ポラリス~導きの天使~

ラグーン黒波

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第六章・黒槍二双

【第五節・血縁】

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 人の波に逆らわず、歩く人々の方向へ身を委ね、指先の魔力の帯を周囲へ伸ばし、探る。
 【悪魔】が根城にしている西の山へ向かう道中の中継地で立ち寄ったまでは良かったけど、これほど盛況な催しが行われているとは思いもよらなんだ。地図にも載っていないここは村と呼ぶには大きく、人口が多いかと言えばそうでもない小さな田舎街。行商や旅行者の往来は覚悟していた。しかし、こうも多くちゃはぐれますわな。
 さてさて、夏と人の熱気に茹であがった頭を、凍った飲み物で冷やした今なら集中して父を――――いや、隊長を探せる。【魔術】が扱えない人間でも、生命と直結した魔力が無い訳じゃない。風にそよぐ薄く柔らかな魔力で編んだ帯を、周囲への人々へ気付かれない程度に触れさせ、よく知る【血生臭くもどっしりと重たい魔力】を探すんだ。

「――――する、する、する、する……風にそよぐシズリのように……流されなびき、されど斬れず……」

 人間、人間、人間、獣人、鳥人、鳥人、人間、人間、魔物混じり、獣人、獣人、ドワーフ、人間、人間、人間、魔物混じ――――……り?

「……うん? うぅん?」

 一旦、流れから人通りの少ない露店側へ離れ、右手指先を動かし、違和感を感じた人物達を探る。血生臭さは無い……が、強い魔力の塊が一つ。周りには血生臭くも不安定な魔力がいくつか。小さくなったり大きくなったり……一定の間隔で魔力が脈を打つ。人間? いや、人間じゃない? 【魔術】を扱う魔物や【悪魔】、【機神】とも違う。彼らは人の波に逆らって移動し、こちらから離れて行く。

「………………」

 どうしたもんでしょ。【顔の無い義勇軍】の私達はとにかく人手が欲しい。隊長を探すのは最優先事項、でも人の出入りの多い街だからこそ【才能の原石】ってのはよく見つかるものだって、今朝言ってたっけ。
 空いた左手親指で額の汗を拭う。……まあ、急ぐようなことでも無し。寄り道道草余計なお世話が好きな家系の血には逆らえないってことで、付いて行きましょ。

***

 スピカと共にペントラに力強く手を引かれ十分ほど経ったか。不意に後ろを歩いていたアダムが、こちらの【浴衣】の袂と呼ばれる場所を軽く掴んできたので、ずんずん進もうとするペントラの手を逆に引いて立ち止まらせる。

「んん? な、なんだい?」

「いえ、アダムが――――」

「――――おい、一度流れから離れるぞ。先程から少し間隔を置き、私達をつけまわしている奴がいる」

「………………」

 アダムの言葉に無言でアポロと新人を見やると、背の高いアポロは通行人の頭上から脇目で後方を確認し、新人も不安げな様子で通り過ぎる人々の奥を見つめている。ペントラやスピカと顔を見合わせ無言で頷き、僕らは人の流れから離れ、既に業務を終え閉店した靴屋の前で、追跡していると思われる人物を待ち構えることとなった。

「つけまわしねぇ……アタシらが珍しい服を着てるから、販売している店が知りたいわけじゃなく?」

「いやぁ、なら普通に聞いてくれれば解決するんでいいんですが。どうも足取りが覚束ないというか、大勢の人の中を歩き慣れてない臭いというか……俺達と付かず離れずで付いて来るもんで、気になっちゃいまして」

 袂へ両手を入れた姿勢で怪訝な表情で尋ねたペントラへ、アポロはその人物を人々の頭越しに見据えながら答える。確かに道中、僕らが身に着けている【浴衣】について尋ねられることが何度かあり、その度にアラネアの露店がある位置を説明したりはしていた。しかし、付かず離れずこちらを追っているのであれば、【浴衣】とはまた違った事情がある可能性も有り得る。
 ――――数分後。未だその人物がこちらへ辿り着くことなく、人混みを睨んでいたアダムがしびれを切らし、遠くを見据えるアポロへ小声で尋ねた。

