婚約破棄されてヤケになって戦に乱入したら、英雄にされた上に美人で可愛い嫁ができました。

零壱

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イザームさんとルーカスくん・前

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※イザームさん×モブ表現あり〼※
全四話。
イザームさんはそんなことしない派の方は回れ右でお願いします。







「ルーカス」

城を歩いていたら偶々目に入った後ろ姿。
つい呼んでしまってからハタと気が付いた。

(用事ねぇな?)

なのに何故呼び止めたのかと内心首を傾けつつ、素直に足を止めたばかりかチマチマと寄って来た男を見下ろす。

「何ですか?」
「いや」

イザームの胸元にようやく届く、この国の男の中でも小柄な背丈。
週末の酒盛りの度に抱き上げ運んでいるから薄い身体が随分と軽いことは知っている。女と比べれば筋肉はあるし骨格もしっかりとしているが、クルシュの感覚からすれば子どものようなもの。更に言ってしまえば、サラサラと風に揺れる淡い金髪が額を隠しているせいか余計に幼く見えた。これでディルガムと同い年だというのだから驚くなと言う方が無理だ。

「イザームさん?用がないなら行きますけど」
「あぁ、なんでもねぇ。悪かったな」
「………」

常にせかせかと動き回っているくらいだ。今日も忙しいのだろう。
最初はアースィムの側使えにと検討されていたらしいこの男、王弟の息子であるルーカスは、アースィムの側にイザーム達以外が居ることを良しとしない王太子に引き取られ、ここぞとばかりにこき使われているのだ。
僅かに疲労が滲む目許を指の背で撫ぜる。
アースィムの嫁は従兄弟に対しても容赦がなく、人遣いが荒い。

「あの、」

擽ったそうに目を細めるだけで嫌がる様子がないからと、ついでに前髪を横に払った。ゴミがめちゃくちゃ入りそうだと笑ったのはサジェドだったか。王太子よりも色素の薄い赤い瞳がじっとイザームを見上げてくる。

「今日、良かったら食事をご一緒しませんか?」
「メシ?」
「あなた方が好みそうなお店を見つけたので、アースィム様へのお土産にいかがかなと」
「あぁ、了解。構わねぇよ」

要するに味見役が欲しいのかと納得した。
せっかく違う国にいるというのに王太子配であるせいでアースィムは気軽に出歩けない。珍しいもの、好みそうなものを見つけては、イザームを始めとした幼馴染みたちがアレコレと買って来ているのをどこかで聞いたのだろう。
この国の人間は英雄であるアースィムを慕っている。ルーカスもだ。そこで都合良く居合わせたイザームに声を掛けたのかと考え、また気が付いた。

「ディルガムも誘うか?」
「ディルガムさんですか?」
「仲良いだろ」
「別に、普通ですけど」

ルーカスはディルガムとは殊更気が合うようで、顔を合わせてはキャンキャンと喧しく言い合っている。イザームと二人きりよりは楽だろうと気を遣ったつもりだったのだが、不審そうに眉を寄せられただけ。

(イマイチ何考えてんのかわかんねぇんだよな)

特に意味もなく連れ立って歩きながら隣へ視線を流す。
週に一度の酒盛りに誘うようになってから一年近く経っていた。顔を合わせる度にどちらからともなく声を掛けるようになってからも、もうそのくらい経つだろうか。
あれこれとよく話しているディルガムと違い、この男とイザームの共通の話題など幼馴染みの事しかない。イザームは口達者な方でもないから面白くも何ともないだろう。素直に友人と呼ぶにはどうにもピンと来なかった。

「イザームさんは今日はお休みですよね?」
「ん?あぁ、休み。有給だってよ」

昼飯がてら呑みに出るつもりだったが特に急いでもいない。向かっていた方向からして王太子の執務室まで送り届ければ良いだろうか。
それにしても歩幅が狭い男だ。
これでもイザームにしては随分とゆっくりと歩いているつもりなのだが、忙しなく足を動かす様は子どもどころか小動物を思わせた。

「城内にいるなんて珍しいですね」
「あー……」

歩調を更に緩めながら、頭を掻く。
休日はストレス発散を兼ねて朝から山に入り狩りに勤しむイザームが、今日に限っては昼過ぎに起き出して来た理由。

(朝までヤッてたっつーのも、なんかな)

