噂のギャンブラー

黒崎伸一郎

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意外な事から

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海斗はいつもの様に朝六時の電車で仕事場に行きアパートに帰って来たのは夜の七時を過ぎていた。
今日も三十五度を超えていてアスファルトの上では体感温度が一体何度になっているのか分からないほど頭がボーとした状態が続いていた。
「はい…!」
背後から声がかかる。
仕事の上司だった。
キンキンに凍ったポカリスエットを差し入れしてくれたのだ…。
炎天下の中のこの差し入れは本当にありがたい。
「ありがとうございます。稲垣部長」
海斗は差し入れの凍ったポカリスエットのボトルを首元にくっつけた。
太陽で熱った顔中に冷たいボトルを転がる様に手で回していく。
生き返った感覚だ。
海斗は大粒の汗をタオルで拭きながら「今日、仕事終わったら連絡しますから携帯出てくださいよ…!」
部長の稲垣は「わかった。後三時間くらいだからがんばってね」
そう言い残して車で会社に帰って行った。
たまにだが、部下にこうやって差し入れを持って来てくれる。
ほんとにたまのことだが嬉しい。
海斗がこの会社に面接に行った時に会社にいたのが稲垣だった。
稲垣は面接の時の印象は海斗より遥かに若い感じなのに宅建の免許や社会労務士の資格を持っていて警備会社の役員だけではなく不動産会社の役員も兼ねていたのですごい人だなぁと感じていた。
まともに働いたことさえなかった海斗が一年以上も仕事が続いたのは金がなかったからだけではなく稲垣が上司でいたからでもあった。
会社に入って一年目くらいから毎月の給料日までもたないのが我慢できなくなり、稲垣から前借りをさせてもらったり、酒や食事を奢ってもらうこともあった。
そんなに大きい警備会社ではないが、従業員は百人くらいはいて次期社長に決まっているらしかった。
稲垣自身はいろんな会社の重役をやっているらしかったが、そちらの執着は余りない様で、「自分の時間が全くない!」
とそちらの方に不満がある様だった。

仕事を終えてアパートに帰ってシャワーを浴びた後に約束通りに稲垣の携帯に連絡を入れた。
携帯電話の二回目のコールで稲垣は電話を取った。
「もしもし、小比類巻です。
時間あったら少し話を聞いて欲しいのですが…?」
会社に一年在籍して二、三回食事に行った事があった海斗は稲垣に飯をご馳走になろうと思っていた。
「はい、もうすぐ終わるから居酒屋に行って飲みながら待っていてください。
すぐ行きますから…」
給料日前のこちらの事情を察して飯を奢ってくれる様だ。
「了解です。先に入ってなんか飲んでいてもいいですか?」
遠慮することはない。
仕事で頑張ればいいのだから…。
そんな気持ちで約束の居酒屋で一人生ビールから始まりレモン酎ハイを飲んでいた。
三杯目のアルコールを飲み終わった時に入口のドアから稲垣が入って来た。
「ごめんなさい。書類整理してたら遅くなっちゃって…」
「僕の方こそお呼び立てして…。駆けつけ三杯飲んだところです」
海斗が居酒屋に来てまだ十分くらいしか経っていなかったが、アパートの中で一人で飲む酒と違って外で飲むのは余計にうまい。
と言っても給料日前の海斗には酒を飲むだけの金がなかったのだ。
「どんどん飲んでいいですよ!
その分、仕事頑張ってくださいよ!」
稲垣は笑いながら「生ビールを一杯ください」
と店員に注文した。
「小比類巻さん、腹減ってたら遠慮なく食べてくださいよ。僕には遠慮は禁物ですから…」
と店員がテーブルに置いた生ビールを一口飲みながら笑って話した。
「稲垣さんはギャンブルはやらないのですか?」
四杯目のレモン酎ハイに口をつけながら海斗が稲垣に聞いた。
「ん…?あ~ギャンブルね…。
やるよ…。って言うか毎日やってるよ!」
最初の生ビールを飲み干して「生お代わり!」と注文しながら話し出した。
「小比類巻さんにだけ話すけど僕は毎日やってるけど余り負けないよ…。いや、だいぶん勝ってるかなぁ…?」
稲垣の言ったことに海斗は驚いた。
仕事を忙しくやっているのは話には聞いていたが、ギャンブルをしていたなんて初めて聞いたからである。
しかも毎日…。そして勝っている…?
「毎日やるなんて…?パチンコかスロットですか?」
毎日やれるのはパチンコかスロットくらいしか海斗は思いつかなかったのである。
「いや、パチンコやスロットは時間がないから行かないし、勝てないもん…」
「じゃぁ何やってんですか?」
少し前のめりになって問いただした。
「携帯電話でオッズパークと即パットやってんだ。」
海斗は携帯電話で買えるオッズパークと即パットは持っていなかった。
「携帯で買ってるんですか?
でも毎日やってどうやって勝つことができるのですか?」
率直に疑問を投げつけてみた。
二杯目の生ビールを一口飲んでから「みんな勘違いをしているんだよ。ギャンブルってものを…」
海斗はその一言にギョッとさせられた。
(何だかこの人は他の負け負けギャンブラーとは違うかもしれない?)
そう感じた海斗は稲垣の次の一言に生唾を飲んだ。
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