「……おい、今どの辺りだ?」

「俺から見て直線二十歩も無い場所で立ち止まってます。明らかにこっちが待ち構えてるのに気付いて出方窺ってますね」

「……はぁ。こうも人が多いと目立つことはお互いできないか」

「なら、直接こっちからその人の方へ向かう?」

「更に距離を置くか、人混みに紛れ姿をくらますなど容易だ。……こちらとしても、今は面倒事を起こしたくない」

 僕の提案に対しアダムは冷静答え、唇を尖らせ考え込んでいる様子のスピカをちらりと見やる。それは僕も同じだよ、アダム。ローグメルク、ティルレットやシスター、アラネアにも託されたんだ。信頼してくれた彼らとスピカ自身の為にも、この場で彼女を危険に晒すわけにはいかない。

「あ……あの……」

「え? はい、なんでしょう新人さん?」

 皆が行動しあぐねる中、地面を見つめていた新人がおずおずと右手を低く上げ、スピカに近付く。

「そのぉ……多分、その人は……スピカさんにくっついてる【帯みたいな魔力】を手繰って、私達を追いかけて来てるんだとぉ……」

「帯? ふむ……うーん、ボクに何かくっ付いてるように見えますか皆さん?」

 くるくるとその場で軽く自身の服に何かついてないか確認するスピカを、アポロと二人で横や背後から目視して手伝う。だが、新人の指摘する帯らしき物は肉眼で確認できない。

「……僕には何も」

「同じくだ。新人、スピカ嬢のどこに帯がついてるか分かるか?」

「えっと……右肩――――いえ左脚、あっと……今はおでこに――――」

「――――ふんっ!? いったあぁ~っ!?」

 小さな羽虫を潰すが如く、スピカは自身の額を両手でばちりと叩いたが、帯を捕らえることはできず、ただ額を赤くするだけに終わった。どうやら彼女へ常に張り付いているわけでなく、一瞬張り付いては引いて、別の個所へすぐ張り付くのを繰り返しているらしい。

「あう……すみません、スピカさん……」

「い、いえ……でも見えも感触もしない奴に、ペタペタ触られてると分かると不愉快極まりないですねぇ……。ボクだってレディですから、断りもなく誰とも知らない奴にセクハラされたらキレますよ。うぇっ、想像したら鳥肌がぁ……」

「見えない魔力の帯、ねぇ。……ちょっと失礼するよ、スピカちゃん」

 目を細めてやり取りを見守っていたペントラは袂から手を出すと、スピカの顔の前へ大きく縦に左腕を振り降ろした。彼女はそのまま振り下ろした姿勢で固まったが、握りしめた左拳は僅かに人混みの方へと引っ張られているように見える。

「おぉっし、【捕った】よっ!! これだね、新人ちゃんっ!?」

「はっ、はいっ、それですっ!!」

「あっはっはっ!! そういうのはアタシも多少覚えがあってねっ!! 見えなくても触れればこっちのもんよっ!! さぁ、こっちにきんしゃいセクハラ野郎……っ!!」

 ペントラは姿勢を起こすと左拳を軸に右手を回し、【巻き取る動作】を素早く行う。すると……目の前の人の壁から、慌てた様子で一人の人影がこちらへ飛び出してきた。小さく「うぉ……!?」っと発したその人物は顔面から地面へ転び、右手を不自然に吊り上げた姿勢をしている。銅の胸当てや小手、脛当てといった軽装備に小振りのランスを携えた兵士だ。

「あっ、この人ですよっ!! すっげぇ、どうやって引っ張って来たんですかペントラさんっ!?」

「見たまんま、スピカちゃんに纏わりついた帯を手繰り寄せただけさね。細い蜘蛛糸を緩く付けた相手や荷物を追うのと同じ、古典的なやり方。先端と手元へ集中すればいいから、人混みの中でも標的以外や壁を貫通して相手に悟られず追いかけることができる【魔術】の一種だよ」

