『時空転生ギフト:LV1から始まる神殺し計画』

あか

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7話

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第7話 「処分命令」

 空がまだ歪んでいる。

 屋上は粉じんと焦げた匂いと血の匂いと、焼けた鉄みたいな匂いで満ちていた。コンクリは割れて、手すりは曲がって、校舎の壁の一部は崩れている。だけどまだ立っている。まだ“学校”って形をしている。

 俺たちが守ったんだ、ここを。

 ……って余韻に浸らせる気は、どうやら世界にはないらしい。

 屋上に、別の音が重なった。

 低い、圧のある、機械的な接続音。

 「ピッ……ガッ……ガガガ……ッ」

 音の正体は、空中に現れた黒い“扉”だった。
 昨日見た裂け目とはまったく違う。あれは世界が裂けてた。それに対してこれは、世界のほうが丁寧にスペースを空けて迎え入れてる感じ。まるで「正規ルートです」とでも言いたげな、正式な通路。

 その扉が開き、スーツの人間たちが現れた。

 黒。黒。黒。

 全員、同じ形の無線式ヘッドセット。
 同じカットのスーツ。
 全員の動きにムダがない。
 御門たち監査班と似ている。でも明らかに違う。

 こいつら、もっとヤバい。

 空気だけでわかる。こいつらは「この学校に入っていい」許可を持ってる側だ。
 拒否権を、持っていない側の俺たちとは立場そのものが違う。

 黛が息を整えながら低く言った。

「全員、戦闘態勢は維持。でも武装の先端は下げろ。まだだ。まだ撃つな」

「わかってる」と黒瀬。

「了解」と槙村。

 アイは俺に寄り添うように位置取りして、俺の肩をしっかりつかんでいる。支えるというより、「離さない」という意思表示に近い。

 黒いスーツの一団の中から、一歩だけ前に出た影があった。

 スーツは同じはずなのに、雰囲気が違う。
 黙って立っているだけで、空間を上下に分断するみたいな圧がある。

 その人物は、まだ若く見えた。三十代前半くらい。
 整った顔。整いすぎていて、逆に血が通ってる感じが希薄。表情は薄い微笑。目だけが、ずっと冷たい。

 そいつは、俺たち全員を順に見て——黛で止まった。

「はじめまして。管理局上席執行官、神楽坂(かぐらざか)」

 一瞬で、屋上の空気が凍った。

 あの名前だ。

 御門が口にした名前。
 特防課の全員が顔色を変えた名前。

 この人間が、この街側の“天井”だ。

 黒瀬が息を漏らす。「うわ、マジで来やがった……」

 槙村は唇を噛む。「上席執行官って……現場に出るタイプじゃないはずなのに……」

 アイは俺の肩をつかむ指先にさらに力をこめた。
 俺の痛んでる体でもはっきりわかるくらい、彼女の手が震えている。

 神楽坂は、あくまで丁寧な口調で続けた。

「まず、確認するべきことが一つだけある」

 黛は一歩も引かないまま静かに返す。「どうぞ」

「——本校の戦闘行為は、管理局の事前許可を得ないまま実行された。これは地区間協定における“勝手な交戦行為”に該当する。弁明は?」

 黛は即答した。

「正当防衛だ」

 神楽坂は、ゆっくりと目を細める。その仕草には苛立ちも怒りもない。ただ、温度がない。

「“神域干渉体レベル5”を相手取って“正当防衛”と主張するのは、少し無理があるのでは?」