しかも相手は騎士だ。
街中の娼館を回ってみたが抱けそうな女が見つからず、性欲を拗らせかけていたが故の苦肉の策。

アースィム程とまでは言わないが、生来闘争心が非常に強く、嫁がいてもイイ女を求める男達で娼館が賑わうような国民性だ。娼館がなかったらキレた嫁による夫の血祭りが始まる想像が簡単に出来てしまう程度には、クルシュの男は性欲が強い。
特にイザーム達は対外戦闘を生業としていたアースィムの側付きだ。アースィム以外は殆ど娼館に住んでいるようなものだった。一年以上右手だけで凌げたのが不思議なくらいで、これ以上溜め込んで身体を動かすのに支障が出たりしたら目も当てられない。
そういう訳で、色々な固定概念を捨てて解消する事にした。

相手はタイミング良くというか何というか、そんな事を考えていた矢先に声を掛けてきた騎士。この国の騎士は男しかいない。つまり、同性だ。
背に腹は変えられないとはいえ、さすがに誰でも良かった訳じゃない。嫌いな人間相手に抜き合えと言われても反応しなければ抜くものもない。
真面目に訓練に勤しむ姿や何度吹っ飛ばしても立ち上がる姿勢には好感が持てたし、物静かで照れ屋な所もそれなりに気に入っている。
もっとも、そんな相手であっても最初の内は抱くには至らなかったが。当然だ。イザームは女が好きだ。

何回かじゃれ合いの延長のような触れ合いを繰り返し、最近になってようやく最後までするようになった。男相手でも慣れたら案外イケるもんだなと漏らしたイザームに、幼馴染みたちがやっとかなんて冷やかしてきたのを思い出す。
男と寝ているのも相手についても話したことはなかったが、長い付き合いだ。何かしら通じるものがあるのかもしれない。

(まぁ、なんでもイイけどよ)

半年近く週に一度は部屋で会っているが恋人関係ではない。
はっきりと好意を告げられた事も、イザームが返した事もない。
気が向いたから誘いに乗って呑みに行き、拒まれないから抱いている。当然相手も同じように捉えていると思っている。

(大体娼館が少ねぇんだよな)

この国に来て、男達が大っぴらに娼館に出入りするのはありえないと聞いた時には驚いたものだ。愛する嫁や子がいるのに妾を囲い子まで産ませる方が理解出来ない。
娼婦が人気の職業であるクルシュと底辺だと蔑まれる国では、色々と違って当然なのかもしれない。

女達も大概そうだが、クルシュの男は戦士であり狩人だ。
欲求不満は案外に精神衛生に直結し、苛立ちは表面に現れる。
ましてやイザームは国外にいるのだ。何より重要なのはいついかなる時でも全力で戦えるコンディションを維持すること。それ以外は二の次三の次だ。

なんていう、幼馴染みたちに聞かれれば何も考えずに返せる言葉もこの男にはどうにも言い難い。ご大層なことを延々と語ったところで要するにヤりたいだけだろうと責められてしまえばそれまでだからだ。

(責められる言われはねぇけど)

だがやはり、口は重くなる。

「……まぁ、野暮用っつか」
「野暮用ですか」

向けられる視線に棘がある気がするのは考え過ぎだろう。
そんな風に感じる辺り、イザーム自身があの騎士との関係を疚しく思っている証拠だった。色んな女と遊んでいた器用なカーミルやサジェドと違い、イザームは金で割り切れない関係はあまり得意ではない。肉体関係は特にだ。だから国では娼館に足を運び世話になっていた。軽く溜め息を逃がす。

(コイツと話すと疲れんな)

ヤケに緊張して、アレコレと気を遣って。
いつ見ても大体不機嫌な王太子相手の方が遥かに気が楽だ。休みの日に気疲れするなど馬鹿げている。さっさと出掛けてしまおうと離れかけたところで、食事に誘われた事を思い出した。

「あの、」
「何時だ?」
「え?」

伸びてきた手が少しの迷いの後にイザームの指を摘んできた。相変わらずのクルシュスタイル、つまりは半裸であるから、伸ばしたはいいものの掴む場所に困ったのだろう。

「何時に迎えに来ればいいんだ?」
「あ、十八時には切り上げられると……」

少し力を込めたら簡単に折れそうだ。
細い指をやんわり片手に包む。骨ばっているしペンダコもある。だが、丁寧に整えられている爪の形は良い。
そんな風に眺めていたら、ふと、横抱きにして運ぶ度に肩や胸元に縋りついてくる様が脳裏に浮かんだ。

「わかった」

パッと手を離す。
まだ何か言いたげな顔には気付かなかったていで背を向ける。

(……足りなかったか?)