 目を輝かせるアポロに対し、ペントラは飄々と答えると倒れた兵士の前へしゃがみ、右手で髪の毛を掴んで無理矢理顔を上げさせる。その表情はこちらから見えないが……本気で怒っているのは雰囲気で理解できる。さながら数年前に一度見た、柄の悪い取り立て屋の大男と【浴衣】姿の彼女が重なって見えた。

「で? こいつは一般魔術師よか密偵・暗殺向けの【魔術】なんだけど、あんたはこの子の何が目的だい? 年頃の女の子へべたべた手を出す輩は、温厚なアタシも黙って見過ごすわけにゃいかんのよ? ええ?」

「温……厚……?」

「気が短いの間違いでしょう」

 小声で反応したアポロとアダムの言葉は運良くペントラの耳に入らなかったが、温厚とは裏腹の荒々しい彼女を知っている身としては疑問を抱かざるを得ないのは同意だ。強く地面へぶつけたからか、赤く腫らした鼻から静かに血を流す女性の兵士は涙目である。しかし、焦点の合わない彼女の瞳にどこか違和感を感じた。

「ず……ずみまぜんでじだ……別にやまじいごどがあっだんじゃなぐ、目がまどもに見えないもんでじで……」

「あぁん? んな出まかせの嘘がアタシに通用すると――――」

「――――ペントラさん、彼女を離してあげてください。……少なくとも、目があまり見えないという点では嘘を言っていません」

「………………」

「足取りがおぼつかなかったのは単に人混みを歩き慣れていないだけでなく、【魔術】を視力代わりとして使い補っていたのでしょう。目が見えている兵士なら引かれていない左手で、地面を咄嗟に突く最低限の回避行動は出来た筈。それに彼女の瞳を見てください。不自然に瞳孔が開いたままで、焦点が定まっていません。せめて手当てをしてから、落ち着いて事情を聴いても良いかと……」

「ボクからもお願いします、ペントラさん。やられた事に関しては不愉快でしたが、何か事情があるならお話を聴いてから判断しましょう」

「………………」

 ペントラは無言のまま僕とスピカ、兵士の順に顔を見比べ、何か言いたげな様子で口を噤むと深く溜め息を吐き、髪と巻き取った【魔術】の帯を手放し文字通り解放した。アポロに手伝って貰い、うつ伏せで倒れた彼女を靴屋の壁へ背を預けさせ地面に座らせた後、止血の為に【浴衣】の袂からハンカチを取り出し、彼女へ手渡した。

「ハンカチで鼻を摘まみ、血が止まるまでそのままでいてください。必要であれば周辺の露店にお願いして、冷水を持ってきましょう」

「ども。打たれ慣れてるんでこんぐらい大丈夫だけど、久し振りに顔面からすっ転んじゃって情けないわ。ははは……」

「でも、どうして俺達の後を付いて来てたんです? スピカちゃんにやたらと関心があったみたいですし」

「……うん、言い訳するのは騎士として良くないし、単刀直入に答えるわ。私は街ではぐれた上司を探してうろうろしてたのよ。……魔力の帯を伸ばしながらね。そこにやたらと強い魔力を持った人が現れたんで、どんな奴か調べるついでに義勇軍へ勧誘できないかなーと……」

 兵士はバツが悪い表情をして、手短にこちらを追跡するまでの経緯を説明した。人間の彼女が嘘をついているのなら【思考】の乱れで、【天使】の僕ら四人はすぐに見抜ける。しかし、その場当たり的行動にも嘘はなく、半信半疑で聞いていたアダムも呆れ気味だ。

「感心しないな。言っておくが、彼女をそちらの義勇軍とやらに引き渡すことはできない。私達も彼女の保護者から預かっている身である以上、先程の行為は正当な防衛であったと主張させてもらう」

「ごもっとも……。私も追いかけてたのが子供だと思わなかったし、無礼な行動をしたのは謝罪します。すみませんでじだばー」

「おあっ、今は頭下げないでくださいっ!? 血がっ、鼻血が止まらないですからっ!?」

 兵士が頭を下げると白いハンカチが一気に赤く染まり、ぽたぽたと彼女の紺のズボンへ落ちるのを見て、慌てて謝罪されたスピカも頭を上げさせる。打たれ慣れてると自負するだけあって顔の血色は悪くなく、病院へ救護を求める程でもないと思えたが、一先ず血が止まるまで安静にしててもらおう。

