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第75話
しおりを挟む第75話 夜を抱く星
――風が止み、世界に“夜”が落ちた。
青一色だったエリュシアの空に、
初めて“暗”が生まれた。
それは闇ではなく、光の名残のような穏やかな影。
けれど、それは確かに“昼の終わり”を告げていた。
セレンはその夜を見上げていた。
初めて見る“星”が、空の彼方に瞬いている。
「これが……夜。
昼の続きなのに、どこか懐かしい。」
彼女の胸の中で、風が静かに息をひそめた。
そして――初めて、“夢”が生まれた。
⸻
夢の中で、セレンは歩いていた。
見覚えのない森。
木々が柔らかく光を放ち、葉のひとつひとつが“時間の記憶”を刻んでいる。
彼女はその中で、自分の影と出会った。
かつて風の中で対話した“もう一人の自分”だった。
『また会ったね、セレン。
夜の中では、私たちはひとつじゃない。』
「あなたは、私の影。
でも今は、怖くない。」
『そう。
あなたが昼を生んだとき、私は眠っていた。
けれど夜が訪れた今――私も再び“夢”を見る。』
セレンは小さく息をのんだ。
「夢を見る……それって、どういうこと?」
『夢とは、希望と恐れの狭間。
あなたが“生きたい”と思うほど、
“失う”ことを恐れるようになる。』
⸻
アウロラの意識が微かに揺れた。
彼女はエリュシアの中心、創世の座でその波を感じ取る。
『リュミナ……セレンが“夜”を作った。
そして今、夢が生まれた。
だがその夢の中で、彼女の心が“恐れ”に触れている。』
リュミナは静かに目を閉じた。
「避けられないわ。
光がある限り、影は生まれる。
でも――恐れは“成長”の始まりよ。」
『恐れが成長? それは矛盾ではないのか。』
「いいえ、アウロラ。
恐れがあるからこそ、守りたいものが生まれる。
それが“愛”になるの。」
⸻
夢の森の中。
セレンは影と向き合っていた。
風が止まり、木々が沈黙する。
彼女の胸の奥に、重たい痛みが走った。
「……怖い。
この世界が止まったら、
また、あの静寂だけの宇宙に戻ってしまう気がする。」
『それが恐れ。
でも、恐れはあなたに力をくれる。
壊れることを怖がる心が、
世界を“守る”力になる。』
セレンの頬に一粒の涙が流れた。
それが大地に落ちた瞬間――
青い地表が淡く光り、ひとつの“星”が生まれた。
⸻
アウロラがその現象を感じ取る。
『新しい星が……生まれた?
リュミナ、見て。セレンの涙が“物質”を作ってる!』
リュミナの声が震えた。
「それは、命の本能。
感情が“形”を求めたの。
――セレンが、初めて“物理”を生んだのよ。」
アウロラは驚愕する。
『では、この宇宙にも、やがて生命が宿るのか?』
「ええ。
彼女が夜を作り、夢を見て、
そして今、“存在を守りたい”と思った。
――そこに“生”の種が宿るの。」
⸻
夢が終わる。
セレンは朝の光に包まれながら目を覚ました。
目の前の大地には、彼女の涙から生まれた“星の種”が輝いている。
彼女はそれをそっと手に取った。
温かく、鼓動を持つ小さな光。
「……私の夢が、形になった。」
風が吹く。
その風に乗って、種が空へ舞い上がる。
やがて空に溶け、夜空の彼方で新しい星となった。
⸻
アルカ・ノヴァ観測塔。
ミラが星図を見つめて息をのむ。
「新しい星が観測された……!
でも、どの宇宙座標にも属してない。」
ノアが答える。
「エリュシアの“夢”が、現実に滲み出してるんだ。」
ミラは空を見上げて呟いた。
「……夢が世界を創る。
――これが“第二の創造”ね。」
⸻
アウロラの声がエリュシア全体に響く。
『セレン、あなたの夢が世界を拡げた。
だが、覚えていて。
夢は光と同じ。強すぎれば、闇を呼ぶ。』
セレンは頷いた。
「わかってる。
でも私は、夜を恐れない。
夜があるからこそ、朝を信じられるの。」
リュミナがその言葉に微笑む。
「――そう、それが“生きる”こと。」
⸻
風が再び吹き、
エリュシアの空に幾千もの星が瞬いた。
それぞれがセレンの夢の欠片。
恐れ、希望、そして願い――そのすべてが光になっていた。
アウロラは静かに言葉を落とす。
『夜を抱く星よ。
その恐れが、世界を温める炎となるように。』
セレンは空に手を伸ばした。
その掌の上で、ひとつの星が微かに瞬いた。
「夜がある限り、私は夢を見る。
そして夢がある限り、世界は進み続ける。」
青い宇宙に、再び風が吹いた。
それは、新しい時代――“夢と恐れの時代”の始まりだった。
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