もふもふ猫は歌姫の夢を見る

雪うさこ

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第4章 友情と恋心

第29話 革命組の仲間たち?問題

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「ずいぶんと弱っている兎を捕まえてきたねえ」

「怪我をしている。先生、診てくれるか」

 老虎は、そばにあったベッドにエピタフを横にした。

「随分な傷だな。それから、闇の魔力がくすぶっているようだ。ちょっと時間がかかりそうだが。治らないことはないだろう」

 先生はエピタフのからだをまじまじと眺めていた。その時、「飛空艇の調整が終わったよ」と言いながら博士が顔を出した。

「博士、お疲れ様」

 スティールは博士に声をかけた。

「博士、こいつはかなり凶悪だ。意識を取り戻したら、このアジトを壊滅しかねない。以前、お願いしていた魔術封じの装置、できているか?」

 スティールの問いに、博士は「ここにあるよ」と言った。

「ここってどこだよ? じじい……」

 老虎がそう言いかけると、博士は抗議の声を上げた。

「じじいだって? 誰に向かって言っているんだ。この能無し虎が」

「うっせーよ。クソじじい」 

「まったく口の悪い種族だね。虎族って言うのは」

「おれの一族を馬鹿にするのか?」

「だったらもっとおしとやかにしないとな。立場を弁えな」

「くそ!」

 老虎は椅子を蹴り上げた。大きな音に、びっくりして、しっぽがひゅっと丸まった。

「ほら。二人ともやめないか。凛空が驚いているだろう?」

「怪我人の治療が先だ。部外者はとっとと出て行ってくれ」

 スティールが間に入り、先生がおれたちに退出を促す。博士は、前掛けのおとしも(※ポケット)から金属製の輪っかに鎖がつながっている物を一対、取り出した。

「魔術封じの足枷だよ。治療が終わったら、きっちりベッドにでも縛りつけておくんだね」

「け、さっさと出せよ」

 老虎は舌打ちをしてから、それを受け取った。

 博士のしっぽは、彼が話をするたびに左右に小さく揺れる。先ほどは、なんとか見ないように視線を逸らしたが、今回はそうはいかない。

(や、やばい。ああ、追いかけて、もふもふで遊びたい!)

「凛空?」

 しっぽにじゃれたい気持ちはそう簡単には収まらない。手が自然に前に出て、思わず博士に飛びかかってしまった。彼は「ひいい」と声を上げて椅子の影に隠れた。

「だから嫌なんだよ。猫科は。小動物を見ると、すぐこれだ。さっさとあっちにやっておくれ」

「わかったよ。凛空。こっちにおいで」

「すみませんでした」

 博士に頭を下げるが、彼はいつまでも椅子の影から出てくることはなかった。先生はにやにやと愉快そうに笑みを浮かべてから、「どれ」と手を叩いた。

「老虎、手伝え。治療をするぞ」

「ち、またおれかよ」

 飛空艇で、老虎は手際よくエピタフに応急処置を施した。先生からも信頼されているのだろう。相変わらず態度は悪いが、先生の手伝いをするつもりらしい。老虎はそばにあった手洗い桶に手を突っ込んだ。

「さっさと指示しろ。こんな面倒なことは、早く終わらせてもらいたいぜ」

「おれの部屋に運んでくれ」

 本当は、おれだって手伝えることがあったらそうしたい。しかし、スティールたちが退室を促すのだ。きっと邪魔になるに決まっている。おれは先生と老虎に頭を下げてから、その部屋を後にした。





 夢をみた。それは今までみていた夢とは違っていた。花が咲き誇っている庭を誰かと歩いていた。まるで王宮の庭園みたいなそこにサブライムはいない。

 おれはその人と並んで歩いている。ただそれだけだ。言葉を交わすでもない。ただ並んで歩いているだけ。それなのに心の中は嬉しい気持ちで満たされていた。

(好きなんだ。この人が。ここを歩いているおれは、この人との時間がとても大事なんだ——)

 顔を上げて、相手を確認しようとするがそれは叶わない。まるでそこだけ映像が不明瞭だった。太陽の塔で見た歌姫の映像みたいだ。じりじりと音を立てて、相手の姿がはっきりと見えなかった。

 はっとして目を開くと、見慣れない場所だった。しばらくそのままの姿勢でじっとしていると、色々なことを思い出した。

(そうだ。おれは革命組のアジトに来たんだ)

 疲れていたのだろう。スティールに「ここで休んでいなさい」と言われたのを最後に記憶がない。どのくらい眠ってしまったのだろうか。

「サブライム……」

 ふと彼の名前が口を突いて出てきた。おれの心臓は大きく跳ねて、鼓動を速くする。

 あの後、彼は無事に塔から脱出できたのだろうか。アフェクションが一緒だったのだ。きっと大丈夫だ。そう言いきかせるが、彼の姿を確認するまでは、心配で堪らなかった。離れていることがこんなにも辛いことだとは。

(サブライムに会いたい。サブライムに会いたい。サブライムに会いたい——)