「自警団へ引き渡すか?」

 そう静かに耳打ちしてきたアダムへ、僕は首を横に振る。

「良識は弁えられる人みたいだし、この通行人の量じゃ目の見えない彼女の言い分と手段も理解できなくないよ。僕らはそれに対しできる限り安全な防衛手段を取り、彼女に怪我をさせた。あとは……許すかどうかは僕らじゃなく、被害者のスピカさん次第」

「ふん、相変わらず甘い裁決だ。身内が危険に晒されたんだぞ? 先程のペントラのように怒る権利はお前にもある」

「……彼女や君が真っ先に怒ってくれるから、冷静に判断しなきゃいけないと思えるんだ。皆が皆、感情論で流されると視野が狭くなる。公平な視点で事実と互いの主張を測るのが僕らの仕事だ。違うかい?」

「私は感情に流されてなど……」

「本当にアダムがスピカさんを気にも留めないなら、『感心しない』や正当防衛だったなんて言わないよ」

「そーそー、何気に保護者だって自覚はしてたんですねぇ副司祭。スピカちゃんとバチバチしてるの見て仲悪いんじゃないかと思ってましたけど、なんだかんだ子供には甘いですし」

「ぐ……貴様ら……っ」

 図星だったのか、アダムは割って入ったアポロと僕を忌々し気に睨みつける。怒ってはいるものの、半分は褒められたことへの照れ隠しに近い。冷淡に見えて感情的、素直に感謝の言葉を口できない不器用さの分は、僕らが代わりに言葉にしよう。足りない感情と言葉を互いが補い合えば、個々が歪でも満たされ充実を得られる。少なくとも僕は、この関係を【心地良い】と感じていた。

「ポラリス司祭。あの……」

「? はい、なんでしょう」

 新人がひょっこりとアポロの後ろから顔を出し、会話を邪魔してしまったと判断したのか、申し訳なさそうにそそくさと僕の前まで歩み寄って来た。

「そのぉ……兵士さんの上司を探すのを、私達も手伝えないかなと……スピカさんも『こんな人にあっちこっちフラフラされるのは困る』と、おっしゃっていたので……」

「なるほど……僕はその提案に賛成します。二人はどうします?」

「ポーラ司祭が賛成するんなら俺も手伝いますよっ!! 当り前じゃないですかっ!!」

「どいつもこいつも世話焼きな――――」

「――――目が見えないのなら目が見える僕らが手を引いて、導くのも大事な仕事だよ。困っている人を放っておいて、二次災害が生まれるのは合理的じゃない。【余計な仕事を増やすな】だろ?」

「……はぁ、その通りだ。……さっさと上司とやらを探し出し、厄介払いするとしよう」

「んもー、素直じゃないですからぁ――――あでぇっ!?」

 とうとう我慢ならなかったのか、顔を赤くしたアダムはアポロの右脛を勢いよく蹴りあげる。容赦ない反撃を食らったアポロは痛みのあまりに地面へ膝を着いた。見てるだけでこちらの脛まで痛くなってくる。

「正当防衛だ」

「いや、やり過ぎ」

***

 皆の輪から少し離れ、血が上った頭が冷めるのを待つ。いつもは涼しい通りの夜風も人の熱気で息苦しい。風の通りやすい【浴衣】な分だけマシかね。

「落ち着きました?」

「ん? ああ、悪いねポーラ」

「いえ。ペントラさんの判断が無ければ彼女と話すことすらできませんでしたから、感謝していますよ」

「そうかい」

 一段落したポーラがアタシの様子を察してか、声を掛けてきた。……気まずいねぇ、あんなとこ見せた後だと顔も見れないよ。仮にあの行動がこいつらに肯定されたとしても、手足が真っ先に出る癖だけは出来る限り直さないと。

