ポラリス~導きの天使~

ラグーン黒波

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第六章・黒槍二双

【第六節・接敵】

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 ――――午後二十七時五十六分。一向に娘の姿が見付からず、街の自警団に捜索を願い出ようかと思案しながら歩いていた矢先、すぐ傍の細い小路から血の臭いが流れてきた。野良犬や野良猫の喧嘩にしては濃い、べっとりと鼻先にこびり付く鉄の臭い。周囲の通行人の中にも獣人など鼻が利く者が多いが……見向きもせず私の前を通り過ぎていく。
 魔力の無い自分にも分かる、認識を狂わせる【人払いの魔術】の類。仕掛けた人物にとって見られたくない物、或いは出来事がこの先にあると直感し、音を立てないよう大人一人が通れる小路へ滑り込んだ。
 小路の向こう側は暗く、街灯が無いため頭上の月明りでは左右の建物の壁程度しか見えない。次第に背後の喧騒が遠ざかり、無音の闇の中を歩く。しかし濃い血臭を乗せた風は確かに正面から吹いていて、行き止まりの袋小路ではないのを確信していた。

「………………」

 無言のまま数分歩き続け、遥か先から街灯の光が差し込んでいるのが視界へ入る。出口へ近付く程より臭いが濃くなり、怒号に似た声も聴こえてきた。……嫌な予感がする。気配を殺しながらも足を早め、出口まで残り数歩――――建物の壁の間を、黒い小さな影が横切った。『どちゃり』と、水気のある音を立てて地面へ転がったそれを追うように、黒いランスを片手に持った首の無い漆黒の鎧がゆっくりと横切る。

 あいつは――――ああ、我が友よ。奴の遺志は切り離された後も、未だ【地上界】に留まっていたか。

 小路から滑り出て、留め具を外し銀のランスを引き抜く。首無し鎧は物音とこちらの気配に足を止めた。血臭を撒き散らす奴の目の前にあるのは――――小柄なスーツ姿の人間。しかし顔面は砕かれ原形が判別できず、血溜まりの中でぴくりとも動かない。

「………………っ!!」

 首無し鎧は無言でゆっくりと振り返り、血で黒く染まったランスをこちらへ突き出す。身体の正面へと構える、基本へ忠実な自分と同じ姿勢に立ち姿。――――深く息を吸い、肺に空気を溜め、両手両足と眼球に神経を集中する。
 ――――両肩が少し沈んだ。詰めの跳躍からの突きを判断。左へ大きく飛んで転がり、躱す。だがまだ奴の間合い。風音でランスが降り上げられたのと判断し、顔を上げないまま奴の左前へ低い姿勢で駆け抜ける。直後――――地面へ強い振動。奴の方を振り向くと先程まで私のいた地面の土が抉られ、ランスの形状をかたどっていた。これを受けきるのは今の私では不可能だろうな。

「ふー……だが、お前はかつての私自身の影に過ぎない。数年もこの体を使わせてやったんだ。初動から追撃までの流れを読むのは不可能ではないとも」

「………………」

 首無し鎧はゆっくりとした動作で姿勢を正して振り返り、再びこちらへランスを向ける。

「だからどうしたっと言ったところか? 頭の無いお前が何を考え、十五年間もの間何をして生き永らえたか皆目見当つかない。……しかしだね、私もお前のような【悪魔】相手に後れを取らないよう、培ってきたものがあるのだよ」

 ――――奴の両肩が初撃より深く沈む。先読みされようと反射で回避されようと、構わず全身で押し潰す気迫。私はランスを奴から逸らさず、その時に備える。

***

「ご老人。確かに我々は【悪魔】へ対抗できうる【純銀の武器】を注文したが……これほど小振りなランスで対処しろというのは、些か厳しい物があるように思える。私ならまだしも、新兵へ常人より高い運動能力と【魔力】を持つ奴らを討つには心許無い」

「考えた方が古いよ、隊長さん。最新鋭の武器ってのはただデカい、重い、硬いとかじゃあない。あんた、銃を扱ったことは? あれは量産性に欠けるが良い武器だ。小さく、軽く、繊細ながら短期間の訓練で老若男女問わず扱える。剣や槍を扱うにはまず筋力を創り上げる事から始まるが、鍛錬の時間がかかるだろう? 時間は金銭では解決できない財産の一つ、先を見据える長として無駄遣いしなさんな」