「無理がある? 奴らはこの校舎を狙って降りてきた。生徒を襲い、教室を潰そうとした。それを防いだだけだ」

「ですが——本校は《管理局による保護》を拒否しましたね?」

 そこだ。
 この人はそこを突く。

 「俺たちが守ります」って突っぱねたことは、神楽坂にとって「勝手な軍事行動」なんだ。

 神楽坂は続ける。

「保護を拒否し、自衛戦闘を選択した時点で、ここは“学校”ではなく“無許可の武装拠点”と見なされる」

 言葉は落ち着いている。
 内容は、死刑宣告だった。

 槙村の肩がビクリと揺れる。
 黒瀬は、笑いかけて笑えず、舌打ちだけを落とした。

 神楽坂はゆっくりと黛に一歩近づき、屋上の破壊跡と巨大な神域体の残骸を一瞥する。

「——よって、桐生東高校 特防課2-Bへの即時“処分命令”が発行された」

 心臓が、嫌なふうに止まった。

 処分命令。

 その言葉は、管理局が“邪魔なもの”に貼る最終ラベルってことくらいは、俺にもわかる。

 アイが俺の肩をさらに強く抱いた。痣になるくらい強く。

「ふざけるな」

 アイの声は低く震えていた。

「私たちは守ったんだよ? 殺されそうになった生徒を、ここのみんなを、学校を。なのに“処分”って何。あんたたち、どの口で“保護”とか言ってんの」

 神楽坂はアイをちらりと見た。ほんの一瞬。
 それだけで、アイの背筋に寒気が走ったのが伝わってくる。指先がビクッと跳ねた。

 神楽坂は笑っている。
 けれど、その笑みは一ミリも優しくなかった。

「誤解があるようだね。これは君たちを責めているわけではない。むしろ、評価している」

「は?」と黒瀬。

「特防課2-Bは、極めて高い適応力と連携能力を示した。個人レベルでは管理局の実働部隊に並ぶ、あるいは勝る瞬間すらある。非常に興味深い。——だからこそ、野放しにはできないんだ」

 怒りでも冷笑でもなく、それは“判断”だった。
 神楽坂にとって、俺たちはもう「生徒」じゃない。

 リスク。

 それだけ。

 神楽坂は静かに続ける。

「本校、特防課2-Bは本日をもって“市街安定性への重大な潜在的脅威”と認定された。管理局は君たちの活動を即時封鎖し、解体する義務がある。これは公共のための処置だよ」

「封鎖と……解体」
 槙村の喉が震える。「それ、私たち……」

「生徒単位の即時拘束、資産押収、機密指定。場合によっては——」神楽坂は一瞬だけ、穏やかな微笑みを深くした。「存在の再調整も検討範囲に入る」

 再調整。
 それが何を意味するか、言葉としてはっきり説明されなかったのに、理解してしまって、全身の血が冷える。

 “消す”ってことだ。
 この街から、記録ごとごっそり。

 昨日エリシアが言ってた「世界からいなかったことにされる」。
 それを、こいつらは人間の側の権限でやるつもりだ。

 頭がグラッと揺れた。
 目の奥から、嫌な熱がこみ上げた。

「……それで、“公共のため”かよ」

 俺は言ってた。
 気づいたら口からこぼれてた。

 神楽坂の視線がゆっくり、俺へ向く。

 その瞬間、呼吸が止まりかけた。
 アイの手がぐっと肩に食い込む。そうでもしてなきゃ、俺は一歩下がってた。

「君が、神谷蓮か」

 神楽坂は、観察するような目で俺を見る。
 俺という存在を、“人間”としてではなく、“機能”として見る目。

「噂には聞いていた。《ステータス編集》。神殺し候補。面白い権限だ。だが同時に、それは制御不能な不確定因子でもある。市街のリスク管理上、最優先で確保すべき“武器”だ」