いや、いつもと同じくらいには抱いたし、十二分に満足したはず。
それにしては浮かんだ映像に引っ張られてきた妄想が、妄想だと笑い飛ばしてしまうには随分とタチが悪かった。

(ディルガムの相手に何考えてんだ、俺は)

くっつくかどうかは知らないが、最年少の幼馴染みは確実にこの男を気に入っている。そこに横槍を入れるつもりなどない。

深く長い息を吐き出す。
カーミルに切り揃えてもらったばかりの襟足を片手で撫でながら、つい先程別れた騎士に会う為に足先を変えた。







連れ立って街に来て、お勧めだという店で腹を満たした。
アースィムもきっと気にいるだろうに持ち帰りが出来なかった。近く、王太子の目を盗んで連れて来てやっても良いかもしれない。

「そんな事されたら殿下まで城を抜け出してアースィム様を迎えに来るに決まってるので、絶対に止めて下さい」
「っく……」

この男に気を遣ってそんな事を言ったら心底嫌そうな顔を向けられた。あまりにも素直な反応に思わず洩れた笑いを噛み殺す。

「他のモン見てみるか?まだ時間あんだろ」
「聞いてます?本当に止めて下さいよ?」
「さぁな」
「イザームさん!」

喉の奥を揺らすイザームを睨むデカい目。
宥めるように頭をひと撫でする。途端に唇を結んだ様すら可笑しく、通りの良い後ろ髪に指を絡めつつ首を傾けた。

「で?次行くのか?」
「……アースィム様は甘いものもお好きでしたよね?」
「あー……大将は好きだけどよ。味見れねぇぞ」
「苦手ですか?」
「まぁ」

わざわざイザームを連れ出して味見をさせた割りには特に残念そうでもない男の手を取る。夜のまだ早い時間は人通りが多く、目を離したらすぐに埋もれてしまいそうだったからだ。

と言っても、イザームはいつもの半裸に腰巻き姿である。その上ここでは見ない黒髪に褐色肌。嫌でも目立つ。
この国の人間ならば外国人である王太子配の護衛や従者だと知っているだろうし、そうでなくでも中々見ない出で立ちには違いない。紳士服スーツを着れば随分とマシになるとは思うが、周りが勝手に避けて歩くことは利点でもあった。人集ひとだかりの中に突っ込んで行っても早々逸れたりはしないだろう。そう冷静に考えながらも、重ねた手を離す気には、何故かならない。

(歩くの遅ぇしな)

内心でひとつ頷き、歩調を合わせる。
日中この男と別れた後、幸いすぐに会えた騎士との時間のおかげでおかしな妄想が浮かんだりはしていない。そのことにひどく安堵した。そう何度も浮かべてはディルガムに合わせる顔がなくなってしまう。
そんな事を考えている内に握っている手が冷えてきて、思考を切った。

「ルーカス、」
「っくしゅ」
「……なんだそれ。クシャミか?」
「人のクシャミに文句つけないでくださいよ」
「聞いただけだろ」

本当に気が強い男だ。何故こう喧嘩腰なんだと呆れ、巻いていた大判のストールを外す。ルーカスと出掛けると言ったらニヤニヤしたカーミルに巻かれたのだ。邪魔なだけだと思っていたが存外役に立つ。

「……これ……」
「巻いてろ」

立ち止まり、ぐるぐると首に巻きつけたら口許どころか鼻先まで埋もれた。可笑しくなって少し笑う。またキャンキャン言うかと思ったが、ルーカスは両手で布を押さえて顔を伏せただけだった。

「あー……それ、クルシュ織だ」
「はい」
「肌触りは悪くねぇだろ?」
「はい」
「暑かったら外せ」
「暖かいです」
「……そうかよ」
「はい。ありがとうございます」

大した意味を持たない言葉を口にしながら後ろ髪を掻き、歩き出す。喧しく騒がれたい訳じゃないが大人しいこの男はどうにも調子が狂う。
数歩進んだだけで遅れ始めた足音に歩みを止め、片手を投げた。

「ほら」
「歩くの早すぎなんですよ」
「おまえが遅ぇんだ」

文句を言いながらも重なった手。
力は込めずに指先を包み込むように緩く握って、また隣り合う。

「次はあったまるモンにするか?」
「それならお酒でも呑みに行きませんか?食事はもう入りませんし」
「酒弱ぇクセに」
「あなた方が強すぎるんです。私は普通です」

今の今まで気が付かなかったが、夜風が少し冷えて来ていた。
ストールを巻きつけたのが良かったのだろうか。温まってきた指を親指の腹で撫でる。ピクリと揺れたが引かれる事はなく、大人しく丸まったのに気分が上がっていく。