「………………」

「失敬失敬、話題が逸れた。こいつは一見すると小振りのランスだが、【祓魔師】の技術を内部へ埋め込んである。本来は【魔力】を注入して真価を発揮する武器だが、それじゃそっちの学も【魔力】も無い隊長さんには扱えない。ではどこから調達するか? そう……こいつを構えた矛先の奴から頂戴するのさ」

「ふむ、【悪魔】の高い【魔力】を逆手に取り、利用する武器か。実際にどう変化するかこの目で確かめない限りは何とも言えないが……原理は理解した。扱い方の詳細を聞こう」

「物分かりが早くてこちらも助かる。こいつが報酬に見合った働きをするのは約束しよう。して、説明する前に私的な質問をしても?」

「?」

「いやなに、単純な興味だ。取引の範囲外、答えたくないなら構わんとも。……隊長さんは何のためにこいつを欲しがる? 敵討ちか? それとも王国の水面下で蠢く【悪魔】やら組織やらを根絶やしにする為かい?」

「……それほど大それた目的じゃない。私は家族や罪のない民草・仲間を守る為にあなたへ武器の調達を依頼した。良心を持つ【悪魔】も知っているしね。生活に溶け込みひそやかに暮らす者もいれば、裏で【貴族】と結託し、国を瓦解させんと暗躍する者もいる。我々がその【銀のランス】で裁くのは、人々に害をなす後者の【悪魔】だけだ」

「ふ……【悪魔】の善悪を語るか。……だが、悪くない答えを聞けた。その志を忘れず、こいつの矛先を見誤らないことを願うよ。そいつを手に取り外へ出給え。表に活きの良い【はぐれ悪魔】を捕えている」

***

 首無し鎧が地面を蹴る――――同時に、銀のランスは奴を取り巻いていた【魔力】を瞬時に吸収、長く鋭い漆黒のランスへと変貌し――――首無し鎧の胸を貫いた。

「!?」

 地面を焼け焦がす脚力であったにも関わらず、こちらは衝撃や感触を全く感じないまま、奴はランスを突き出した姿勢で静止する。……相変わらず、彼の仕入れた武器は凄まじいな。
 変貌したランスから両手を離し、深く息を吐く。このまま放置しているだけで突き刺さったランスは内部から奴を蝕み、拒絶反応で体は破壊される。先ずは人命優先だ。目の前の奴を捕えて尋問をしたい感情を抑え、血溜まりの中で倒れるスーツ姿の人物へ駆け寄り、首筋へ右手を当てる。

「…………駄目か」

 脈は無く、体温も下がり始めていた。今から医者へ駆け込んだとして間に合うまい。もう少し早く駆けつけていれば――――


「――――危ないっ!!」

「っ!?」


 叫び声――――目の前でブクブクと泡立ち、膨張し始める死体――――しまった、罠か。致命傷を避けようと反射的に両腕で顔を遮り目を瞑るが、この距離では――――爆発音――――血飛沫の音……痛みは――――ない?

「大丈夫ですかっ!? お怪我はっ!?」

 若い男の声で目を開けた。両腕は無事付いたままで、私のすぐ目前には血で染まった半透明の硝子壁が、爆発した死体とを遮っている。この防壁は彼女の――――いや、違った。私の肩へ手をかけたのは銀の蜻蛉が舞う【浴衣】を身に着けた、白髪頭の少年の姿。彼は心配げな表情で顔を覗き込んでいた。

「あ? ……ああ、済まない、助かったよ」

「良かった……ですが、今のは……?」

「!? 奴はっ!?」

 屈んだ姿勢から立ち上がり、背後で固定されている筈の首無し鎧の方へ振り返る。奴がいた場所にはおびただしい大量の血痕と、【魔力】が切れた【銀のランス】が転がっているのみで、死体はどこにもない。血痕は建物の壁を伝って屋根まで続いており、屋根伝いに逃げたのは容易に想像できた。

「……くそっ!! 強引に引き抜いて逃げたかっ!! だがこれだけ痕跡があれば――――」

「――――父さんっ!!」

 娘の声。真っ赤な防壁が消えると、晴れた血煙の向こうから駆け寄ってくる浴衣の男女に混じり、娘――――【セディ】がいた。

「セディっ、すまないが緊急事態だっ!! 【悪魔】が一人、街方面へ逃げ込んだっ!! 手傷は負わせたがお前の力が必要になるっ!! 次の被害が出る前に急ぐぞっ!!」

「!? はっ、はいっ!! ということで手を煩わせてごめんねっ!! 姐さんも巻き込んですいませんでしたっ!! お礼はまた今度、絶対させてもらうからっ!!」

***

「は? ちょっと待ちなってっ!? アタシらまだ聞きたいことがぁ……って、聞いちゃいねぇしっ!! あーもぉっ!!」

 ようやく見つけた【セディ】の上司にして父親――――【ザガム・ランス・ラインハルト】と思われる人物は、駆け寄った彼女の手を引いて、小路の中へと消えて行った。声が届かなかったペントラは頭をガリガリと両手で掻きむしり、納得いかない様子で天を仰ぐ。

「だぁーっ!! マジあの突撃親父人の話聞かねぇっ!!」

「あの方が……ペントラさんの知る【ザガム】さんですか?」

「あー……ちょいと老けちゃたが間違いないさね。そりゃ十五年もありゃ人間老けるわな。娘まで聞く耳持たずの突撃癖があるとは思わなかったけどさ」

「まあまあ……」

 唇を尖らせ不満を漏らすペントラをなだめつつ、爆発した痕跡を調べるアポロとスピカの隣へ屈む。ザガムの陰に隠れてよく見えなかったが、血煙が上がったことを考えると……死体か?

「お二人共、何か分かりましたか?」

「ポーラ司祭。いえ、火薬を使った爆発ではないことぐらいしか。血の臭いからして死体を用いたのは間違いないでしょうけど、突然死体が弾けるなんて……周辺に刺さっていた【杭】の人払いと同じく、【魔術】の一種ですかね」

「ボクは以前、ベファーナからこんな話を聞いたことがあります。【地上界】に存在するほとんどの生き物は特定環境下で長く放置すると身体を構成する物質が変化し、体内にガスが充満して突然爆ぜることがあると。ですが先程起こった事象は違う物のように思えます。ましてや地面が抉れる程の爆発力ですし、アポロさんの考え通り【魔術】の線が高いでしょう」

「どこの誰とも分からねぇけど、死体を弄ぶような真似しやがって……」

 低く悔し気に呟いたアポロは、痕跡に向かい両手を組んで祈る。僕とスピカもそれに続き、両手を組んで安らかな眠りへつけるよう祈った。せめて遺品が周辺に残っていれば手向けにもなるのだが――――

「――――そうだ、この方が持っていた遺品があれば身元確認ができるのでは?」

「遺品ねぇ。……ん? こいつぁ……鞄か?」

 周囲を見回したペントラが、建物傍に放置された荷馬車の下に落ちていた黒い鞄を見つけ、こちらへ持ってくる。綺麗に動物の皮が鞣された質の良い鞄だが、かなりの勢いで地面に擦れたのか、裏面は剥げてボロボロの下地が見えていた。

「んで、中身はっと…………マジか」

 ペントラは鞄から取り出した一枚の用紙を見て、驚きのあまりに目を丸くする。

「姐さん、何がマジなんです?」

「はぁー……さっきの死体、真夜中に打ち上がる花火の設営をアタシに依頼してきた貴族のおっさんだよ。病気で死んだ嫁さんの為に花火を上げるのが楽しみだーって、昼間に言ってたのを覚えてるよ。……畜生」

「!?」

 彼女が見せてきた用紙は一枚の契約書。責任者【ラルダ・リーヒッド】が街の安全を最大限に配慮したうえで参加する契約分から始まり、右下にはボルドー氏の名前と捺印がされていた。彼の筆跡と捺印は寸分違わず同じで、契約書が本物であることはすぐに理解した。

「そんな……酷いです……」

 隣に立つスピカは口元を抑え少し涙ぐみ、ペントラとアポロの二人は唇を噛み締め、怒りで体を震わせる。改めて、彼がかつて横たわっていた場所へ視線を向ける。僕達【天使】は人間であっても、死者の言葉を聞くことはできない。彼が最後に何を見て何を想い、息を引き取ったのか。
 だが亡き妻の為に花火を打ち上げようと行動し、その光景を見ることが叶わぬまま果てたのは、さぞかし無念だったであろう。……そう思うと胸が締め付けられるように痛くなり、ぽたぽたと涙が流れてきた。

「……お兄さん?」

「……大丈夫です、スピカさん。亡くなったラルダ氏に対して、感傷的になってしまっただけです。……今は弔うより先に、彼にこのような仕打ちを行った犯人を捜しましょう。まだそう遠くへは行っていない筈です」

 冷静さを欠くな。そう自分自身へ言い聞かせ、指で涙を拭う。人の出入りが多い【夜市】で犯人を捜すのは難しい。あの場に居合わせていた【首無し騎士・ザガム】なら、何か知っているのではないか? 首のある【ザガム・ランス】と交戦していたのは状況判断で理解できたが、武人の彼が死体を爆発させる【器用な魔術】など扱えない事は僕らがよく知っている。では別の第三者がラルダ氏を殺害したのか?

「【首のあるザガム】と【首の無いザガム】。同じ奴が二人いて喧嘩してるってだけでややこしいのに、更に別の奴が絡んでるとか面倒なことになってきましたねぇ。なんであいつがここにいたとかはさておき、【首無しザガム】は死体爆発なんてできる【悪魔】じゃないです」

 顎を右人差し指で擦りながら、アポロはザガムが立っていた場所の血痕を見つめる。あの量の出血していては人間であれば生死に関わるものの、【悪魔】である彼は構わず建物の壁を蹴り登り、屋根伝いに逃走のは見て取れた。既にアダムは建物の屋根から痕跡を辿り、新人はミミズクを飛ばして上空から【首無し騎士・ザガム】の動向を確認している。

「新人ちゃん、首の無い方は見つかったかい?」

「いえ、それが……上空からは確認できなくて、アダム副司祭もミミズクさんを見て首を振っています。恐らくですけどぉ……止血して建物内へ隠れたのかも……です。ごめんなさい」

 どもる新人の言葉に、ペントラは自身の表情に怖がっているのだと気付き、深く息を吐くとニカっと笑ってみせた。

「なぁーに謝ってんだいっ!! みんなで探せばザガムのおっさん一人見つけるくらいわけないよっ!! ただ手掛かり無しにうろついても仕方ないね。クソガキにも一旦こっちに戻るよう、ミミズクで伝えられるかね?」

「はっはいぃ……頑張ってみますぅ……」

***

「で、途中から不自然に途切れていたって?」

「ええ。【銀の武器】による傷は治癒しにくいと聞いたことがありましたが、何らかの方法で止血を行い、血痕の途切れた場所から近い居住区側で潜伏しているかと。あちらは【夜市】の許可範囲外、出店も露店も無い静かな地域ですからね。空き家もありますから身を顰めるには打って付けの場所です」

 左肩にミミズクを乗せ戻ってきたアダムは、不愉快そうにミミズクから顔を背けながら、追跡結果の報告を行う。彼の肩がよほど気に入ったのか、新人が降りるよう両手を差し出しても見向きもしなかった。

「懐かれちゃったのかな?」

「副司祭、串焼き肉あげてましたもんね。あっ、でも動物から好かれる人に悪い人はいませんよっ!!」

「きゅー」

「貴様ら他人事だと思って……」

「はいはーい、喧嘩はそこまでだよ。【首無し】の追跡はおっさんとセディに任せてもいいけど、その隙に主犯に逃げられたとあっちゃ、死んだラルダのおっさんの気が晴れないさね。アタシらはアタシらで動いた方がいいと思うんだけど、どうよ?」

 パンパンと手を叩き、ペントラは皆の意見を尋ねる。皆が顔を見合わせる中、スピカが右手を上げ意見を述べた。

「はい、ローグメルクやティルレット、アラネアに助力を求めるのはいかかでしょう。シスターは難しいですが二人は戦闘のプロですし、アラネアは冒険家なだけあって証拠や痕跡を辿る専門家と言っても過言ではありません」

