もふもふ猫は歌姫の夢を見る

雪うさこ

文字の大きさ
51 / 57
第5章 戦禍と平和

第50話 業火と抱擁と?問題

しおりを挟む

「どうしてここに……?」

 サブライムの横には、エピタフがいた。彼はおれを抱きしめているサブライムを守るように黄金色の魔法の壁を展開していた。

「遅くなりました。凛空」

「どうして? どうして、おれがここにいるって……」

 サブライムは口元を緩める。

「リガードの指輪には彼の魔力が込められている。エピタフは、それを追跡することができるのだ。だからお前の居場所がわかった」

(だからあの時、エピタフはこの指輪をおれにしておくように言ったんだ)

 ほっとしたのも束の間。はっとして周囲に視線を配る。カースは祭壇の上に浮遊している神々しい光を仰ぎ見ていた。

 しかしその光に触れたものは、その形を失っていく。エピタフが守ってくれているのはそのためだった。

 カースの外套は、神々しい光に触れ、煙を上げていた。彼はサブライムたちの存在など、気にも留めないかのように、その光を一心不乱に見上げていた。

「遅かったな。お前たち。無事に魂が分離した」

 カースは両手を広げ、その光に向かって歓喜の声を上げた。

「音……! 会いたかったぞ。お前に会いたかった! さあ。あの黒猫を器として、再びおれの目の前に姿を見せてくれ! そんなところにいるな。せっかく魂を分離してやったのだ。早く、早く——あの器に戻れ! そうすれば、お前はこの世界で自由の身になるのだぞ」

「凛空は渡さないぞ。カース。残念ながら、歌姫の器はここにはない!」

 サブライムはおれを抱きしめた。

「器がなければ、歌姫はただの実態のない亡霊です」

 エピタフもそう言い返す。

「お前たちになにがわかる。邪魔をするな!」

 カースは忌々しいとばかりに叫ぶと、懐から藤色の光を纏った剣を取り出した。そしてすぐにエピタフに切りかかってきた。しかし黄金色の防御壁は堅い。カースの剣は何度も跳ね返された。

「太陽の塔の時のようには行きませんよ。カース」

「クソ……っ。お前たちは、お前たち人間は——! 何故だ! 何故……おれたちを——放っておいてくれないのだ——」

 悲痛な叫びだった。胸が張り裂けそうなくらいの、悲しい叫び。おれの心は悲しみ、絶望、憎しみが渦巻く。

 ——カース

 ふと音の声が響き渡った。漆黒の耳を持つ猫族だった。ぼんやりとした光の中に浮かぶ歌姫の残像は、太陽の塔で見たその姿とは少し違って見えた。

 カースは剣を床に取り落とすと、懇願するような声色で音に問いかけた。

「音。器に戻れ。お前ならできるはずだ。あんな子兎の防御壁など、物ともしないだろう?」

 音はそれには答えない。彼はただなにも言わずに、そのほっそりとした腕を伸ばし、カースを抱き留めた。

 光はそのまま彼と融合していく。音からの抱擁に、歓喜に満ちた表情を浮かべたのは一瞬だ。

 カースのからだから煙が立ち上がった。この光は触れたものを焼き尽くす光なのだ。彼はしだいに苦悶の表情を浮かべた。

「うう……うおおおお……っ、な、なんだこれは! 音! 一体、なにを!?」

 ——ああ、傷つき迷子になっていた可哀そうな子 私は貴方を迎えに来たのです さあ もうそんな思いをする必要はありません 私と伴に 永久とこしえの安寧を手に入れるのです

「い、嫌だ! おれには、まだ……やることが!」

 ——復讐の心に支配されてはいけません 私はこの時を待っていました 二人きりになれる時を

 音の光が更に強くなる。カースのからだから炎が立ち上がるが、それも一瞬の出来事だった。

 あまりにも強い光で彼のからだは、あっという間にかき消される。それは安寧の時とは言い難い。まるで地獄の業火に焼かれるかのような断末魔——。

「うおおおお」

 光がすっかりとカースを包み込み、一層その輝きを増した瞬間。おれもその光に包み込まれてしまった。隣にいたサブライムやエピタフの姿がない。ただ目の前には、おれと同じような黒猫の獣人が立っていた。

「音。貴方はカースと伴に行ってしまうの? まだ戦いは終わっていないんだよ。ねえ、一体誰がこの世界を救うの?」

 ——それはもうわかっていることではないのですか 凛空

「おれは……。おれは駄目だよ。貴方の魂はおれの中にはもうない。おれはただの猫族の黒猫だよ」

 ——いいえ 私は貴方の中で眠っていました ただそれだけのこと 今までのことは全て 貴方自身の力が引き起こしたことなのです これで安心してカースを連れていけます

「音……」

 ——新たな歌姫として 貴方の成すべきことをなさい

 音の姿は段々と薄れていく。

「ま、待って! そんな。駄目だよ。おれでは貴方のようにはできないよ!」

 ——凛空 自分を信じて 大丈夫です 貴方は一人ではありません

 目の前の光が再び強くなった瞬間。それはあっという間に無に帰する。そこにカースも音もいなかった。石棺に寝かされていた音の遺骸も、まるで光にかき消されたように消えていたのだった。

 なんとも呆気ない最期だった。光が消えた神殿は、何事もなかったかのように、仄かに青白く光っていた。

 肩に触れた温もりに顔を上げると、そこにはサブライムがいた。

「凛空。大丈夫か」

 その声は恋しい声——。

「サブライム……っ」

 なんだか涙があふれた。

「終わった。カースは滅した。歌姫が彼を抱いて消滅した——」

 彼の温もりにほっとした瞬間、張り詰めていた糸が切れたみたいになった。怖かったのだ。本当は怖かった。

「お帰り。凛空」

 しかし、そんな悠長にしていられる場合ではなかったようだ。エピタフの気配が緊張に変わったからだ。

 顔を上げるとエピタフはある人物と対峙していた。太陽の塔にいた聖職者——いや、兎族を追放されカースに加担していた男、ラリだった。彼はカースの消えた祭壇を見つめて侮蔑したように笑った。

「まったくもって肩透かしだった。カースとは愚かなる過去の遺物だったようだ。個人の感情だけで突き動かされる者ほど愚かしいものはない。私の理想とはかけ離れた存在であったこと、大変残念だ。私は、人生の大半をカースに費やしたというのに」

 ラリは肩を竦めた。エピタフはラリをじっと睨みつけていた。

「お前が、カースを蘇らせたのか」

 エピタフはラリを睨みつけたまま、彼の目の前までゆっくりと歩いていく。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。

はぴねこ
BL
 高校生の頃、片想いの親友に告白した。  彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。  もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。  彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。  そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。  同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。  あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。  そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。 「俺もそろそろ恋愛したい」  親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。  不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

「大人扱いしていい?」〜純情当主、執務室で策士な従兄の『相性確認』にハメられる〜

中山(ほ)
BL
「ルイン、少し口開けてみて」 仕事終わりの静かな執務室。 差し入れの食事と、ポーションの瓶。 信頼していた従兄のトロンに誘われるまま、 ルインは「大人の相性確認」を始めることになる。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

処理中です...