「……おつまみに甘いものがあるお店がいいです」
「んじゃ、サジェドが前言ってた店でも行ってみっか」
「サジェドさんは甘党なんですか?」
「いや。女は好きだろ、甘いモン」
「どなたかを誘っているようには見えませんけど」
「それな。調べても連れてく相手がいねぇって泣いてたわ」

振った話がテンポ良く広がっていく。
幼馴染み達といる時の賑やかさはなかったが、思っていたよりも会話は途切れず疲れもしない。
自然と口角が上がる。何気なく隣を見れば目が合って、ふと表情を緩ませたイザームにルーカスが幾度か瞬き、はにかむような笑みを返す。

初めて見た表情だと思った。
普通に笑いはしても、こんな感じのは見た事がなかった。

「そんな顔するんだな、おまえ」
「……イザームさんだって」
「俺?変な顔してたか?」
「は?私の顔が変だって言いたいんですか?」
「なんでそうなんだよ」

売り言葉に買い言葉なのか、単にこの男が短気なのかは知らないが。

(悪くねぇな)

時折顔を見合わせて密やかに笑い合うのは悪くない。
そう。そんな雰囲気であったから、飲み屋に入って注文を終えた辺りまでは上々だったのだ。

「奢ってやるって言ってるだけじゃねーか」
「そうそう。もっとイイ店あんだって」
「ですから結構です。必要ありません」
「そう言わずにさー」

店内に入り腰を落ち着けた後、窓から見えた通り沿いでしつこく絡まれていた女。
絡んでいた酔っ払いを見回りの騎士へ受け渡してから戻ってみれば、これだ。

(今度はコッチかよ)

眉間に深く皺を刻む。
背筋を伸ばし座っているルーカスの左右を陣取り、ごちゃごちゃと喧しくさえずる男二人。この街ではあまり見ない恰好に加え、腰には獲物である長剣をぶら下げている。十中八九、他所から来た旅の者だろう。

「カワイイ顔でツンツンされんのたまんねぇな」

「あァ……?」

耳に届いたのはクソみたいな口説き文句だ。
思わず低い声が出たが、酔っ払いの耳には届かなかったようだ。代わりにすぐ近くにいた店員と客達が固まった。
不自然に静まり返った店内に男達の暢気な笑い声だけが響く。

「なんでも好きなもん食わせてやるからよ。な?」

デレデレとだらしない顔をした男がルーカスを覗き込んだ。心底不愉快そうに身を引く背中。舌打ちし、大股で歩み寄る。
目も合わせず顔を見ようともしていない相手にどうしてそこまでしつこく出来るのか気がしれない。それも男同士だ。この男に一体何を期待しているんだと思い、思ったことで益々苛立った。

「なぁ、少しだけ付き合えって」
「おい」

不躾に伸びた手がルーカスに触れる前に掴み、雑に払う。

「なんだ、てめぇ……」
「失せろ」
「………」

睥睨し、短く言い放った。
それだけで怯んだ男達は捨て台詞もなくすごすごと去って行く。腰の剣は飾りかと鼻で笑いかけ、こんな場所で抜かれても面倒なだけかと思い直して。

「出るぞ」
「あ、はい。あの、ありがとうございます」
「別に」

酔っ払い相手に殺気まで滲ませたのはやり過ぎたと、思う。
そう広くは無い店内にいた客まで怯えさせてどうする。平然としているのはルーカスくらいで、会計を済ませるのですらもたついた。店員の顔色は真っ青だった。

「イザームさん」

手首を掴んだまま夜道を歩く。
イザームの姿を見ればやはり大概の人間が道を開け、中にはわかりやすく頬を染める者もいる。女も、そして男もだ。
この国の人間がクルシュの民を好むのは知っていたが、それにしても露骨な視線だった。いや、男どもが見ているのはルーカスの方か。あの二人はこの男を可愛いと言っていた。考えれば考える程に苛立ちが増していく。目的もなく歩く。あの付近から早いところこの男を引き離したかった。

