詐欺る

黒崎伸一郎

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詐欺師萩原海人2

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「何かなかったら連絡したらいけないんですか?」少し拗ねた口調で直美は問いかけた。
「あなたは私の事を知ってるけど私はあなたの名前すら知らないんですよ!少し不公平です。名前くらい教えてください」
そういえば私は直美に自分の名前さえ言っていない。
初めに名乗るのが礼儀であり当たり前のことであった。
だが考えてみると私は萩原海人になっている。
しかし、その名前を出すわけにはいかない。
私は昔の名前で出ていますではないが(全く面白くないか!)黒崎伸一郎だと名乗ったのだ。
でも、今になって私の名前を聞いてどうするのだろう?
何の為なんだろうなどと考えてみたが、私は一つの仮説を立てた。
直美はもしかしたら私が自分の父親ではないか?と思っているかもしれないと思ったのだ。
そう思うのも、もっともな話である。
二千万円もの金を人から預かって持ってくるなんて物語のようなことが現実にあるとは思えない。
しかも父は海外にいるなんて…。
何故、自分で持ってこないで、また連絡すらない。
ありえないと直美が思うのも無理はなかった。
「いきなり二千万円もの通帳渡されて、両親に何て話せばいいかくらい一緒に考えてくれてもいいんじゃないですか?」直美は少しだけ怒った口調で話しを続けた。
「明日、時間取ってもらえませんか?お願いします」今度はお願いモードである。
普通なら可愛い女性からの誘いなので二つ返事でオッケーを出すのだが、その問いには少し考えて答えを出さなくてはならない。
少し考えて「わかった。何時なら空いてる?」と答え私は明日直美と会うことにした。
その日の夜、私は引っ越しを考えていた。
このアパートには風呂がない。
風呂に行くのも面倒くさい。
またアパートの階段が急な為、この前も夜飲んで帰って階段から転げそうになったのだ。
今年いっぱいは家賃を払っていたらしくまだ六月なのでなんかもったいないが、クーラーもない部屋である。
(こんなところに女も連れて来れない!)と思いながら今日もこの部屋で寝る私であった。
夕方には直美と会う約束をしている。
喫茶店で通帳を渡してから二週間、どうしてたんだろう?
会う時間はバイトは大丈夫なんだろうか?
そんなこと考えていた自分を(なんか父親みたいだな)と一人でほくそ笑んだ。
昼前にサウナに行き、いつも通り(その間何度か来ていた)に大風呂で泳ぐ。
昼間のサウナは人も少なくゆっくりできる。
気持ちよく、体もリフレッシュできる。サウナを出たら未だ二時前で、六時の約束にはまだ時間がある。
直美に渡した金を何と言って親に話すべきなのかは、まだ考えてはいない。
パチンコにも行く気にならず、喫茶店で良い案を浮かばせようと、あまりよくない頭を捻らなくてはならなかった。
六時少し前に約束のレストランに入った。
すでに直美は座って待っていた。「ごめん!もう来てたんだ、早いな」注文もまだしてないらしくテーブルの上には水しかない。
「何かそわそわして、早めに来ちゃったの。
黒崎さんも時間より早く来てくれたんですね。ありがとうございます」とキュートな笑顔で礼を言う。
「腹減った。なんか美味しいもの食べよう!」
「私もお腹ペコペコ。ここ、ビーフシチュー美味しいらしいから頼んでいい?」直美はお腹に手をかざしながら聞いてきた。
「何でも食べなよ。私もビーフシチューを頼むかな!」とウェイトレスにビーフシチュー、ライス、サラダとコーンスープを二人分と赤ワインにオレンジジュースを注文した。
「制服じゃなかったら私も赤ワイン飲みたかったのに…」と言った直美に「まだ高校生だからダメだよ」とまるでお父さんのように言い聞かせた。
直美も「まるでお父さんみたい」と小声で言って笑う。
「家では赤ワイン飲んだことあるよ。美味しかった!」直美は少し首を傾けて私に話しかけた。
(やはり直美は可愛いな)と思いながらワインをグラスに注ぎ、直美と初めての乾杯をした。
「何に乾杯?」と直美は聞いた。
「とりあえず出会いにって事にしとこう」と私は自分の発した言葉に照れながら乾杯したのだった。
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