婚約破棄されてヤケになって戦に乱入したら、英雄にされた上に美人で可愛い嫁ができました。

零壱

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イザームさんとルーカスくん・中

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「だから!そういうの止めて欲しいんですけど!」
「そうやってすぐムキになっから揶揄いたくなんだろ」
「それな。おまえ顔に出過ぎ」
「出てません!」
「まぁ、こーゆーとこがイーんだろ。よしよし、楽しかったなら良かったなー」
「もう!」

訓練場に顔を出すなり聞こえて来た賑やかな声。
顔を向ければいつものようにルーカスがディルガムとサジェドに揶揄われていた。
笑いながら頭を撫で回す二人に俄かに眉が寄る。
ルーカスは訓練を受けに来ているのではない。また伝言をしに来ただけなんだろうに扱いが少し雑過ぎやしないか。あんな風にされて痛くはないだろうか。

「よぉ、随分遅かったな」
「あー、別動隊の騎士に捕まってた」
「またかよ」

周りを見渡すと騎士達は既にへばって地面に座り込んだり傷の手当てをしたりしていた。その手前で疲れを一切見せずに騒いでいるのが幼馴染み二人とルーカスだ。完全に出遅れたなと思いながら、汗の一つも浮かべずに三つ編みを器用に直しているカーミルの隣に並んだ。

「最近多いな。何?大将と張り合ってんの?」

ニヤニヤしながら弄ってくるのは毎度の事。
イザームは以前から女より男に呼び止められる方が多く、言われてみれば確かに最近その数が増えているかもしれない。だが、そう言う自分だって少し前まではよく捕まって告白されていただろうにと眉を持ち上げる。

増えた原因に特にこれといった心当たりはなかった。偶々続いているだけだろう。圧倒的過ぎて呆れてしまう程モテるアースィムのように年中告白されている訳じゃない。
今はまだ物珍しさが勝っているようだが、イザームは元々人に好かれるタイプでもないからすぐに落ち着くはずだ。

「そんなんじゃツレに妬かれて大変だろ」
「ねぇな」

ニヤニヤ顔は止めないまま続けて言われ首を振る。
ツレと言われて浮かぶのは抱いている騎士だ。あの男はそんな素振りは一切見せない。甘ったるい関係ではないから当然だ。
そう思っての答えだったがカーミルは意外そうに瞬いた。

「ウソだろ?めちゃくちゃヤキモチ妬きっぽくねぇかアイツ」

相手を教えずにいるというのに聡い幼馴染みは目星を付けているようだった。へばっている中にはあの騎士もいて、訓練場を見てはまた首を傾げている。

「この国のヤツらが俺にやたらと寄って来てんのはよ」

それに答えるつもりも、いつまでも大人しく弄られてやるつもりもない。イザームは口端を引き上げながら片手を向けた。

「おまえが抜けたせいじゃねぇの」

首に巻かれたストールの下、その鎖骨付近でチラついた赤を指でトンと叩く。

「お盛んなようで」
「うっぜ!!」

途端にバッと身を引いてストールを押さえたカーミルの顔は、真っ赤だ。

「アイツ!痕つけんなっつってんのに!」
「そろそろシャツ着た方がイイんじゃねぇか?溜まってるヤツらにゃ刺激が強ぇだろ」
「うるせぇよ!」

こうまで照れて慌てるカーミルは珍しい。余程本気なのだと思う。
アースィムが結婚した以上はイザーム達もこの国に腰を落ち着けるだろうから、ここでそういう相手に巡り逢えたのは幸運だ。男同士であってもアースィムの時と同じように素直にそのさちを願う。
相変わらず一抹の寂しさはあったが、それはそれ。幼馴染み達が楽しげであるのは良い事だ。

「つかな、それ言うならおまえだって」
「イザームおっせぇよ。もう訓練終わっちまったぞ」
「二人とも楽しそうじゃん。何の話してんの?」

声を立てて笑っていたら年少組が揃ってやって来た。先にそちらを向いたカーミルは言い掛けた言葉を半端に呑み込む。何か言いたければまた言って来るだろうと深く気にせずに、