「イザームさ、わっ」
「ッ、」

真後ろで上がった声に振り返ったのはほぼ無意識だった。石ころにつまずいた身体を片腕で支え、転ばずに済んだことにホッとする。

「どんくせぇな」
「歩くのが早すぎるんです」
「だから、おまえが遅ぇんだよ」
「身長差を考えて貰えますか?」

街灯の下、苛々と舌を打つ。せっかく気分良く呑めていたのに、ルーカスがあんな男達に絡まれていたせいでテンションがだだ下がりだ。

「つか、ナンパされてんじゃねぇよ」
「は?」

片腕に腰を抱いたまま、訝しむ男に目を細めた。
特に意識した事はなかったが、顔だけはやたらと整った王太子の従兄弟なだけある。可愛いかどうかはさておき、黙ってさえいれば確かに小綺麗な顔をしているのではないだろうか。すっぽりと腕に閉じ込められるサイズ感も、心外だとばかりに睨み上げてくる目も、まぁ、悪くはない。

(だから、何考えてんだ俺は)

「イザームさんが中々戻って来なかったせいでしょう。あの女性、あなたに見惚れていましたもんね。良かったですね、モテて」
「はァ?」

己の思考に呆れていたところに捲し立てられ、思わず声が低くなった。店の窓から見えた光景に助けて来いと言ったのはこの男だ。
騎士の姿は遠くに見えていた。放って置いても構わなかったのに、わざわざ出しゃばりに行ったのはこの男が言ったから。
だというのに、何て言い草だ。

「おまえが行けっつったんだろ」
「助けてあげて下さいとは言いましたが抱き合って来て下さいとは言ってません」
「勝手に抱きついてきたんだっつの」
「その割には騎士が来るまでそのままでしたけど?」
「女振り払えっかよ」
「嬉しかったくせに」

(何なんだよ)

ふん、と鼻を鳴らし、顔を背ける様は可愛げの欠けらもない。
腹が立っているのはイザームの方だ。助けられたこの男が何故こうも不機嫌なのか理解出来ない。

「面倒臭ぇだけだろ、あんなん」
「それはすみませんでした。いつもいつもご令嬢方に抱きつかれて鼻の下伸ばしているからてっきり喜んでいるんだと思ってました」
「俺がいつ伸ばしたっつーんだ」
「鏡でも持ち歩けばわかるんじゃないですか?」
「おまえな」

全く口の減らない男である。

(王太子みてぇな事言ってんじゃねぇよ)

はあと溜め息を洩らす。
これ以上ムキになって言い合うのも馬鹿馬鹿しく、ルーカスと来ているのに女の誘いを断るのに手間取ったのには、違いなく。

「おい」
「何ですか」
「次からは離れんな。俺に誰か助けろっつーならおまえもついて来い」
「……何ですか、それ」

女に抱きつかれ、それを悪し様に言われるくらいなら流してやれるが。

「おまえに何かあったら困んだよ」

見上げてくる男の頬を指先で辿る。
もう少し戻るのが遅かったら触られていたのかと思うと腑が煮えくり返った。連れて行く先が荒事の場だろうが何だろうが、手の届く範囲にいれば守ってやれる。あんな男達を寄せ付けたりもしない。
戦えないくせに気だけは強く、相手が武器を持っていようと毅然とした態度を崩さない男だ。あのアースィムを寝室から引っ張り出すだけはあるが、危なかっしくて見ていられない。

「……どうしてですか?」

腕の中におさまったまま、ルーカスが口を開いた。

「どうして、困るんですか?」

(イラつくからだろ)

そうだ。また絡まれたりしたら、今度こそキレてしまいそうだからだ。
イザームは自身が好戦的だと十分に自覚している。キレたら容赦無くぶちのめすだろう事も、キレたイザームを止められるのがアースィムくらいだという事もわかっている。だからそうならないように、この男は側にいるべきだ。イザームの側でキャンキャン騒いでいればいい。

そうは思っても口に出すのは躊躇われた。
友人か知人かも曖昧な相手に言う言葉じゃない。

頬を撫でていた手で横髪を払い、耳に掛けてやる。真っ直ぐに見上げてくるデカい目は答えないイザームを責めているようだったが、やがて諦めたのか小さく息を吐いた。

「……、…」

素肌にかかったそれに、ぞくりと震えた身体。
一瞬強張り、じっと見てくる顔や胸元に添えられた手から咄嗟に目を背ける。

「イザームさん」
「帰んぞ」
「………」

腰に回していた腕をぎこちなく下ろし、代わりにまた、手を繋いで。

「………本当に、煮え切らない………」

ぼそりと洩れたルーカスの呟きには気付かない。

(どうかしてる)

反応しかけた自身に内心で頭を抱え意識を逸らすのに集中していたせいだ。
斜め後ろを歩く男に歩調を合わせながら、イザームは黙々と歩いた。




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