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ぽめたま
しおりを挟む向かい合って、沈黙。
目の前で優雅に尻尾を揺らし、クッションに前脚を置く真っ黒な姿。
海を閉じ込めたような青い瞳が、やけに爛々とこちらを見上げてくる。
「まさか、ミケバースだったなんて……」
呻いた俺に、可愛さ界隈では天敵とも言えるお猫様は鼻を鳴らした。
「おまえだってポメガバース黙ってたろ」
「うぅ……」
寝転がったまま前脚をぺろぺろと舐める姿は堂に入ったもので、俺みたいに動揺している様子は一切ない。
項垂れた俺の尻尾は床にくっつき、小さな三角耳も伏せ気味だ。コッチはポメを晒してしまった衝撃で涙ぐんでいるっていうのに、お猫様はやたらゆっくりと左右に揺れる尻尾の先でクッションを撫で回している。目が合うとピタッと止まる。それからまた動き、やや横向きになった──イカ耳。
(か、かわいい…っ…こんなの反則だ……!)
俺はお座りしたまま、衝撃に震えた。
この男とは大学で出会った。
背が高くて冴え冴えとした美人なのに、どこまでも男らしくて格好良くて、惚れた。
文学部の俺と医学部のこの男はほとんど接点がない。毎日同じ時間、同じ席で見かける学内のカフェだけが唯一の癒しだった。
ポメなのに人間姿だと無駄にデカい図体を丸め、開いた本の陰からコソコソ覗く俺に、この男から声を掛けて来たのは二年前。
俺の席の横を通り過ぎた様、この男がつまづいて派手にコーヒーをぶちまけたおかげだ。足元には何にもなかったけど、医学部は大変だって小耳に挟むし。疲れていたのかもしれない。
そこからなんとなく毎日話すようになり、連絡先を交換して、休みの日に遊んだりする幸せな日々を満喫。
でも極度に緊張するとポメラニアンになってしまうこの体質は、必死に隠してきた。
そんなに珍しくはないけど、街中で突然ポメ化したりするから敬遠されがちなせいだ。プリクラ撮ったり、ファミレスで可愛い店員さんと目が合ったりした時とかだ。
高校の時は友人に面倒がられたし、バカにされたりもした。大学に入ってからは友人を作っていない。だから、この男には知られたくなかった。
(せっかく付き合えたのに……)
なんの奇跡か、一カ月前に告白されて──いや、この男が友人達に声をかけられた時、コミュ障の俺はすかさず隠れたんだけども。
そうしたら友人を散らした後、「何すっとぼけてんだてめぇ。彼氏ヅラしろ」ってペチペチほっぺた叩かれたんだった。嬉しすぎて幸せすぎて泣いた。
「なぁ」
黒猫になっても艶々スラッとした男が、ゆったりと上半身を起こす。
白い毛玉と化した俺を下から覗き込んできた。
「幻滅、した?」
「美猫様です!!」
少し不安そうに揺れた声に、俺は反射的に伏せをキめた。
たじろいだ男に構わず、目をギュッと瞑って捲し立てる。
「ポメ如きが美猫様にキスしようとしてすみませんでした!はじめてで心臓爆発しそうでポメ化してすみません!なんかこう可愛くて可愛くて!したかったんです!!!」
一人暮らしの、俺の狭いワンルームに馬鹿げた自白が響き渡る。
「ポメ公が調子に乗って本当にすみません、でも好きですムラムラするんです!!!」
どうせフられる。ポメラニアンだし。ポメガバースなのに人間姿はデカくて可愛くないし。
これが最後になるならしまいこんでいた思いの丈をぶちまけたい。
そういう、投げやりな叫びだった。
しんと静まり返った部屋の中、目の前にいるはずの男からの反応はない。
一分、三分、五分。
死刑にも等しい「ポメは面倒」を待つ時間は刻々と流れる。
更に十分数えたところで、フるなら早くしてくれ嘘ほんとはフられたくない、なんて考えながら、ビクビクと目を開けた。
「葵さん……?」
「コッチ見んな」
肉球ビンタが飛んで来た。
でも、ちっとも痛くない。
「葵、ねぇ」
「うるせぇ」
男は黒猫だ。
なのに目許だけが真っ赤だ。
一縷の希望とついでに欲望がごちゃ混ぜになった頭で、ぼふんと先に人間姿に戻った俺は素っ裸。
「あお」
「服を着ろ!」
「あ、ごめん!今着るか──」
「あ」
ぼふん。
続いて人間に戻った男も、素っ裸。
二人で硬直して、じわじわと赤くなって、不自然に顔を逸らす。
また静かになった部屋は、暖房が効いているけど。
「……寒ィ……」
そんな風に言って身を寄せてきた男。
俺は大変にぎこちなく、セクシーでエロくて美しすぎる男の背中を抱く。黒猫なのに白い肌は滑らかで暖かくて、ド緊張に震えながらもついつい撫でてしまう。
肩甲骨とか、背筋を確かめるように、つい。
(す、素肌、触っ)
叩き落とされないことに感動し、間近に目を合わせる。
吸い込まれそうな青い瞳に引き寄せられるまま、唇を重ねていく。
(あれ?)
軽く触れて、すぐに離れた顔。
なんだかウルウルしているような気がする青い瞳から目を逸らせずにいたら、ふと、疑問が浮かんだ。
極度の緊張に晒されてポメラニアンになるポメガバース。
ミケバースも確か、猫化してしまう理由は──。
「修、もっかい」
「何度でも喜んでさせていただきます。あの、大変恐縮ですがお口をほんの少しだけ開いていただいたくことは可能でしょうか?」
「ホントバカだなおまえ」
ドッドっと派手に脈打つ心臓。
自分でも意味のわからない、ダサすぎるお伺いを立てた俺。
呆れた顔で笑った恋人の両手が、肩から背に向かってするりと這った。
更に密着する身体。
目をガン開きする俺の前で、唇がうっすらと開く。
「……修、好き……」
鼻血が出た。
おかげで連続ポメ化しなくて済んだのは、良かった。
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