アベレーション・ライフ

あきしつ

文字の大きさ
上 下
34 / 35
六月:修学旅行

第31話:胡散臭さも強さの内

しおりを挟む
「強い。一言でいい」「その力の所在を、詳細を誰も知らない」「悪魔みたいな人ですよ」「気づいたらやられてる的な」「この世の概念を塗り替えるような男」



快が幼少の頃、テレビの密着番組で出演した多くのファイター達が口を揃えてその男───黒野燐太郎の強さを悪魔だと言っていた。聞くに、どうやら持ち合わせた異能力が謎に包まれ、実は持っていないのではないかと、オカルト化したりしている。現に、彼と相対し敗れた犯罪者達は「気づいたら倒れていた」と、その体験談をまるで狐に化かされたように語った。攻撃を受けたことにすら気づかない程の高速の動きをするのか。あるいはこの世の概念を塗り替え、常軌を逸した能力を使うのか、彼の異能力は未だに謎に近い。そして────
「な…なんで、黒野さんが…」
そのミステリアスな雰囲気を際立たせる、表情を伺わせない糸目も合間って、彼は今多くの世代から支持を受けている。ここにいる誰もが、黒野に憧れてここにいるのだ。
「嘘…テレビで見るよりかっこいい…」
少し後ろの席では解華がもののみごとなメス顔を見せている。
「おい先公ォ、聞いてねぇぞこんな話…」
「昨晩連絡を貰ったから…言う機会がなかったけど。そんなにまずかったかな」
「心の準備が出来てねぇんだよ、バーロォ!!」
柔也ですら多少なりの緊張をしているようだ。鳥束は「すまない」と謝意を表明すると、黒野の方へ向き直った。
「それでは、どうぞ」
「まぁ…大した用じゃないんだ。この国を守る1人の戦士として君達に聞きたいことがある。────ここを襲ったアイテールとかいうチンピラについて、だ」
黒野は飄々とした口調で、アイテールをチンピラと揶揄した。快はその余裕綽々の態度を、心苦しくも否定する。
「チンピラなんて類じゃないですよアレは。まるで神のような禍々しい男だった」
「ふぅん…まだ信じ難いなぁ…聞くに異能力を複数持ってるとか?」
「はい。皆を一斉に攻撃した衝撃波、そして先生に与えた黒い刃のようなもの。見た限りだと、まるで関連性のないものです」
「言っておくけど僕は衝撃波を警戒してたからやられたんだ。最初からあれが来ると分かってたら避けてたよ」
冬真の返答を遮って鳥束が不貞腐れたように口を挟む。アイテールにやられたことがとことん気に食わないようだ。
「ふむ…彼ほどの実力がありながら…少なからず遅れをとった、ということだね。成る程、やはりチンピラと片付けてしまうのは愚かな油断だな」
黒野は呆れ顔の鳥束を一瞥し、納得したような表情で頷く。
「しかし…正直なことを言わせてもらうと、どうやらアイテールは君達に固執しているらしい。君達の優秀で強力な異能を奪うのが恐らく目的だろう。だから、油断は怠らないように。今日はその警告を伝える為にも来たんだ」
「ですね…」
快は小さく呟いた。アイテールは快達が集合している体育大会というイベントを狙ってきた。黒野の言うとおりでもある。次に連中が仕掛けてくるのはまたもイベントかもしれない。となると快達が戦うのも必然的なことである。
「それじゃあ、僕はこの辺でおいとまさせてもらうよ。授業もあるみたいだしね」
「あ、いや…実は黒野さんにやって欲しいことを今思いついて…理事長の方には僕が話しておくので…」
「───へぇ、何でしょう」
「彼らの実力を、プロとして見定めて欲しい。そういうことです」
「えっ」
「つまり、この子らと戦えと。───いいじゃないか。久し振りに骨のある相手じゃあないか」
鳥束の突然の提案に快は思わず目を丸くした。快達は今、確かに最強との対決の切符を手にしたわけだ。そして当人は了承した。
(やべ…これ俺生きて帰れるかね…)



