16 / 57
第2章 歌姫と闇の魔法使い
第15話 兎ってかわいい?問題
しおりを挟む彼の屋敷は王都の東に位置していた。王宮を見た後だから、少し狭く見えるのだろうけれど、それでもおれが住んでいた屋敷よりは広い。
屋敷前に停った馬車から降りると、エピタフが従者に感謝の言葉を述べる。従者は軽く一瞥をくれてから、馬車ごと立ち去って行った。それをじっと見送っていると、エピタフに名を呼ばれた。
慌てて彼のところに駆け寄ろうとすると、中から兎族の獣人が一人飛び出してきた。
(おれと同じくらい?)
「お帰り。お帰りなさい。エピタフ様」
彼はぴょんぴょんと跳ねるように駆けてくる。慌てすぎて前のめりに転びそうだった。
「相変わらず落ち着きのない。また転びますよ——」
言ったそばから、彼は豪快に前に倒れ込んだ。
(ドジっ子?)
短く切り揃えられている前髪のおかげで、おでこが赤くなっているのが見て取れた。エピタフは耳が垂れているのに、彼の耳はぴんと立っている。猫族は、いろいろな種類にわかれていたが、兎族もそうらしい。
「い、痛い……っ、痛い~」
「まったく手のかかる子ですね」
エピタフは手を差し出す。彼は、ひっく、ひっくと涙をこらえながら、その手を取った。
「彼は執事のリグレットです。こちらは凛空。王のお客様ですから。丁重におもてなしすること」
「は、はい! マスター」
彼は曲がってしまった衿締を正すと、咳払いをしておれを見た。耳と同じ色の鳶色のつぶらな瞳。
(兎って、かわいいー!)
おれは顔が熱くなった。
「兎って、かわいいよね……。耳が長くて、目がくりんとしていて……。しっぽも短いでしょう? ねえ、かわいいよね」
エピタフとリグレットは顔を見合わせた。
「猫には言われたくないですね」
「本当です。猫族って王都では珍しいから。僕、初めて見ましたけど。この耳。かわいいし、このしっぽ。——あれ?」
リグレットは、おれのしっぽを見て首を傾げた。
「変な形」
「生まれつき変な形で……」
「失礼なことを」
「別に。気になるようなことでもないし」
ふとエピタフが「鍵しっぽ」と言った。リグレットは首を傾げた。
「鍵しっぽとは、先がヘンテコな方向に曲がっているしっぽのこと。なんでも、その曲がったところで幸せを掴まえるとか」
「へえ! 凛空は幸せを運んでくれる猫ちゃんですか」
「幸せだなんて……」
そんなはずない。だって、おれのせいで。じいさんも、雄聖も……。そんなことを考えていると、エピタフは手を打ち鳴らした。
「リグレット。凛空の部屋の準備をしてください」
「わかりました! マスター。——さあさあ、こっちだよ。凛空」
リグレットに手を引かれて、おれは屋敷の中に連れて行かれた。背後からエピタフが見送ってくれている視線を感じた。
*
今まで寝たこともないようなふかふかなベッドは、寝心地が悪かった。あちこち落ち着く場所を探して歩いて、結局は床に丸まって寝ていたせいで、リグレットにものすごく怒られた。
エピタフの屋敷には、リグレットとその他に、数人の使用人がいた。リグレットの話だと、大臣の屋敷なのに、これほど使用人が少ないのは珍しいのだという。
エピタフは大変用心深くて、自分が信用した者しか採用しないそうだ。その代わり、ここにいる使用人たちは選りすぐりで、優秀な者ばかりだという。
(リグレットが優秀なのかどうかは、わからないな……)
彼はおしゃべりが好きらしく、朝から色々な話をしてくれた。おれがなにも言わなくても話が進んでいく。まあ、そのおかげで色々なことがわかったけれど。
「マスターは適齢期なのに、つがいを見つける気がないんですよ。僕たち使用人は、みんな新しい奥様を心待ちにしているんですけれども。奥様かどうかはわかりませんね。マスターはどちらになるのでしょうか。ああ、早くお子様の世話もしたいのです。それが僕たちの今の願いなんです」
おれの身支度を手伝ってくれているリグレットはそう言った。
「エピタフは美人だけど、少し怖いからなあ。近づいたら睨まれちゃうもんね」
「そんなことはありませんよ! マスターはお優しい方です。ドジばっかりの僕のことを怒ったりしません。ヨシヨシと頭を撫でてくれます。ここにいる使用人たちは、みんなマスターが大好きです」
(想像がつかないんですけど!)