「そういや今ほぼ全員集合してたっけ。……ベファーナは?」

「えー、あいつに頼るんですかぁ……そもそも【首無しザガム】が街中うろついてる状況を知らないわけないですし、一周回ってあいつが一枚噛んでるとボクは思うんですよね。いや、人様の命を存外に扱う【魔女】ならやりかねませんよ」

 ベファーナの名前を出され、渋い顔をするスピカ。だが彼女の言い分はもっともだ。【悪魔】と化した彼は人目に付く街中で活動することは一度たりとも無かった。少なくとも僕らが立ち寄った際、愛馬のエポナが繋がれた荷馬車内で待機していたし、契約主であるベファーナが気付かない筈もない。死体爆発の件も彼女が話していたこともあって、疑われても無理は無いが……。

「悪戯にしては度が過ぎていて、ベファーナさんは無意味に無関係な方を傷付けたり、殺したりするような方ではありません。ザガムさんの事ですから独断で動いている可能性もあります。決めつけるには根拠に欠けるかと」

「むむむ……お兄さんは随分とあいつに入れ込みますね……」

「彼女には何度も助けてもらってますから」

「むむむ……むぅ」

 むくれるスピカへ苦笑いを返す。ベファーナは自他ともに認める膨大な知識を蓄えた【魔女】だ。セディのように特定の【魔力】を辿ることや、【首無しザガム】の居場所を把握するなど造作もない。こちらへ協力してくれるかはともかくとして。

「なら俺はアレウスさんを探しますっ!! 追い込むのも追いかけるのも一級品ですし、いざ戦闘になっても俺らと違って堂々と【生成術】で戦えますからねっ!!」

「確かに戦力としては大きいけど居る場所分かるのかい、アポロ」

「甘露が売られている露店は把握してるんでっ!! ……というか、前日に【夜市】の露店調べてオススメの店紹介したのも俺です」

「……あんたも世話焼きだねぇ」

「いやぁそれほどでも」

 半ば呆れたような表情でペントラはアポロを見上げ、彼は褒められたのと思ったのか頭を掻く。そのやり取りを腕組みをして見守っていたアダムは頭痛そう溜め息を付いて、話を切り出した。

「決まりだな。幸いここは街の外周で、この時間帯は人通りがほとんどない。現場保全も兼ねて私はここへ残る。それぞれ散って、呼びかけ次第再度ここへ集合するとしよう」

「? 一人で大丈夫?」

「私よりお前達の方が彼らへ交渉するのに適任だ。それに、主犯が遺品や痕跡の隠滅に現場へ戻ってこないとも限らない。戦闘なら私も多少なりとも貢献できるからな」

「な、なら私も残ります。……ミミズクさんが離れてくれないと、そっ捜索のお役に立てませんし……」

 能力を制御しきれず申し訳ないと俯く新人。集団で人混みを動いたとしても効率が悪い。アダムの提案通り、人選を分け別行動した方がよさそうだ。

「……分かりました。僕はベファーナさん、ペントラさんとスピカさんはローグメルクさん達に、アポロはアレウスさんと担当を振り分け別行動しましょう。二人共、何かあればミミズクを使って知らせてくださいね」

「ああ、そちらもな。貴族相手の犯行だ、場当たり的な単独犯とも思えん。人混みを移動する際は注意しろ」

「うん。頼りにしてるよ」

***

 ペントラに手を引かれ人混みを避けながら、細い裏路地を進んで行く。彼女曰く【知る人ぞ知る近道】とのことですが、既にボクは街どこにいて先程の場所からどの程度離れたのか分かりません。バッカスの居る商人の街と比べ狭い街だと聞いていましたが、ちょっとした迷宮みたいで少しドキドキします。

「歩き疲れたりしないかい、スピカちゃん?」

 少し歩みの速さを落として、ペントラが振り返り尋ねてきた。

「へ? ああいえ、これぐらいなんてことありませんよ。最近はローグメルクとティルレットに鍛えていただいてますし」

「ふーん。それで可愛い手に似合わないマメなんて作っちゃってるんだねぇ」

「え、えへへへへ……いつまでも守られてばかりじゃいられませんから。家族を守るのも主の務めです」

「そっかそっか。あんなことがあっちゃ、もどかしくもなるか――――っと、ここ段差さね」

「おわっぷっ!?」

 段差に躓き、顔面から地面へ飛び込みそうのをペントラに抱えられ、受け止められた。筋肉質ながっちりした腕。見た目は華奢なティルレットとは違い、彼女のは日常生活で鍛えられた素の筋肉か。

