もふもふ猫は歌姫の夢を見る

雪うさこ

文字の大きさ
49 / 57
第5章 戦禍と平和

第48話 カースの正体?

しおりを挟む

 しばらくの間、カースはそうして黙り込んでいたが、ふと口を開いた。

「音は王のお気に入りだった。美しい声で歌うあいつを、王はそばに置いた。つがいにする気もないくせに……。あいつをいいように弄んだのだ。おれは懇願した。もう王の言いなりなどなるな、と。なのに……」

 音はカースを愛していた。モデスティとの戦いの中。おれの中に流れてきた記憶は、それを物語っていた。

「しかしお前は、おれの声などまるで耳に入らないかのように。王の手を取った。おれを捨てて。結局はおれのことなど、どうでもよかったのだろう? お前は王の権力が欲しかったのだ」

 王宮に使える身で、王からの命に従わないという選択肢はなかったはずだ。音はカースを守るために、苦渋の決断をしたに違いない。しかし、その思いはカースには伝わっていないのだ。

「お前のしたことは、おれを苦しめるだけだった。おれはお前と一緒なら、王宮になどこだわらなかった。二人でどこか遠くに行って暮らそう。そう考えていたのに——。おれの世界からお前が消えた。お前のいない世界など、おれにとったら死んでいるも同然だ。こんな思いをさせるのなら、最初から優しくなどするな」

 石棺に手をつくおれを見下ろしてカースは声を荒上げた。

「さらにお前は、おれに最愛の者殺しの罪を背負わせたのだぞ。何故あの時。おれが王を仕留める寸でで、お前は身を挺したのだ。お前のからだに、おれの剣が突き刺さった時の感触。おれは忘れられぬ」

 カースはまるで自らの手が音の血で汚れているかのように、その両手を忌々しそうに見下ろしていた。

「身勝手はお前の行動。おれの気持ちなど、ひとつも理解していないのは、お前ではないか——!」

 孤独の中にいた彼の目の前に現れた音は、希望の光だったのだろう。全てを失って、途方に暮れていたおれの目の前に現れたサブライムみたいに。きっと音はきらきらと輝いて見えたことだろう。

 二人の気持ちを考えると、なんと言ったらいいのかわからなくなってしまった。喉になにかが詰まっているみたいに苦しかった。

 黙り込んでいるおれを見下ろしてから、カースは気を取り直したように声色を変えた。

「お前と話をすると調子が狂う。時間稼ぎをしても無駄だ。この場所を知る者はいない。お前を助けに来る者などいないということだ」

 カースは石棺の蓋を力任せに押した。ゴロゴロと鈍い音がして、蓋は反対側に落ち込んだ。

 石棺の中身が露わになる。そこにあったのは——骸だ。骸骨だ。骨は風化し、ところどころ崩れ落ちている。肉体が現存した頃に纏っていたであろう白い服は色あせ、埃をかぶっていた。骸の周囲には新しい花が添えられている。誰が備えているのだろうか。

