詐欺る

黒崎伸一郎

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直美としがない中年男③

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私は直美のバイト先に向かった。
ハンバーガーショップでバイトをしていた。
バイトの制服も似合ってるし、バイト仲間の中では光り輝いて見えるのは、私のひいき目だけではないような気がした。
直美の前に行きアイスコーヒーを注文する。
それを受け取ると直美がよく見える場所の席に座りしばらく見続けていた。
木曜日から三日間通い、直美を見る為アイスコーヒーを頼み、それを飲み終えないのにまた頼んでいる自分がいた。
他人から見ればただの中年のエロオヤジがいやらしい目で見ているとしか見えなかったかもしれない。
そりゃそうだ、年も親子ほど離れていたからである。
三日目の土曜日に直美のバイト先に行った私は直美が後一時間でバイトが終わる前にハンバーガーショップを出て病院に向かった。
見舞いに来る直美と直接話をするためだ。
やはりハンバーガーショップでは他のバイトや客の目もあり、病院の方が静かで話しやすいと思った。
病院に歩いて向かいながら私は今はいないであろう萩原海人の最後の頼みを思い出していた。
直美を見守ってやらなければいけないのだが、今一番やらなければいけないことは直美名義の通帳を渡すことだ。
私は今、萩原海人として生きているが萩原海人という名で会うことはできない。元の黒崎伸一郎で会い、話を進める必要があった。 
病院に着いて時計を見ると四時少し回っていた。
後三十分ほどすれば直美は受付の前を通り父親の病室に向かうはずである。
受付の前で直美が来るのを待つことにした。
時間通りに直美は少し小走りで歩いて受付の前に来た。
「すいません、新川直美さん!」
直美は突然私が話しかけたので少しびっくりした表情で歩くのを止めた。
私の顔を見て「あ!バイト先に最近よく来るおじさん?」と少し不安な表情を見せた。
「ストーカーじゃないから大丈夫ですよ。
実はお父さんの知り合いなんです。
お父さんといっても萩原海人さんの方なんだけどね」
私は海人の知り合いということで直美と話をすることにしたのだった。
「えっ?お父さんの知り合い?」
直美は十七年前から養子に出した父の事は殆ど知らなかったし、知ってる人に会ったことさえなかった。
直美は少し考えて「お父さん、いや今のお父さんの見舞に行かなくては心配するから少しここで待ってもらえますか?
終わったらすぐに降りてきますから…」と言ってきたので「わかりました。
じゃあここで待ってます。
あっ、急がなくていいからゆっくりお見舞いしてきてください」
と私が言うと、直美は深々と頭を下げてエレベーターで父親の病室に上がって行った。
二十分ほど待っただろうか、エレベーターで降りてきた直美は小走りで私の前に来て「ごめんなさい、待たせちゃって!」と軽く頭を下げた。
私は「ここでは話がしにくいので喫茶店に行きませんか?」と病院から少し歩いた喫茶店に直美を誘った。
直美は素直にその誘いを受けた。
「私はアイスコーヒー。直美さんは?」「じゃあ私はアイスミルクティお願いします」と丁寧に注文した。
時間がないだろうから手短に話そうかと直美に言ったが、本当のお父さんの話なんて聞いたことがないのでちゃんと聞きたいらしかった。
可愛らしい直美の顔を見ながら辻褄の合わない話になってもいけないので、それを気をつけて話を始めた。
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