「足首挫いたりしてないかい?」

「いやぁ、この安定感。流石だなぁと……」

「?」

「!! いえいえ、なんでもないですっ!?」

 つい本音がこぼれてしまいました。ペントラさんも一応乙女ですし、筋肉を褒めるのはデリカシーの無い発言です。ローグメルクなら口を滑らせて褒めそうですが、ボクまで軽口癖が移ってしまったんですかね? せめて話題を変えましょう。そう、例えば――――

「――――ペントラさん。ペントラさんは十五年前のザガムさんを知っていますよね。あなたとしてはどちらが本人だと思いますか?」

「はん? どっちが本人かってぇ? んー……」

 彼女はボクを地面へ立たせると、再び手を引き歩き始めた。即答じゃないのは少し意外です。少しの間をおいて、ペントラは質問へ答えた。

「……セディの話を踏まえても、どっちも根っこの性格は変わらないよ。大雑把な違いは狂王信者か、現王を支える義勇軍かって程度、かな。自分の正義の為なら手段選ばない、味方に優しく敵に厳しくな馬好きのおっさんさね」

「首無しの方が味方に優しいかどうかはともかく、軍師として優秀なのはボクも分かっています。ただ優秀過ぎるが故に理解に苦しみますが。お兄さんを本気で殺そうとしたり、追い詰めてもとどめを刺さなかったりとか」

「訓練のやり方は昔からそんなんよ。なんだかんだポーラの事気に入ってるみたいだし。強引に英雄へ担ぎ上げようとするのも、現王とルシが気に食わないからって嫌がらせ。まあ、理解に苦しむってのはアタシも賛成。自分同士で殴り合ってたのは意味不明だったけどさ、あっはっはっはっ!!」

「【大将・ザガム】は死んでいなかった。鎧にかけられた【狂王】の【魔術】で、傀儡となった彼の人格のみを【勇者】は魔王の剣で斬り落とし、自身は密かに戦争が落ち着くまで家族や家臣と共に傷を癒していたと。……ですが【首無し】には鎧の中身がありましたし、本人を模倣した偽物なんでしょうか」

「……スピカちゃん、そいつはちょいと難しい話さね」

 少しだけ振りむいた彼女の表情は複雑で、声の暗さに憐みがこもっていた。閉店した商店街の小路から抜け出て、人波を掻き分けて進み、再び一本の小路へと入る。喧騒が消えた辺りで、ペントラは話を続けた。

「本人に成り変わる特技を持つ【悪魔】ってのは実際にいるよ。生前の記憶や手癖、趣味趣向なんかも丸っと引き継いで、社会や組織へ溶け込むんだ。けどね、ザガムのおっさんの場合、自分の本当の名前も覚えちゃいない程入れ込んじまった」

「………………」

「自分が【ザガム・ランス・ラインハルト】であることを疑わず、喋る愛馬と共に生き抜いてきたのに、突然存在そのものを否定されて偽物扱いしちゃあ、いくらなんでもあんまりじゃないかい?」

「……それで錯乱して自分と交戦を?」

「かも。なんにせよ、契約主のベファーナがどう動くかさね。……ここを抜けたら大通りの裏に出る。ローグメルク達の露店はもうすぐそこだ。皆に上手い事説明しておくれよ?」

 存在が否定され、元の名前すら思い出せない。もしボクが彼と同じ立場で、目の前に本物を名乗る存在が現れたら……自分は何者かと思考がぐるぐると廻り、狂ってしまうでしょう。他種族の土地を無慈悲に踏み荒らし、戦えない者さえ根絶やしにしようと戦場を駆けた【首無しザガム】。ボクはあいつを赦せませんが、【狂王】のために尽くし全てを失った武人の結末に、純粋な憐みを抱きました。

***

 アレウスは露店前のテーブル席で、果物の果肉がたっぷり入った器に白いクリームを乗せた甘露を上機嫌に食べていた。紹介した場所の一軒目で見付けられたのは大きかったものの、俺は彼が食べ終わるまで待たされている。あまり道草を食っていられる状況でもないが、甘露が絡むとアレウスは意地でも動かない。食べ終わるのを待つだけでは時間がもったいなかったので、簡単に先程の現場状況を説明した。

「ほーん、死体を木っ端微塵にねぇ。……確かに痕跡がありゃ追えなくはねーけど、この【魔力】をごった煮にした場所じゃあんまアテになんねぇな。んむ……俺の場合、索敵は道具に頼ることがほとんどだからよぉ」

 もごもごと話しながら、アレウスは木製スプーンでクリームの付いた苺を次々と口の中へ運ぶ。

「今回は街中です。しかも【悪魔】か【魔術師】、組織かすら分からない相手ですし、俺達じゃお手上げで」

「しゃーねぇなぁ。面倒くせぇが何とかしてやんよ。【夜市】を滅茶苦茶にされたとあっちゃ、俺も甘露が食えなくなっちまう。だから食い終わるまで待ってろ」

「いくらでも待ちますよ、あなたが俺達の頼みの綱なんで」

「はっはっ!! そりゃどうもっ!!」

 緊張感なく豪快に笑い、食べ進めるアレウス。それでも何とかしてやるとの言質がとれたので一安心だ。器の果物とクリームが残り僅かとなったところで、彼は腑に落ちない様子で質問をしてきた。

「ザガムが二人ねぇ。人間の方が間違いなく本物だとして、首がねぇ方はじゃあなんなんだ?」

「んー、俺にはさっぱりですよ。ただあんな自信満々に俺は本物だって誇ってた奴ですし、俺達に嘘をついてたとは考えにくいです」

「あいつは例外が多い。馬と魂を共有してたり、首が無くても生きてたりな」

「今までそういった【悪魔】と対峙したことは?」

「【デュラハン】って言うのか? 首が無い人間の死体へ紛れて、ほいほい集りに来た奴を襲う魔物。あの程度で【悪魔】じゃいねぇよ、首斬り落とした時点で大体死ぬ」

「普通そうですよね。ならやっぱエポナが関係してんのかなぁ……」

「……勘だが、馬の方が主人や俺達に何か隠してる都合の悪いことがあるんじゃねぇの。あいつと一番付き合いが長いのが跨ってる馬だ。【魔女】が吹き込むよりももっと前から、奴が自分自身をザガムと疑わなくなった要因があるとしたら、俺は口うるせぇあの馬を怪しむぜ」

「………………」

「うっし、ご馳走さんっ!! 今は考えてもしゃーねぇ、とっとと犯人捕まえて甘露巡りに戻ろうじゃねぇの。アポロ、集合場所まで案内しろ」

「!? はいっ、よろしくお願いしますっ!!」
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みんなの感想(20件)

花見酒
2023.08.09 花見酒

 まだ一話目ですが読ませて頂きました。どうも視聴者です。今更になって読み始めましたがやはり旦那の文章力は尊敬できます。今も続けているかはわかりませんが、動画投稿しましたも、もし続けているなら小説も頑張って下さい。


 後すみません読んでいて気になるところがちらほらあったのです報告します。
「殆ど食べてしまったの」の後の一文字が「が」なのですがこれは「だ」を打ち間違えたのでしょうか?
 後「一番安」の後が改行になってものすごい空白が出来てます。
 今後読む人のためにも一応。こういうものだったらすみません。
 
 以上です。動画投稿頑張って下さい、応援してます。

解除
新田海斗
2021.09.19 新田海斗

YouTube から来ました
とても面白かったです!
将来、どんな人間になりたいか
決まっていなかったですが、この小説を読んで、
こんな人間になりたい!と思える様になりました!
旦那に導かれた気がします!
続きを楽しみにしてます
でも旦那の体調が一番です!
無理せずこれからも頑張って下さい!
応援してます!

解除
no image
2021.08.30 no image

つい先日、投稿されている全話を読み終えました。旦那の小説ということで気になっていましたが、予想以上にとても面白く、一気読みしていました。旦那の都合もあるでしょうから、続きは気長に待たせていただきます_(:3 」∠)_
お体の方にも気をつけて、これからも頑張ってください。応援しています(`・ω・´)

解除

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