 おれのからだの中は熱くなる。まるで血が沸々と湧いてくるようなその感覚に目の前がチカチカとしていた。

「——お、音……? この人が、音……?」

「そうだ。音だ」

 カースはそれをただ見下ろしていた。

「だから器が必要なのだ」

 そっと手を伸ばし、崩れ落ちそうな頭蓋骨に触れた。その瞬間、まったく違う場面の映像が、おれの視界に映し出された。






「カース。待ちましたか?」

 目の前にいる黒い外套の男は笑った。

「お前を待つ時間は楽しい。いくらでも待てるものだ」

「よくもまあ、そんな恥ずかしいことを口にできますね」

 そこにいるおれ——音はそう言って笑った。心が弾んでいた。





「あまりおれの顔を見るな」

「どうして?」

「醜い。おれは生まれてきてはいけない存在だった」

 音の手が伸びて、カースの頬を撫でる。

「私はそうは思いません。貴方は美しいです。私は貴方が好き——」

 カースの白縹色の瞳は細められ、そして優しい色を帯びる。





 今度は王様がいた。サブライムよりもかなり年配みたいだけれど、それでも力のみなぎる王様だった。

「あの禍々しい者とつき合うな。音。お前は神聖なる王宮に仕えし猫族」

 音の心は沈み込んだ。

「お前があまりにもあの者と近しくするというならば。私は考えなくてはいけない。忌まわしい男だが、こうして書記官として王宮に残してやっているのは誰のおかげだ」

「申し訳……ありませんでした」

「そう悲しい顔をするな。お前のことは好いている。つがいにはできぬが、生涯大事にしよう」

(そんなこと望まないのに……)

「——ありがとうございます」

 音の心は地の底まで沈んでいった。





「なぜだ。なぜ、お前は王を守る!」

 床に倒れていた。視界がかすんで見えない。ああ、これが死だ。命が消えるその時の感覚だ。なにかを話そうとすれば口から血が溢れ出した。

 こんなことになっていたって、音の心の中はカースのことばかりだ。血まみれの剣を捨て、駆け寄ってきたカースの首を抱き寄せ。そして彼に口づけをした。その血はカースの中に入り込み、そして彼の魂をも自分の中に取り込んでいく。

「——お前はそこまでしておれを嫌うのか。音——おれは。おれはお前と——っ」

 カースの悲痛な叫びに胸が張り裂けそうだった。

 ——私は貴方を愛しているのです。ただそれだけなのです…… 
 死など恐れるに足りません
 ただ……貴方にそう思われているということだけが辛いのです



***


 色々な場面を、まるで足早に見ているみたいな感覚に、眼球が振られていた。必死に掴んでいた石棺の冷たい感触に我に返った。

「カース……もう、止めて。もう止めよう。音はこんなこと、望んでいない。音は、貴方とここで静かに眠っていたいんだ。貴方にもう罪を重ねて欲しくないって願っているんだ」

「うるさい。黙れ! 黒猫!」

「黙らないよ! 貴方はなんにもわかっていないんだ! 音が貴方のことをどんなに大事に思っていたか。貴方との時間をどんなに幸せに感じていたのか……っ」

 おれはカースに掴みかかった。その瞬間——。おれを避けようと、身を翻したカースの仮面が弾け飛んだ。漆黒の外套は外れ彼の素顔が露わになる。おれは息を飲んだ。

 純白の肌に浮かぶうろこは時折、薄茶色を示し、光で七色に輝いていた。白縹色の目は、瞳孔が縦に細く、まるで蛇——。そうか。カースは蛇族なのだ。

「驚いたか」

「お、驚いたけれど。でも——」

 それはとても……。

「綺麗……だ」

 彼の瞳がおれを捉える。

「音もそう言った。そう言ってくれるのはお前たちだけだ——」

 両生類、爬虫類の人間との交配はとても難しい。だから、そういった種族は獣人とはならずにそもそもの形だけを保って生きながらえていると聞いていた。けれども、いたのだ。ここに。蛇との交配種が——。

「千年前も、おれは突然変異として扱われた。この姿は皆に忌み嫌われた。魔法の腕は誰にも負けなかった。それなのに、この姿形で魔法省を追い出されることになったおれを、王を説き伏せて書記官に残してくれたのは音だった」

 彼は愛おしむかのように、石棺を見つめていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。

はぴねこ
BL
 高校生の頃、片想いの親友に告白した。  彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。  もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。  彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。  そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。  同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。  あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。  そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。 「俺もそろそろ恋愛したい」  親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。  不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

「大人扱いしていい?」〜純情当主、執務室で策士な従兄の『相性確認』にハメられる〜

中山(ほ)
BL
「ルイン、少し口開けてみて」 仕事終わりの静かな執務室。 差し入れの食事と、ポーションの瓶。 信頼していた従兄のトロンに誘われるまま、 ルインは「大人の相性確認」を始めることになる。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

処理中です...