「スピカちゃんは……あいつを許してたかい?」

「ええ。彼女の血が止まり次第、僕らも彼女の上司探しを手伝おうかと。ペントラさんはどうします?」

「あんた達がやるんなら、アタシも参加させてもらうよ。怪我させた手前、断れないさね」

「………………」

「なんだい、黙りこくって」

「……皆さんが怒っているのに対して、僕も少しは怒るべきだったのかなと。スピカさんが大切なのは僕も同じですし」

「アタシらが真っ先にキレるから、自分まで怒る必要無かったんじゃないのかい? 皆がアタシみたいに手足出る奴なら、あの兵士は今頃袋叩きにあってるさね」

「どう説明すれば……時と場合によっては、厳しく叱責して欲しいこともある。そう考えたりする方も、稀にいらっしゃるんです。叱られることで、自分や他人を戒めようとしていると言えばいいでしょうか?」

「あー……なんとなく分かるよ。同情や中途半端に慈悲を見せられるより、がつんと言って欲しいって奴。ま、アタシはいつだってガッツリ叱る時は叱るし、やっちまったもんのケジメがつけば許す単純な性格だから、生まれてこの方言われたことないけどね」

 自分の過ちを、叱り飛ばされることで許されたと考える奴はたまに居る。かくいうアタシもハッキリ言って欲しい質だから、嫌味皮肉抜きで叱り飛ばして欲しい時もあった。……ただ、ポーラがキレるのは想像ができないよ。例え身勝手なクソ野郎相手だろうでも、いつだって気持ちを汲んだうえで戦ってきた。背負った仲間の為、殺そうと襲い掛かる相手の為。勝てなくとも、がむしゃらに。
 普通に生きてりゃ何でもない感情さえ、何も知らないと気になるんさねぇ。ふと、気にしてる自分がアホらしくなって肩の力が抜ける。振り返ると、ポーラは真剣な表情でハンカチで鼻を押さえ続けている兵士と、それを介抱するスピカを見て深く考え込んでいた。

「ポーラ、あんた今まで一度でもキレたことあるかい?」

「? 不快に思う事はあっても、誰かを激しく憎んだり恨んだりは無いです」

「だろうさねぇ。じゃあ、クソ野郎のせいでスピカちゃんや誰かが傷付いた時は?」

「許せませんが、皆さんを守るのが優先です。……ああ、怒っている余裕がないだけかもしれません。一人で守れる範囲は限られていますし、僕はまだまだ未熟なので」

「あっはっはっ!! 怒るだけ余裕が無いってかっ!! 不器用なあんたらしい理由だねっ!!」

「なんでそこで笑うんです。真面目な話なんですが」

「いやいや、それでいい。怒るってあんたが想像する以上にすっごい疲れるし、周りも見えなくなるしさ。誰だって怒ったり声を荒げないで生きていたい。ただ、そいつはこのご時世じゃかなり難しい生き方さね。ポーラはアタシや堅物のアダムを羨ましいって思ってるだろうけど、アタシはいつだって穏やかなあんたが羨ましい」

「………………」

「あー、別にあんたになりたいってわけじゃないよ。見習うとこが多いって話さね。板挟みの面倒な管理職なんてまっぴらごめんっ!! 契約書とか書くのも書かせるのも面倒だし、机の前で黙って作業するとか我慢できないわっ!!」

「知ってます」

「おいこら、そこは嘘でも相手を立てるもんでしょ」

「いてっ」

 即答してきたポーラの額へ中指を弾いて当てる。階級が上がり偉くなって守るものが増えても、遠慮なくアタシに相談して小生意気な口を叩いてくるのは変わらない。【悪魔】と【天使】、相容れない存在同士。でも、そんなの全部些細な事だって、嘘偽りなく話すあんたが好きだよ。

「あの……さ」

「はい?」

「あんたが変わっても変わらなくても、アタシは……ずっと一緒だから。……いや、なんか違うね? そういうのじゃなくて……あー……」

「?」

 ただストレートに気持ちを伝えるだけじゃ、さらっと返されるだけで終わる。【愛】を知ってて【恋】が分からないってのは説明するのも大変さ。どうすりゃポーラに分かってもらえるかね。
 額から擦る手を離したポーラは、返す言葉に困ったのか少し間をおいて照れくさそうに笑う。

「えっと……言葉にするのは難しいですが、僕が感じているペントラさんへの気持ちも、同じだと思います。何があってもあなたの味方ですし、できる限り長くペントラさんと一緒にいたいです。時々荒っぽい言動はありますが、それも含めてあなたの傍にいてお話できると安心します。……これは変、でしょうか」

「ば……っ!? べべっ、別に変じゃないっ、変じゃないけどっ!? てかもうそれ――――」

「――――ペントラ姐さぁんっ!!」

「ぶっ!?」

 真横から抱き付かれ、倒れそうになるのを両足と背骨で踏ん張った。この声と乾いた血の臭い……さっきの女兵士だ。相変わらず焦点の合わない目してるけど、なんか妙にキラキラしてないかい?

