もふもふ猫は歌姫の夢を見る

雪うさこ

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第3章 太陽の塔との別れ

第27話 塔からの脱出?問題

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「なんと……!」

 はったとして視線を向けると、そこにはサブライムがいた。彼の足元には血だまりができている。それでも彼は、そこにいた。

「凛空は……、返してもらおうか」

「まだ立ち上がるのか。しぶとい」

 カースは切り落とされた腕を押さえつけて、サブライムを睨みつけた。

「腕一本で済むと思うな。お前には、ここで死んでもらう」

「死ぬだと? このおれがか? 戯言を」

 カースは手を光らせたかと思うと、切り落とされた腕に触れる。するとどうだ——。彼の失われた腕が、めきめきと音を立てて、生えてきたのだ。

「腕が——」

「見よ。私はお前らとは違うのだ。残念だったな」

 サブライムはギリギリと唇を噛み締めた。

「そうか。なら、何度でも切り落としてやろう」

「お前の体力が持つならな。人間とは軟な生き物だ。獣人よりも劣るというのに、我が物顔でこの世界を支配する。まったくもって愚かなる種族よ」

「なんとでも言え。おれは獣人たちと手を取り合う世界を作るのだ」

「理想はいくらでも語れる。歴代の王たちも同じことを口にした。だがどうだ。現実は変わらぬ。獣人たちは、地方に追いやられた。お前たち人間は身勝手この上ない生き物だ。神の粛清を受けたのにも関わらず。愚かなる歴史を繰り返そうとしているのだ。神の代わりに今度は私が。お前たちに粛清を下す」

「神にでもなったつもりか。カース。お前のほうが、よほど愚か」

 カースは両手を広げて高笑いしたかと思うと、エピタフを磔にした時と同じ藤色の剣を具現化し、サブライムに切りかかった。先ほどと同じだ。剣を合わせれば合わせるほど、サブライムの剣は闇の力で重たくなる。しかし、サブライムは果敢に切りかかっていく。その度に、彼の傷口からは血が流れ落ちた。

「サブライム! もうやめて!」

 塔は崩壊への道をたどっているのか——。足元がぐらついたかと思うと、床の石が崩れ始めた。
 サブライムとカースのいる場所も同様にぐらついた。

「サブライム!」

「凛空——!」

 サブライムが「ぐ」と唸って膝をついた。出血量が多すぎるのだ。

「クソ。邪魔ばかりはいる! ラリ! お前に任せているというのに、なんたること——」

 カースの叫びに、この出来事は彼の想定外であると理解できた。

「凛空! 逃げるぞ!」

 モデスティを押し退けて、駆け寄ってきたスティールに引き寄せられた。床がまるで液体みたいに波打っていて、サブライムのところにはたどり着けない。

 サブライムはアフェクションに止められていた。おれたちは互いに手を伸ばすけれど、距離はどんどん開くばかりだった。

「サブライムー!」

「凛空! 凛空!」

「いけません。王。危険です」

「離せ。凛空を——」

(サブライム! サブライム! サブライム!)

「脱出する。塔は持たない。お前が早く退避しないと、みんなが死ぬぞ」

「でも! でもサブライムたちは……」 

「騎士団長は優秀な男だ。彼に任せておけばいい。カースの目的はお前だ。お前が塔を離れれば、奴はおれたちを追ってくるに違いない。できるだけサブライムたちから、あいつを離したほうがいい」

 スティールの言うことは最もだ。おれが囮になる。そうすればサブライムたちの脱出する好機が来るに違いない。

「さあ、行くぞ!」

 スティールはおれのからだを軽々と抱え上げると、一気に走り出した。その瞬間、カースがおれたちの様子に気がついたようだ。 

「待て! お前はおれの元に来るのだ!」 

「凛空!」

 サブライムの声も聞こえる。

(ごめん。サブライム。無事でいて。絶対に戻るから!)

「王! これ以上は危険です。塔から脱出します!」

 アフェクションがサブライムの腕を引いていた。おれたちは、まるで反発する磁石のように、正反対の方向へと退避していったのだ。

「塔が崩れるぞ! 退却しろ!」

 床に亀裂が入り足元がガラガラと崩れ始めた。塔が崩壊する——。

「みんな脱出だ。目的は果たしたぞ。急げ!」 

 革命組は建物の亀裂の合間から、次々に外に逃れていく。ここは地上から高い場所ではないのだろうか? 彼らは一体——。 

 瓦礫を登り切ると、そこには大きな乗り物が宙に浮いていた。大人が何人も乗り込めるような大型な浮遊物——まるで空を飛ぶ船だ。 

「塔が崩れるぞ。これ以上ここにいると巻き込まれる。限界だ!」 

 まるで鳥が羽根を伸ばしたような形の浮遊物の甲板から、熊族の男が顔を出した。 

「わかっている。おれたちで最後だ。出せ!」 

 甲板に飛び乗り、スティールが叫んだ瞬間。後ろから真っ黒な闇のような触手が伸びてきて、おれの足に絡みついた。

「音——! おれの元から逃るのか?」

「カース!」

 浮き上がる浮遊体は大きくバランスを崩す。おれのからだをしっかりと抱き留めて、引き戻そうとしたスティールのからだも大きく持っていかれそうになる。それを他の仲間たちがみんなで捕まえて引き戻そうとした。