「おれの両親は王都で仕事をしていましたが、僕が幼い頃に流行り病で死んでしまったのです。孤児になってしまった僕を、マスターは救い上げてくれた。あの方は、僕の命の恩人です。僕は、あの方のためなら、命を差し出しても惜しくはありません」
リグレットは愛嬌のある笑みを消し、ぽつんとそう言った。
「王宮を見ましたか」
「え? ああ。うん。昨日ね」
「王宮のみなさんの中に、マスターは独りぼっちです」
リグレットはおれの寝ぐせを直す手を止めた。鏡に映る彼の表情には翳りが見えた。
「王宮は人間たちが幅を利かせています。本来であれば、マスターだって、人間であるはずだったんです。エピタフ様のお父様は、獣の印が現れなかったのですから! けれど、エピタフ様は違いました。エピタフ様の容姿はクレセント様にそっくりです」
おれは王宮で感じた、あの冷たい視線を思い出す。おれを疑ってかかっているだけではない。そうだ。あれは獣人を蔑むような視線だったのかも知れない。
エピタフはそんな中で、あの場に毅然と立っていた。周囲に媚びることもなく、ただそこに——。
「当時、獣人の血を王宮に持ち込んだと、リガード様への非難はすごかったそうです。リガード様が、あなたを育て守ると言って大臣職を退いた後もそれは続いて。とうとう、エピタフ様のお父様は闇に落ち込んだのです」
おれは言葉に詰まった。エピタフの横顔が忘れられなかった。生まれるべきではない存在として扱われる悲しみはいかほどか。そばにいて欲しいはずのじいさんは、おれを育てると言って姿を消したのだ。おれにはじいさんがいた。けれど、エピタフには——誰がいたというのだ。
(それがサブライム……?)
「おれは——。なにも知らなかった。おれは。ただ、じいさんと暮らしている日常しか知らなくて。エピタフから、じいさんを奪っていたなんて。ちっとも。想像もしていなくて——」
色々なことが急に腑に落ちて、なんだか胸が締めつけられる気がした。鏡越しのリグレットは、不意におれを後ろから抱きしめてくれた。
「マスターはずっと一人です。お父様が亡くなったのは、マスターが十三歳の時でした。マスターはその時から、大臣職に就いています。大人たちの中で、人間たちの中で。マスターはいつも一人きりでした。もしかしたら、リガード様が大事に育てられた凛空のことを、弟みたいに大事に思っているのではないでしょうか。どうでもいい人は相手にしない方です」
「でも、怒られてばっかりだよ?」
「だからですよ。心配されているのです。凛空のこと——。田舎から出てきたばかりの貴方が、ここでちゃんと生きていけるように心配されているのだと思いますよ」
彼はそう言ってくれるけれど、あの冷たい視線で見据えられると、しっぽがからだに巻きついてしまうくらい怖い。
「リグレットはつがい、いるの?」
「僕ですか? へへ。そこ、聞きます?」
彼は鳶色の耳をぴこぴことさせて笑った。
「じゃあ、凛空はどうなんでしょうか?」
「おれ?」
「そうですよ。凛空も十八歳なのでしょう? つがいを見つけてもいいお年頃です」
「そんなこと言われても……」
「ほらほら。聞かれると困る話です」
「仕返し!?」
リグレットは「えへへ」と笑った。昨日からずっと揶揄われてばかりだ。
「真のつがいをご存じですか」
「真のつがい——。運命の人でしょう? でも真のつがいを見つけることができる人ってそうそういないって言うじゃない?」
「そうですね。大半の者は、真のつがいを見つけることができずに、別の人とつがいになって人生を終えると言いますね」
「だよね。真のつがいって、どんな感じなんだろう」
「王都で流行りの小説があります。恋愛小説なんですけれども、真のつがいについて勉強するには、とってもいい本ですよ。読んでみますか」
「え! うん。おれ本好きだし」
「それはよかった。では、夕刻までにはご準備しておきましょうね」
リグレットはおれの肩をぽんぽんと叩いた。準備ができたという合図らしい。そこにエピタフが顔を出す。
「気が合うのはいいことですが、遅刻します」
リグレットは片目を瞑って見せる。「内緒だよ」と言っているようだった。おれは小さく頷いてから、エピタフに続いて部屋を出る。
「リグレットは優秀な子ですが、少々お喋りが過ぎます。あまり鵜呑みにしないように」
エピタフは軽く咳払いをすると、を返した。彼はおれたちの話を聞いていたのだろうか。素っ気ない態度は愛情の裏返し?
おれたちは、昨日と同じ馬車に乗り込んで、帰ってきた時とは反対の道を辿って王宮に向かった。
1
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。
はぴねこ
BL
高校生の頃、片想いの親友に告白した。
彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。
もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。
彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。
そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。
同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。
あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。
そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。
「俺もそろそろ恋愛したい」
親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。
不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
「大人扱いしていい?」〜純情当主、執務室で策士な従兄の『相性確認』にハメられる〜
中山(ほ)
BL
「ルイン、少し口開けてみて」
仕事終わりの静かな執務室。
差し入れの食事と、ポーションの瓶。
信頼していた従兄のトロンに誘われるまま、
ルインは「大人の相性確認」を始めることになる。
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる