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第四章・小さな偶像神
【第六節・天秤】
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――水の音、風と共に臭いがする。生臭くて、妙に鼻腔へ残る湿った感覚。……この臭いは知っている。塩水、海の臭いだ。ゆっくりと瞼を開ける。目の前には青空と砂、広大な水溜りが視界に入った。横たわった姿勢から起き上がり、その幻想的な光景に魅入る。
「……これは……これが、【海】? 僕は……夢でも見ているのか?」
空を見上げる。雲一つない青空で、太陽だけが僕の頭上の遥か真上にあった。手足や胴体、頭部を見て触り、自分の状態を確認する。外傷は無く痛みもない。強いて言えば海の生臭さが少々きついくらいか。あれほど謎の頭痛に悩まされていたにも関わらず、今は健康そのもので思考も澄んでいる。
置かれている状況を整理しようと、立ち上がって周囲を見回す。海の傍にある砂の地形は……そう、【砂浜】とスピカが言っていた。正面には海、左右には延々と地平線まで続く砂浜。背後には――巨大な白い塔と大きな建物が。それを囲うようにして立ち並ぶ街が遠くに見えた。
僕は城の外へ出てアダムと話しながら、シスターかベファーナの帰宅を待っていた。しかし、周囲にはアダムやスピカ達の姿や彼女の城も無く、非現実的な景色が瞳に映っている。混乱してはいるが、我を忘れるほどでも……いや、そもそも今の状況が夢か現実かすら理解できていない。
遠くに見える建造物群へは徒歩だと少々時間が掛かりそうではあるが……何もせず海の前で立ち尽くしたり、左右の見えない地平線へ向かって人や建造物を探すより早そうだ。
「ン――ンンンン――ッ!?」
足元から声が聞こえ、驚いてその場から飛び跳ねた拍子に海水へ足を浸けてしまった。冷たい。【冷たい】という確かな感覚が、神経を通して脳へ伝達される。……夢じゃ――ない?
「――ンン――ンンンン……ッ!?」
足元から生えた二本の細く白い腕が、バンバンと周囲の砂を叩いて苦しそうに悶えている。埋まっている? とにかく助けねば。
「大丈夫ですかっ!? 埋められてる人を助けるには……ひっ、引っ張り上げるよりも掘り起こした方が――」
救助の方法を考え、慌てている間に両腕は砂浜へ徐々に沈んでいく。まずい。このまま引き上げられるか? 両腕を掴み、慣れない砂上でできる限り足を踏ん張り、腰へ力を入れて全身で引き上げる。ずずっと奇妙な間隔と共に、見知った顔が砂の下から出てきた。
「ペッぺッ!? ウェッホッホッ!! アー、助かった助かっタ……危うく生き埋めになるところだったヨ。口や耳、鼻や服の中にも砂が入って大変ダァ」
「ベ、ベファーナさんっ!?」
「イーヒッヒッヒッ!! 三日振りくらい? カナ? 待望の救世主、ベファーナちゃんのご登場ですヨッ!! ウチが来たからにはもうご安心、この世界で君が迷うことは無いヨ、我が友ポラリス司祭ッ!!」
先程まで埋められていたとは思えない調子で、ツギハギ帽子が特徴の【魔女・ベファーナ】は話始める。何があっても死ななそうな彼女だが、一先ず元気そうで何よりだ。
「……君は本当に優しいネェ。ウチが死んだら喜ぶような奴らは沢山いるのニ、本心からウチが生きていることを喜んでいル。知っているだろウ? ロクでもない【魔女】だってことや報告書に落書きをしたリ、死体を使って実験を繰り返していることモ。今だって助けたことを後悔しテ、勝手に死ねばいいのにとか考えないのかイ?」
帽子の中や服へ入った砂を出しながら、ベファーナは不思議そうに眉間へ皺を寄せて尋ねる。
彼女は【天使】や人の枠組みに限らず全ての種族の【思考】を読み取れ、些細な嘘や誤魔化しも通じない。神出鬼没で常識が通じず、やることなすことこちらの生活へ響く悪質なことばかりだ。あのスピカにさえ邪険に扱われていることから、よほど恨みを買う事もしてきたのだろう。……正直僕も、彼女にはあまり良い印象は抱いていない。
「でも――……それでも、見知った方が亡くなるのは、とても哀しい事です。ベファーナさんを不気味に思ったり、報告書の改ざんに頭を抱えることもありましたが、どう自分以外の人と接したらいいのか分からないのかなとも感じていました」
「【魔女】は縛られない生き物だからネ。人間や他の生き物の常識なんか持ち合わせていないのサ」
「……教会へ、同じような悩みを相談してきた子がいました。友達を作るにはどうしたらいいかと。その子はその子なりに周囲の興味を引くよう色々と試したそうですが、それでも上手く輪に入れず、逆に敬遠されてしまったそうです」
「………………」
ツギハギ帽子を被り直し、ベファーナは静かに僕の話を聞き入る。
「僕はその子へ、素直に遊びの輪へ加わるよう助言しました。最初はその子も周囲も、互いにどう接したらいいか分からずちぐはぐしていたそうですが、今では仲良く友達を連れて教会へ来てくれています。……この件に限らず、誰かに取り入ったり取り入られたり、他人と関係を築くにはどうすれば良いか分からない人は多いです。ベファーナさんが時々寂しそうに笑うのは、他人との距離を感じているからでしょう」
「………………」
「ただの僕の勘違いかもしれませんし、余計なお世話かもしれません。ですが……【地上界】でたった一人しかいない孤独というのは、途方もない時を生きると言われている【魔女】でも、誰か傍に居て欲しいと考えてしまうのではないでしょうか」
スンと鼻を鳴らし、その場へ座りこんでベファーナは海の地平線を見つめる。表情はいつものニヤニヤとした表情ではあるが、それでもどこか寂しそうな目をしていた。
「……マァネェ。目の前に見える海の中心デ、ぽっかりと浮かんでいるような気分だヨ。突然家から投げ出さレ、不安定でプカプカと独り漂イ、ようやく見つけた陸地へすがっているようなもんサ。みっともないだろウ? 醜いだろウ? 全てを知る【魔女】が寂しがり屋だなんてサ?」
「いいえ。自分が【魔女】であると理解し、孤独ながらも家族に囲まれるスピカさんが羨ましくて、輪に入りたくても【魔女】としての誇りが邪魔をする。【魔女】らしく振る舞うことで、皆に付かず離れずの距離を取り続けるのは大変でしょう。ベファーナさんはこうして僕らを助けに来てくれたり、アレウス氏の一件の時もアダムを助け、アレウス氏を殺さず僕らへ協力してくれました。例えこれが僕の見ている夢だとしても、あなたや皆さんを助けますし、心配もしますよ」
「それは【天使】としての義務でかイ?」
「【天使】としても、皆さんの【友人】としてもです。義務などではなくて、僕がそうしたいのです」
「イーヒッヒッヒッ!! ……おかしな【天使】だヨ。揺らぐことはあっても何色にも染まり切らズ、決して善にも悪にもならなイ。誰しも我が身が一番可愛いのに他人の心を見抜キ、本質を知リ、理解しようとすル。変人だ変人。お人好し過ぎで哲学的。頭おかしいって言われないかイ?」
「元々、神々が退屈しのぎに創った歪な世界です。正しい事なんて誰にも分からない。あなたから見て僕がそう見えるのは、正しいかもしれませんし間違っているかもしれません。何事も心持ち一つですよ。周囲からおかしいと非難されようと僕は誰かに求め続けられる限り、その人にとって一番良い選択へ導くだけです」
「ナルホド、君はそういう答えにたどり着いたというわけカ。シカシマァ、ウチよりもよっぽど難儀な生き方を選択したもんダ」
彼女は両手のひらを天へ向けやれやれといった仕草をし、立ち上がってポンポンと砂を払うとパチリと指を鳴らす。――砂の下から箒が勢いよく上空へ飛び出し、回転して砂を吹き飛ばすと僕らの前へ降りてきた。
「友人として忠告しておこウ。優しさで人を救うことはできるけれド、全てを救うことは出来なイ。時に切り捨てることヤ、君を想う人の心を優先した方がお互いプラスになる事も学んだ方がイイ。君は自分をやや雑に扱い過ぎル。君を想う人、慕う人、慕っている人、救うべき人。君の傷付く姿を見テ、気に病む人も必ず傍にいることを忘れないでくれ給エ」
「……ありがとうございます」
感謝の言葉を聞くと彼女は満足げな表情し、箒へ跨り僕の周囲をくるりと飛んで周る。
「イーヒッヒッヒッ!! 大いに悩むとイイ、未熟な【天使】クンッ!! 道に迷った時はお互い様サッ!! 遠慮なくウチに頼ってくれてイイヨッ!! 世界が嫌になった時モ、何もかも投げ出したくなった時モ、死にたくなった時モ、ウチは必ず君の力になろウッ!! タ~ダ~シ~、その選択を決めるのは君自身ッ!! 空白のページを埋めていく主人公の冒険譚、あるいは伝記の主人公になった気分でいてくレッ!! 歪な世界を変えようとするのだかラ、それぐらいの覚悟は必要だヨッ!!」