HRを終え、快達は指定ジャージに着替えると広々とした体育館にやってきた。
「あの…マジでやるんすか?」
動きやすいTシャツに着替え、どこか輝いているように見える糸目を見せて黒野は足を伸ばす。
「ああ、勿論。折角の機会だから本気で来ていいよ」
運聖の素朴な疑問を黒野は当然に返す。
「それじゃあ、始めて下さい!!」
鳥束の呼びかけに黒野は無言で頷くと、立ち並ぶ快達を一瞥する。
「じゃ、誰から来てもいいよ」
余裕綽々の笑みを浮かべ、さぁ攻撃したまえと言わんばかりに身体の正面を無防備に晒す。まだあまり実感が沸かないが、祐希が目で合図を送ってくる。
「ああもう!分かんねぇっての!!」
列から一歩前進し、快は両手を広げ炎を灯し、爛々と煌めく赫焔を車輪型に放つ。
「1人の対象を前に退路を絶つ。まずは正解だ」
火炎の壁に周囲を包まれ、業火に炙られる。これだけでも並みの犯罪者は音をあげる。しかし、黒野は相変わらず余裕そうな笑みを浮かべるのみだ。
「随分と余裕そうですね。ですが、これならどうでしょう!!」
快を右手で押し退け、冬真が掌を天に向ける。指先から溢れる冷気が蠢き、黒野の上空に集結したそれらは、さらなる超低温の冷気を曝され巨大な氷塊と化す。固体になったことにより重力が作用して黒野めがけて一直線に落下する。異能力者とて、あれを食らえば相当な深手だ。回避行動の予備動作すら見せない黒野へ氷塊は容赦なく迫る。
ゴッ、鈍い音と共に、血が迸った。──。────雪原冬真の。

「────は」
快の頬に冬真の鮮血が付着する。目の前で崩れる冬真を見て快は目を見張った。その瞬間、まるで時間が遅くなったように長い時間に感じた。
「冬真!!今、何が起こりやがった!!」
柔也が冬真に駆け寄り、この現象への疑問を叫ぶ。だが、快は確かに見た。冬真は確実に黒野の頭上に氷を顕現させ、落下させた。だが、事実。その氷が命中したのは冬真だ。紛れもなく。頬に付着した血液が何よりの証拠である。
「先生!」
快は反射的に鳥束へ振り返った。鳥束は壁に凭れ、考え事をしている。快の叫び声で、顔を上げた鳥束は一同の前に立った。
「桧山君…炎の解除を」
「え、あ、はい」
言われて快は揺れる炎を抹消した。鳥束はそれを確認すると白衣を脱ぎ捨てた。その様子を見て快はまさかと思う。
「ふ…まさしくダイヤモンドカットダイヤモンドだな…」
「え?」
祐希が楽しげな笑みを浮かべ、そう呟いた。
「世界一固いダイヤモンドを砕くにはダイヤモンドを使わなければならない。つまりは、優れ者同士、似た者同士、胡散臭い異能力は胡散臭い人にしか攻略出来ないって訳さ」
「成る程…」
金剛と金剛の戦い、それは形容し難いものになるだろう。鳥束もまた、一癖二癖もある異能力だ。挙げ句の果てに人並み外れた頭脳を持ち合わせている。彼ならば、数分の戦闘で黒野の異能力を暴くことができるかもしれない。
「さてと…それじゃあ5分だ。その間に君の異能力を白日の元に晒してあげましょう」
「へぇ…言いますね。じゃ、どこから来てもいいですよ。まあ、あのアイテールに負け…」
「────っ!!」
黒野が口ごもったその瞬間、黒野の上体が大きく崩れた。コンマの世界、黒野は顔面を鷲掴みにされ、体育館の壁に激しく打ちつけられていた。
「アイテールに負け…なんだって?聞こえなかったな。もう一度教えてくれないかな?まぁ、その口があればの話だけど」
掌を黒野の顔面から離し、左手で黒野の両の目を潰し、右手の親指と人差し指で前歯を掴んだ。
「ひゃにほ…」
黒野が呟くのも束の間、鳥束は指先に力を込め、前歯を一気に引き抜いた。
「危険度SSS級の犯罪者を数々仕留めてきた…ね。どうもそんな楓には思えないな。僕のこと舐めてる?」
「このっ」
口元を抑えて黒野が手を振り上げた。その表情には今までの余裕は感じれず、焦りの要素が滲み出ていた。
「強さってさ。時に自分の最大の敵になるよね。異能を使ってるだけで勝てるんだもん。僕の異能力、実はそこまで強くないのさ。強化しすぎると身体破裂するのかっていうくらい痛いしうるさいし臭いし。だから力をつけた。異能力に頼りきりにならないようにね」
「何がっ…言いたい」
「君は弱いよ。それも信じられないくらいに。なんて悪趣味な異能に頼ってばかりだから。君とは昔一度会ったな。まぁ覚えちゃいないだろうけど」
「昔会った…だと?それに…いつ僕の異能力を」
反撃を諦めた黒野は、歯を食い縛りつつも鳥束に質問する。鳥束は黒野の頭髪を鷲掴みにしたまま不敵な笑みを浮かべる。
「冬真君に一撃を加えた時だ。唯一、君の異能力の効果範囲から抜け出した僕にしか分からないことだ。君の異能力はさっき言った通り時間操作。恐らくはこの世界そのもの時間操作ではなく指定した範囲のあるいは者だ。つまりはこうかな?冬真君の氷結が君に当たる瞬間に時間を止め、その間に手の届く距離にきた氷を思いっきり投げて冬真君の頭上に到達した瞬間に時間を再起動させた。でしょ?」
「は…参ったな…何もかもお見通しとは…でも、どうやって時間停止の範囲外に?見た限りだとあなたもずっと止まってたように見えたのだけど?」
「愚問だよ。何も簡単なことじゃないか。君が見たのは既に異能力の詳細を知った後の僕だ。一瞬で理解するのは難しかったよ」
「つまり?」
「指定した範囲、最低限で、最大限。この体育館内だよね?君が停止させた空間は」
「成る程、目にも止まらぬ速度でここから脱け出したということか?それにしてもこんなに早くバレるとは…ん?じゃあ5分で暴くと言ったのは?」
「君を本気にさせる為さ。ま、僕の方が一枚上手だったようだね」
鳥束は自慢気に両手を掲げた。黒野はどこか清々しい笑みを浮かべる。
「どうやら僕はまだ半人前だったようだ。忠告は胸に刻んでおくことにするよ。今日は来て良かった。互いに地球の未来を守る存在として健闘を祈ってるよ。では」
初見と変わらない笑みを浮かべて黒野はサインを送ると、顎を押さえながら体育館を去った。強者とは窮屈である。自身に宿る力が強ければ強いほど本来の力は弱体化する。ひょっとすると鳥束はそれを伝えたかったのかもしれない。そして途中で反撃をやめた黒野もまた───



