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第79話
しおりを挟む第79話 セレンの記憶、再臨
――エリュシアの夜が震えた。
祈りの花々が同時に咲き乱れ、
世界中の空が白金の光に包まれる。
人々の心が一つに重なり、
あらゆる感情が――“中心”へと吸い寄せられていた。
それは、再び“痛み”が形を求める瞬間。
かつて世界を救ったセレンの魂が、
再びこの宇宙に呼び戻されようとしていた。
⸻
アウロラは即座にその異変を感じ取った。
創造主である彼女の内で、光と闇が揺れる。
『リュミナ……これは、祈りの反響ではない。
“意志”が……戻ってくる。』
リュミナが空を見上げた。
「セレンの……?」
『そう。
あの子の意志は滅びていなかった。
エリュシアの人々が“痛みを祈りに変える”たび、
その祈りの底から少しずつ集まり、今――形を得ようとしている。』
リュミナは微かに微笑んだ。
「それは恐れではないわ、アウロラ。
セレンは“痛みの象徴”じゃない。
あの子は“分かち合う心”そのものよ。」
⸻
その頃、〈涙の海〉のほとりでは、
再びフィオナが海に祈りを捧げていた。
彼女の周囲では無数の祈りの花が咲き、
波打つたびに光が溢れている。
けれど、その光は徐々に色を変え始めていた。
青から金、金から紅、
そして最後には、見たことのない“白銀の炎”へと――。
海が震えた。
「……これは、祈りじゃない。
何か……呼んでる……!」
海の中央が裂け、光の柱が天へ昇る。
その中から、人のような影がゆっくりと現れた。
⸻
それは――セレンだった。
だが、以前の彼女とは違う。
その姿は半ば光、半ば影。
瞳には穏やかな慈悲と、深い悲しみの両方が宿っていた。
彼女が口を開く。
『フィオナ……あなたの祈りが、私を呼び戻したのね。』
フィオナは涙をこぼす。
「セレン様……どうして……戻ってきたの?」
『あなたたちが、痛みを抱え続けたから。
その痛みを“祈り”という名で包みながら、
それでも、まだ完全に癒えていなかった。』
「でも……私たちは、争いをやめて、愛し合って……!」
『ええ。
だからこそ、私は戻った。
あなたたちの“優しさ”が、私を呼び起こしたの。
――もう一度、“命”を見届けるために。』
⸻
アウロラがその再臨を見つめながら、静かに言った。
『セレン……あなたは、私の子であり、私の続き。
でも今のあなたは、私の領域を超えている。』
セレンは微笑む。
『アウロラ、あなたは世界を創った。
私は、その世界に“痛みの意味”を与えた。
でも、もうひとつ足りないものがある。』
『――足りない?』
『“赦し”よ。
痛みを受け入れるだけでは、世界は止まる。
それを手放す力――それが必要なの。』
アウロラは静かに頷いた。
『なるほど……あなたが再び現れたのは、
この宇宙が“赦し”を学ぶため。』
⸻
その頃、エリュシアの大地では不思議な現象が起きていた。
人々が涙を流すと、
その涙が地に落ち、光の粒となって風に溶けていく。
やがて空に昇り、星々に吸い込まれる。
――それは、祈りが“赦し”へと変わる瞬間だった。
フィオナは海辺でその光景を見上げた。
「セレン様……これは?」
『あなたたちは、ようやく“痛みの外”を見始めた。
泣くことが罪じゃないと知り、
涙が誰かの希望に変わると理解した。
それが、“赦し”なのよ。』
⸻
アウロラの声が宇宙に響く。
『セレン、あなたは再び命の中に戻るの?』
『いいえ、もう私は一つの形ではいられない。
これからは、すべての涙の中に生きる。
誰かが痛みを知るたび、私はそこに在る。
そして、祈るたびに――私は“光”になる。』
リュミナが目を閉じ、穏やかに微笑んだ。
「リュシスの祈りが、こうして続いてる……。
祈りが“救い”から“赦し”に変わった時、
この宇宙は本当に、生きる意味を得たのね。」
⸻
夜。
フィオナは“涙の海”の岸辺で星空を見上げていた。
無数の星が瞬く中で、
ひときわ明るい光が、彼女の瞳に映る。
セレンの星が、静かに微笑んでいた。
「セレン様……私、もう怖くありません。
痛みも、悲しみも、あなたの光だから。」
その瞬間、風が頬を撫で、
海が金色に輝いた。
どこか遠くで、声が囁く。
『――ありがとう。
あなたの涙が、私の記憶をつないでくれた。
これからはあなたたちが、
“赦しの時代”を生きていくの。』
⸻
アウロラは、満ちていく星々を見つめながら言った。
『リュミナ……祈りは終わらないのね。』
リュミナは笑った。
「ええ、アウロラ。
祈りは宇宙の鼓動。
終わりではなく、“生きる音”だから。」
星々が輝き、
その光が涙の海に降り注ぐ。
そして、誰もが悟った。
――痛みは祈りに、祈りは赦しに、赦しは愛に変わる。
それが、セレンが遺した“永遠の循環”だった。
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