 武器。

 俺を、武器と呼んだ。

 アイの指先が、さらに震える。

「——ちがう」

 アイが言った。

 その声は、鋭くて、切れてて、でも震えてた。

「蓮は武器じゃない。うちらの仲間」

 神楽坂が微笑む。
 口元だけが、ほんのわずかに上がる。

「月城アイ。あなた、感情が優先しすぎる。非常に危険だ。その情動バイアスは判断を歪め、部隊を壊す」

 アイの表情が一瞬止まる。

 その隙を逃さず、神楽坂は続けた。

「こういう子が最初に死ぬ。僕はたくさん見てきた。だから、そうならないように処分するんだよ」

 屋上の温度が、一気に下がった。

 ——ああ、こいつの“優しさ”ってそういうことか。

 こいつは、全部わかってる。
 わかってて、切り捨てる。
 死なれる前に、「原因になる可能性」を消しちゃうほうが効率的だと信じてる。

 アイに向けて「君危ないから消すね」と、心から正しい顔で言える。
 そういう人間だ。

 黛が一歩、前に出る。

「……それで。どうするつもりだ」

 神楽坂は、迷いなく告げる。

「簡単だよ。順番に拘束していく。抵抗するなら、こちらの正当防衛の範囲で“鎮圧”する。それだけだ」

 俺は、歯を噛みしめた。

「抵抗するに決まってんだろ」

 神楽坂の視線が、また俺へ。
 その瞳は笑ってもいないし怒ってもいない。
 ただの確認。

「君はそう言うと思っていたよ。人間はいつもそうだ。“自分は特別だ”“自分はただ生きたいだけだ”と言って、全体を乱す」

 俺は一歩、前に出た。

 痛い。
 正直、さっきの《防壁》の反動がまだ全身に残ってる。
 骨の芯がまだずっと熱い。頭もぼんやりする。
 立ってるだけでもつらい。でも、倒れるわけにはいかない。

「違う。そうじゃない」

「ほう?」

「俺、“自分だけ助かりたい”なんて言ってねぇよ」

 一拍置いて、はっきりと言った。

「俺はこのクラスを守るって言ってるだけだ」

 ——一瞬で、屋上の空気が変わった。

 黛が、わずかに目を細める。
 黒瀬が、にやっと笑いかける。
 槙村が、唇を噛んだまま目の奥を潤ませる。
 アイは、まるで殴られたみたいな顔をして、息を呑む。

 神楽坂は、少しだけ目を細める。

「……“このクラス”。ずいぶん狭い範囲の世界だ」

「そうだよ」

 俺は素直に言った。

「俺の世界は、ここだ」

 神楽坂は、ふっと笑った。

「いいね。わかりやすい。そういう局所的な帰属意識は、対象を説得で動かすのに向いている」

「説得?」

「条件を出そう」

 神楽坂は、両手を見せるように軽く上げた。武器は持っていない、というジェスチャー。

「神谷蓮。君が大人しくこちらに同行するなら、特防課2-Bの“即時処分”は見送る。月城アイたちも、黛凌央も、黒瀬迅も、槙村ユイも——最低限の監視下処理で済ませる。もちろん“再調整”は今すぐには行わない」

 アイが息を呑む。「蓮、ダメ、それ——」

 でも俺は、聞いていた。

 神楽坂は穏やかに続ける。

「逆に、君が拒否するなら? この場で君たちは“治安維持に対する武装抵抗勢力”と分類される。そうなれば、僕はこの場で強制力を行使できる。正当防衛という名目で、ね」

 その瞬間、神楽坂の背後の黒スーツたちが、同時に一歩、前に進んだ。
 ピタ、と揃ったあの一歩が、やばい。
 ズルいくらい、やばい。

 生徒相手に本気の軍用の動きしてくるなよ……。

 喉の奥が、ギチギチ鳴る。
 これは、わかりやすい人質構図だ。

 「お前一人で来い。そうすればみんなは“今は殺さないでやる”」

 やり口としては、いやらしいほど正論っぽい。

 アイが叫んだ。

「蓮、行かないで!!」

 振り返る。
 そこには、顔をゆがめたアイがいた。

「この人たちは“今は殺さない”ってだけだよ!? 引き渡したら、あんた絶対ひき肉にされるからね!? 分析だの解剖だの言い換えてただけでしょ!? あたしそんなの絶対許さないから!!」