「で、どうだったかな」
「アンタが凄すぎてあんま覚えてない」
№1と鳥束の鮮烈な戦いは激しさと反比例する程に覚えていない。ただ感情だけはしっかりと覚えている。あの時快は、ただただ自分の弱さを知った。鳥束は体育大会での戦いでアイテールから痛烈な一撃を受けた。傷は深く、翌日になっても癒え切らなかったという。だがそれは至って鳥束が弱いからではない。アイテールが強すぎるのだ。それを2人の戦いを見て実感した。
「まぁ僕も少し熱くなりすぎたかな。あそこまでやるつもりはなかったさ」
「でも驚きました。まさか時間操作だなんて」
頬杖を突いてキーホルダーをいじりながら解華が感心と羨望の意を示した。
「ああ、知った時は驚いたよ。あれほどの強力な異能力、並の異能力者では扱えないだろう。まさしく、彼こそ適正なのかもしれないね」
「なんだかんだ認めるんですね。やっぱり先生、優しい人」
なんだかんだ黒野の異能と実力を認めている鳥束を怜奈が茶化す。
「そうかな⋯僕は別に優しくなんかないよ。僕は───」
鳥束がどこか切なげな表情で小さく口を開いた。しかし、その続きはポケットで鳴る着信音によって阻まれた。鳥束はスマホに表示された名前を一瞥して表情を変えた。
「あーえっと⋯じゃ、今日は解散ってことで!じゃ。お疲れ様!!」
「え、あっ、ちょっ。僕はなんですって!?ったくなんなんだ?」




駆け足で教室を抜け出した鳥束は空いた教室に入り、机の上に座って『応答』をタップする。
「はい、鳥束です。久し振りですね」
鳥束にしてはやけに丁重な口調だった。昔馴染みの先輩と話すような言葉遣い。
『すんませんね。電話に出るまで45秒、授業中でしたか?』
「ああ、まぁ。で、何の用ですか?」
快達と話す時の鳥束のように軽々とした口調で相手が答え、鳥束が聞き返す。
『あんたの言ってた通りだった。やはり本郷の事件はあの男が一枚噛んでいた。恐らく目的は赤道真白の持つ温度を操る異能力。本郷の身体には注射痕が残っていた。奴にそそのかれて薬中になったんだろう。桧山夫婦の時といい、洗脳が上手い男だ』
鳥束はその表情をより一層強めた。そして、呟く。本郷を洗脳して真白を誘拐し、なにより、桧山夫婦、つまりは快の両親を殺害した男の名を。地獄の蓋が開き、解き放たれる悪魔の名を。

「──天河空亡あまかわそらなき

『ふ、全くてこずらせてくれる。鳥束さんも、あんまり俺と連絡取り合うのは控えめにした方がいいっすよ。ただでさえ、あんた達月陽連との関係が上に疑われてるんすから。公安委員会の乱用もほどほどに。ってことす』
「肝に銘じておきますよ。切る前に、佐々木君。例の件。手筈は整ってますか?」
鳥束はスマホを握る手を強めた。佐々木と呼ばれた電話の相手が、深みを帯びた声色で答える。
「ええ、もちろんです。起源種ジェネシス生け捕り作戦。お宅の司令部と話し合って順調に進んでます。でもいいんですか?」
佐々木はその作戦の実行の有無を鳥束に問いた。なぜならそれは鳥束のさが問われるからだ。だからこそ、鳥束は怖かった。この微温湯に浸りかけている自分が。目的達成。その為には友情も恋情も感謝も憧れも捨てる。それは鳥束の流儀だった。


「敵の幹部級を捕らえる。その為に、彼らを餌にする」


しおりを挟む

処理中です...