 心の中で何度も呟いてみても、それが叶うとは到底思えなかった。

 カースのあの触手は一体、なんだったのだろうか。彼は一体、なんの獣人なのだろうか。みんな、あまり気にしていないみたいだけれど、おれはカースの正体にとっても興味があった。

 あの、鬱蒼とした森の中にある水面のような白縹色の瞳は、冷たい色を讃えていた。しかしその瞳は、ふとした拍子に違う色を見せる。まるで、光が水面を照らすように。移り行く。その意味を。おれは知りたいと思った。

 あの塔で、おれは自分の中の歌姫の存在を初めて認知した。歌姫は確実におれの中に眠っている。カースはおれを「音」と呼ぶ。歌姫の名前なのだろう。

 彼は歌姫を亡き者にする、というよりは、自分の手で覚醒させて自分に従わせるつもりだ、ということがわかった。もしおれのことを殺すだけなら、あの場でさっさとやればよかったのだ。それなのに、彼はそうしなかった。

 わざわざエピタフを痛めつけて、おれを従わせようとした。力ずくで連れて行くこともできただろうに。カースが一体、なにをしたいのか、おれには理解できないことだった。

(もしかしたら。カースと音の関係性は、古文書だけでは推し量れないなにかがあるのかも知れない)

 煤けた木造の天井を眺めて、思いを巡らせていると、どこからか人の声が聞こえてくる。耳をひょこひょこと動かしてから、からだを起こす。それから部屋の扉を開けて廊下に顔を出す。

 話声が聞える部屋にそっと近づいていくと、そこにはスティールと、組員数名、それから博士と先生がいた。

「凛空。起きたか。体調はどうだ? よく寝ていたな。丸一日も寝ていたぞ」

 スティールはおれの顔を見つけるとにこっと笑みを見せたが、隣に座っている老虎は「け。猫は柔で仕方ねぇな」と唾を吐いた。

「老虎。凛空はまだ子どもだ」

 自分が寝ている間も、彼らはこうして今後のことを話しあっていたのだろう。そう思うと、自分だけ呑気に眠っていたということが恥ずかしかった。

「ごめんなさい……」

「いいんだ。おれたちも休息をとっていた。今回はかなり無茶をしたからね。飛空艇の補修もあるし、負傷した仲間たちの手当もある」

 そばにいた狐族の獣人がおれに椅子をすすめてくれた。お礼を言ってから、腰を下ろす。スティールは壁に貼られている王国の地図を背に、みんなと対峙するように立っていた。

「お前が寝ている間に、戦況は悪化したんだぞ。さっさと目を覚まして、歌姫の力とやらを見せてくれよ」

 老虎の言葉に、おれの緩んでいた緊張の糸がぴんと張り詰めた。

「どういうこと? 一体なにがあったの?」

 スティールは躊躇うように息を吐いてから、気を取り直しておれを見据えた。

「サブライムの容態が思わしくないそうだ」

 息を飲む。

(サブライムの容態が悪いって——どういうこと?)

 スティールはおれを落ち着かせるように声色を低くして言った。

「あいつ、随分と無茶していたからな」

「そんな——。だって。塔で別れた時は……」

「出血量が多かった。王宮には治癒魔法の達人である厚生大臣のオペラがいるが、どうやらカースの闇の力に苦戦しているようだ。王危篤。そんな噂が国内を駆け巡っていて、獣人の連合軍の奴らの士気が上がっている。やつらは王都への進軍の速度を上げている」

「もうすぐ、連合軍が王都に来るぜ」

 老虎は両腕を組んだまま、ぽつりと言った。

「敵軍の頭が瀕死なんだ。今を逃さない手はねえ。戦いの基本だろう? 当然のことさ」

 博士も沈んだように視線を伏せる。

 おれは、得も言われぬ不安に襲われた。サブライムが危ないのだ。居ても立っても居られないとはこのことだ。

「おれ、王宮に行く」

「お前が行ったところで、サブライムの容態がよくなるわけではない。それよりも、お前は自分の成すべきことをしろ。それが一番なのではないか?」

 スティールの言っていることは最もだ。そんなことは頭ではわかっている。けれども、どうしてもサブライムに会いたかった。

「やだよ。それでもおれは、王宮に戻りたい。王宮に戻って、もう一度、はじめから。覚醒の儀式を行えばいいんでしょう?」

「しかし、王宮が所持している古文書には、覚醒の儀式の部分が欠落していた。だから、あんな得体の知れないラリに騙された。違うか? 凛空」

 スティールの指摘に、おれは言葉を濁す。

「ラリは、何十年もかけて太陽の塔を守護する一族の生き残りだと偽り、王宮の信頼を勝ち取った。その間に奴は、王宮の古文書に細工をしたのではないかと思う。王宮の古文書は禁書として、限られた者しか閲覧できないようになっている。聖職者であり、塔の守り人だったラリには当然、その権限が与えられていたのだ」

「カースが復活するまで、古文書なんて忘れられていたくらいの話さ。ラリが王宮に入り込んだ後に古文書を改ざんすることなど訳ないことだ」

 博士はそう言うと、テーブルの上の分厚い本をもふっと叩いた。


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