「あぁ、カーミルのヤツが……」

顔を向け、笑みが引っ込んだ。
首に腕を巻きつけられて引き摺られて来たルーカスが目に入ったからだ。

「イザーム!余計なコト言うんじゃねぇって!」
「俺らに隠し事すんなよカーミル」
「俺かよ!」
「ディルガムさん離してくださいってば!」
「おまえ相変わらず力弱ぇなー」

幼馴染み達の賑やかな声が耳を過ぎていく。ルーカスは遠慮なくディルガムの腹をペチペチ叩いていて、それに笑ったディルガムが慣れた仕草で髪をくしゃくしゃと混ぜた。

「………ストール」

別に初めて見る訳じゃない。もう何度となく見ているし、見兼ねて助けた事だってある。だというのに今日に限って妙に癇に障った。
目を逸らして八つ当たり気味に暴露する。

「カーミルのストール、外してみ」
「てめぇ!イザームふざけ!ちょ、やめろおまえら!」
「ソレ寄越せ!」
「わかった!隠してるモンわかったわ俺!」
「なら来るんじゃねぇよ!」

一斉に飛び掛かったディルガムとサジェドにカーミルが声を荒げながら逃げ惑う。その下らない騒ぎを見ればおかしさが戻って来た。何年経ってもこの調子だと喉を鳴らして笑っていると、解放されたルーカスが手櫛で髪を整えながら隣にやって来る。

「乱暴なんだから……」

(嫌だったら近付かなきゃイイだろ)

ぶつぶつ文句を言うのに、またほんの少し、苛立つ。
ディルガムは基本的には他人に関心を抱き難いタイプだが、その分だけ一度気にいるととことん構いたがる。同じような目に毎日遭っているのに懲りないという事はこの男だって満更でもないんだろう。

「直りましたか?」
「………」

(知らねぇよ)

イラつくくらいなら放っておけば良い。
そう思うのに、つい持ち上げた手で乱れている後ろ髪を梳いてやった。細い直毛だ。丁寧に指を通せばすぐに見慣れたものになる。

「イザームさん、どうですか?」
「直った」

素っ気ない物言いになったが知ったことか。
幾度か瞬き見上げてきた男から目を離し、元気に動き回っている三人へ顔を向けた。

「けど、どうせすぐグシャグシャにされんだろ」

追いかけ合うのに飽きて、ディルガムが戻って来たら。
きっとこの男は当然のように隣に行くに違いない。そしてまた髪を混ぜられて喧しく騒ぐのだ。
言葉とともにぶり返してきた胸糞の悪さを持て余し、舌を打つ。

(なんだってんだ)

仲良くやっているならそれに越したことはないだろう。こうもイラつく理由がさっぱりわからない。だから尚更苛々が募り、キツく眉根が寄った。

「それって」
「騎士に告られたイザームてめぇ!ヒト囮にして何イチャついてんだ!」
「あの野郎……」

意趣返しにしても声がデカ過ぎる。騎士達が一斉にこっちを見て気まずいといったら無い。

「イチャついてんのはおまえだろ!」
「……また騎士ですか……」

半ば怒鳴り返しながら、参戦してサジェドとディルガムを手伝ってやろうと指を鳴らす。それとほぼ同時に隣から低く唸るような声が響いた。

「あ?」
「節操なし」
「はァ?」

ふん、と鼻息荒くさっさと城内へ戻って行く後ろ姿に唖然とした。
告白してくれとイザームから頼み込んだ訳ではなく、第一ルーカスにそんな事を言われる覚え自体が全くなく。

(おまえこそディルガムと散々イチャついてただろうが)

先程の光景が甦る。
イザームにはいつだって遠慮したように触るくせに、ディルガム相手にはそんなもの見当たらなかった。キャンキャン騒ぐのは同じでも、気やすさや距離感が違う。

(違うからなんだってんだ)

もう一度舌を打つ。
二人が今にもくっつきそうな仲だというなら、知人程度のイザームに対するのと違うのは当たり前だ。

(勝手にやってろ)

