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悪役皇子はざまぁ展開を希求する。
19皇子潜入(下)
しおりを挟む「待たせたな。少女を売りに来た商人というのはお前か」
横柄な態度のヘヴンリィがノースの隣に立っているユリウスに目を向ける。
髪に、瞳に、全身に、絡みつくような無遠慮な視線が注がれて、ユリウスは生理的な寒気を覚えた。
「ほう。ずいぶんと美しい顔立ちをしておる。出自はどこだ」
「王都のストリートチルドレンですよ。エイダといいます。高貴な出ではありませんが、作法は身についていますので、躾の手間は省けますよ」
事前に決めておいた偽名でノースがユリウスを紹介する。
ギルバートの母の名を借りたのは、脈絡のない名前をつけて咄嗟の時に反応し損ねることを防ぐためあだ。
「なるほど、洗濯済みというわけか」
商品をより高値で売るため、商人によっては最低限のマナーや教養を叩き込み商品を「磨く」者がいる。
ユリウスもそうだと考えたのだろう。
勝手に納得するヘヴンリィに、「まあオプションで」とノースが適当な相槌を打った。
「この面差し、どこかの誰かににておるな」
舐め回すようなヘヴンリィの眼差しに耐えかねて、ユリウスはか弱い少女のふりでノースの背中に身を隠した。
嗜虐心を刺激されたのか、ヘヴンリィが油っぽい顔ににんまりと笑みを浮かべる。
「うんうん。悪くない。着飾らせて黒髪にしたらもっと良くなる。──ニア!」
「はい、旦那様」
後方に向かって呼びつけると、扉の向こうから中性的な子どもが入ってきた。
ベリーショートのプラチナブロンドにバイオレットの瞳。半ズボンを身につけているから少年だろうか。
年の頃十四、五歳。しかも少女ではなく少年となると、ヘヴンリィの趣味からは少し外れる気がした。
「今日からここに住む“人形”だ。衣装部屋に連れて行って身なりを整えさせろ。髪は黒く。ワンピースはフリルのついたボリュームのあるものを」
「はい」
無表情に頷いたニアがユリウスの手を取る。
おいで、と誘導されるままに後をついていくと、その背中にノースの声が追いすがった。
「その子の指輪は死に分かれた家族の遺品だそうです。取りあげないでやってくださいね」
ニアは立ち止まらなかったが、ユリウスと繋いだ手に同情の力がこもる。
武器を取り上げられないための機転だろうが、自分のために心を痛めたニアを思うとほんの少し後ろめたかった。
支払いの交渉を始める大人達を部屋に残して廊下に出る。
ここは厨房、ここは大食堂、ここは風呂場、と案内され、一階を一通り見終わると大階段の下の部屋に連れて行かれた。
もとは女達の控え室だったというその部屋にずらりと並んでいたのは、服、服、服。
下手な店より豊富な種類の衣料品の数に、ユリウスは呆気にとられてその場に立ち尽くした。
「ここは衣装部屋。旦那様の集めた子ども用の服やアクセサリー、化粧品が詰まっているコレクションルームだよ。旦那様はこの部屋で自分の“人形”を着せ替えるのが好きなんだ」
「き……着せ替え……?」
不穏な言葉に眉を潜めると、ニアがどこか気の毒そうにユリウスを眺める。
「そう。旦那様はね、ここで人形遊びをしているんだよ。幼い女の子がよくやるでしょう。服を着せ替えたり、髪を梳かしたり、お化粧をさせたり。時々それでままごとをする。少女がするような遊びを生身の人間でやるのがあの男の趣味なんだ」
全身に泡立つような鳥肌が立って、ユリウスは両腕をかき抱いた。
──ぞっとしないな。
おぞけに耐えるユリウスを怯えていると思ったのだろう。ニアが励ますように口調を強めた。
「大丈夫だよ。人形らしく、大人しくしていれば酷いことはされない。毎日ご飯を食べられるし、旦那様がお泊まりにならない日は柔らかい布団でぐっすり眠れる。路上で暮らすより、きっとずっと安全だ。ただその……時々折檻されたり、乱暴に扱われたりすることもあるから……そういう時は人間であることを忘れるといい。大丈夫。怖くないよ。少なくともここにいる間は死ぬ心配をしなくてよくなる」
貧しいことを理由に、弱いことを理由に、死ななくてすむのだとニアが説く。
だけどそれは、生命の保証と引き換えに人権を捨てるということだ。
なんて非道な天秤だろう。
ユリウスは腹の中に寒気にも似た怒りを溜めた。
「こっちに来て」
気遣うように優しく、ニアがユリウスの手を引く。
連れて行かれたのは大きな鏡のついた化粧台の前だ。
ユリウスを椅子に座らせると、ニアがコレクションの中から黒いかつらと空色のフリルワンピースを持ってきた。
「手伝うから、まず着替えてしまおう」
言いながらワンピースを脱がせていくニアは子どもの世話に慣れている。
口調に気をつけながら、ユリウスはニアに尋ねた。
「ニアは男の子? 旦那様は女の子が好きだと聞いていたけど」
「男の子もいるよ。少ないけどね。だってままごとをする時に必要でしょ、男の子」
ボーイフレンド役や家族役ということだろうか。それなら女装しなくてもよかったな、とユリウスはこっそり思った。
念のため下着まで女の子用のものに変えていたため、ニアはユリウスの性別に気づかなかったようだ。
ワンピースの着付けを終えると、次はカツラのセットに取り掛かった。
「手際がいいね」
こぼれた感想にニアが少し笑う。
「役に立つ人形は少しくらい大きくなっても簡単には捨てられないからね。特に男の子は、男の子らしさが現れはじめるとすぐに捨てられちゃう。何の技術も身につけず、1リムも持たずに外に放り出されたら、生きていけないでしょう。一日でも長くここにいるには役に立つ方法を考えるしかない。残っている年長の子達は、僕と同じように人形達の面倒をみることで必要性をアピールしている」
あさぎ色の髪をまとめて、かつらを被せる。
黒髪にしただけでまるで違う人物になったようだ。
鏡の中の見知らぬ少女がマゼンタ色のリボンを編み込まれていくのをユリウスは不思議な気持ちで見守っていた。
「もとの髪色も可愛かったけど、こっちも似合うね。目鼻立ちがはっきりして見えて華やかになった」
全体を整えてからニアが褒める。
──母上も、こんな風だったのだろうか。
見たこともない実母の面影を探して、ユリウスはしばらく鏡の中の自分を見つめていた。
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