まるで御伽話の主人公だ。けれど、全てが全て上手くいくわけではない。ここは御伽話のような都合のいい世界じゃない。選択するのはいつだって僕らで、迷い嘆き苦しみ、喜びを分かち合うのも、この世界で生きる僕らしかできない。
――独りじゃない。僕と皆の力で、僕らの住む世界を創るんだ。
***
ソウ。ウチのように道化となってはいけないヨ。
観ているかイ? もしくは読んでいるかい監視者諸君? 理不尽で強力な力を持たズ、苦しみに悶え迷ウ。書記や映像、あのピコピコと動いて音の出ル……確か【てれびゲーム】と言ったかナ? ウチらの立つここハ、君らの世界にあるどれとも違って独特なものダ。決して万人受けするような物でもないシ、面白くもないかもしれなイ。
けれどネ、彼もウチも生きているんダ。当然、不都合なことの方が多イ。上手くいかないこともあル。
だからそれを象徴するようニ、神から与えられた役割へ必至に抗う彼は酷く醜く愚かデ、そして美しイ。彼は間違いなク、この記録の主人公ダ。
君達が望まぬ結果になろうとモ、どうか最期まで観測し続けてはくれないかイ? ウチも最期まで君達に付き合おウ。
【幸福な終わり】でなく【不幸な悲劇】でモ、それは彼らが生きた証なのだかラ。
***
箒へ跨り宙を飛ぶベファーナに先導され、遠くに見える白い街へ向かい砂地を歩く。彼女が言うにはここは古代人の少年に埋め込まれた【箱舟】の中で、僕やスピカ達は目覚めが近付き力の増したソレへ半ば強制的に引き込まれてしまい、今に至るとのこと。
「つまり、ここは精神の世界と捉えても? 現実のように海の臭いや冷たさも、砂の上を歩く感触もあるのですが……」
「現実の君らの肉体はグースカ寝ていル。小難しい内容抜きに説明するなラ、ここは少年の見ている夢みたいなものだネ。ザガムと馬が倒れている君らを屋敷の客間に運んでいるかラ、安心してくれていいヨ。【箱舟】から無事に出られればの話だけド」
精神の世界、か。【天界】に居た頃の肉体を持たない【天使】も近しい状態なのだろうが、【天界】よりも妙に現実的で不思議な気分だ。ベファーナ曰く、精神のみになった僕へそう錯覚させているのも古代人の技術の一つであり、【化学】という物らしい。五千年以上前に【天界】や【地上界】、【冥界】のどれにも分類されない一つの世界を創り出していたとは驚きだ。
先程から左右に人か建造物が見当たらないか見回してはいるものの、正面の街と背後に広がる海以外は白い砂地が広がるばかり。植物も生えていなければ鳥も飛んでおらず、生き物が活動している気配が無い。鼻には絶えず後方から流れてくる海風の生臭い臭いがこびりついており、少々鼻腔が痛む。夢の中では痛みを感じたり、夢だと自覚することで目覚めることがあるが、【箱舟】はそう簡単にはいかないか。
しかし、こちらは助けに来たベファーナと偶然合流することができたが、他の皆が無事か不安だ。シスターや狩猟に出ていたドルロス夫妻は巻き込まれていないとして、領地内に居たほぼ全員が巻き込まれている。夢か現実化もわからず混乱し動けずにいる、あるいは遠く見える街へ向かって移動している、もしくは既に辿り着いているかもしれない。……前を飛ぶ彼女なら知っているだろうか?
「イヤ、ウチもバラバラになった皆を探している真っ最中ッ!! でも理解力の有るポーラ君に最初に出会えてよかったヨッ!! ウチがいきなり現れたラ、他の奴らはまず疑ってかかりそうだもノッ!! 膨大な意識の海へ飛び込んデ、見知った気配を手繰り寄せてみれば砂の中ッ!! 説明書は読んだけど中身は右も左も分からなイ、天才【魔女のベファーナ】ちゃんでも半分は命がけサッ!!」
「半分は?」
「ソソ、半分きっかリ。残り半分は【箱舟】の引き寄せる力が広がらないよう頑張ってるネ。凄いだろウ? 凄いと言って褒めてくれ給エッ!! 友の為とはいエ、【地上界】を守る為に【魔女】が働くなんてめったにないぞウッ!? 今なら抱きしめてナデナデしてもいいヨッ!! 現実では誰もしてくれないからネッ!! イーヒッヒッヒッ!!」
笑いながらベファーナはすいすいと降りてくると、箒へ跨ったまま両手を広げ、抱きしめられる準備をしている。自分でいいのだろうかと一瞬躊躇したが、ペントラが病院でスピカを抱きしめ落ち着かせていたのを思い出し、僕もそれに倣って彼女を優しく抱きしめる。少しつんとした香水の匂い、華奢で細い肩周りや背中の感触と体温、そして確かな心音を感じた。
「オオゥッ!! 精神世界とはいえ誰かにハグされるなんて久しぶりだヨッ!! いつも生温かい死体や冷たい死体に触ってばっかりでネッ!! 良きかな良きかナッ!!」
「ですが、これだけでいいのですか? もっと金銭や契約の要求とか……」
「いいんだいいんダ。ウチはこれがずっと欲しかったかラ。君らを助ける報酬には充分だヨ。というカ、そういう野暮ったい事を聞くもんじゃないよポーラ君ッ!! それともお望み通り金銭や契約の要求をしようカッ!? 【魔女】は強欲だからガッツリ取るヨッ!?」
「い、いえ、ハグでお願いします」
「うんうン。ア、もういいヨ? これでスピカへ自慢するネタが出来タッ!! 食いしばって地団駄踏みながら悔しがる姿が目に浮かぶヨッ!! イーヒッヒッヒッ!!」
するりと腕の中を抜け、ベファーナは再び宙へと舞い上がって先導する仕事へ戻る。
もしやそれが目的で抱擁を求めたのだろうか? ……彼女の場合冗談というより、本気なのかもしれない。契約や金銭よりスピカの悔しがる姿を見て笑う方が、ベファーナの中では価値があるのだろう。どちらにせよ、これで皆の無事が確保できるのだとしたら安いものだ。
「街へ着いたら……まず、何からすべきでしょうか。いえ、最優先は散り散りになった皆さんの捜索や合流ですが、【箱舟】から出る手段も探さないといけませんし……」
「出る手段は大体イメージできてるヨ。あの如何にもな塔、アレがこの世界を形創る要なんだろウ。あそこに住んでる【偶像神】を、ウチらの力だけでどうにかしなきゃいけなイ。殺せば出れるかもしれないシ、現実の【偶像神】の肉体が死んで【箱舟】が起動してしまうかもしれなイ。或いは機能が停止した【箱舟】に閉じ込められちゃうかモ?」
「【箱舟】が、その……起動した場合は、どうなるのですか?」
ベファーナは宙に浮かんだまま箒ごとくるりと振り返り、後退しながら僕を見下ろしてニヤニヤと笑う。
「説明書通りなラ、【箱舟】から【現実で生きている生き物】へと精神の入れ替え現象が行われル。聞いて驚けその数なんと約六十億ッ!! 多分対象は適当デ、脳を持つ生き物を中心に行われるだろウッ!! デモデモ、そうは問屋が卸さないのが現実サ。五千年間人間がまともでいられるとウチは思っていないシ、二つの精神が一つの肉体に同居する状態は非常に危なイッ!! 大体古代人が今の時代を生き抜けるだけの脳ミソを持っているかも怪しイッ!!」
「………………」
「考えてみてヨ。人間とか人型種族へ乗り移るならまだしモ、魔物や鳥、魚や馬、虫にでもなったりしたら絶望的だろウ? だからこの【箱舟】を作った奴は最高にイカレてて最高にマヌケなのサ」
「六十億人……それが一斉に【地上界】で生きる全ての生き物を乗っ取ってしまったら、鈍い神々も気が付きそうです」
「過去に自分達の手で滅ぼした文明が、再び自分達が遊び半分で創った場所へ浸食すル。オツムが単純で癇癪持ちの神々がとる行動なんて、誰でも想像できるヨ。アー、イヤダイヤダッ!! 古代人も神様モ、どちらも馬鹿マヌケでイヤになルッ!! 何食って育ったらそうなるんだろうネッ!?」
自分達へ歯向かったとして【神々の黄昏】……古代人を文明ごと滅ぼした、神々による【地上界】の粛清が始まる。五千年前は上手くやり過ごせたのかもしれないが、今度は何一つ残さず光で焼き払うか、あるいは海で地上の全てを沈め星を落としてしまうかもしれない。神々がその気になって直接手を下せば、【地上界】の気候や自然を一変させるなど簡単なのだ。
そうなってしまっては、【天使】や【特級階級】のルシでさえ止められない。【冥界】の【魔神】達が動いたとしても、恐らく全てが終った後。彼らでさえ神々を疎ましいと感じているのは事実だ。しかし【天界】と【冥界】で戦争でもしようものなら、神々は容赦なくする。自分達が満足するまで、徹底的に。
「君はどう思ウ、ポーラ司祭? 神々が遊び半分に創った【地上界】ハ、古代人や神々から救うだけの価値があると思うかイ?」
空中でさかさになったベファーナは悪戯っぽく笑い、おどけた調子で質問する。僕の中でそれに対する答えはすでに出ていた。
「遊び半分に【地上界】を創ったのが神々でも、そこで生きるのは僕達です。今を真剣に考え、生きようとする住人達が一方的に殺され、正気を失った精神の同居と災厄に苛まれるのを見過ごすわけにはいきません。僕は自分に今できることを全力でしますよ」
「じゃあ戦うんだネ? 【箱舟】に積まれた六十億人分の古代人の精神を殺しテ、君らが望む世界を勝ち取るのだネ?」
「それは――そう……か、そうなってしまう……のか」
彼らも【生きている】。どういった形で存在しているかもわからないが、精神だけは確かにこの【箱舟】に存在する。彼らを世へ解き放つ前に【箱舟】の起動を止めるということは、彼らの旅を終わらせることを意味していた。
自分達の生きる世界を救う為に、六十億人を殺せるか否か。
……僕の中で、何かがチリチリ音をたてる。少しずつ紙縒りに火が燃え移るように。表面ではなく、中から徐々に燃え上がる木炭の火のように。【心】を、衝動的な【感情】が焼く。この気持ちを言葉にできない。ただ胸が熱く、チリチリと音をたてるのだ。
「……知りたいかイ?」
ベファーナは逆さのまま、目と鼻の先まで顔を近付けていた。知りたいと望めば、今の彼女ならきっと答えてくれる。けれど――それはとても残酷な感情かもしれないし、知りたくなかったものかもしれない。僕の中で爆ぜようとしている感情は、十年間見てきた人間のどれとも分からないのだ。自分の心を覗き込まれることに抵抗はない。
ただ――【自分の心を知る】。その行為が引き金で、【ポラリス】を過去の【私】が否定してしまうのではと……【僕】が【ポラリス】でなくなってしまいそうで、怖いのだ。
……理性と恐怖心が好奇心とせめぎ合い、彼女へ返答をすることができなかった。
「ポーラ君は本当に優しいネェ。まだ自分の選択に踏み止まったリ、躊躇したり【できル】。顔も名前も知らない六十億人ト、自分達の世界住人全員の命を平等に天秤へ掛けていル。忠告は覚えているかナ? 自己犠牲だけで乗り越えるには無理があるのだヨ。ソモソモ、狂った精神だけの存在と皆の命。それを平等だと思うのは間違ってるとは思わないかイ?」
「僕は……僕は――」
――皆を救いたい。【地上界】で今を生きる皆も。【箱舟】に未来を託し、肉体の死を受け入れた古代人も。ああ、なんと我儘で強欲なのだ。僕は【選べない】。どちらかを切り捨てる、その選択をどうにかして捻じ曲げようと思考が回り始める。けれどそれは間違いで、彼らの旅を終わらせなければ、僕らの未来が終ってしまう。それどころか、【天界】や【冥界】も巻き込んで……。
チリチリと音がする。この抑えつけた【感情】に身をゆだねれば、迷いなく選択できるだろう。わかるのだ。あの時城を飛び出しペントラや少女を救ったように、再び走り出してしまう。そうなってしまっては、もう自分自身では止められない。
「……分からなくなってしまいました」
「デモ、避けては通れなイ」
「………………」
「そんな顔しないでおくレッ!! ウチは確かに人の悔しがる顔や怒る顔は大好きサッ!! だけど君の心はとても複雑で透明ダ。そこに【色】が無いんだヨ。だからこそ他人を救いたいと思えるシ、悪意にも染まらないんだろうけどネ。ダイジョ~ブッ!! どんな選択をしようト、この天才【魔女】ベファーナちゃんは君の力になるからネッ!! イーヒッヒッヒッ!!」
高笑いをしてベファーナは顔の前から離れ、定位置に戻って先導する。その言葉に偽りはない。どんな選択をしたとしても協力し、避けて通れない選択を突きつけられていることも。
今だけは、この焼ける感覚が少しだけ静まって欲しいと願う。今度は立ち止まれない。この選択はもっと考えるべきだ。だが、その結果皆とすれ違うことになってしまったら……その先に僕は未来を見出せるだろうか。
***
ようやく遠くに見えていた街へ辿り着く。関所も無ければ門番の姿も無く、街の中へはすんなりと入れてしまった。森の大木のように密集した四角い建物群は、改めて傍で眺めると天を衝くほど高く、表面のほとんどは石と硝子で構成しているようである。
広い街道に奇妙な文字の書かれた薄い金属の看板。建物の隙間に置かれた色とりどりで黒い車輪が付いた箱、至る所で点滅する街灯の光。……【地上界】の街並と一切一致しないそれらは、彼らの技術によって生み出された品々なのだろう。整備された石の道にも何やら描かれているが、矢印以外の記号や文字の意味を読み取ることができない。
頭上を見上げる。覆い被さるかの如く建物が視界に入り、雲一つない空が狭く感じた。真っ白な石と硝子のこの街は少し息苦しい。
ただ、知能を持った生き物が生活していた痕跡が至る所に見受けられるのに、そこへ住む住人の姿や気配がしない。耳が捉える音は、海から吹く風の音くらいなものでとても静かだ。それに六十億人が仮にここを拠点に構え、生活していたとしても狭過ぎる気もする。別の場所へ拠点を移動してしまったか、あるいは――
「――辿り着けなかったカ。老人、子供、赤ん坊や理由があってまともに動けない奴もいた筈ダ。【箱舟】を作った奴が間抜けな理由の一つニ、身体の年齢や特徴、服装から髪型、身体能力までそのまま【完璧に再現しちゃう】点だヨ。自分が何一つ変わらずとモ、【箱舟】の中で悠々と暮らしていけると思い込んでいたのが大半サ。何があってその結論に至ったのか知らないガ、それが原因で精神世界でも死ぬとか馬鹿だネェー。都合の良い待遇を全員が享受できると本気で思ってる辺リ、本物の平和ボケ? 案外時間や余裕が無かったのかモ?」
二階より更に高い場所の硝子をペタペタと触りながら、ベファーナは建物の中を覗き込んでいる。安全性や【箱舟】内の環境へ個別に考慮する時間や余裕が無く、突貫作業で作った代物なのだとしたら、か。生き物の精神でさえ精巧に作る彼らの技術であれば、時間と費用を懸ければ十二分に可能だったろう。自分達に不都合で不完全な状態を良しとしてしまうとは到底思えない。
沈まず動かず頭上で輝き続ける太陽。雲一つない青空に延々と続く砂地と海。本来なら現実味のある場所へ配置し、自然に溶け込むべき存在。創りかけの【箱舟】を使わなければならないほどの焦り。神々が古代人や【魔女】の進化や知識を恐れていたように、古代人の彼らも神々を恐れていたのか。
「恐怖と焦りは判断を鈍らせる。……中途半端で不完全な世界でも、希望は【箱舟】しかなかった」
「ソウ。【箱舟】の動力源として子供を選んだのもネ。自分達を想像するにハ、想像力豊かな子供の脳や精神に干渉させた方が手っ取り早かったんダ。希望の【箱舟】を埋め込まれた少年は文字通りの【偶像神】となリ、自らの死と引き換えに新たな生命を未来へ届けるのでしタ~、メデタシメデタシ」
「………………」
彼女の拍手の音が周囲の建物へ反響し、一人ではなく複数人が拍手をして称えているように感じた。生きる為の選択、生き残る為に彼らがした選択。こちらにとっては迷惑極まりない行為だとしても、彼らにはこれが最善最良の行為であり、彼ら自身に悪意も無ければ寧ろ正しささえ感じたのだろう。誰かにとって正しくあることは、誰かにとって悪なのだから。
「ですが……【箱舟】の中で死亡してしまった場合、彼らの精神は何処へ流れ着くのでしょう?」
「アー、それはネ――」
――ベファーナは答えかけ――空中から急降下してこちらへ箒ごと突っ込む。彼女を受け止めて受け身が取れなかった僕は、傍にあった屋根が飛び出た建物の下まで転がる。なんだ、どういう――
――火薬の爆発音と共に『ダァン』と、高速で固い物同士がぶつかる音が建物に反響して聞こえた。
「侵入者だーっ!! ホテルの屋根の下へ隠れたぞぉーっ!!」
「囲め囲めぇっ!! シャリョウも使って路地を封鎖しろっ!! 俺達の縄張りを荒らさせるなぁーっ!!」
「女一人と男一人っ!! 女の方はコガタホバーキに乗ってるっ!! 屋根の下で確実に仕留めるぞぉっ!!」
「!? 人の声っ!?」
「イーヒッヒッヒッ!! どうやらマンマと逃げられない場所まで誘導されてたみたいだネェッ!? 殺風景な景観に反してとっても賑やかじゃないカッ!! サアサア、どうするポラリス司祭ッ!? このままだとウチら殺されちゃうヨッ!! 選んでおくレ、彼らに大人しく頭をぶち抜かれて終わるカ、ベファーナちゃんに眠るようにして殺されるカ、彼らと戦って捻じ伏せるカッ!?」
腹部へ跨り、きらきらと目を輝かせて瞳を覗き込む【魔女】は選択を迫る。状況があまりに変化し過ぎて思考が遅れたが、僕が選ぶ彼女の提案した選択肢は一つしかなかった。
「戦って――……捻じ伏せます」
「オオッ!! なら殺すかイ? 大得意だヨッ!?」
「殺しませんっ!! 実力を示して、話し合いで分かってもらいますっ!!」
ベファーナを押しのけ、柱へ身を隠しながら周囲の状況を伺う。建物前の広い街道では白い服を着た兵士と思われる人間らが、こちらを取り囲むよう徐々に迫っていた。数は二、四――……十人。鎧等の防具は身に着けていない軽装。揃いの白い上下服に唾付き白帽子、手袋で保護された手には小さな金属や腕程の太さの金属を所持している。あれは……【銃】か?
「侵入者へ告ぐっ!! 抵抗せず両手を挙げて出て来いっ!!」
「シュリュウダンの準備出来たぞっ!! いつでも投げ込めるっ!!」
「馬鹿野郎っ!! 相手は【例の化け物】かもしれないんだっ!! この距離で不用意に投げ込むと仲間も巻き込まれるっ!!」
話し合い……できるのか? 幸い【箱舟】の影響かわからないが、彼らとこちらの話す言語は同じのようだ。何かに怯え警戒しているようにも思える。……大人しく彼らの指示通りに両手を挙げ、物陰から出るべきか?
「イーヒッヒッヒッ!! どもどもこんにちわ古代人のみなさ~ンッ!! ウチは未来から来た天才【魔女・ベファーナ】ちゃんだヨォ~ッ!!」
隠れた僕の横を元気に挨拶しながら、箒に乗ったベファーナが飛び抜けていく。警戒もせず、堂々と。何考えてるんですか、あなたは。
兵士全員が宙をくるくると飛び回る彼女へ注目し、攻撃するべく【銃】を構えた。
――ガチ――ガチガチ――ガチガチガチ――ガチガチガチガチ――
――取り囲んだ兵士達は彼女へ【銃】を向けた姿勢で、何やら操作をしているが……ガチガチと音が出るばかりで、攻撃が行われない。彼らも慌ててベファーナから数歩距離を取り、別に携帯していた【銃】を彼女へ向けて操作したり、【銃】から取り出した金属を取り外して付け加えたりしている。……が、それでも攻撃が行われない。
彼らの輪の中心でケタケタと笑いながら見下ろすベファーナは、余裕そうに腕組みをして兵士達の慌てふためく様子をじっくりと眺めている。
「撃てないっ!? 弾切れ……いや、弾詰まりかっ!?」
「いいやっ!! ダンソウには弾が入っているし弾詰まりでもないっ!! 予備の【銃】も駄目だっ!!」
「嘘だろっ!? 今朝造ったばかりの新品だぞっ!? 何かの間違いじゃ――」
「――どけぇっ!! シュリュウダンで吹き飛ばされるぞぉっ!!」
奥で待機していた一人の兵士がしびれを切らし、金属の箱の裏へ隠れながら黒い塊を投げ、彼女を取り囲んでいた兵士達は一斉に離れていく。塊は固い音をたてて街道を小さく跳ね、宙に浮かぶ彼女の真下へと転がり――止まった。
「不発っ!? なんでだぁっ!? おいっ!! ありったけの武器とシュリュウダンを持って来いっ!! レーザー【銃】もあったはずだっ!!」
「ムダムダ。武器におんぶだっこな奴らにウチは撃てなイ。どうだイ、自分達の思い通りにならない気分ハ? 苦しいかイ? それとも悔しイ? 可愛い女の子一人に手も足もでズ、高い所から馬鹿にされるなんて久しいんじゃないかネ? 結構結構ッ!! それが生きてい――」
――あの『ダァン』という音と破裂音が再び反響して聞こえ、宙を浮かんでいたベファーナの腹部を何かが貫き――彼女はそのまま地面へ落下し叩きつけられた。
「ベファーナさんっ!!」
柱の陰から飛び出し、彼女の傍へ駆け寄る。槍で貫かれたように腹は穴が空いて背を貫通し、血液がとめどなく溢れ路面を濡らす。痛みで呼吸ができないのか、青い顔で苦し気に「ひゅっ、ひゅっ」と声を出していた。止血をしないと――
――後方から、金属の塊が一つ。僕の頭をめがけ、ひゅるひゅると海から吹く風を切り裂き飛んでくる。速い。矢や槍よりも速く、金属の塊は一直線に進む。でも、まだ間に合う。避けるわけにはいかない。目の前の命を見捨てる選択はしない。左腕で頭を隠すようにして構え、透明な【翼の盾】を作り出す。【箱舟】が忠実に再現するのだとしたら、精神世界でも【信仰の力】は使える筈。翼を完成させ、振り向くと同時に――――金属の塊は加速する――
――強烈な音と衝撃。翼へ当たった塊は着弾後も突き抜けようと、高速で回転しながら大きな亀裂を盾へ作る。吹き飛ばされないようざらざらとした石の路面を両足と右手で掴み、仰け反りそうになるも塊の回転が止まるまで耐えきった。凄い威力だ。……二発目も耐えられるか?
「その必要はないヨ」
パチンと指を鳴らす音。こちらを撃った兵士がいたと思われる街道先の建物へ、大きな光が落ちた。遅れてゴロゴロと聞こえたことから、ベファーナが雷を落としたのだと判断する。振り返り彼女の姿を確認すると、傷口からどぼどぼと血を流しながらも立ち上がっていた。……精神世界でも、彼女の不死身ともいえる再生能力は健在か。
「だ、大丈夫ですか? お腹の傷からすごい血が出てるんですけど……」
「アー、ウン。いつもよりも治りが遅いと思ったラ、今ウチは力も魔力も半分なんだもんネ。ウッカリ忘れてたヨ」
彼女は空いた腹の傷口を軽く手で擦る。血が流れ出る音は止まり、手を離すと破れたローブの穴の下には彼女の傷一つない白い肌があった。これでも【遅い】のか。
「でも助かったヨッ!! あのまま二発三発と撃たれてたラ、ウチは肉塊になってただろうしネッ!! イヤァ、ありがとうありがとウッ!! やっぱり持つべきは友だネェッ!! イーヒッヒッヒッ!!」
「……屋上の兵士さんは?」
「一応、手加減はしたヨッ!! この世界じゃ気を失うことができないかラ、ビリビリ痺れて屋上でのたうち回ってるかもネッ!? 安心してくれポーラクンッ!! 【魔女】は約束を守るとモッ!!」
鼻を鳴らして胸を張る小さな【魔女】は自慢げに語る。そして僕らの視線は街道の隅で『ぎゅぎゅぎゅ』と奇怪な音を出す三つの金属で造られた物体へ移り、箱の中では一部始終を見ていたであろう兵士達が怯えた表情でこちらを見ていた。車輪がついていることから本来は動くだろうが、【銃】や【シュリュウダン】同様ベファーナが何かをして動かなくしたか。
左腕から出した【翼の盾】を構えたまま、周囲の建物の屋上を警戒しつつ彼らへゆっくりと近付く。箱まで数歩というところで横開きの蓋を開けて兵士達が飛び出し、両手を挙げて並ぶ。
「こ、ここっ降伏だっ!! 俺達は降伏するっ!! 頼むからそれ以上近寄らないでくれぇっ!!」
「なななな、なにが欲しいっ!? 金か食糧、それとも武器かぁっ!? 何でも持っていけぇっ!!」
「い、いえ。こちらに敵意はないですし、少し事情を聞きたいだけなのですが……よろしいでしょうか?」
「俺達に命令する気かっ!? それとも油断させて後ろの女が電撃でも落とすかっ!?」
僕の脇からのそりと歩いて近付いてきたベファーナは、怯える一人の兵士を見上げてパチリと指を鳴らして見せる。「ほぉっ!?」と情けない声を出して兵士は飛び上がり、その場で尻もちをついた。
「イーヒッヒッヒッ!! 騙されてやーんノッ!! イーヒッヒッヒッア~オカシィ~ッ!!」
先程まで瀕死の傷で倒れていた少女が腹を抱えケタケタと笑う光景に、理解の追い付かない周囲の兵士達の足や挙げた両手はガクガクと震えている。
「フゥ……ウチらの要求は簡単ダ。【箱舟】の中の状況説明と君らのアジトへ連れて行くコト、ウチらの事情は一切聞かない探らないコト。マァ、別に殺しに来るのならいつでもドーゾ? 死ぬより酷い目に遭うだろうからネッ!! イーヒッヒッヒッ!!」
「……すいません。よろしくお願いします」
【翼の盾】を解く。突き抜けず留まっていた塊が落下し、カラカラと軽快な音をたてて転がった。
「……これは……これが、【海】? 僕は……夢でも見ているのか?」
空を見上げる。雲一つない青空で、太陽だけが僕の頭上の遥か真上にあった。手足や胴体、頭部を見て触り、自分の状態を確認する。外傷は無く痛みもない。強いて言えば海の生臭さが少々きついくらいか。あれほど謎の頭痛に悩まされていたにも関わらず、今は健康そのもので思考も澄んでいる。
置かれている状況を整理しようと、立ち上がって周囲を見回す。海の傍にある砂の地形は……そう、【砂浜】とスピカが言っていた。正面には海、左右には延々と地平線まで続く砂浜。背後には――巨大な白い塔と大きな建物が。それを囲うようにして立ち並ぶ街が遠くに見えた。
僕は城の外へ出てアダムと話しながら、シスターかベファーナの帰宅を待っていた。しかし、周囲にはアダムやスピカ達の姿や彼女の城も無く、非現実的な景色が瞳に映っている。混乱してはいるが、我を忘れるほどでも……いや、そもそも今の状況が夢か現実かすら理解できていない。
遠くに見える建造物群へは徒歩だと少々時間が掛かりそうではあるが……何もせず海の前で立ち尽くしたり、左右の見えない地平線へ向かって人や建造物を探すより早そうだ。
「ン――ンンンン――ッ!?」
足元から声が聞こえ、驚いてその場から飛び跳ねた拍子に海水へ足を浸けてしまった。冷たい。【冷たい】という確かな感覚が、神経を通して脳へ伝達される。……夢じゃ――ない?
「――ンン――ンンンン……ッ!?」
足元から生えた二本の細く白い腕が、バンバンと周囲の砂を叩いて苦しそうに悶えている。埋まっている? とにかく助けねば。
「大丈夫ですかっ!? 埋められてる人を助けるには……ひっ、引っ張り上げるよりも掘り起こした方が――」
救助の方法を考え、慌てている間に両腕は砂浜へ徐々に沈んでいく。まずい。このまま引き上げられるか? 両腕を掴み、慣れない砂上でできる限り足を踏ん張り、腰へ力を入れて全身で引き上げる。ずずっと奇妙な間隔と共に、見知った顔が砂の下から出てきた。
「ペッぺッ!? ウェッホッホッ!! アー、助かった助かっタ……危うく生き埋めになるところだったヨ。口や耳、鼻や服の中にも砂が入って大変ダァ」
「ベ、ベファーナさんっ!?」
「イーヒッヒッヒッ!! 三日振りくらい? カナ? 待望の救世主、ベファーナちゃんのご登場ですヨッ!! ウチが来たからにはもうご安心、この世界で君が迷うことは無いヨ、我が友ポラリス司祭ッ!!」
先程まで埋められていたとは思えない調子で、ツギハギ帽子が特徴の【魔女・ベファーナ】は話始める。何があっても死ななそうな彼女だが、一先ず元気そうで何よりだ。
「……君は本当に優しいネェ。ウチが死んだら喜ぶような奴らは沢山いるのニ、本心からウチが生きていることを喜んでいル。知っているだろウ? ロクでもない【魔女】だってことや報告書に落書きをしたリ、死体を使って実験を繰り返していることモ。今だって助けたことを後悔しテ、勝手に死ねばいいのにとか考えないのかイ?」
帽子の中や服へ入った砂を出しながら、ベファーナは不思議そうに眉間へ皺を寄せて尋ねる。
彼女は【天使】や人の枠組みに限らず全ての種族の【思考】を読み取れ、些細な嘘や誤魔化しも通じない。神出鬼没で常識が通じず、やることなすことこちらの生活へ響く悪質なことばかりだ。あのスピカにさえ邪険に扱われていることから、よほど恨みを買う事もしてきたのだろう。……正直僕も、彼女にはあまり良い印象は抱いていない。
「でも――……それでも、見知った方が亡くなるのは、とても哀しい事です。ベファーナさんを不気味に思ったり、報告書の改ざんに頭を抱えることもありましたが、どう自分以外の人と接したらいいのか分からないのかなとも感じていました」
「【魔女】は縛られない生き物だからネ。人間や他の生き物の常識なんか持ち合わせていないのサ」
「……教会へ、同じような悩みを相談してきた子がいました。友達を作るにはどうしたらいいかと。その子はその子なりに周囲の興味を引くよう色々と試したそうですが、それでも上手く輪に入れず、逆に敬遠されてしまったそうです」
「………………」
ツギハギ帽子を被り直し、ベファーナは静かに僕の話を聞き入る。
「僕はその子へ、素直に遊びの輪へ加わるよう助言しました。最初はその子も周囲も、互いにどう接したらいいか分からずちぐはぐしていたそうですが、今では仲良く友達を連れて教会へ来てくれています。……この件に限らず、誰かに取り入ったり取り入られたり、他人と関係を築くにはどうすれば良いか分からない人は多いです。ベファーナさんが時々寂しそうに笑うのは、他人との距離を感じているからでしょう」
「………………」
「ただの僕の勘違いかもしれませんし、余計なお世話かもしれません。ですが……【地上界】でたった一人しかいない孤独というのは、途方もない時を生きると言われている【魔女】でも、誰か傍に居て欲しいと考えてしまうのではないでしょうか」
スンと鼻を鳴らし、その場へ座りこんでベファーナは海の地平線を見つめる。表情はいつものニヤニヤとした表情ではあるが、それでもどこか寂しそうな目をしていた。
「……マァネェ。目の前に見える海の中心デ、ぽっかりと浮かんでいるような気分だヨ。突然家から投げ出さレ、不安定でプカプカと独り漂イ、ようやく見つけた陸地へすがっているようなもんサ。みっともないだろウ? 醜いだろウ? 全てを知る【魔女】が寂しがり屋だなんてサ?」
「いいえ。自分が【魔女】であると理解し、孤独ながらも家族に囲まれるスピカさんが羨ましくて、輪に入りたくても【魔女】としての誇りが邪魔をする。【魔女】らしく振る舞うことで、皆に付かず離れずの距離を取り続けるのは大変でしょう。ベファーナさんはこうして僕らを助けに来てくれたり、アレウス氏の一件の時もアダムを助け、アレウス氏を殺さず僕らへ協力してくれました。例えこれが僕の見ている夢だとしても、あなたや皆さんを助けますし、心配もしますよ」
「それは【天使】としての義務でかイ?」
「【天使】としても、皆さんの【友人】としてもです。義務などではなくて、僕がそうしたいのです」
「イーヒッヒッヒッ!! ……おかしな【天使】だヨ。揺らぐことはあっても何色にも染まり切らズ、決して善にも悪にもならなイ。誰しも我が身が一番可愛いのに他人の心を見抜キ、本質を知リ、理解しようとすル。変人だ変人。お人好し過ぎで哲学的。頭おかしいって言われないかイ?」
「元々、神々が退屈しのぎに創った歪な世界です。正しい事なんて誰にも分からない。あなたから見て僕がそう見えるのは、正しいかもしれませんし間違っているかもしれません。何事も心持ち一つですよ。周囲からおかしいと非難されようと僕は誰かに求め続けられる限り、その人にとって一番良い選択へ導くだけです」
「ナルホド、君はそういう答えにたどり着いたというわけカ。シカシマァ、ウチよりもよっぽど難儀な生き方を選択したもんダ」
彼女は両手のひらを天へ向けやれやれといった仕草をし、立ち上がってポンポンと砂を払うとパチリと指を鳴らす。――砂の下から箒が勢いよく上空へ飛び出し、回転して砂を吹き飛ばすと僕らの前へ降りてきた。
「友人として忠告しておこウ。優しさで人を救うことはできるけれド、全てを救うことは出来なイ。時に切り捨てることヤ、君を想う人の心を優先した方がお互いプラスになる事も学んだ方がイイ。君は自分をやや雑に扱い過ぎル。君を想う人、慕う人、慕っている人、救うべき人。君の傷付く姿を見テ、気に病む人も必ず傍にいることを忘れないでくれ給エ」
「……ありがとうございます」
感謝の言葉を聞くと彼女は満足げな表情し、箒へ跨り僕の周囲をくるりと飛んで周る。
「イーヒッヒッヒッ!! 大いに悩むとイイ、未熟な【天使】クンッ!! 道に迷った時はお互い様サッ!! 遠慮なくウチに頼ってくれてイイヨッ!! 世界が嫌になった時モ、何もかも投げ出したくなった時モ、死にたくなった時モ、ウチは必ず君の力になろウッ!! タ~ダ~シ~、その選択を決めるのは君自身ッ!! 空白のページを埋めていく主人公の冒険譚、あるいは伝記の主人公になった気分でいてくレッ!! 歪な世界を変えようとするのだかラ、それぐらいの覚悟は必要だヨッ!!」
まるで御伽話の主人公だ。けれど、全てが全て上手くいくわけではない。ここは御伽話のような都合のいい世界じゃない。選択するのはいつだって僕らで、迷い嘆き苦しみ、喜びを分かち合うのも、この世界で生きる僕らしかできない。
――独りじゃない。僕と皆の力で、僕らの住む世界を創るんだ。
***
ソウ。ウチのように道化となってはいけないヨ。
観ているかイ? もしくは読んでいるかい監視者諸君? 理不尽で強力な力を持たズ、苦しみに悶え迷ウ。書記や映像、あのピコピコと動いて音の出ル……確か【てれびゲーム】と言ったかナ? ウチらの立つここハ、君らの世界にあるどれとも違って独特なものダ。決して万人受けするような物でもないシ、面白くもないかもしれなイ。
けれどネ、彼もウチも生きているんダ。当然、不都合なことの方が多イ。上手くいかないこともあル。
だからそれを象徴するようニ、神から与えられた役割へ必至に抗う彼は酷く醜く愚かデ、そして美しイ。彼は間違いなク、この記録の主人公ダ。
君達が望まぬ結果になろうとモ、どうか最期まで観測し続けてはくれないかイ? ウチも最期まで君達に付き合おウ。
【幸福な終わり】でなく【不幸な悲劇】でモ、それは彼らが生きた証なのだかラ。
***
箒へ跨り宙を飛ぶベファーナに先導され、遠くに見える白い街へ向かい砂地を歩く。彼女が言うにはここは古代人の少年に埋め込まれた【箱舟】の中で、僕やスピカ達は目覚めが近付き力の増したソレへ半ば強制的に引き込まれてしまい、今に至るとのこと。
「つまり、ここは精神の世界と捉えても? 現実のように海の臭いや冷たさも、砂の上を歩く感触もあるのですが……」
「現実の君らの肉体はグースカ寝ていル。小難しい内容抜きに説明するなラ、ここは少年の見ている夢みたいなものだネ。ザガムと馬が倒れている君らを屋敷の客間に運んでいるかラ、安心してくれていいヨ。【箱舟】から無事に出られればの話だけド」
精神の世界、か。【天界】に居た頃の肉体を持たない【天使】も近しい状態なのだろうが、【天界】よりも妙に現実的で不思議な気分だ。ベファーナ曰く、精神のみになった僕へそう錯覚させているのも古代人の技術の一つであり、【化学】という物らしい。五千年以上前に【天界】や【地上界】、【冥界】のどれにも分類されない一つの世界を創り出していたとは驚きだ。
先程から左右に人か建造物が見当たらないか見回してはいるものの、正面の街と背後に広がる海以外は白い砂地が広がるばかり。植物も生えていなければ鳥も飛んでおらず、生き物が活動している気配が無い。鼻には絶えず後方から流れてくる海風の生臭い臭いがこびりついており、少々鼻腔が痛む。夢の中では痛みを感じたり、夢だと自覚することで目覚めることがあるが、【箱舟】はそう簡単にはいかないか。
しかし、こちらは助けに来たベファーナと偶然合流することができたが、他の皆が無事か不安だ。シスターや狩猟に出ていたドルロス夫妻は巻き込まれていないとして、領地内に居たほぼ全員が巻き込まれている。夢か現実化もわからず混乱し動けずにいる、あるいは遠く見える街へ向かって移動している、もしくは既に辿り着いているかもしれない。……前を飛ぶ彼女なら知っているだろうか?
「イヤ、ウチもバラバラになった皆を探している真っ最中ッ!! でも理解力の有るポーラ君に最初に出会えてよかったヨッ!! ウチがいきなり現れたラ、他の奴らはまず疑ってかかりそうだもノッ!! 膨大な意識の海へ飛び込んデ、見知った気配を手繰り寄せてみれば砂の中ッ!! 説明書は読んだけど中身は右も左も分からなイ、天才【魔女のベファーナ】ちゃんでも半分は命がけサッ!!」
「半分は?」
「ソソ、半分きっかリ。残り半分は【箱舟】の引き寄せる力が広がらないよう頑張ってるネ。凄いだろウ? 凄いと言って褒めてくれ給エッ!! 友の為とはいエ、【地上界】を守る為に【魔女】が働くなんてめったにないぞウッ!? 今なら抱きしめてナデナデしてもいいヨッ!! 現実では誰もしてくれないからネッ!! イーヒッヒッヒッ!!」
笑いながらベファーナはすいすいと降りてくると、箒へ跨ったまま両手を広げ、抱きしめられる準備をしている。自分でいいのだろうかと一瞬躊躇したが、ペントラが病院でスピカを抱きしめ落ち着かせていたのを思い出し、僕もそれに倣って彼女を優しく抱きしめる。少しつんとした香水の匂い、華奢で細い肩周りや背中の感触と体温、そして確かな心音を感じた。
「オオゥッ!! 精神世界とはいえ誰かにハグされるなんて久しぶりだヨッ!! いつも生温かい死体や冷たい死体に触ってばっかりでネッ!! 良きかな良きかナッ!!」
「ですが、これだけでいいのですか? もっと金銭や契約の要求とか……」
「いいんだいいんダ。ウチはこれがずっと欲しかったかラ。君らを助ける報酬には充分だヨ。というカ、そういう野暮ったい事を聞くもんじゃないよポーラ君ッ!! それともお望み通り金銭や契約の要求をしようカッ!? 【魔女】は強欲だからガッツリ取るヨッ!?」
「い、いえ、ハグでお願いします」
「うんうン。ア、もういいヨ? これでスピカへ自慢するネタが出来タッ!! 食いしばって地団駄踏みながら悔しがる姿が目に浮かぶヨッ!! イーヒッヒッヒッ!!」
するりと腕の中を抜け、ベファーナは再び宙へと舞い上がって先導する仕事へ戻る。
もしやそれが目的で抱擁を求めたのだろうか? ……彼女の場合冗談というより、本気なのかもしれない。契約や金銭よりスピカの悔しがる姿を見て笑う方が、ベファーナの中では価値があるのだろう。どちらにせよ、これで皆の無事が確保できるのだとしたら安いものだ。
「街へ着いたら……まず、何からすべきでしょうか。いえ、最優先は散り散りになった皆さんの捜索や合流ですが、【箱舟】から出る手段も探さないといけませんし……」
「出る手段は大体イメージできてるヨ。あの如何にもな塔、アレがこの世界を形創る要なんだろウ。あそこに住んでる【偶像神】を、ウチらの力だけでどうにかしなきゃいけなイ。殺せば出れるかもしれないシ、現実の【偶像神】の肉体が死んで【箱舟】が起動してしまうかもしれなイ。或いは機能が停止した【箱舟】に閉じ込められちゃうかモ?」
「【箱舟】が、その……起動した場合は、どうなるのですか?」
ベファーナは宙に浮かんだまま箒ごとくるりと振り返り、後退しながら僕を見下ろしてニヤニヤと笑う。
「説明書通りなラ、【箱舟】から【現実で生きている生き物】へと精神の入れ替え現象が行われル。聞いて驚けその数なんと約六十億ッ!! 多分対象は適当デ、脳を持つ生き物を中心に行われるだろウッ!! デモデモ、そうは問屋が卸さないのが現実サ。五千年間人間がまともでいられるとウチは思っていないシ、二つの精神が一つの肉体に同居する状態は非常に危なイッ!! 大体古代人が今の時代を生き抜けるだけの脳ミソを持っているかも怪しイッ!!」
「………………」
「考えてみてヨ。人間とか人型種族へ乗り移るならまだしモ、魔物や鳥、魚や馬、虫にでもなったりしたら絶望的だろウ? だからこの【箱舟】を作った奴は最高にイカレてて最高にマヌケなのサ」
「六十億人……それが一斉に【地上界】で生きる全ての生き物を乗っ取ってしまったら、鈍い神々も気が付きそうです」
「過去に自分達の手で滅ぼした文明が、再び自分達が遊び半分で創った場所へ浸食すル。オツムが単純で癇癪持ちの神々がとる行動なんて、誰でも想像できるヨ。アー、イヤダイヤダッ!! 古代人も神様モ、どちらも馬鹿マヌケでイヤになルッ!! 何食って育ったらそうなるんだろうネッ!?」
自分達へ歯向かったとして【神々の黄昏】……古代人を文明ごと滅ぼした、神々による【地上界】の粛清が始まる。五千年前は上手くやり過ごせたのかもしれないが、今度は何一つ残さず光で焼き払うか、あるいは海で地上の全てを沈め星を落としてしまうかもしれない。神々がその気になって直接手を下せば、【地上界】の気候や自然を一変させるなど簡単なのだ。
そうなってしまっては、【天使】や【特級階級】のルシでさえ止められない。【冥界】の【魔神】達が動いたとしても、恐らく全てが終った後。彼らでさえ神々を疎ましいと感じているのは事実だ。しかし【天界】と【冥界】で戦争でもしようものなら、神々は容赦なくする。自分達が満足するまで、徹底的に。
「君はどう思ウ、ポーラ司祭? 神々が遊び半分に創った【地上界】ハ、古代人や神々から救うだけの価値があると思うかイ?」
空中でさかさになったベファーナは悪戯っぽく笑い、おどけた調子で質問する。僕の中でそれに対する答えはすでに出ていた。
「遊び半分に【地上界】を創ったのが神々でも、そこで生きるのは僕達です。今を真剣に考え、生きようとする住人達が一方的に殺され、正気を失った精神の同居と災厄に苛まれるのを見過ごすわけにはいきません。僕は自分に今できることを全力でしますよ」
「じゃあ戦うんだネ? 【箱舟】に積まれた六十億人分の古代人の精神を殺しテ、君らが望む世界を勝ち取るのだネ?」
「それは――そう……か、そうなってしまう……のか」
彼らも【生きている】。どういった形で存在しているかもわからないが、精神だけは確かにこの【箱舟】に存在する。彼らを世へ解き放つ前に【箱舟】の起動を止めるということは、彼らの旅を終わらせることを意味していた。
自分達の生きる世界を救う為に、六十億人を殺せるか否か。
……僕の中で、何かがチリチリ音をたてる。少しずつ紙縒りに火が燃え移るように。表面ではなく、中から徐々に燃え上がる木炭の火のように。【心】を、衝動的な【感情】が焼く。この気持ちを言葉にできない。ただ胸が熱く、チリチリと音をたてるのだ。
「……知りたいかイ?」
ベファーナは逆さのまま、目と鼻の先まで顔を近付けていた。知りたいと望めば、今の彼女ならきっと答えてくれる。けれど――それはとても残酷な感情かもしれないし、知りたくなかったものかもしれない。僕の中で爆ぜようとしている感情は、十年間見てきた人間のどれとも分からないのだ。自分の心を覗き込まれることに抵抗はない。
ただ――【自分の心を知る】。その行為が引き金で、【ポラリス】を過去の【私】が否定してしまうのではと……【僕】が【ポラリス】でなくなってしまいそうで、怖いのだ。
……理性と恐怖心が好奇心とせめぎ合い、彼女へ返答をすることができなかった。
「ポーラ君は本当に優しいネェ。まだ自分の選択に踏み止まったリ、躊躇したり【できル】。顔も名前も知らない六十億人ト、自分達の世界住人全員の命を平等に天秤へ掛けていル。忠告は覚えているかナ? 自己犠牲だけで乗り越えるには無理があるのだヨ。ソモソモ、狂った精神だけの存在と皆の命。それを平等だと思うのは間違ってるとは思わないかイ?」
「僕は……僕は――」
――皆を救いたい。【地上界】で今を生きる皆も。【箱舟】に未来を託し、肉体の死を受け入れた古代人も。ああ、なんと我儘で強欲なのだ。僕は【選べない】。どちらかを切り捨てる、その選択をどうにかして捻じ曲げようと思考が回り始める。けれどそれは間違いで、彼らの旅を終わらせなければ、僕らの未来が終ってしまう。それどころか、【天界】や【冥界】も巻き込んで……。
チリチリと音がする。この抑えつけた【感情】に身をゆだねれば、迷いなく選択できるだろう。わかるのだ。あの時城を飛び出しペントラや少女を救ったように、再び走り出してしまう。そうなってしまっては、もう自分自身では止められない。
「……分からなくなってしまいました」
「デモ、避けては通れなイ」
「………………」
「そんな顔しないでおくレッ!! ウチは確かに人の悔しがる顔や怒る顔は大好きサッ!! だけど君の心はとても複雑で透明ダ。そこに【色】が無いんだヨ。だからこそ他人を救いたいと思えるシ、悪意にも染まらないんだろうけどネ。ダイジョ~ブッ!! どんな選択をしようト、この天才【魔女】ベファーナちゃんは君の力になるからネッ!! イーヒッヒッヒッ!!」
高笑いをしてベファーナは顔の前から離れ、定位置に戻って先導する。その言葉に偽りはない。どんな選択をしたとしても協力し、避けて通れない選択を突きつけられていることも。
今だけは、この焼ける感覚が少しだけ静まって欲しいと願う。今度は立ち止まれない。この選択はもっと考えるべきだ。だが、その結果皆とすれ違うことになってしまったら……その先に僕は未来を見出せるだろうか。
***
ようやく遠くに見えていた街へ辿り着く。関所も無ければ門番の姿も無く、街の中へはすんなりと入れてしまった。森の大木のように密集した四角い建物群は、改めて傍で眺めると天を衝くほど高く、表面のほとんどは石と硝子で構成しているようである。
広い街道に奇妙な文字の書かれた薄い金属の看板。建物の隙間に置かれた色とりどりで黒い車輪が付いた箱、至る所で点滅する街灯の光。……【地上界】の街並と一切一致しないそれらは、彼らの技術によって生み出された品々なのだろう。整備された石の道にも何やら描かれているが、矢印以外の記号や文字の意味を読み取ることができない。
頭上を見上げる。覆い被さるかの如く建物が視界に入り、雲一つない空が狭く感じた。真っ白な石と硝子のこの街は少し息苦しい。
ただ、知能を持った生き物が生活していた痕跡が至る所に見受けられるのに、そこへ住む住人の姿や気配がしない。耳が捉える音は、海から吹く風の音くらいなものでとても静かだ。それに六十億人が仮にここを拠点に構え、生活していたとしても狭過ぎる気もする。別の場所へ拠点を移動してしまったか、あるいは――
「――辿り着けなかったカ。老人、子供、赤ん坊や理由があってまともに動けない奴もいた筈ダ。【箱舟】を作った奴が間抜けな理由の一つニ、身体の年齢や特徴、服装から髪型、身体能力までそのまま【完璧に再現しちゃう】点だヨ。自分が何一つ変わらずとモ、【箱舟】の中で悠々と暮らしていけると思い込んでいたのが大半サ。何があってその結論に至ったのか知らないガ、それが原因で精神世界でも死ぬとか馬鹿だネェー。都合の良い待遇を全員が享受できると本気で思ってる辺リ、本物の平和ボケ? 案外時間や余裕が無かったのかモ?」
二階より更に高い場所の硝子をペタペタと触りながら、ベファーナは建物の中を覗き込んでいる。安全性や【箱舟】内の環境へ個別に考慮する時間や余裕が無く、突貫作業で作った代物なのだとしたら、か。生き物の精神でさえ精巧に作る彼らの技術であれば、時間と費用を懸ければ十二分に可能だったろう。自分達に不都合で不完全な状態を良しとしてしまうとは到底思えない。
沈まず動かず頭上で輝き続ける太陽。雲一つない青空に延々と続く砂地と海。本来なら現実味のある場所へ配置し、自然に溶け込むべき存在。創りかけの【箱舟】を使わなければならないほどの焦り。神々が古代人や【魔女】の進化や知識を恐れていたように、古代人の彼らも神々を恐れていたのか。
「恐怖と焦りは判断を鈍らせる。……中途半端で不完全な世界でも、希望は【箱舟】しかなかった」
「ソウ。【箱舟】の動力源として子供を選んだのもネ。自分達を想像するにハ、想像力豊かな子供の脳や精神に干渉させた方が手っ取り早かったんダ。希望の【箱舟】を埋め込まれた少年は文字通りの【偶像神】となリ、自らの死と引き換えに新たな生命を未来へ届けるのでしタ~、メデタシメデタシ」
「………………」
彼女の拍手の音が周囲の建物へ反響し、一人ではなく複数人が拍手をして称えているように感じた。生きる為の選択、生き残る為に彼らがした選択。こちらにとっては迷惑極まりない行為だとしても、彼らにはこれが最善最良の行為であり、彼ら自身に悪意も無ければ寧ろ正しささえ感じたのだろう。誰かにとって正しくあることは、誰かにとって悪なのだから。
「ですが……【箱舟】の中で死亡してしまった場合、彼らの精神は何処へ流れ着くのでしょう?」
「アー、それはネ――」
――ベファーナは答えかけ――空中から急降下してこちらへ箒ごと突っ込む。彼女を受け止めて受け身が取れなかった僕は、傍にあった屋根が飛び出た建物の下まで転がる。なんだ、どういう――
――火薬の爆発音と共に『ダァン』と、高速で固い物同士がぶつかる音が建物に反響して聞こえた。
「侵入者だーっ!! ホテルの屋根の下へ隠れたぞぉーっ!!」
「囲め囲めぇっ!! シャリョウも使って路地を封鎖しろっ!! 俺達の縄張りを荒らさせるなぁーっ!!」
「女一人と男一人っ!! 女の方はコガタホバーキに乗ってるっ!! 屋根の下で確実に仕留めるぞぉっ!!」
「!? 人の声っ!?」
「イーヒッヒッヒッ!! どうやらマンマと逃げられない場所まで誘導されてたみたいだネェッ!? 殺風景な景観に反してとっても賑やかじゃないカッ!! サアサア、どうするポラリス司祭ッ!? このままだとウチら殺されちゃうヨッ!! 選んでおくレ、彼らに大人しく頭をぶち抜かれて終わるカ、ベファーナちゃんに眠るようにして殺されるカ、彼らと戦って捻じ伏せるカッ!?」
腹部へ跨り、きらきらと目を輝かせて瞳を覗き込む【魔女】は選択を迫る。状況があまりに変化し過ぎて思考が遅れたが、僕が選ぶ彼女の提案した選択肢は一つしかなかった。
「戦って――……捻じ伏せます」
「オオッ!! なら殺すかイ? 大得意だヨッ!?」
「殺しませんっ!! 実力を示して、話し合いで分かってもらいますっ!!」
ベファーナを押しのけ、柱へ身を隠しながら周囲の状況を伺う。建物前の広い街道では白い服を着た兵士と思われる人間らが、こちらを取り囲むよう徐々に迫っていた。数は二、四――……十人。鎧等の防具は身に着けていない軽装。揃いの白い上下服に唾付き白帽子、手袋で保護された手には小さな金属や腕程の太さの金属を所持している。あれは……【銃】か?