「諦めない。おれは諦めないぞ。……音!」

 老虎が腰にぶら下がっていた短剣を引き抜くと、その触手に思い切り突き立てた。その瞬間、短剣がじゅわっと煙を立てた。

「痛っ」

 老虎は思わず右手を離す。短剣が刺さった触手は、動きを鈍くし、そのままするすると塔の中に戻っていった。触手が外れた瞬間。バランスを戻した空飛ぶ船は一気に速度を上げて塔から離れた。

 塔はまるでおもちゃの積み木が崩れるように、がらがらと崩れ落ちていく。天から石が降ってくるみたいだった。細長く天まで届きそうなそれは、あっけなく崩れ去った。

「サブライムは……」 

 この混乱の中、彼はうまく逃げることができたのだろうか。甲板の手すりにしがみついて、塔が崩れていく様を見つめていると、スティールが隣で言った。

「大丈夫だ。宮廷の騎士団をなめてもらっては困る。必ず王をここから連れ出すだろう」 

 騎士団長アフェクションの顔を思い出しながら、足元の光景をじっと見つめていると、「まるで神の怒りに触れたような出来事だな」 と、革命組の一人が言った。しかし、スティールは首を横に振る。 

「神などいない。箱舟の時だって、神は人類に試練しか与えない。おれは神など信じるものか。おれたちは、自分たちの手で世界を変えなくてはいけない」

 スティールの横顔は、サブライムのそれに似ていた。

(サブライム。無事でいて……)

 彼に再会できるまで、おれはおれのやるべきことをする。そう決めたんだ。今は泣いている場合ではないのだ。おれは崩れゆく塔をまっすぐに見つめた。

 しばしその結末に茫然と立ち尽くしていると、後ろで老虎が唸り声をあげていた。

「大丈夫か、老虎」

 おれは、はったとして振り返る。するとそこには、エピタフが寝かされていた。

「エピタフ!!」

 おれは慌てて彼に駆け寄った。エピタフの顔色は蒼白で、唇も紫色に変わっている。閉じられた瞼。意識が朦朧としているのか睫毛が震えていた。その隣では、老虎が腕を抑えて「クソ、痛てえ」と叫んでいた。

 スティールに続いて、その手のひらを見つめる。そこは、火傷をしたようにただれていた。これが闇の力——。なんと禍々しい力だ。

「このバカ! 無茶して。あの剣、抜いただろう? 痛みが引くには、魔法での治療が必要だ。先生のところまで我慢しろ」

「仕方ねえだろう。あのまま置いてきたら、死んじまうところだったぜ。こいつ」

 彼はそんな痛みに耐えながらも、エピタフを背負って脱出してくれたということだ。

(この人。本当はとってもいい人なのかも知れない)

 騎士団はサブライムを救うことで精一杯だっただろう。おれは心からこの男に感謝した。

 老虎は、自分の左手で右の手首を握り、激痛に耐えていた。この強靭な男が、ここまで悲鳴を上げるとは。

 すると、甲板に寝かされていたエピタフの手が伸びてきてその傷に触れた。老虎の手は、黄金色の光に包まれた。

「……痛くねえ」

 しばしそうしていたかと思うと、エピタフの手が力尽きたように床に落ちた。

「エピタフ!」

 あちこちに血がこびりつき、負傷した両手、腹部からは出血が続いていた。

「スティール、早く。エピタフを治療して」

「わかっている。——おい、急いでアジトに戻る。先生に診せるんだ」

 スティールは運転席らしき部屋に声をかける。

「わかってるよ!」

 操縦席らしき場所から、飛行眼鏡をつけた男が叫ぶ。空飛ぶ船は一気に旋回し、速度を上げた。

 塔の崩壊は続いていた。

(おれはなにもできなかった——。おれに力があれば。こんなことにはならなかったのに)

「凛空! お前も手伝え。早くしないと、エピタフが危ないぞ」

「……うん!」

 甲板を離れ、おれはスティールの後を追った。



 

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