そうなるかもしれないとわかっていた。なのに無性に腹が立つ理由は考えないまま、とりあえずはカーミルのストールを奪いに地を蹴った。







通称「クルシュ御一行」が生活しているのは王太子宮のすぐ目と鼻の先、三階建のこじんまりとした建物だ。
アースィムが心配しないようにとわざわざ新築した王太子の采配で、出入りする使用人もごく少数に限られている。それも洗濯や食材を補充する程度にしか立ち入って来ないから、実に気楽に過ごせていた。

逆に言えばその他の人間の出入りには気を遣った。
他の三人が誰かを連れ込んでいる様子は今のところなく、関係を明言している訳でもない騎士をイザームが部屋に招いているせいで変な飛び火でもしたら堪ったものじゃない。

木々に覆われた裏口から中へ促し、三階にある部屋まで迷わず進む。慣れた足取りで、だが同じ階のカーミルに会う事を警戒しているような騎士の姿に笑った。
出掛けていると言えばあからさまに安堵する顔。

大っぴらにしてしまえばお互いにそんな心配をせずに済み、コソコソする必要もなくなるだろうに。
イザームから黙っていて欲しいと言った覚えは無いが、どうにもこの騎士の方は隠したがっているように見えた。
恋人でもないこの関係を差し障りなく呼ぶ言い回しが思いつかなかったというのもあり、貴族には色々とあるのかもしれないと深くは追求していない。当然、匂わせるようなことも避けて過ごしている。
多少の手間はあってもそれを不満に思った事はなかった。

部屋へ促して、入るなり唇を重ねて欲を吐き出す為の行為に酔う。
女と違って硬い身体を抱くことにも慣れ、互いに戸惑いも消えて久しい。揃って身を流すような甘ったるい時間は皆無でも、いつも通りに満足し合えたと思う。

思っていたから、意表をつかれた。

「近々、領へ戻ることになりそうです」

入った時と同じように外に出て、並んで歩いていたらそんな事を言い出したのだ。
予想外以外の何物でもなかった。特に前触れもなかったし、さっきまでもいつもと変わらない様子であったのに。

「父が高齢なので家を継がなければならなくて。……先延ばしにしてもらっていたのですが、時間切れですね」

だが、続いた言葉にはそうかと頷く以外にない。

「伯爵とか言ってたか?」
「えぇ」
「大変だな。いつ頃帰んだ?」
「本格的に暑くなる前には」

王宮の中庭を進む。
いくら騎士といえど、王太子宮のすぐ近くだ。夜更けに一人で歩かせていたら不審者扱いで尋問されかねない。だから肌を重ねた後は必ず、イザームが騎士寮の近くまで送っていた。この国はアースィムを始めとしたクルシュ御一行に甘く、大抵の事は見逃される。

「すぐじゃねぇか」

夜はまだ冷えるが、日中はだいぶ気温が上がってきている。暑い季節はもうじきだ。予想以上に迫った期限に思わず瞬いたら、騎士は静かに笑った。

「少しは惜しんでくれますか?」
「そりゃ……」

問われて、返事に詰まる。
惜しいかと聞かれればもちろん惜しい。余計なことを考えずに発散し合える相手は貴重だ。また一から探すのは相当に面倒であったし、この騎士がいなくなったからといってもすぐに次とはならないだろう。

けれど、素直に惜しいとは口にしなかった。
出来なかった。
少し下にある目線は他のところへ向けられていて表情はわからない。それでも、微かに震えた声で知ってしまった。

(……今更だろ)

気付いたところで今更だ。
同じ想いを返してやる事も、ましてや一緒に行ってやる事など出来ない。イザームの居場所はいつだって幼馴染みの側でそれ以外にはない。

(あぁ、だから黙ってたのか)

いつから───いや、きっと、呑みに行かないかと声を掛けて来た最初から、そうだったのかもしれない。
想いを告げたら断ると知っていたから、イザームの望む通りに都合の良い関係を演じたのか。
誰かに指摘され伝わってしまう事がないようにと、隠してきたのか。