「侵入者へ告ぐっ!! 抵抗せず両手を挙げて出て来いっ!!」
「シュリュウダンの準備出来たぞっ!! いつでも投げ込めるっ!!」
「馬鹿野郎っ!! 相手は【例の化け物】かもしれないんだっ!! この距離で不用意に投げ込むと仲間も巻き込まれるっ!!」
話し合い……できるのか? 幸い【箱舟】の影響かわからないが、彼らとこちらの話す言語は同じのようだ。何かに怯え警戒しているようにも思える。……大人しく彼らの指示通りに両手を挙げ、物陰から出るべきか?
「イーヒッヒッヒッ!! どもどもこんにちわ古代人のみなさ~ンッ!! ウチは未来から来た天才【魔女・ベファーナ】ちゃんだヨォ~ッ!!」
隠れた僕の横を元気に挨拶しながら、箒に乗ったベファーナが飛び抜けていく。警戒もせず、堂々と。何考えてるんですか、あなたは。
兵士全員が宙をくるくると飛び回る彼女へ注目し、攻撃するべく【銃】を構えた。
――ガチ――ガチガチ――ガチガチガチ――ガチガチガチガチ――
――取り囲んだ兵士達は彼女へ【銃】を向けた姿勢で、何やら操作をしているが……ガチガチと音が出るばかりで、攻撃が行われない。彼らも慌ててベファーナから数歩距離を取り、別に携帯していた【銃】を彼女へ向けて操作したり、【銃】から取り出した金属を取り外して付け加えたりしている。……が、それでも攻撃が行われない。
彼らの輪の中心でケタケタと笑いながら見下ろすベファーナは、余裕そうに腕組みをして兵士達の慌てふためく様子をじっくりと眺めている。
「撃てないっ!? 弾切れ……いや、弾詰まりかっ!?」
「いいやっ!! ダンソウには弾が入っているし弾詰まりでもないっ!! 予備の【銃】も駄目だっ!!」
「嘘だろっ!? 今朝造ったばかりの新品だぞっ!? 何かの間違いじゃ――」
「――どけぇっ!! シュリュウダンで吹き飛ばされるぞぉっ!!」
奥で待機していた一人の兵士がしびれを切らし、金属の箱の裏へ隠れながら黒い塊を投げ、彼女を取り囲んでいた兵士達は一斉に離れていく。塊は固い音をたてて街道を小さく跳ね、宙に浮かぶ彼女の真下へと転がり――止まった。
「不発っ!? なんでだぁっ!? おいっ!! ありったけの武器とシュリュウダンを持って来いっ!! レーザー【銃】もあったはずだっ!!」
「ムダムダ。武器におんぶだっこな奴らにウチは撃てなイ。どうだイ、自分達の思い通りにならない気分ハ? 苦しいかイ? それとも悔しイ? 可愛い女の子一人に手も足もでズ、高い所から馬鹿にされるなんて久しいんじゃないかネ? 結構結構ッ!! それが生きてい――」
――あの『ダァン』という音と破裂音が再び反響して聞こえ、宙を浮かんでいたベファーナの腹部を何かが貫き――彼女はそのまま地面へ落下し叩きつけられた。
「ベファーナさんっ!!」
柱の陰から飛び出し、彼女の傍へ駆け寄る。槍で貫かれたように腹は穴が空いて背を貫通し、血液がとめどなく溢れ路面を濡らす。痛みで呼吸ができないのか、青い顔で苦し気に「ひゅっ、ひゅっ」と声を出していた。止血をしないと――
――後方から、金属の塊が一つ。僕の頭をめがけ、ひゅるひゅると海から吹く風を切り裂き飛んでくる。速い。矢や槍よりも速く、金属の塊は一直線に進む。でも、まだ間に合う。避けるわけにはいかない。目の前の命を見捨てる選択はしない。左腕で頭を隠すようにして構え、透明な【翼の盾】を作り出す。【箱舟】が忠実に再現するのだとしたら、精神世界でも【信仰の力】は使える筈。翼を完成させ、振り向くと同時に――――金属の塊は加速する――
――強烈な音と衝撃。翼へ当たった塊は着弾後も突き抜けようと、高速で回転しながら大きな亀裂を盾へ作る。吹き飛ばされないようざらざらとした石の路面を両足と右手で掴み、仰け反りそうになるも塊の回転が止まるまで耐えきった。凄い威力だ。……二発目も耐えられるか?
「その必要はないヨ」
パチンと指を鳴らす音。こちらを撃った兵士がいたと思われる街道先の建物へ、大きな光が落ちた。遅れてゴロゴロと聞こえたことから、ベファーナが雷を落としたのだと判断する。振り返り彼女の姿を確認すると、傷口からどぼどぼと血を流しながらも立ち上がっていた。……精神世界でも、彼女の不死身ともいえる再生能力は健在か。
「だ、大丈夫ですか? お腹の傷からすごい血が出てるんですけど……」
「アー、ウン。いつもよりも治りが遅いと思ったラ、今ウチは力も魔力も半分なんだもんネ。ウッカリ忘れてたヨ」
彼女は空いた腹の傷口を軽く手で擦る。血が流れ出る音は止まり、手を離すと破れたローブの穴の下には彼女の傷一つない白い肌があった。これでも【遅い】のか。
「でも助かったヨッ!! あのまま二発三発と撃たれてたラ、ウチは肉塊になってただろうしネッ!! イヤァ、ありがとうありがとウッ!! やっぱり持つべきは友だネェッ!! イーヒッヒッヒッ!!」
「……屋上の兵士さんは?」
「一応、手加減はしたヨッ!! この世界じゃ気を失うことができないかラ、ビリビリ痺れて屋上でのたうち回ってるかもネッ!? 安心してくれポーラクンッ!! 【魔女】は約束を守るとモッ!!」
鼻を鳴らして胸を張る小さな【魔女】は自慢げに語る。そして僕らの視線は街道の隅で『ぎゅぎゅぎゅ』と奇怪な音を出す三つの金属で造られた物体へ移り、箱の中では一部始終を見ていたであろう兵士達が怯えた表情でこちらを見ていた。車輪がついていることから本来は動くだろうが、【銃】や【シュリュウダン】同様ベファーナが何かをして動かなくしたか。
左腕から出した【翼の盾】を構えたまま、周囲の建物の屋上を警戒しつつ彼らへゆっくりと近付く。箱まで数歩というところで横開きの蓋を開けて兵士達が飛び出し、両手を挙げて並ぶ。
「こ、ここっ降伏だっ!! 俺達は降伏するっ!! 頼むからそれ以上近寄らないでくれぇっ!!」
「なななな、なにが欲しいっ!? 金か食糧、それとも武器かぁっ!? 何でも持っていけぇっ!!」
「い、いえ。こちらに敵意はないですし、少し事情を聞きたいだけなのですが……よろしいでしょうか?」
「俺達に命令する気かっ!? それとも油断させて後ろの女が電撃でも落とすかっ!?」
僕の脇からのそりと歩いて近付いてきたベファーナは、怯える一人の兵士を見上げてパチリと指を鳴らして見せる。「ほぉっ!?」と情けない声を出して兵士は飛び上がり、その場で尻もちをついた。
「イーヒッヒッヒッ!! 騙されてやーんノッ!! イーヒッヒッヒッア~オカシィ~ッ!!」
先程まで瀕死の傷で倒れていた少女が腹を抱えケタケタと笑う光景に、理解の追い付かない周囲の兵士達の足や挙げた両手はガクガクと震えている。
「フゥ……ウチらの要求は簡単ダ。【箱舟】の中の状況説明と君らのアジトへ連れて行くコト、ウチらの事情は一切聞かない探らないコト。マァ、別に殺しに来るのならいつでもドーゾ? 死ぬより酷い目に遭うだろうからネッ!! イーヒッヒッヒッ!!」
「……すいません。よろしくお願いします」
【翼の盾】を解く。突き抜けず留まっていた塊が落下し、カラカラと軽快な音をたてて転がった。
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