどな!」
「ちっ⋯」
自慢げな運聖に身強は舌打ちする。鳥束は納得したようにスマホを取り出す。
「『モンスターレジェンド』、だね。僕もやってるよ」
「え、マジかよ。先生ってそういうの興味ない人かと思ったぜ」
「いやいや、寧ろ逆だよ。学生時代はゲームをして過ごしたといっても過言ではない」
そう言って鳥束はスマホの画面を見せる。それを見て運聖と身強は目を見張る。
「ら⋯ランクカンスト勢⋯マジでいたんだ⋯」
このゲームはプレイヤーランクの最大値が15000と設定されておりそこに到達できるものは殆どいないと言われている。まさしく生きる伝説だ。
「ってそれだけじゃねぇ!!この人コンプリートもしてやがる!!まさか⋯あんた運も操作できんのか?」
「ハハハまさか。課金しただけだよ。でもこないだの『ルネサンス限定ガチャ』は運が良かったかな。200連はする予定だったけど、レオナルドもミケランジェロもダンテも30連で出てくれたからね」
「ハハ⋯」
身強は呆れ顔で苦笑いをする。運聖としばらく談笑していた鳥束はふと腕時計を見て、教卓に上がる。
「ごめん、ちょっと早いけどこっち向いてもらえるかな?」
HRの時間より5分ほど早く鳥束はそれを始めた。全員がつられて教卓の方向を見やる。
「なんですか?」
「一つ聞きたいんだけど⋯君たちは2年生で3年生の内容も学習するのだろう?」
「ああ、そうですね」
ファイト科は普通科などとは違い、3年間分の学習内容を2年で修める。3年生の学習内容は主に実戦で、それに集中するために、ということだ。さらには秋に高校選抜大会が行われる。そのための備えの時期でもあるのだ。
「毎日8時間でマジ疲れたよな。夏休みもなかったし。『黒天の魔荘』とかいうヤクザ連中との闘いで死にかけたし散々だったぜ」
電樹は机に寝そべって過去の愚痴を言う。
「へぇ、黒天の魔荘か。一時話題になったね。そうか、あの詐欺グループを倒したのは君たちだったか。で、そのあと皆で旅行とか言ったの?」
「いやいや、うちの学校が学園都市から出ちゃダメなの先生も知ってるでしょう?」
快の言い分に鳥束は今思い出したような反応をし、なぜか笑う。
「そうか、だったら丁度いい。さっき理事長に特別に許可を頂いた。再来週、4泊5日の修学旅行に行こう!と、考えていてね」
「え、えええええええええええええええぇっ!!!」
鳥束の放った衝撃的な一言に一同は揃って発狂する。
「え、ちょ⋯どこ行くんすか?」
「うーん、僕も色々考えたんだけど⋯京都かな」
「京都かぁ⋯やっぱ寺だよな」
「えー!!八つ橋でしょ!」
「ミステリーの聖地でもあるよねぇ⋯」
「自殺の名所じゃね?清水寺って」
「それはことわざでしょ。清水の舞台から飛び降りる」
などと京都に対する夢想が飛び交う。興奮する一同を鳥束は一旦なだめる。
「よし、じゃあOKってことでいいんだね?というわけで今日の連絡は以上なんで。次の授業遅れないようにするんだよ」
そう言って鳥束は教室を出て、廊下の壁に寄りかかる。
「ふぅ⋯疲れる⋯」
肩の力を抜いて、気持ちを落ち着かせる鳥束をその時、声が呼び止めた。
「鳥束先生」
呼ばれて振り向くと、そこには若めの男が立っている。
「新月先生?どうしましたか?」
黒野によく似た外ハネのヘアスタイルに見てて心地の良い微笑が張り付いている、2年C組の担任新月栄にいづきさかえだ。
「聞きましたよ。京都に行くようですね」
「ええ、まぁ。いけませんか?」
「いやいや、気をつけてと言いに来ただけです。事態が事態だからね」
「ええ、勿論。油断も過信もするつもりありませんよ。その先にどんなチンピラが待ち構えていようともね」
鳥束は新月の柔和な瞳を冷たい双眸で睨む。新月は変わらず笑顔を見せ、一礼して鳥束のもとから離れる。その背中を鳥束はどこまでも凍てつかせるように睨んだ。そして、スマホを取り出し、耳に当てる。

「佐々木君、帝英学園の数学教師、新月栄の身辺調査を頼む」
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感想 2

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みんなの感想(2件)

京間 みずき

まだ途中までですが、面白いです。

2020.02.29 あきしつ

感想ありがとうございます!
頑張ります!

解除
林道二日
2020.02.02 林道二日

めっちゃ面白い!!

2020.02.03 あきしつ

感想ありがとうございます

解除

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