もふもふ猫は歌姫の夢を見る

雪うさこ

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第2章 歌姫と闇の魔法使い

第8話 王様と添い寝?問題

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 夢を見ていた。色とりどりの花が咲き乱れる庭にいた。まるで春の日差し。世界中を包み込むような安寧の光。甘く香ってくる匂いを満喫しながら、足取りも軽く、花々の合間を縫って走る。

 ——こっち こっちだよ

 追いついた男は、おれのからだを後ろから包み込むように抱きしめた。

 目の前には骨ばった手が交差する。それは七色に輝いていて光って見えた。その手に、自分の手を重ねると心が弾んだ。幸せだった。なんて満たされた気持ちになのだろう。夢の中のおれはきっと——愛すべき人と一緒にいられる幸福を享受していたのだった。

 サブライムは王様だった。亜麻色の髪。澄んだ碧眼。すらりとした体躯。王様って、もっと怖いおじさんなのかと思っていたのに。あんなに若くて、かっこよくて、凛々しい人だったなんて、思ってもみなかった。

 スティールの仲間である老虎たちをなぎ倒す剣術の腕。おれが感動したのは、スティールたちの仲間を殺さずに裁いていたこと。サブライムという王様は器も大きい、すごい王様だ。

 じいさんのこともあるというのに、サブライムのことばかり考えている自分は、嫌な奴だと思った。けれども、どういうわけか。彼のことばかり気になって仕方がなかった。

 眠りの淵で夢うつつなのだろうか。それとも覚醒していて、おれの頭が考えていることなのだろうか——。

 どうでもいいようなことを必死に考えていると、ふとサブライムとエピタフが並んでいる姿を思い出した。

 サブライムの隣に立つエピタフは、気品があり背筋もぴんとしていて、身のこなしも優雅だった。美しい言葉で話し、聡明そうな紅玉色の瞳に、誰しもが惹きつけられてしまう。

(おれとは違う。同じ獣人なのに、あの人は違う)

 サブライムとエピタフはお似合いだと思った。おれみたいな、田舎の猫とはわけが違う。サブライムとエピタフの間には、おれが入り込めないような、強い絆で結ばれている雰囲気が漂っていた。

 おれは、はったとして目を見開いた。
(おれが入れそうにないって、どういうこと?)

「なにを考えているんだ?」

 これは夢の中ではない。心の声でもない。声が出ていた。慌てて口元を押さえて、目を見開いた。

 広々とした寝台の上でからだを起こす。開かれた窓からは、明るい光が差し込んでいた。

 周囲は花で飾りつけられて、細かい装飾が施された支柱が見えた。花が咲き乱れている庭が見えた。まるで夢の中に出てきたような庭だった。

 昨晩は精神的にも、肉体的にも、限界に達したのだろう。記憶が途切れているということは、そのまま眠ってしまったようだ。

 こんなふかふかの寝台で眠ったことなどない。いつも堅い寝具だったおかげで、逆に腰が痛む。寝台から起き出そうと手をつくと、息を飲むような声が聞こえて、はったとした。

 自分は一人ではなかった——ということだ。

「——おい。寝かせろ。昨日は徹夜だったからな」

 腰に回ってきた腕に引き寄せられて、寝台に連れ戻される。

「ひいい」

 驚いて振り返ると、そこには上半身裸のサブライムが横になっていた。

 スティールとは違い、痩せて見えたサブライムだが、直に見せつけられる肉体は、筋肉質で、鍛えられている様が見て取れる。美しい陶器のような白い肌は、窓から差し込む柔らかな光を浴びて、輝いて見えた。

 そんな彼の肉体に目を奪われていると、逞しいその腕に絡み取られて、あっという間に、彼の腕の中に引きずり込まれる。

 胸板に頬がくっつくと、その熱に驚いた。人とくっついて過ごしたのは、子どものとき以来。耳の先まで熱くなって、心臓がどきどきと鼓動を速める。

「おおおお、おおい! おい! 寝ていてもいいけれど、おれを道連れにするな! サブライム!」

「お前は抱き心地がいい。おれが寝ている間は、こうしていろ」

 彼はまだまだ眠そうに甘ったるい声を上げた。

(——うう。いい匂いがする。なんだろう。これ……)

 鼻孔を掠めるのは甘い匂いだった。まるで頭の芯まで刺激してくるような匂いに、意識がぼんやりとしかけたが、なんとか踏みとどまる。

 おれは慌ててサブライムの肩を押し返した。

「嫌だ! 絶対に嫌だ!」

 じたばたと腕を振って、彼の腕から逃れようともがいてみる。しかし、もがけばもがくほど、彼の拘束は確固たるものになる。しかも、こともあろうにサブライムは、おれのしっぽを撫ではじめた。

(止めろって! それだけは——! 猫への嫌がらせだぞ!)