 声が震えてるのは、怒りでか、それとも恐怖でか、もう混ざってて判別できない。
 それでも、アイは前に出ようとする。

 黛が静かに腕を伸ばして、アイの肩を押さえた。

「アイ。動くな」

「でも——黛先輩っ」

「落ち着け」

 その声は低いけど、決して冷たくはなかった。

「……今、神谷が選ぶ」

 アイは噛みつきそうな顔をしたけど、黛の手を振り払うことはしなかった。
 視線だけが、必死に俺へ縫いとめられるみたいに向く。

 俺は、息を吸い込んだ。

 どうする。

 この状況を、冷静に見れば答えは一つある。
 俺が一人で行けば、特防課2-Bは今すぐには潰されない。
 少なくとも、“この場”では助かる。

 アイも、黛も、黒瀬も、槙村も。

 俺が差し出されることで、時間を稼げる。

 それは、合理的だ。

 こっちの世界のルール的にも、多分それが最適解に見える。

 でも。

 でもな。

 俺は、もう知ってる。

 “時間を稼ぐ”って言葉の裏には、「そのあいだにゆっくり壊す」って意味がくっついてるってことを。

 エリシアも言ってた。「守る」って言葉は都合よく使われる、って。

 管理局の“今は殺さない”も、同じ響きがする。

 それに。

 俺は、昨日決めた。

 ——ここを渡さないって。

 だったら、答えは一つしかない。

 喉の奥で何かがカチッと噛み合ったみたいに、迷いが消えた。

「ごめん」

 俺は、アイに向けて言った。

「俺、行かない」

 アイの目が、大きく揺れる。

 涙がにじむ。
 同時に、安堵が浮かぶ。
 同時に、不安も浮かぶ。
 その全部が混ざって、ひどい顔になって、でも俺はそれがすごく好きだった。

「……バカ。ほんとバカ。……でも、うん」

 アイが小さく笑う。「それでいい」

 俺は、まっすぐに神楽坂を見る。

「俺は行かない。ひとりで行ったら、それで全部終わりだってわかってるから」

 神楽坂は、かすかに目を細めた。

「君は本当に“自分だけが特別”だと思っているんだね」

「いや違う。逆だよ」

 俺は笑った。もうボロボロの笑いだったけど、ちゃんと笑えた。

「俺だけが特別なんじゃない。——俺たちが特別なんだよ」

 屋上の空気が、一瞬で熱を帯びる。

 黒瀬がニヤァと笑った。「ほら来た。俺こういうの待ってんだよね~」

 槙村が涙目のままタブレットを構える。「はい録音入りました、これ裁判資料にも使えるやつだからちゃんと喋ってね神谷くん……っ」

 黛は何も言わない。ただ腕を組んだまま、満足そうに目を細めている。

 アイは泣き笑いしながら、俺の腕をぎゅっと握った。
 それは“離さない”っていう合図だ。

 神楽坂の表情は、そこでほんのわずかに崩れた。

 驚き。

 ——感情、あるんだ。

 その驚きを一瞬だけ見せたあと、彼は静かに首を振る。

「そうか。なら、仕方ない」

 神楽坂が右手を軽く上げた。

 黒スーツの連中が、同時に構えた。

 腰のデバイスが形を変える。
 銃。——に見えるけど、銃じゃない。
 銃身がない。
 かわりに、刃のない短い棒の先に揺らめくフィールドが発生している。
 あれは、きっと“拘束”って名目のやつだ。たぶん、当たったら終わり。

 同時に、俺の視界に白いウィンドウが走った。

 ────────────────
 緊急自動提案:集団防壁(プロト)
 対象:リンク共有内の仲間(最大5名)
 効果:短時間の共同防御層を展開
 コスト:SP(残量:?)
 副作用:使用者の精神負荷 極高/意識喪失ほぼ確定
 警告:負荷が許容値を超えた場合、使用者は“領域越境”を起こす可能性があります
 領域越境:神域側との直接接触
 ────────────────