もう少し甘やかしてやれば良かったとか、嘘でも好きだと言ってやれば良かっただとかは思わない。メッキはすぐに剥がれる。下手な嘘なら吐かない方がマシだ。だが。

(おまえ、そんなんじゃ辛かったんじゃねぇのか)

どんな想いで抱かれていたのだろう。
どれだけひどい事をしてしまったのだろう。
そんな風に考えかけてすぐに止めた。
応えられない以上そう思う事すら、今更だった。

隠すのを止めた理由も、けして目を合わせて来ない姿に今日を最後にするつもりだからだと悟る。
それならイザームに出来る事は一つだけだ。

「……言いたい事あんなら、聞くぞ」

立ち止まり、尋ねる。
中庭を抜けた先の人気のない小道だ。恨み言でも何でも、吐き出せるものは受け止めてやりたいと思う。そのくらいの情はある。

「最後にそんな事を言うなんて狡いですね」

騎士が笑う。
薄い月明かりに照らされた顔は今にも泣き出しそうで、ぐっと肩を抱き寄せた。
腕に包むことに慣れてきたルーカスの顔が何故かチラついて、すぐ様払う。今は他の何かを考えたりせず、顔を伏せている騎士に向き合うべきだと思った。

ゆっくりと夜が更けていく。
湯冷めしないようにと上着の上から抱いた肩を擦った。それは優しさなどではなく、ただの習慣だった。

「………好きです………」
「あぁ」

耳に届いた言葉はどこか苦しげだ。
イザームは静かに頷いた。

「ずっと、……戦場で、助けてくれた日から、ずっと好きでした」
「……あぁ」

気付かずにいて悪いと謝るのは違う。
何度も愛でた髪を撫で、気が済むまで泣かせて。

「さようなら、イザームさん」
「あぁ。………元気でな」
「……イザームさんも、お元気で」

赤くなった目許をくしゃりと歪め、寮へ入って行く背を見送る。
見えなくなってからも暫くは佇み、やがて、踵を返した。

不愉快とは違う。
胸に重たくわだかまりモヤモヤと沈んでいくこの感情は、何と呼ぶのだろう。

(これだから嫌なんだ)

金で精算出来ない関係はつくづく苦手だ。
どうしたって向けられる好意に応えられない。どんなに可愛がって抱いていたとしてもイザームの優先順位は変わったりせず、相手の為に曲げたりもしない。

『アンタは迷ってくれないって知ってたよ』

長年馴染みだった娼婦の言葉が脳裏を過ぎる。

『私の知らない国で勝手に野垂れ死んだりしないでよ。寂しくなるけど、アンタよりイイ男捕まえて見せるからさ』

もしかしたらあれもそういう意味だったのだろうか。
それはさすがに考え過ぎだと、思い上がりだと信じたい。娼館に通うようになって最初に抱いたあの女を、気楽だからとただそれだけで何年も指名し続けてしまっていたから。

一人に拘んのは止めとけよ。

そう言ったのはカーミルか、サジェドか。
いずれ国を出るのだから色んな女抱いておけと笑われて、何も考えずに首を横に振っていた自分。
人の感情に敏感な幼馴染みはきっと、イザームよりもずっと色々な事を考えて言っていたのだろう。

そうとわかったところで、全てが遅いのだが。

口の中に苦いものが込み上げる。
やはり安易に肉体関係など持つべきじゃない。この国で相手を見つけるのは諦めて、定期的に里帰りでもすれば何とかならないだろうか。国の女達ならイザームの事情もよく知っている。彼女以外の娼婦を選べば、でも、ずっと馴染みだったのに。

(性欲なんかなくなっちまえばイイのに)

ついにはそんな、どうしようもない悪態まで浮かんできた。
さっさと枯れてしまえば誰も抱かずに済む。浅く程良い付き合いとやらを上手くやれないイザームにはこんなもの必要ない。

「イザームさん」
「ッ!?」

迷走する思考に割って入って来たのは聞き慣れた声だった。
バッと顔を上げる。
気配に気付かなかったなんていくら何でもぼうっとし過ぎだ。
声のした方へ目を凝らす。
灯りが遠いせいで、姿は見えてもどんな顔をしているかがわからなかった。

「ちょっといいですか」

この間の悪さは何なんだとうんざりする。
地を這うような音に思い当たる節はいつだかの告白か、さっきのやり取りにしか無い。だがきっと後者だ。昨日は普通に話していたし告白された結果を気にしている様子はなかった。

いつから聞いていたんだとも返せずに、深く息を吐いて歩み寄る。王宮の敷地内であっても何があるかなんてわからない。また危ない目に遭ったらと考えたら落ち着かず、話したい気分では無くとも送って行こうと思ったからだ。

「何してんだ、こんな時間に」
仕事です」
「……トゲのある言い方すんな」

目の前まで近付いてようやく見えた顔は思った通りにイザームを睨んでいて、もう一つ追加で溜め息を洩らした。とてもじゃないが今はノッてやれる気分じゃない。

「来て下さい」
「は?おい、何だ急に」

無遠慮に手首を掴んで来たかと思えばそのまま大股で歩き出す。向かう方角にはイザーム達の住まいしか無い。

「どこ行くんだよ」
「あなたの部屋です」
「なんで」
「黙ってついて来てくれませんか?」

(ホント、こういうとこ血ィ繋がってるよな)

押しの強さと我の通し方はどこかの王太子にそっくりだ。
部屋は片付けてから出て来た。窓も開けてあるから名残りは無いだろう。咄嗟にそう考えた自身に嫌気がさす。たった今別れたばかりだというのに薄情にも程がある。
そもそもだ。こんな時間にこの男を部屋に入れる訳にはいかない。

(ディルガムに見られたらどうすんだ)

それで可笑しな勘違いでもされたら、せっかく仲良くやってるのに台無しなんじゃないのか。
イザームには向けない顔を見せ、慣れ慣れしく触れ合っているくらいだ。ルーカスだってディルガムを相当気に入っているはずで、余計な波風を立てなければくっつくのも時間の問題だろうに。

(………は、)

思った途端、じわりと重たいものが迫り上がってきた。
鼻から掠れた笑いが抜けていく。

馴染みの娼婦にもあの騎士にもついぞ抱かなかったもの。
イザームの一番である筈の幼馴染みにさえ渡したくないだなんて、そんな、独占欲のような、

(下らねぇ)

頭の中で一笑しても消えない。
それどころかどんどんと腹の底に溜まり、澱んでいく。

手を引かれながら前髪に指を突っ込んでくしゃくしゃと混ぜた。
騎士との別れがあったから虫の居所が悪いのだろうか。それとも単純に、思ったよりもずっとあの騎士を気に入っていて動揺しているのか。
別れを惜しむあまりにタイミング良く現れたこの男に重ねて、そんなものを抱いた気がしている、とか。

何にせよこんなものは真剣に考えたって馬鹿馬鹿しいだけだ。

(そうだ。馬鹿げてんだろ、こんなん)

優先順位は変わらない。
そう考えたばかりだ。
ディルガムがこの男を好いているのならイザームは見守るべきだ。命を預け合う、家族以上に大切な幼馴染みなのだから。

今は少し冷静さを見失っているだけだと言い聞かせる。
弱った精神では碌な事を考えない。
女々しい思考は潔く止めてしまって、一晩しっかり寝て頭を切り替えればちゃんと

「…………」

足が、地に張り付いた。

「ちょっと、なんで止まる……」

(今、俺は何を、)

戦慄く口許を片手で覆う。
小柄なこの男にイザームを引き摺る力が無くて助かった。そう思う。部屋などに入ったらきっと何も考えずに抱き締めてしまう。だから、良かった。
苛立ったように振り返ったルーカスは目が合うなり眉を下げた。

「………馬鹿な人ですね………」

そっと持ち上がった両腕が背に回る。
胸元に埋まった顔は見下ろさない。
自覚した途端に調子良く愛しいと訴えてくる心に従って、腕を回し返す事も、ない。

(……なんで、)

初めて得た感情に狼狽し、イザームは月の隠れた空をただ見上げた。

(なんでよりにもよって、ディルガムの相手おまえなんだよ)





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