 しっぽがびくついた。なんとか、くるりと丸めてサブライムから逃れようと試みる。すると、サブライムは不本意そうな声を上げた。

「触らせろ。おれはふわふわしたものが好きだ」

「好きだからって、なんで触らせなくちゃいけないんだよ」

「昨日、助けた礼をまだもらっていないぞ」

「見返りを期待して人を救うの? ずいぶんと気持ちの小さい王様なんだね」

 ついいつもの調子で言い返してしまってから、はったとした。サブライムは王様なのだ。この国で一番偉い人。そんな人に無礼なことしたら。おれなんて、誰もいないところに置いてきぼりにされたり、果ては死ぬまで地下牢に入れられたり。もしかしたら、死刑にだってされるかも知れない。

 慌てて両手で口元を押さえるが、サブライムは大して気にもしていないのだろう。「元気な奴だな」と言って笑った。

「さすが、リガードに育てられただけのことはあるな。何事にも動じない性格。好ましいぞ」

(好ましいって言われても……)

 サブライムと一緒にいると、調子が崩される一方だ。常に子ども扱いされていて、なんだか揶揄われてばかりいるようだ。

「お前はいい香りがするぞ」

「え! そうなの?」

「そうだ。なんの匂いだろうか。発情期にはまだ少し早いだろうが……」

「そうだけど——」

 サブライムの指先がしっぽを伝って、おれの腰に触れた。吐息が洩れた。それが恥ずかしくて、思わず唇を噛みしめる。

「根元に触れると、しっぽが跳ねるのだな」

「やめろ。そこは。苦手なんだ!」

「ほほう」

「意地悪なんだから!」

 サブライムは「ふふ」と笑みを見せると、おれから離れていった。

「お前たち猫族は面白い名をつけるのだな」

 彼はその場で肘枕をしておれを見つめた。

「猫族は……、方舟以前の世界では『日本』って国にいたみたいだ。だから、おれたちは『漢字』って言語を使うんだ」

「それは聞いたことがあるぞ。確か……歴史の教師が言っていたような」

 その笑みは、絵本に出てくる王子様そのもの。おれの心臓は高鳴った。

「王様なんだから、国内の種族の文化をちゃんと理解しないと駄目じゃない」

「そうだな。お前の言う通りだ。しかと勉強しておこう」

 素直にそう言われてしまうと、なんだか肩透かしだ。どうせおれの言うことなんて、真剣に取り扱っていない証拠だと思った。

 終始、軽くあしらわれているみたいで、なんだか気恥ずかしい。顔を熱くして俯いていると、サブライムが大きく伸びをした。

「——さて。お前があまりにもうるさいから。致し方ない。起きるとするか」

「ごめん……」

「いいのだ。寝坊をしていると、——ほら。もう一人、怒っている者がいる」

 サブライムの声に釣られて視線を遣ると、部屋の入口に、じいさんと同年代くらいの人間が立っていた。いつからいたのだろうか。まったく気がつかなかった。

 じいさんは怒ると怖いけれど、普段は穏やかな人だった。よくみんなの話に耳を傾け、そして静かな声で話す。猫族は、みんなじいさんが好きだった。

 それに比べて、彼はとても気難しそうな人柄に見えた。痩躯で長身。なんだか生き物というよりは、作り物の人形、骨? 骨がそこに立っているみたいに見えた。

 髪はじいさんみたいに白髪だが、じいさんとは違い短く刈られている。眉間に寄せられた皺は、長い年月をかけて、彼の顔に深く刻まれているようだった。銀縁眼鏡の奥に光る灰色の瞳に見据えられると、悪いことをしていないのに、なぜかやましい気持ちになった。

「ずいぶんと、遅い起床で」

「そう嫌味を言わなくてもいいだろう? 帰ってきたのは深夜過ぎだぞ」

「外出許可は一日の約束です。日付けをまたぐことは許可しておりません」

「いいじゃないか。朝日は昇っていなかった。そのくらいは大目に見てくれ。リガードの願いも叶えてやりたかったからな」

 気のせいだろうか。じいさんの名前が出た瞬間。彼は深く息を吐いた。それから、眼鏡を押し上げると淡々とした口調で言った。

「市街地に入り込んだ厚生省派遣団からの報告ですと、カースの姿はすでに消えており、リガードの遺骸は見つからなかったそうです」

「——そうか」

 サブライムは寝台の上に座ったまま、じっとしていた。

(じいさんが——。じいさんが死んだ……の?)

 声にならぬ絶望。夢であって欲しいと思う希望は絶望に代わる。思わずシーツを握りしめた。サブライムの手が、おれの肩を撫でた。男はじっとおれの様子を見つめながら「堪えろ。凛空」と言った。

 おれはそっと視線を上げる。彼の眼鏡は光に反射して、その表情を伺うことはできないが、その声には優しさがこもっていた。

「こればかりはたがえることはできない宿命。リガードはお前を守ることができ、本望であった」

(そんなこと。そんなことを、おれは望んではいなかった!)

 そう叫びたかった。けれど、おれの代わりにサブライムが口を開いた。

「……なにも残らないのに、どうやって弔うというのだ。エピタフに、なにも返してやれないな」

(どうして、エピタフの名前が?)

 おれの疑問など、気にすることもなく、二人は話を進めていく。

「少しでも痕跡があればと。オペラが尽力しております」

「頼む。あいつには気苦労ばかりかけるからな」

 サブライムはふとおれの頭を撫でた。彼の瞳を見返す。おれにかける言葉はなくとも、彼がなにを言いたいのか。なんとなくわかった気がして、おれは視線を伏せた。

 その様子をじっと見守っていた男は、「さて」と声色を変えた。

「歌姫を紹介していただけませんか。私のことを『骸骨』かなにかだとお思いのようだ」

 急に話題がおれのところに降ってきたので驚いてしまう。視線を彷徨わせていると、おれの様子を見ていたサブライムが笑った。

「凛空って、本当に面白いな。見ていて飽きないぞ」

「お、面白くなんてないよ!」

 わからないことだらけ。はじめてのことだらけで、どうしたらいいのかわからないというのに、サブライムはすぐにからかうように笑う。

 おれは耳の先まで熱くなるのを感じて、俯くばかりだった。

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