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第三章・【悪魔】とエクソシスト
【第一節・甘露】
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【狩人】。一言で言っても、いろんな奴がいる。趣味や娯楽として、仲間と楽しむ奴。生活の生業とし、適度に行う奴。害獣駆除の正義感に駆られ、徹底的に駆逐する奴。……俺のように、強い獲物を狩ることでしか、生き甲斐を見出せなくなった奴。狩猟の対象は一般的な動物から魔物、魔獣、魔物交じり、魚人、獣人、鳥人、竜人、【悪魔】、そして人間。俺より強そうな奴は、なんでも狩った。強そうな奴が、俺の視界にいた。狩りをする理由なんて、それで十分だ。
善悪何ぞ関係ねぇし、興味もねぇ。流行りの冒険者ギルドに所属してたこともあったが……くだらねぇ掟に縛られるのが鬱陶しくて、三日前にギルドマスターとその他諸々斬り殺して辞めちまった。だが、あれは楽しかったなぁ。集団の手練れに屋内で囲まれ、失敗したらあっさり死ぬのが目に見えてる状況で、【どうやって確実に狩る】か。考えるだけでもわくわくした。ギルドマスター自身は大したことなかったが、統率の執れた連携が死ぬほど厄介で、最後の一人を屋内から逃がさず仕留めるのは一苦労だったなぁ。
「――次の獲物は……どうするかなぁ」
草の一本も生えていない、整地された道を歩く。遮蔽物も何もない平原で、呑気に昼寝している牛や鹿。間抜け過ぎて狩る気も起こらねぇ。ただ動物がいるってことは、地下水が汲み上げられている天然の水源か、もしくは人間の村や街なんかがあるんだろう。この辺りの地図はギルドにゃ無かった。王都からも遠いど田舎だから、そもそも描き込む必要も無いってこったな。問題は川や湖が全く見当たらねぇ。お陰でただの水がどれだけ貴重か、味わう羽目になった。
手元には酒数本と液体火薬、干し肉少々。最悪、周囲の動物狩ればもう何日か持つが、水は雨でも降らねぇ限りどうにもならねぇ。金なら十二分にある。村か街に着いたらまず飯だ。その後は――
「――酒場、狩人達の集会場、交易所……教会も当たってみるか」
***
一時間程道なりに歩くと、広大な石の囲いで囲まれた牧場、農園、そして街へと辿り着いた。背が低い、石や木造りの建物ばかりの質素な街だ。いいねぇ、焼かれた故郷を思い出すぜ。街自体は関所も無ければさほど大きくもない、超ど田舎もいい所だが、商業区は活気があって、居住区もガキから爺さんまで皆外で元気してらぁ。街から少し外れた場所にはでっけぇ金の十字架が刺さった派手な教会もあるし、こいつはそれなりの情報に期待してもよさそうだな。
時刻は十五時三十一分。ジョッキで麦芽酒を飲む髭親父が描かれた看板の酒場を見付けた。先ずは腹ごしらえ。狩人たるもの、狩りに備え体調は万全を期す。空腹や渇きは我慢できても身体は素直だ。余計なことまで考えちまって、集中出来やしねぇからなぁ。酒場に扉は無く、木製のテーブルと椅子が布の屋根の下へ所狭しと置かれ、真昼間だっつーのに、呑気に飲んでやがるオヤジ集団が騒がしい。嫌いじゃないが、今は少し静かな席で飲みてぇんだ。
奥にカウンター席がいくつかある。先客はガタイのいい巻き毛の金髪男とひょろい白髪のガキ、その横に赤い髪を短く結んだ、面白れぇ一張羅を着たねーちゃんだ。あそこならまだ我慢できるな。酔っ払い共を躱しながら通路を進み、カウンター席の前にまで来る。
「赤い髪のねーちゃん。隣、座ってもいいか?」
声へ反応して、串焼き肉を頬張って談笑してたねーちゃんが振り返る。なかなかの美人だが、格好が派手過ぎて一周回って色気がねぇな。咀嚼しながら隣の席の座面をぽんぽんと叩き、同意ってことで、遠慮なく座る。メニューを見ながら、カウンター越しの店員へ【麦芽酒】と【鶏肉のステーキ】、【根菜のスープ】、それと適当に甘露がないかと頼んだ。
「甘露……ああ、甘い物ね。だが生憎、ウチはまだデザートを取り扱えなくてねぇ。餡子や砂糖は、この辺りじゃちょっとした貴重品さ。そんなもんで、この時期は蜂蜜を使ってたんだが……」
店員の男が言葉を濁しながら渋い顔で、一枚の紙を目の前に出して見せてきた。それは見知った害獣狩猟依頼の用紙で、特徴と住処の場所が書かれている。なるほど、舌の肥えた魔物の集団が、蜂の巣を独占してるってこった。日付は……一週間も前じゃねえか。おめぇら何やってんだ? この程度の魔物にメシのタネ奪われて、なんにもしねえのかよ。この街にも狩人の一人や二人いるだろうが。かなりの報酬も出るし甘露も食える、こんだけ美味しい仕事がぶら下がってんのに手を出さないってのは、狩人の恥だぜ。
「……この獲物、まだ狩られてないんだな?」
「ああ、頭数も多く狂暴で、統率も執れた奴らだ。そこそこ手練れの狩人数人が狩猟しに行ったが、腕やら脚やら折られて戻ってきた。死人が出なかったのは幸いだね」
ダメだこの街の狩人、使えねぇ。あー……本来なら無視してぇが、甘露が食えねぇのは無視できねぇ。恐らくこの店以外も取り扱ってねぇんだろうし、俺が狩らなきゃあと半年はこのまんまか。店員から出された水で喉を潤しながら考える。すると隣のねーちゃん御一行が、会話へ割って入って来た。
「へぇっ!? 【蜂蜜のパンケーキ】がメニューに無いって思ったら、そんなことが起きてたのかいっ!? どうしてもっとアタシに早く相談してくれないのさっ!?」
「あのねぇ、ペントラちゃん。あんたが器用なのは知ってるが、変にクビ突っ込まれても怪我するのがオチだよ。あんたは街のなんでも屋。そんだけ頼りにしてる相手を、たかが蜂蜜程度で怪我して引退でもされたら、あんたの弟子や街の皆も困る」
……たかが蜂蜜だと? 何言ってやがる、蜂蜜は最高の栄養価を誇る自然が生み出した至高の宝だぜ。単体でもいけるし調味料としてかけてもうまい、あれさえあれば俺なら一週間は籠城できるぞ。
「ペントラさん。気持ちはわかりますが、今は仕事が軌道に乗り始めてる大事な時期です。僕としてもあなたが動けなくなってしまうと、労働希望者の雇用受口がまとめて潰れてしまいかねません」
「あんたまでそう言うかっ!! ウチの弟子共だって、テメェで考えられるいい歳だっ!! アタシが居なくてもなんとかならぁっ!!」
「ちょっ、姐さんもポーラ司祭も落ち着いてくださいっ!!」
赤髪のねーちゃん――ペントラが、隣の白髪のガキ――ポーラの頬を右手でつねって怒鳴るのを、ガタイのいい巻き毛の金髪男が仲裁する。ペントラは【万事屋】か何かを営んでるんだろう、ポーラは司祭と呼ばれたところを見るに【聖職者】ってところか。ガキなのに大層な肩書じゃねえか、面白れぇ。
「な、なら、俺がそいつら狩りに行って来ますっ!! それならいいでしょうっ!? 他の客さんもいるんですから、ケンカしないでくださいよぉっ!!」
「はん? 出来るのかい?」
「俺は今日の業務終わりましたし、ポーラ司祭やペントラ姐さんには、まだ午後の仕事があるでしょう? 俺ぐらいしか動ける人いないじゃないですか」
大した奴だ。口先だけか知らんが、消極的な狩人連中よりも数倍マシだな。金髪男は店員から狩猟依頼用紙を受け取り、カウンターの小物入れに刺さっていたペンで【オレルス】とサインをする。
「……はい。ということで、飯食い終わったら直ぐ向かいます。この店には皆さんよくお世話になってるんで、恩返しとでも思ってくれれば嬉しいです」
「そういや、金髪のあんちゃんは狩りもやるんだっけね。まさか一人で行くのかい?」
「へへ、逆に一人じゃないと使えない手ってのもあるんですよ。蜂蜜、期待してて下さいっ!!」
自信満々に金髪男――オレルスが返事をすると、再び席について食事を再開し始める。無謀な馬鹿かと思ったが、無能連中よりも狩りの心得はあると見た。オレルス……オレルスか。漢らしくていい名前じゃねぇか。気に入った。俺は店員から依頼用紙をひったくると、同じように小物入れのペンを使って【アレウス】とサインをして突き返す。
「おっおおお客さんっ!?」
「俺も引き受ける。腑抜けた狩人ばかりかと思ったが、少しは根性のある奴がいたもんでね。報酬は【蜂蜜酒】と甘露、それで手を打とう……」
「ひゅーっ!! ナイスガイなおっさんも、【蜂蜜酒】とはわかってるじゃないのっ!! 見ない顔だが、旅人か流れ者の狩猟者かい?」
「はの……フェントラひゃん、いい加減ふぁなしてくだふぁい。……痛いれす」
ペントラがニヤニヤ笑いながら、馴れ馴れしく肩を叩いてくる。元気なねーちゃんだ。ポーラの頬から手を放そうとしないが。だが久方振りに同じ甘露好きに出会えたし、お前とはいい【蜂蜜酒】が飲めそうだ。
「そんなところだな。この街にゃ旅の物資補給と情報収集で寄ったんだが、肝心の甘露がねぇんじゃ気も休まらねぇ。変な格好のねーちゃん達の為じゃねぇが、蜂蜜さえあればなんとかなるんだろ? 俺の楽しみを奪う害獣共に、どっちが上か身をもって教えてやる」
「変な格好とはなんだいっ!! イカしてるだろっ!?」
「顔はいいが、色々と残念なのがもったいねぇな」
「あんだとぉっ!? あんたのぼろっちぃ緑マントに包帯ぐるぐる巻きファッションよりイカしてるってのっ!!」
「いだだだ……」
ペントラのつねる力がよほど強いのか、つねられたポーラの頬が赤くなり始めている。その様子を見かねたオレルスも、ペントラの手を掴んだところでようやく気が付いたらしく、振り向いて慌てて手を離す。
「あ、わり。じゃあオレルスと知らないおっさん、蜂蜜の件頼んだよっ!!」
「僕も楽しみにしていますが、業務へ支障が出ない程度に頑張ってきてください」
腫れた頬を擦するポーラとペントラが、俺達に激励する。言われなくても、そのつもりだ。
「任されましたっ!! よろしくお願いします、えーと……」
「アレウスだ。足引っ張るなよ、小僧」
***
時刻は同日、午後十七時一分。山沿いに広がる広大な花畑にて、狩猟対象を発見。大きな目にデカい口、長い手足と尻尾……報告通りの人型系だ。花畑の真ん中には、そびえ立つ大樹が数本。その樹洞や広がる枝には、巨大な蜂の巣が作られていた。そいつをぐるりと囲むように、魔物共が大口を開けて寝転がってやがる。俺とオレルスは花畑の端、生い茂った草むらで伏せ隠れながら、連中を観察する。
「すげぇ光景だなぁ?」
「はい、報告以上に頭数が多いですね」
「いや、蜂の巣が」
「は?」
「ありゃあ、どうなってんだ? 花も蜂も巣もクソデカいじゃねぇかっ!! ははっ!! すげぇやっ!!」
珍妙な光景に妙な笑いが出てくる。見たことのない巨大な金色の蜂の巣、そこからは大量の蜜が留まりきれず溢れ垂れ、極彩色の巨大な花びらを支えきれずやや下を向いている花々の中へ、拳ほどの大きさの蜂が突っ込んでは巣との往復を、忙しなく繰り返していた。時折、蜂の群れは寝転がる魔物達の上で羽休めをしたり、巣から零れ落ちた蜜を使い、枝の先へ新たな巣を作ろうとしていやがる。遠目で見ると、まるで大樹が黄金に浸食されているようにも見えるぜ。
「確かに珍しいですけど……まずは依頼通り、周囲の魔物を仕留めないと」
「蜂の巣や花畑、あと蜂には極力被害を抑えるように――だっけなぁ?」
「蜂は見た目に反して大人しく、毒針のような外敵へ攻撃する手段を一切持っていません。周囲の花から採れる蜂蜜の純度や質も高く、蜂と共に希少種として周囲の街から保護指定されています。火や毒霧、火の出る爆破物等は……ちょっとここでは使えませんね」
そうなるわな。恐らく返り討ちに遭った狩人共も、そう思って弓矢や近接で仕留めようとしたんだろう。だが頭数や地の利は向こうが上。素人に毛が生えた程度の狩人じゃ、アレは狩れん。俺なら単独でも狩れるが。
「……馬鹿なあいつらにゃ、【金の生る木】なんざもったいねぇ。小僧、お前ならどう攻める?」
俺の隣に伏せているオレルスは、腰に付けたポーチから白い紙を固めた玉を取り出した。そしてすぐ横へ置いていた矢筒から一本、鏃のない鉄の矢を引き抜き、紙の玉を先端部分へ突き刺す。
「おいおい、なんだぁそりゃ?」
「俺が作った閃光玉です。外側に仕込んだ発破石が爆発した後、何秒か遅れて中身の毛玉が飛び出します。普通の毛じゃなくて、雷を落とす希少魔獣の毛の一部なんですが……。こいつは、強い刺激を加えると数秒後に貯まった雷を外へ放出して、直視では失明するぐらいの強い光を出すんです。一回使うと毛自体が燃えカスになる使い切りですが、火も毒も使わず寝ている相手の目と耳を潰すとなると、これが一番有効かと」
「【雷獣】か……一度やり合ったことはあるが、そりゃあ厄介だった。武器にも服にも奴の毛がついて、そいつ目掛けて角から雷を落としてきやがる。自分は目が見えねえのをいいことにバシバシ光るし、不利になると山奥や谷底へ逃げられるしで大変だったなぁ」
「ら、【雷獣】を見たことがあるんですかっ!?」
「小僧、声をもう少し押さえろ」
「いてっ……すみません、つい」
やや興奮気味のオレルスの頭を、スパンと平手で叩いて黙らせる。年相応の無邪気さもあるが、発想や応用、状況に合わせた適応力には非凡なものがあるな。何年かすれば、成る手の技巧派狩人として化けそうだぜ。まずそいつで野郎共の目と耳を潰して……そうすりゃ俺の独壇場だ。
オレルスは弓の弦を微調整をしながら、狩人なら当たり前に思う質問をしてきた。
「そういえばアレウスさん。アレウスさんの狩猟道具はどんなものなんです? 見たところ大きな手荷物も無いですし、マントの下へ何か仕込んでいるのですか?」
「ん? 俺の狩猟道具か? これから作るのさ」
俺の答えにオレルスはきょとんと間抜け面をしたが……まあ、実際目にするまでわかんねえよなぁ。説明するよりも見せた方が早えだろうし、口で原理から説明すんのも面倒くせぇ。生成時に馬鹿デカい音も出る、先に閃光を射らせた方がいいな。
「ま、見てな。先にそれぶち込んで、奴らを叩き起こせ。そっから先、俺が突っ込んで確実に一頭一頭仕留める。小僧はあぶれた奴を矢で撃て。右胸中心辺りを射抜くんだ、そこが奴らの心臓だ」
「は……はい。着弾後は数秒目を閉じるか、地面を見ていてください」
「わかってる。散々やられた口だ、今更ヘマなんぞしねぇよ」
オレルスは静かに起き上がり閃光玉の長い導火線へ火を点け、矢を弓へつがい、弦をきりきりと引き絞る。距離は目測三十四、五歩か。詰めるのに四秒、生成すんのに三秒、一頭目仕留めんのに一秒、二頭目の頭かち割るのに二秒。そっからは……流れでぶっ殺せばいいか。
導火線がやや短くなったところで、オレルスの矢が放たれる。やや山なりに飛んだ矢は寝そべる集団の中へ落ちて――空気が震えるほどの破裂音を出した。離れてんのに耳が痛てぇ、まだ音は聴こえるが、至近距離じゃ堪ったもんじゃねえな。俺は目を強く瞑って立ち上がり、音で目を覚ましたであろう集団へ突っ込む。
数秒後に瞼へ強い光を感じ、悶える魔物共の声が目の前から複数聴こえた。数歩手前で立ち止まり、瞼をゆっくりと開きながら左手へ【魔力】を集中させる。斧がいいな、シンプルに、連中の胴を吹き飛ばせる両手斧が。編まれた【魔力】の糸が想像した物体を生成していき――柄以外は銀色に鈍く光る、巨大な両刃斧が出来上がった。
「……重てぇなぁ」
そんなことをなんとなくぼやきながら、顔を両手で覆う魔物のがら空きの胴目掛け、両刃斧を両手持ちでぶん回す。肉の繊維が引き千切れる生っぽい感触と、「ごっ」と背骨を両断する固い音が一瞬した。下半身を離れた上半身が、花畑の隅へ勢いよく転がっていくのを目の端で捉えながら、隣の中腰姿勢で目と耳を押さえる魔物の脳天へ、両断した回転力を殺さず両刃斧を落とす。力はそれほど入れなかったが、重みと遠心力で一撃で首まで一裂けた。
「ちょれぇ。やっぱ正面から殴り込んだ方が面白かったかぁ?」
背中を蹴り飛ばし、刺さった両刃斧を引き抜きながら、そのままの感想を口にする。直後、斜め前で両耳を覆って頭を左右に振っていた一頭が倒れる。右胸の中心には、陽光で光る鉄の矢が刺さっていた。一発か、いい腕だ。こりゃあ、手前の見やすい奴らは小僧へ任せた方がいいか。
奥にいる耳を押さえている四頭へ近付く。木の陰に隠れていたせいで閃光の効果が薄かったらしく、こちらを視認すると耳から手を離し、花を踏み散らかしながら勢いよく突っ込んで来た。斧じゃ振りが遅せぇ、一頭ぶっ刺したら切り替えるか。
「ふぅっ……!!」
先頭の一頭の胸目掛け、両刃斧を両手で振り回し投げつける。直撃寸前で横へ飛ばれ躱されたが、後続の二頭目の胸から腹にかけて刃が刺さり、三頭目の足をすくいながら後ろへ吹き飛ぶ。足を引っかけられた三頭目は派手に顔面から転び、四頭目は三頭目を華麗に飛び越えてきた。
躱した一頭目は……他の奴らに隠れて見えねぇな。面倒だし、ケツから仕留める。両手に【魔力】を込めながら二種類の武器を想像するが、生成し終わる前に四頭目の右拳が顔面目掛けて飛んでくる。
「足元がお留守だぞ」
屈んだ姿勢で奴の股下目掛けて飛び込み、攻撃を躱しながら背後へと回り込んだ。無駄に長い手足が仇になったな。立ち上がると同時に、想像した武器の生成が完了する。右手は先端にフックと紐部分に鋭い返し針が付いた長い銀の鞭、左手は銀の片手斧。
躱されたことに気付いた四頭目が、背後へ振り向いて再度突撃してくる。奴がほどほどに近付いたところで右手の銀の鞭をしならせ、右肩目掛けて当ててやる。針が食い込む感触が手に伝わったので鞭から手を離し、左横へ飛んで突進を躱した。直後に背後からずしんと倒れる音と、気色悪い悲鳴が上がる。振り向くとそこには鞭の針が肉に食い込み、肩から下がぐるぐる巻きにされて身動きが取れなくなった、間抜けな魔物の姿があった。これで逃げることもできねぇだろ。
「そん……でっとぉっ!!」
その後ろで立ち上がろうと屈んでいる三頭目の脳天に投擲した手斧が刺さり、今度は背面へ倒れ込んだ。これで三頭。もう一頭……最初の躱した奴は――――
――ぐちゃっと、水気のある音とともに後頭部へ何かが当たる。大して痛くもねぇが、頭から何かが垂れてきた。血か? いや、妙に甘ったるい匂いがする。
「まさかて――――っ!?」
――背後の大木を振り返ると、顔面に巨大な蜂の巣が飛び込んでくる。重く柔らかい巣は、顔面に当たると溢れ出た濃厚な蜜が口と目鼻へ侵入し、視界と呼吸の自由を奪う。一瞬の出来事に対応できず、ふらついたと同時に狂った人間のような笑い声が頭上から降り注いだ。普段なら泣いて喜ぶご褒美だが、あの野郎は一番やっちゃいけねぇ事をしやがった。口に入った蜜を一気に飲み込み、気管を右手で目を拭って視界を確保しつつ、左手にありったけの【魔力】を流し込む。
いた。クソ野郎は大木に登って笑いながら、枝にぶら下がる蜂の巣をもいでやがる。テメェはぜってぇ俺が殺す。
「ぶっ殺すっ!!」
魔力を編み終わり、左手へ握られた鎖付の巨大な銀の銛にありったけの力を込め、クソ野郎へぶん投げる。適当に投げた銛はクソ野郎のどてっ腹に刺さり、両手で鎖を引いてクソ野郎を大木から引きずり下ろす。叫びながら落ちたクソ野郎を、花畑を荒らしながらそのまま力任せに引き寄せ確認する。落ち方が悪かったんだろう、左脚があらぬ方向へ曲がり、白目を向いて呻いてやがった。ざまあみろ。
周囲を確認するとクソ野郎が最後の一頭だったらしく、手前側の魔物共は心臓付近に一・二本の鉄の矢が刺さり倒れていた。やるなぁ小僧。なら、俺もご褒美にもう少し派手なもの見せてやらねえとな。
「……爆ぜろ」
手を離れた、生成術で作り出された武器への魔力伝達を切る。行き場をなくした魔力が膨張・結合拒絶・分裂の過程を瞬時に魔物共の体内で行い、武器の刺さっていた魔物共は一瞬で爆ぜた。目の前の銛をぶち込んだクソ野郎も、汚ねぇ臓物や肉片を周囲の花や大木、俺に飛び散らせてこの世から消える。巨大な花弁が爆風で宙を舞い、豪華な花吹雪が頭上から降り注いだ。
「あークソがっ!! 鼻が詰まって、血の臭いもわからねぇ……小僧っ!! これで全部かぁっ!?」
鼻声で叫ぶと、隠れていた茂みから矢筒を担ぎ、弓を持ったオレルスが飛び出してきょろきょろと周囲を見回す。俺の姿を見たあいつはぎょっとした表情をした後、血相変えて駆け寄ってきた。ああ、そっちからだと見えなかったな。
「だだ大丈夫ですかっ!? と、とりあえず水と布を……っ!?」
「おう……」
「それと、頭に蜂の巣が乗ってるんですが……」
「あ? ああ、クソ野郎に巣を投げつけられてな。小僧も食い物で遊ぶんじゃねえぞ、ロクな死に方しねぇから」
手渡された水筒の水と布で、べたつく顔の蜂蜜を拭き取る。頭っから蜂蜜を巣ごと被ったんだ、こんな布一枚だけじゃ全然足りねぇ。川や湖があればすぐにでも飛び込みたいが、大人しく街に帰るまで我慢するかぁ。にしても、だいぶ派手に花畑を荒らしちまった。爆ぜた魔物共の周囲の花は、全て薙ぎ倒されちまっている。
頭に乗った蜂の巣を左手でつかみ取り、口に運ぶ。もちもちとした食感とまろやかな味が、舌の上を踊る。香りも相当の物だと想像するが、鼻が使い物にならないのが残念だぜ。
「うまい……小僧も食うか?」
「え? ええっと……じゃあ、端の方を少し」
オレルスは巣の端をつまんで千切り、破片を口に運ぶ。大きく目を見開いた後、当然の感想を口から漏らす。
「甘っ!? 蜂蜜って、こんなに甘いもんでしたっけっ!?」
「蜜蜂の作る巣ってのは、蜜以外にも巣を固める成分がある。そいつが蝋のように固まって巣を形作るんだが、蜂蜜と組み合わせて食うと最高だ。滅多に口にできない代物だぜ? こいつぁ大収穫だっ!! ハッハッハッ!!」
蜂の巣を抱え笑っていると、巨大な蜂達が俺の身体に付いた蜜を回収しようと集り始める。攻撃手段がないんで噛んだり針で刺すわけでもないが、蜂の細かく動き続ける手足がむず痒い。払っても払っても、蜜を搾取しようと戻ってくる。
「おっと小僧。俺は一足先に街へ戻らせてもらう。店にはお前から報告しておいてくれ、あとで俺も行く」
「あっ、ちょっとっ!? 待ってくださいよ、アレウスさんっ!? この魔物達とその蜂の巣はっ!?」
オレルスの叫び声を背にし、花畑から森林まで鬱陶しい蜂共を払いながら全速力で駆け抜ける。魔物と手柄はお前にくれてやる。その代わり、この蜂の巣は俺の物だ。
***
「……で、捌ききれない魔物は、他の狩猟者に引き渡して戻ってきたんですね」
「はぁ……。死体の後始末やら潰れた花や、崩れた巣をなんとかくっつけて戻したりで大変でしたよ」
「……甘い匂い。……お腹が、空いてきました」
巻き髪の彼が狩猟から戻り、酒場へ報告に来る頃にはもう二十二時を過ぎており、僕は丸眼鏡の新人【天使】と教会の地下調理場で、仕事終わりの夕食と報告書製作を共にしていた。
今日のメニューは海で獲れた【魚の塩焼き】と【林檎と野菜のサラダ】。海の塩と魚(アジといったか?)は【魚人族】の物だが、スピカ達が交易した物を僕らに譲って貰った貴重な代物だ。以前にも一度、教会の皆で集まり食べたことがあるのだが、三つ編みの【中級天使・アダム】だけは終始「生臭い」と言って、あまり口を付けていなかった。肉が白く、軟らかい食感が特徴的だが、あまり味がしないので塩や胡椒などの調味料を少し振りかけ食べると、なかなかに染み出した油と合って美味い。内臓が苦いので僕は骨と一緒に避けて食べているが、新人の【天使】はお構いなしに細い骨まで食べている。因みにサラダに盛られた野菜と林檎は、この街で収穫された物のみである。そうしないとアダムがうるさいのだ。
小さな四人掛け用テーブルには僕の対面に新人が座り、その間へ疲れ切った顔で体格の良い巻き髪金髪部下の【天使】が座っていた。戻ってきた彼からは濃厚な甘い匂いが常にしており、これが【蜂蜜の匂い】というものらしい。新人は興味深げに僕が残した魚の骨をかじりながら、彼の匂いがなんなのか調べているようだ。
「先輩からは……おいしそうな匂いがします」
「待った待った、俺を齧ってもうまくないよ? 蜂蜜に肩まで突っ込んだからなぁ。……洗って落としたけど、匂いまでは簡単に落ちないかぁ」
「ハチミツ……ですか。私、食べたことないです」
「俺は何度かある。でも蜂の巣まで食べたのは初めてだった。てか、そもそも食えるんだなアレ」
「食べたいです……」
「分かったから、そんな目で俺を見ないでくれよ……ほら齧るか? 俺の腕だけど」
「いいんですか?」
「おおうっ!? やめやめやめなさいっ!? 冗談だってっ!!」
差し出した太い左腕を両手で掴み、新人が本当に噛みつく寸前で巻き髪は腕を引っ込める。蜂の巣は食べれるのか。……しかし、商業区にも蜂の巣が売られている店は見たことも聞いたことも無い。市場には出回らない、高級品なのだろうか? だとしたら、彼とボロボロの緑色のマントを纏い、頬に大きな火傷跡を持つアレウスと名乗った狩人が羨ましい限りだ。
「ポーラ司祭。アレウスさんがあれからどこ行ったのか知りませんか? 街に戻るとは去り際に言っていたんですけど、あれから会えてないんですよね。旅人のようでしたし、宿とかあればいいんですけど」
「僕は見ていません。少なくとも、お昼以降に教会へは訪ねて来ていませんよ」
「う~ん……酒場にも報告へ行っていないようですし、あれだけ蜂蜜でべとべとだと目立ちそうなんだけどなぁ」
サラダを口に運びながら興味深げに見る新人の頭を、未だ蜂蜜の匂いが付いた両手でわしゃわしゃとしながら、巻き髪は呟く。彼はまだ名も無い【下級天使】。だが、体力や筋肉量が階級に依存する【天使】としては珍しく体格に恵まれ、副業として害獣駆除などの狩猟も受け持っており、【狩人】として人間と接する機会も多い。契約書に名前を求められた際は、【オレルス】という偽名を使うそうだ。後輩の新人【天使】や先輩であるアダムとの仲も良く、気軽にスキンシップや冗談を言い合っている。
毒気の一切無い子供の様に無邪気な彼には、皆気を許してしまう。勤務中の居眠り癖を直してさえくれれば、上司の僕から言う事は無いのだが。
サラダに盛られた林檎を頬張りながら、彼が話した【謎の狩人・アレウス】の使用した魔術について考える。巻き髪が見たのは恐らく【生成術】。スピカの城で彼女の執事をしている、【契約悪魔】のローグメルクも使っていた高等魔術。彼は短剣などの武器や質の良い椅子やソファ、極めつけには【お湯で濡らした手拭き】まで、自身の魔力を編んで実体化させる。アレウスも【悪魔】なのではと考えたが、酒場でペントラに絡まれた際に〈お前とはいい蜂蜜酒が飲めそうだ〉と思考が聴こえたことから、彼は間違いなく人間だ。
次々と銀色に輝く武器を生み出し、獲物を狩猟する人間の凄腕狩人。それなりに情報通のペントラも、彼の事は知らないと言っていたし、街の狩猟関係者も一切認知していない謎多き彼は、今どこで何をしているのだろうか……。
善悪何ぞ関係ねぇし、興味もねぇ。流行りの冒険者ギルドに所属してたこともあったが……くだらねぇ掟に縛られるのが鬱陶しくて、三日前にギルドマスターとその他諸々斬り殺して辞めちまった。だが、あれは楽しかったなぁ。集団の手練れに屋内で囲まれ、失敗したらあっさり死ぬのが目に見えてる状況で、【どうやって確実に狩る】か。考えるだけでもわくわくした。ギルドマスター自身は大したことなかったが、統率の執れた連携が死ぬほど厄介で、最後の一人を屋内から逃がさず仕留めるのは一苦労だったなぁ。
「――次の獲物は……どうするかなぁ」
草の一本も生えていない、整地された道を歩く。遮蔽物も何もない平原で、呑気に昼寝している牛や鹿。間抜け過ぎて狩る気も起こらねぇ。ただ動物がいるってことは、地下水が汲み上げられている天然の水源か、もしくは人間の村や街なんかがあるんだろう。この辺りの地図はギルドにゃ無かった。王都からも遠いど田舎だから、そもそも描き込む必要も無いってこったな。問題は川や湖が全く見当たらねぇ。お陰でただの水がどれだけ貴重か、味わう羽目になった。
手元には酒数本と液体火薬、干し肉少々。最悪、周囲の動物狩ればもう何日か持つが、水は雨でも降らねぇ限りどうにもならねぇ。金なら十二分にある。村か街に着いたらまず飯だ。その後は――
「――酒場、狩人達の集会場、交易所……教会も当たってみるか」
***
一時間程道なりに歩くと、広大な石の囲いで囲まれた牧場、農園、そして街へと辿り着いた。背が低い、石や木造りの建物ばかりの質素な街だ。いいねぇ、焼かれた故郷を思い出すぜ。街自体は関所も無ければさほど大きくもない、超ど田舎もいい所だが、商業区は活気があって、居住区もガキから爺さんまで皆外で元気してらぁ。街から少し外れた場所にはでっけぇ金の十字架が刺さった派手な教会もあるし、こいつはそれなりの情報に期待してもよさそうだな。
時刻は十五時三十一分。ジョッキで麦芽酒を飲む髭親父が描かれた看板の酒場を見付けた。先ずは腹ごしらえ。狩人たるもの、狩りに備え体調は万全を期す。空腹や渇きは我慢できても身体は素直だ。余計なことまで考えちまって、集中出来やしねぇからなぁ。酒場に扉は無く、木製のテーブルと椅子が布の屋根の下へ所狭しと置かれ、真昼間だっつーのに、呑気に飲んでやがるオヤジ集団が騒がしい。嫌いじゃないが、今は少し静かな席で飲みてぇんだ。
奥にカウンター席がいくつかある。先客はガタイのいい巻き毛の金髪男とひょろい白髪のガキ、その横に赤い髪を短く結んだ、面白れぇ一張羅を着たねーちゃんだ。あそこならまだ我慢できるな。酔っ払い共を躱しながら通路を進み、カウンター席の前にまで来る。
「赤い髪のねーちゃん。隣、座ってもいいか?」
声へ反応して、串焼き肉を頬張って談笑してたねーちゃんが振り返る。なかなかの美人だが、格好が派手過ぎて一周回って色気がねぇな。咀嚼しながら隣の席の座面をぽんぽんと叩き、同意ってことで、遠慮なく座る。メニューを見ながら、カウンター越しの店員へ【麦芽酒】と【鶏肉のステーキ】、【根菜のスープ】、それと適当に甘露がないかと頼んだ。
「甘露……ああ、甘い物ね。だが生憎、ウチはまだデザートを取り扱えなくてねぇ。餡子や砂糖は、この辺りじゃちょっとした貴重品さ。そんなもんで、この時期は蜂蜜を使ってたんだが……」
店員の男が言葉を濁しながら渋い顔で、一枚の紙を目の前に出して見せてきた。それは見知った害獣狩猟依頼の用紙で、特徴と住処の場所が書かれている。なるほど、舌の肥えた魔物の集団が、蜂の巣を独占してるってこった。日付は……一週間も前じゃねえか。おめぇら何やってんだ? この程度の魔物にメシのタネ奪われて、なんにもしねえのかよ。この街にも狩人の一人や二人いるだろうが。かなりの報酬も出るし甘露も食える、こんだけ美味しい仕事がぶら下がってんのに手を出さないってのは、狩人の恥だぜ。
「……この獲物、まだ狩られてないんだな?」
「ああ、頭数も多く狂暴で、統率も執れた奴らだ。そこそこ手練れの狩人数人が狩猟しに行ったが、腕やら脚やら折られて戻ってきた。死人が出なかったのは幸いだね」
ダメだこの街の狩人、使えねぇ。あー……本来なら無視してぇが、甘露が食えねぇのは無視できねぇ。恐らくこの店以外も取り扱ってねぇんだろうし、俺が狩らなきゃあと半年はこのまんまか。店員から出された水で喉を潤しながら考える。すると隣のねーちゃん御一行が、会話へ割って入って来た。
「へぇっ!? 【蜂蜜のパンケーキ】がメニューに無いって思ったら、そんなことが起きてたのかいっ!? どうしてもっとアタシに早く相談してくれないのさっ!?」
「あのねぇ、ペントラちゃん。あんたが器用なのは知ってるが、変にクビ突っ込まれても怪我するのがオチだよ。あんたは街のなんでも屋。そんだけ頼りにしてる相手を、たかが蜂蜜程度で怪我して引退でもされたら、あんたの弟子や街の皆も困る」
……たかが蜂蜜だと? 何言ってやがる、蜂蜜は最高の栄養価を誇る自然が生み出した至高の宝だぜ。単体でもいけるし調味料としてかけてもうまい、あれさえあれば俺なら一週間は籠城できるぞ。
「ペントラさん。気持ちはわかりますが、今は仕事が軌道に乗り始めてる大事な時期です。僕としてもあなたが動けなくなってしまうと、労働希望者の雇用受口がまとめて潰れてしまいかねません」
「あんたまでそう言うかっ!! ウチの弟子共だって、テメェで考えられるいい歳だっ!! アタシが居なくてもなんとかならぁっ!!」
「ちょっ、姐さんもポーラ司祭も落ち着いてくださいっ!!」
赤髪のねーちゃん――ペントラが、隣の白髪のガキ――ポーラの頬を右手でつねって怒鳴るのを、ガタイのいい巻き毛の金髪男が仲裁する。ペントラは【万事屋】か何かを営んでるんだろう、ポーラは司祭と呼ばれたところを見るに【聖職者】ってところか。ガキなのに大層な肩書じゃねえか、面白れぇ。
「な、なら、俺がそいつら狩りに行って来ますっ!! それならいいでしょうっ!? 他の客さんもいるんですから、ケンカしないでくださいよぉっ!!」
「はん? 出来るのかい?」
「俺は今日の業務終わりましたし、ポーラ司祭やペントラ姐さんには、まだ午後の仕事があるでしょう? 俺ぐらいしか動ける人いないじゃないですか」
大した奴だ。口先だけか知らんが、消極的な狩人連中よりも数倍マシだな。金髪男は店員から狩猟依頼用紙を受け取り、カウンターの小物入れに刺さっていたペンで【オレルス】とサインをする。
「……はい。ということで、飯食い終わったら直ぐ向かいます。この店には皆さんよくお世話になってるんで、恩返しとでも思ってくれれば嬉しいです」
「そういや、金髪のあんちゃんは狩りもやるんだっけね。まさか一人で行くのかい?」
「へへ、逆に一人じゃないと使えない手ってのもあるんですよ。蜂蜜、期待してて下さいっ!!」
自信満々に金髪男――オレルスが返事をすると、再び席について食事を再開し始める。無謀な馬鹿かと思ったが、無能連中よりも狩りの心得はあると見た。オレルス……オレルスか。漢らしくていい名前じゃねぇか。気に入った。俺は店員から依頼用紙をひったくると、同じように小物入れのペンを使って【アレウス】とサインをして突き返す。
「おっおおお客さんっ!?」
「俺も引き受ける。腑抜けた狩人ばかりかと思ったが、少しは根性のある奴がいたもんでね。報酬は【蜂蜜酒】と甘露、それで手を打とう……」
「ひゅーっ!! ナイスガイなおっさんも、【蜂蜜酒】とはわかってるじゃないのっ!! 見ない顔だが、旅人か流れ者の狩猟者かい?」
「はの……フェントラひゃん、いい加減ふぁなしてくだふぁい。……痛いれす」
ペントラがニヤニヤ笑いながら、馴れ馴れしく肩を叩いてくる。元気なねーちゃんだ。ポーラの頬から手を放そうとしないが。だが久方振りに同じ甘露好きに出会えたし、お前とはいい【蜂蜜酒】が飲めそうだ。
「そんなところだな。この街にゃ旅の物資補給と情報収集で寄ったんだが、肝心の甘露がねぇんじゃ気も休まらねぇ。変な格好のねーちゃん達の為じゃねぇが、蜂蜜さえあればなんとかなるんだろ? 俺の楽しみを奪う害獣共に、どっちが上か身をもって教えてやる」
「変な格好とはなんだいっ!! イカしてるだろっ!?」
「顔はいいが、色々と残念なのがもったいねぇな」
「あんだとぉっ!? あんたのぼろっちぃ緑マントに包帯ぐるぐる巻きファッションよりイカしてるってのっ!!」
「いだだだ……」
ペントラのつねる力がよほど強いのか、つねられたポーラの頬が赤くなり始めている。その様子を見かねたオレルスも、ペントラの手を掴んだところでようやく気が付いたらしく、振り向いて慌てて手を離す。
「あ、わり。じゃあオレルスと知らないおっさん、蜂蜜の件頼んだよっ!!」
「僕も楽しみにしていますが、業務へ支障が出ない程度に頑張ってきてください」
腫れた頬を擦するポーラとペントラが、俺達に激励する。言われなくても、そのつもりだ。
「任されましたっ!! よろしくお願いします、えーと……」
「アレウスだ。足引っ張るなよ、小僧」
***
時刻は同日、午後十七時一分。山沿いに広がる広大な花畑にて、狩猟対象を発見。大きな目にデカい口、長い手足と尻尾……報告通りの人型系だ。花畑の真ん中には、そびえ立つ大樹が数本。その樹洞や広がる枝には、巨大な蜂の巣が作られていた。そいつをぐるりと囲むように、魔物共が大口を開けて寝転がってやがる。俺とオレルスは花畑の端、生い茂った草むらで伏せ隠れながら、連中を観察する。
「すげぇ光景だなぁ?」
「はい、報告以上に頭数が多いですね」
「いや、蜂の巣が」
「は?」
「ありゃあ、どうなってんだ? 花も蜂も巣もクソデカいじゃねぇかっ!! ははっ!! すげぇやっ!!」
珍妙な光景に妙な笑いが出てくる。見たことのない巨大な金色の蜂の巣、そこからは大量の蜜が留まりきれず溢れ垂れ、極彩色の巨大な花びらを支えきれずやや下を向いている花々の中へ、拳ほどの大きさの蜂が突っ込んでは巣との往復を、忙しなく繰り返していた。時折、蜂の群れは寝転がる魔物達の上で羽休めをしたり、巣から零れ落ちた蜜を使い、枝の先へ新たな巣を作ろうとしていやがる。遠目で見ると、まるで大樹が黄金に浸食されているようにも見えるぜ。
「確かに珍しいですけど……まずは依頼通り、周囲の魔物を仕留めないと」
「蜂の巣や花畑、あと蜂には極力被害を抑えるように――だっけなぁ?」
「蜂は見た目に反して大人しく、毒針のような外敵へ攻撃する手段を一切持っていません。周囲の花から採れる蜂蜜の純度や質も高く、蜂と共に希少種として周囲の街から保護指定されています。火や毒霧、火の出る爆破物等は……ちょっとここでは使えませんね」
そうなるわな。恐らく返り討ちに遭った狩人共も、そう思って弓矢や近接で仕留めようとしたんだろう。だが頭数や地の利は向こうが上。素人に毛が生えた程度の狩人じゃ、アレは狩れん。俺なら単独でも狩れるが。
「……馬鹿なあいつらにゃ、【金の生る木】なんざもったいねぇ。小僧、お前ならどう攻める?」
俺の隣に伏せているオレルスは、腰に付けたポーチから白い紙を固めた玉を取り出した。そしてすぐ横へ置いていた矢筒から一本、鏃のない鉄の矢を引き抜き、紙の玉を先端部分へ突き刺す。
「おいおい、なんだぁそりゃ?」
「俺が作った閃光玉です。外側に仕込んだ発破石が爆発した後、何秒か遅れて中身の毛玉が飛び出します。普通の毛じゃなくて、雷を落とす希少魔獣の毛の一部なんですが……。こいつは、強い刺激を加えると数秒後に貯まった雷を外へ放出して、直視では失明するぐらいの強い光を出すんです。一回使うと毛自体が燃えカスになる使い切りですが、火も毒も使わず寝ている相手の目と耳を潰すとなると、これが一番有効かと」
「【雷獣】か……一度やり合ったことはあるが、そりゃあ厄介だった。武器にも服にも奴の毛がついて、そいつ目掛けて角から雷を落としてきやがる。自分は目が見えねえのをいいことにバシバシ光るし、不利になると山奥や谷底へ逃げられるしで大変だったなぁ」
「ら、【雷獣】を見たことがあるんですかっ!?」
「小僧、声をもう少し押さえろ」
「いてっ……すみません、つい」
やや興奮気味のオレルスの頭を、スパンと平手で叩いて黙らせる。年相応の無邪気さもあるが、発想や応用、状況に合わせた適応力には非凡なものがあるな。何年かすれば、成る手の技巧派狩人として化けそうだぜ。まずそいつで野郎共の目と耳を潰して……そうすりゃ俺の独壇場だ。
オレルスは弓の弦を微調整をしながら、狩人なら当たり前に思う質問をしてきた。
「そういえばアレウスさん。アレウスさんの狩猟道具はどんなものなんです? 見たところ大きな手荷物も無いですし、マントの下へ何か仕込んでいるのですか?」
「ん? 俺の狩猟道具か? これから作るのさ」
俺の答えにオレルスはきょとんと間抜け面をしたが……まあ、実際目にするまでわかんねえよなぁ。説明するよりも見せた方が早えだろうし、口で原理から説明すんのも面倒くせぇ。生成時に馬鹿デカい音も出る、先に閃光を射らせた方がいいな。
「ま、見てな。先にそれぶち込んで、奴らを叩き起こせ。そっから先、俺が突っ込んで確実に一頭一頭仕留める。小僧はあぶれた奴を矢で撃て。右胸中心辺りを射抜くんだ、そこが奴らの心臓だ」
「は……はい。着弾後は数秒目を閉じるか、地面を見ていてください」
「わかってる。散々やられた口だ、今更ヘマなんぞしねぇよ」
オレルスは静かに起き上がり閃光玉の長い導火線へ火を点け、矢を弓へつがい、弦をきりきりと引き絞る。距離は目測三十四、五歩か。詰めるのに四秒、生成すんのに三秒、一頭目仕留めんのに一秒、二頭目の頭かち割るのに二秒。そっからは……流れでぶっ殺せばいいか。
導火線がやや短くなったところで、オレルスの矢が放たれる。やや山なりに飛んだ矢は寝そべる集団の中へ落ちて――空気が震えるほどの破裂音を出した。離れてんのに耳が痛てぇ、まだ音は聴こえるが、至近距離じゃ堪ったもんじゃねえな。俺は目を強く瞑って立ち上がり、音で目を覚ましたであろう集団へ突っ込む。
数秒後に瞼へ強い光を感じ、悶える魔物共の声が目の前から複数聴こえた。数歩手前で立ち止まり、瞼をゆっくりと開きながら左手へ【魔力】を集中させる。斧がいいな、シンプルに、連中の胴を吹き飛ばせる両手斧が。編まれた【魔力】の糸が想像した物体を生成していき――柄以外は銀色に鈍く光る、巨大な両刃斧が出来上がった。
「……重てぇなぁ」
そんなことをなんとなくぼやきながら、顔を両手で覆う魔物のがら空きの胴目掛け、両刃斧を両手持ちでぶん回す。肉の繊維が引き千切れる生っぽい感触と、「ごっ」と背骨を両断する固い音が一瞬した。下半身を離れた上半身が、花畑の隅へ勢いよく転がっていくのを目の端で捉えながら、隣の中腰姿勢で目と耳を押さえる魔物の脳天へ、両断した回転力を殺さず両刃斧を落とす。力はそれほど入れなかったが、重みと遠心力で一撃で首まで一裂けた。
「ちょれぇ。やっぱ正面から殴り込んだ方が面白かったかぁ?」
背中を蹴り飛ばし、刺さった両刃斧を引き抜きながら、そのままの感想を口にする。直後、斜め前で両耳を覆って頭を左右に振っていた一頭が倒れる。右胸の中心には、陽光で光る鉄の矢が刺さっていた。一発か、いい腕だ。こりゃあ、手前の見やすい奴らは小僧へ任せた方がいいか。
奥にいる耳を押さえている四頭へ近付く。木の陰に隠れていたせいで閃光の効果が薄かったらしく、こちらを視認すると耳から手を離し、花を踏み散らかしながら勢いよく突っ込んで来た。斧じゃ振りが遅せぇ、一頭ぶっ刺したら切り替えるか。
「ふぅっ……!!」
先頭の一頭の胸目掛け、両刃斧を両手で振り回し投げつける。直撃寸前で横へ飛ばれ躱されたが、後続の二頭目の胸から腹にかけて刃が刺さり、三頭目の足をすくいながら後ろへ吹き飛ぶ。足を引っかけられた三頭目は派手に顔面から転び、四頭目は三頭目を華麗に飛び越えてきた。
躱した一頭目は……他の奴らに隠れて見えねぇな。面倒だし、ケツから仕留める。両手に【魔力】を込めながら二種類の武器を想像するが、生成し終わる前に四頭目の右拳が顔面目掛けて飛んでくる。
「足元がお留守だぞ」
屈んだ姿勢で奴の股下目掛けて飛び込み、攻撃を躱しながら背後へと回り込んだ。無駄に長い手足が仇になったな。立ち上がると同時に、想像した武器の生成が完了する。右手は先端にフックと紐部分に鋭い返し針が付いた長い銀の鞭、左手は銀の片手斧。
躱されたことに気付いた四頭目が、背後へ振り向いて再度突撃してくる。奴がほどほどに近付いたところで右手の銀の鞭をしならせ、右肩目掛けて当ててやる。針が食い込む感触が手に伝わったので鞭から手を離し、左横へ飛んで突進を躱した。直後に背後からずしんと倒れる音と、気色悪い悲鳴が上がる。振り向くとそこには鞭の針が肉に食い込み、肩から下がぐるぐる巻きにされて身動きが取れなくなった、間抜けな魔物の姿があった。これで逃げることもできねぇだろ。
「そん……でっとぉっ!!」
その後ろで立ち上がろうと屈んでいる三頭目の脳天に投擲した手斧が刺さり、今度は背面へ倒れ込んだ。これで三頭。もう一頭……最初の躱した奴は――――
――ぐちゃっと、水気のある音とともに後頭部へ何かが当たる。大して痛くもねぇが、頭から何かが垂れてきた。血か? いや、妙に甘ったるい匂いがする。
「まさかて――――っ!?」
――背後の大木を振り返ると、顔面に巨大な蜂の巣が飛び込んでくる。重く柔らかい巣は、顔面に当たると溢れ出た濃厚な蜜が口と目鼻へ侵入し、視界と呼吸の自由を奪う。一瞬の出来事に対応できず、ふらついたと同時に狂った人間のような笑い声が頭上から降り注いだ。普段なら泣いて喜ぶご褒美だが、あの野郎は一番やっちゃいけねぇ事をしやがった。口に入った蜜を一気に飲み込み、気管を右手で目を拭って視界を確保しつつ、左手にありったけの【魔力】を流し込む。
いた。クソ野郎は大木に登って笑いながら、枝にぶら下がる蜂の巣をもいでやがる。テメェはぜってぇ俺が殺す。
「ぶっ殺すっ!!」
魔力を編み終わり、左手へ握られた鎖付の巨大な銀の銛にありったけの力を込め、クソ野郎へぶん投げる。適当に投げた銛はクソ野郎のどてっ腹に刺さり、両手で鎖を引いてクソ野郎を大木から引きずり下ろす。叫びながら落ちたクソ野郎を、花畑を荒らしながらそのまま力任せに引き寄せ確認する。落ち方が悪かったんだろう、左脚があらぬ方向へ曲がり、白目を向いて呻いてやがった。ざまあみろ。
周囲を確認するとクソ野郎が最後の一頭だったらしく、手前側の魔物共は心臓付近に一・二本の鉄の矢が刺さり倒れていた。やるなぁ小僧。なら、俺もご褒美にもう少し派手なもの見せてやらねえとな。
「……爆ぜろ」
手を離れた、生成術で作り出された武器への魔力伝達を切る。行き場をなくした魔力が膨張・結合拒絶・分裂の過程を瞬時に魔物共の体内で行い、武器の刺さっていた魔物共は一瞬で爆ぜた。目の前の銛をぶち込んだクソ野郎も、汚ねぇ臓物や肉片を周囲の花や大木、俺に飛び散らせてこの世から消える。巨大な花弁が爆風で宙を舞い、豪華な花吹雪が頭上から降り注いだ。
「あークソがっ!! 鼻が詰まって、血の臭いもわからねぇ……小僧っ!! これで全部かぁっ!?」
鼻声で叫ぶと、隠れていた茂みから矢筒を担ぎ、弓を持ったオレルスが飛び出してきょろきょろと周囲を見回す。俺の姿を見たあいつはぎょっとした表情をした後、血相変えて駆け寄ってきた。ああ、そっちからだと見えなかったな。
「だだ大丈夫ですかっ!? と、とりあえず水と布を……っ!?」
「おう……」
「それと、頭に蜂の巣が乗ってるんですが……」
「あ? ああ、クソ野郎に巣を投げつけられてな。小僧も食い物で遊ぶんじゃねえぞ、ロクな死に方しねぇから」
手渡された水筒の水と布で、べたつく顔の蜂蜜を拭き取る。頭っから蜂蜜を巣ごと被ったんだ、こんな布一枚だけじゃ全然足りねぇ。川や湖があればすぐにでも飛び込みたいが、大人しく街に帰るまで我慢するかぁ。にしても、だいぶ派手に花畑を荒らしちまった。爆ぜた魔物共の周囲の花は、全て薙ぎ倒されちまっている。
頭に乗った蜂の巣を左手でつかみ取り、口に運ぶ。もちもちとした食感とまろやかな味が、舌の上を踊る。香りも相当の物だと想像するが、鼻が使い物にならないのが残念だぜ。
「うまい……小僧も食うか?」
「え? ええっと……じゃあ、端の方を少し」
オレルスは巣の端をつまんで千切り、破片を口に運ぶ。大きく目を見開いた後、当然の感想を口から漏らす。
「甘っ!? 蜂蜜って、こんなに甘いもんでしたっけっ!?」
「蜜蜂の作る巣ってのは、蜜以外にも巣を固める成分がある。そいつが蝋のように固まって巣を形作るんだが、蜂蜜と組み合わせて食うと最高だ。滅多に口にできない代物だぜ? こいつぁ大収穫だっ!! ハッハッハッ!!」
蜂の巣を抱え笑っていると、巨大な蜂達が俺の身体に付いた蜜を回収しようと集り始める。攻撃手段がないんで噛んだり針で刺すわけでもないが、蜂の細かく動き続ける手足がむず痒い。払っても払っても、蜜を搾取しようと戻ってくる。
「おっと小僧。俺は一足先に街へ戻らせてもらう。店にはお前から報告しておいてくれ、あとで俺も行く」
「あっ、ちょっとっ!? 待ってくださいよ、アレウスさんっ!? この魔物達とその蜂の巣はっ!?」
オレルスの叫び声を背にし、花畑から森林まで鬱陶しい蜂共を払いながら全速力で駆け抜ける。魔物と手柄はお前にくれてやる。その代わり、この蜂の巣は俺の物だ。
***
「……で、捌ききれない魔物は、他の狩猟者に引き渡して戻ってきたんですね」
「はぁ……。死体の後始末やら潰れた花や、崩れた巣をなんとかくっつけて戻したりで大変でしたよ」
「……甘い匂い。……お腹が、空いてきました」
巻き髪の彼が狩猟から戻り、酒場へ報告に来る頃にはもう二十二時を過ぎており、僕は丸眼鏡の新人【天使】と教会の地下調理場で、仕事終わりの夕食と報告書製作を共にしていた。
今日のメニューは海で獲れた【魚の塩焼き】と【林檎と野菜のサラダ】。海の塩と魚(アジといったか?)は【魚人族】の物だが、スピカ達が交易した物を僕らに譲って貰った貴重な代物だ。以前にも一度、教会の皆で集まり食べたことがあるのだが、三つ編みの【中級天使・アダム】だけは終始「生臭い」と言って、あまり口を付けていなかった。肉が白く、軟らかい食感が特徴的だが、あまり味がしないので塩や胡椒などの調味料を少し振りかけ食べると、なかなかに染み出した油と合って美味い。内臓が苦いので僕は骨と一緒に避けて食べているが、新人の【天使】はお構いなしに細い骨まで食べている。因みにサラダに盛られた野菜と林檎は、この街で収穫された物のみである。そうしないとアダムがうるさいのだ。
小さな四人掛け用テーブルには僕の対面に新人が座り、その間へ疲れ切った顔で体格の良い巻き髪金髪部下の【天使】が座っていた。戻ってきた彼からは濃厚な甘い匂いが常にしており、これが【蜂蜜の匂い】というものらしい。新人は興味深げに僕が残した魚の骨をかじりながら、彼の匂いがなんなのか調べているようだ。
「先輩からは……おいしそうな匂いがします」
「待った待った、俺を齧ってもうまくないよ? 蜂蜜に肩まで突っ込んだからなぁ。……洗って落としたけど、匂いまでは簡単に落ちないかぁ」
「ハチミツ……ですか。私、食べたことないです」
「俺は何度かある。でも蜂の巣まで食べたのは初めてだった。てか、そもそも食えるんだなアレ」
「食べたいです……」
「分かったから、そんな目で俺を見ないでくれよ……ほら齧るか? 俺の腕だけど」
「いいんですか?」
「おおうっ!? やめやめやめなさいっ!? 冗談だってっ!!」
差し出した太い左腕を両手で掴み、新人が本当に噛みつく寸前で巻き髪は腕を引っ込める。蜂の巣は食べれるのか。……しかし、商業区にも蜂の巣が売られている店は見たことも聞いたことも無い。市場には出回らない、高級品なのだろうか? だとしたら、彼とボロボロの緑色のマントを纏い、頬に大きな火傷跡を持つアレウスと名乗った狩人が羨ましい限りだ。
「ポーラ司祭。アレウスさんがあれからどこ行ったのか知りませんか? 街に戻るとは去り際に言っていたんですけど、あれから会えてないんですよね。旅人のようでしたし、宿とかあればいいんですけど」
「僕は見ていません。少なくとも、お昼以降に教会へは訪ねて来ていませんよ」
「う~ん……酒場にも報告へ行っていないようですし、あれだけ蜂蜜でべとべとだと目立ちそうなんだけどなぁ」
サラダを口に運びながら興味深げに見る新人の頭を、未だ蜂蜜の匂いが付いた両手でわしゃわしゃとしながら、巻き髪は呟く。彼はまだ名も無い【下級天使】。だが、体力や筋肉量が階級に依存する【天使】としては珍しく体格に恵まれ、副業として害獣駆除などの狩猟も受け持っており、【狩人】として人間と接する機会も多い。契約書に名前を求められた際は、【オレルス】という偽名を使うそうだ。後輩の新人【天使】や先輩であるアダムとの仲も良く、気軽にスキンシップや冗談を言い合っている。
毒気の一切無い子供の様に無邪気な彼には、皆気を許してしまう。勤務中の居眠り癖を直してさえくれれば、上司の僕から言う事は無いのだが。
サラダに盛られた林檎を頬張りながら、彼が話した【謎の狩人・アレウス】の使用した魔術について考える。巻き髪が見たのは恐らく【生成術】。スピカの城で彼女の執事をしている、【契約悪魔】のローグメルクも使っていた高等魔術。彼は短剣などの武器や質の良い椅子やソファ、極めつけには【お湯で濡らした手拭き】まで、自身の魔力を編んで実体化させる。アレウスも【悪魔】なのではと考えたが、酒場でペントラに絡まれた際に〈お前とはいい蜂蜜酒が飲めそうだ〉と思考が聴こえたことから、彼は間違いなく人間だ。
次々と銀色に輝く武器を生み出し、獲物を狩猟する人間の凄腕狩人。それなりに情報通のペントラも、彼の事は知らないと言っていたし、街の狩猟関係者も一切認知していない謎多き彼は、今どこで何をしているのだろうか……。
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久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
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以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
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