「お話はお連れの皆さんから聞きましたよっ!! 戦闘や【魔術】に限らず、街の職業斡旋にも協力しているスペシャリストっ!! そうよっ!! あなたのような方を探してたんですっ!! 是非、私達の義勇軍に――――」

「――――ぬあああああぁっ!? いいから離れろぉ暑苦しいぃっ!! また鼻血ブーさせてやろうかあぁっ!!」

「あっ、ごめんなさいっ!! 距離感が分からなくてっ!!」

 兵士はパッと離れて、鼻下の血の跡を親指で拭う。一先ず血は止まったようでなにより。乱れた【浴衣】を軽く整え、空気の読めない兵士の方へ向き直る。彼女は背筋を伸ばして啓礼し、ハキハキと挨拶を始めた。

「まずはご挨拶をっ!! 名前は【セディ】、【セディ・ランス・ラインハルト】と申しますっ!! 以後、お見知りおきをっ!!」

「はぁ……悪いけどあんたの勧誘には応じ――――ん? 【ランス・ラインハルト】ってぇと……」

「よくご存じでっ!! 十五年前に終結した戦争で、人間軍騎兵隊の大将を務めた【ザガム・ランス・ラインハルト】の実の娘ですっ!! ……とはいえ、既に王国騎士団の名や地位は無きものですが、今は兵士団が私の家であり、帰る場所。物心つく前のお話ですし、あまり気にせず【セディ】とお呼びください、姐さんっ!!」

「………………」

 ポーラと顔を見合わせる。偶然の縁に驚いてぽかんとした表情だ。うん、アタシも同じ顔してる。というか、ディアナとアタシはこの兵士――――【セディ】が生まれたばかりの時に抱きかかえた事があったね。うわぁ、マジか。大きくなったもんだって気持ちと、髪引っ掴んで持ち上げたさっきの行動が益々申し訳なくなるよ。

「そうかぁ……ザガムのおっさんの娘かぁ」

「おっさん?」

「あぁいや、ちょっとあってね。アタシはペントラ、街の便利屋さ。こっちの白いのはポーラ……じゃなかった、ポラリス。こう見えて教会の司祭をやってる、それなりに偉い奴だよ」

「ポラリスです。部下三人と共に、街はずれにある教会の司祭をしています。僕達もセディさんの人探しに協力させていただきますね」

 ポーラは笑顔で右手を差し出すも、セディは【教会】という言葉を聞いて軽蔑の籠った表情で返す。

「協力と手当てには感謝するわ。でも私、教会も偉ぶった神も嫌いなのよ。なんてったって家潰されてるからね」

「……そうですか。ですが信仰の有無関係なく、協力させていただきます」

 ポーラは差し出した手を引っ込め、軽く頭を下げた。まあ、そうさねぇ。ポーラ達は悪くないけど目の敵にされてもしょうがないし、アタシらも身勝手な神を嫌っているのは同じ。……けど、ここでアタシが反論してもセディは納得しない。こいつらの態度を見て、ちょっとは気心許せるようになりゃいいが。

「どうも。人手が多い方が私も助かるわ。……それはそれとしてっ!! 私の探している上司はあまり大きな声では言えないお方なので、お二人共お耳を貸してくださいませっ!!」

「? そんな偉い奴なのかい?」

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「……探している上司は義勇軍の長にして私の実父、【ザガム・ランス・ラインハルト】。王に殺されたって話は嘘で、今も騎士としての誇りを抱き、人々に仇名す魔物や【悪魔】と戦い続けているわ」
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