 ……。

 ああ。わかった。

 こっから先は、“俺だけ”じゃ無理なとこにきた。

 だから、システムはもうひとつ上の扉を提示してきた。
 「仲間をまとめて守れるけど、おまえは倒れるよ? その代わり神に触れるよ?」って。

 この機能、まさに“神と同じ権限”が近づいてるってことだろ。

 つまり、俺が踏んだら、もう引き返せない。

 俺が“神側”に近づく。
 エリシアが言ってた「神の領域」に足突っ込む。

 でもさ。

 もう遅いよな。

 俺たちは、もう相手の土俵に引きずり出された。
 だったらここで同じ高さに手をかけなきゃ、全員まとめて潰されるだけだ。

 俺の喉が、勝手に笑った。

「……はは。あーもう。やるしかねぇじゃん」

 アイが俺の顔をのぞきこんでくる。「蓮?」

「アイ。もし俺が倒れても、離れるなよ」

「バカなこと言わないで。離れるわけないでしょ」

「よし。それ聞けたら十分」

 俺は息を吸い、叫んだ。

「特防課2-B、俺の声聞け!!」

 屋上の全員が、俺を見る。
 黒スーツたちも、ぴくりと動きを止める。
 神楽坂の視線がすっと細くなった。

「これから俺が、“一点だけ”書き換える。
 ——『この瞬間だけ、俺たちに触れるな』って」

 黒瀬がにやっと笑う。「いいじゃん。やろーぜ」

 槙村が涙目で「記録済み」とうなずく。

 黛は「任せた」とだけ言う。

 アイは泣きそうな笑みのまま「行け」と言った。

 世界が静まる。

 俺はウィンドウに手を叩きつけるようにして叫んだ。

「《集団防壁(プロト)》展開ッ!!!」

 ——割れた。

 現実そのものが、ガラスみたいに。

 俺を中心に、透明な層が何重にも重なって膨らみ、特防課2-B全員を包み込む。
 目に見えるはずのない“境界線”が、はっきり視える。
 そこには、ただひとつのルールしか書かれていない。

 触れるな。

 それだけ。

 黒スーツたちが一斉に突撃しようとした瞬間、そいつらの身体が、ありえない方向に跳ね返された。
 殴ってもいないのに、押し返される。
 踏み込もうとした足が、見えない床に乗り上げて弾かれる。

「なっ——!?」

 黒スーツの一人が転がり、コンクリに肩を打ちつける。
 別の一人が不可視の壁に押しつけられて、呼吸を詰まらせる。

 神楽坂の表情から、初めて“無表情”が剥がれた。

「……何だこれは」

 その瞬間。
 俺の頭の中に、誰かの“声”が落ちた。

 ——やさしく、静かで、でも圧倒的な存在の声。

『接続確認。権限行使を検知。あなたは、こちら側ではないのに、なぜそこで踏みとどまるの?』

 聞いたことのある、あの白銀の女——エリシアの声に似ていた。でも違う。もっと深い。もっと、遠い。

 寒気が、背骨から一気に走る。

 これが、“神の層”——。

 俺は、唇を噛んだ。

「なぁ、神」

『……呼び捨ては初めてね。愉快』

「言っとくけど、俺はそっちに行く気ねぇぞ」

『ほう』

「俺は俺で、この世界はこの世界で、こいつらは俺のクラスだ」

『理解不能。クラスという局所単位に対して、あなたはなぜそこまで高い優先度を与えるの?』

「決まってんだろ」

 俺は笑った。口の端から少し血が落ちるのがわかった。

「ここが、俺の世界だからだよ」

 その瞬間、頭の中の“存在”が、少しだけ沈黙した。

 その沈黙には、怒りも冷笑もなかった。
 ただの“記録”。
 「観測した」というだけの合図。

 そして——。

『了解。あなたの宣言を記録。
 神谷蓮:ローカル領域の優先順位、最高値』

 ゾクリ、と鳥肌が立つ。

 やめろなんかフラグ立った感じするからやめろ!?

『以降、監視を強化する。あなたは面白い』

「褒め方が怖ぇよ!!」

 ズガァンッ!!!

 全身に衝撃が走った。
 意識が一瞬で白く弾ける。

 ……やばい。
 来るって言ってたもんな、副作用。精神負荷、意識喪失ほぼ確定。

 膝が砕けたみたいに感覚が抜ける。

 最後に聞こえたのは、現実側の声だった。

「蓮!!」
 アイの悲鳴。

「大丈夫、気絶だけ!! 心拍維持してる!!」
 槙村のかすれた叫び。

「今の間に下がるぞ!! 動けるやつは神谷を囲め!!」
 黛の鋭い指示。

「おーらお役人サマぁ、こっちは未成年だぞ~? そのうちニュースで叩かれて泣くのはアンタらだかんな~?」
 黒瀬の、死ぬほどふざけた声。

 そっから先は、暗い。

 真っ黒な深いところに沈みながら、俺はひとつだけ理解した。

 今の一瞬で、俺は“神”に触れた。
 向こうも俺を見た。
 つまりもう、俺たちは完全に「管理局 vs 特防課」とかいうローカルの話ですらない。

 この学校と、神と、管理局と。
 それ全部が、同じ盤の上に乗った。

 もう後戻りはできない。

 でもそれでいい。俺はもう、選んだ。

 ——このクラスのために、俺は神すら殴る。

(第7話 終)
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