詐欺るシリーズ「身体を許さない女」

❻

「う，うっ…，頭が痛い…」
飲みすぎたせいか喉がカラカラで、ベッドから起きて冷蔵庫に向かおうとした俊樹は，部屋の中の景色がいつもと違うことに気がついた。
「えっ……？」
自分が寝ていた隣に裸で髪の長い女性が横たわっている。
顔は反対側に向いていたため見えないが、どう考えてみても昨夜のユイである。
恐る恐る反対側に回ってみるとやはりユイの寝顔であった。
慌てて時計を見ると午前五時を少し回っだところに針は指している。
記憶を失ってから六時間が経過した計算になる。
俊樹は冷蔵庫の中からミネラルウォーターを取り出して，首のあたりからグビグビと音を出しながら一息で飲み干した。
「ふぅ～」
最初に口から出た言葉がこれである。
首を左右に小刻みに動かしながら，俊樹はこれからのシチュエーションを考えた。
恐らくこの状態ならばユイとセックスをしたということは間違い無いだろう。
僕には覚えがないと主張したところで無駄なことだろう。
だったらどうするか？
いやどうすれば一番いいのかを考えなくてはならなかった。
幸い，ユイは今寝ている。
ユイを残してこのまま逃げ去るべきか？
いや，そんな卑劣なことは出来ない。
万が一でも，ユイが警察に届けるということはないだろうが，いずれにしても自分が誰であるかは調べれば分かることだ。
ならばどうする？
頭が痛いどうこう言っている場合ではない。
俊樹は今置かれている自分の立場を再確認した。
このことが美香にしれたら、結婚はお終いかもしれない。
しかも多額の賠償金を支払う約束もしている。
実は俊樹は美香と結婚すると決めた時に、契約書たるものを書かされていたのだった。
それは二つの約束事で，一つは結婚するにあたって，まず式の時までは関係は持たない。
そしてもう一つは，結婚式までは他の女性とは交わらない。
このたった二つの誓い書である。
もし万が一それが守れない時は、婚約を解消して違約金を払うという約束事であった。
美香の父親の前で書かされた俊樹は、この時こんな感じになるなんて、予想だにしなかったことであった。
だから違約金が三千万円であろうが、それ以上であろうが俊樹には全く構わないはずだった。
故に三千万円という額を了承して、名前を書き、ハンコを押したのだった。
まさかこんなことになるなんて、なんと浅はかで愚かな行動をとってしまったのだろうか？

そのことを今悔やんでももう遅い。
ではどうするべきなのだろうか？
ユイに話をして関係を持ったことを、黙ってもらうことが最善策なのだろう。
ただそれは，典英と咲という女性にも口止めをしなくてはならない。
俊樹は，この大問題を短時間の間にクリアしなければ，大変なことになる，と自らに言い聞かせた。