田舎の犬と都会の猫ー振興係編ー

雪うさこ

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第1章 出会いとはじまり

05 閻魔大王、現る!

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 田口が教育委員会文化課振興係に配属になって一か月が経った。部署の業務内容も一通り把握できた。この部署では、市が主催したり、共催したりする文化系イベントに関わっている。文化系イベント、特に音楽から美術を取り扱う、かなり偏った、難易度の高い部署だった。

 正直、どちらもたしなんだ経験のない田口には、意味が分からないことばかりだ。それなのに、その分野の企画をしなければならない業務内容には不安しかない。焦る気持ちを持ちながら、雑用のような仕事をこなす毎日だった。

「田口、外勤」

 ある日の午後。保住の声に顔を上げた。

「はい」

 大した仕事もない。一か月は、雑用みたいな仕事ばかりだから。声をかけられて、直ぐに席を立てるくらい予定はないのだった。

「いってらっしゃい」

 事務所にいた谷口に見送られて、保住の後ろをついて行った。


***


 廊下に出ると、事務局長の澤井と鉢合わせになった。彼は大柄ながっちりした男だ。堂々たる体つきに似合ういかつい顔。いつも眉間には皺が刻み込まれている。口を開けば嫌味。性格の悪さがにじみ出ている容貌だった。
 彼は田口たちとは廊下を挟んで向かい側の個室で仕事をしている。そのため、そう顔を合わせることはない。現場の決済権限者である課長の佐久間とのやり取りが多いためだ。

「保住」

 重低音の少し嗄れた声が保住を呼ぶ。彼は知らんぷりを決め込むつもりだったようだが、軽く溜息を吐いてから視線を澤井へと向けた。

「なんでしょう?」

「外勤か」

「ええ。なにか問題でも?」

 澤井は長身だ。そのおかげで足も長いのだろう。間合いを詰めてくるのが早い。ぐんっと目の前に立たれると、大きな壁みたいで威圧感を覚えた。同じくらいの身長の田口ですらそう感じるのに、保住は臆することなく、面倒だと言わんばかりに視線を逸らした。

「例の企画。全く音沙汰がないのだが」

「詰めている段階です」

「そんなことは、おれがやるから。早く出せ」

「ご冗談を。本当にお持ちしたら、ゴミ箱行きでしょう」

「拗ねるな。ちゃんと見てやる」

 ちらっと澤井を見た保住は、また溜息。そして肩を竦めた。

「承知しました。明日、お持ちいたします」

「今日だ」

「帰りは、定時を過ぎますよ」

「何時でも構わないぞ」

 澤井はそう言うと、踵を返して自室に消えた。

「ち、面倒だな」

 心底、嫌そうな顔を見せる保住。いつもは飄々としていることが多いのに、さすがに事務局長の澤井の相手は面倒らしい。

「課長飛ばしで企画書を見るというのですか」

 ——そんなこと、聞いたことがない。しかも、局長が係長に直接指示? ありえない。

 田口の疑問をよそに、保住は歩き出しながら答えた。

「いつものことだ」

「いつもって、え? そ、そうなんですか」

のやり方は好きじゃない」

 ——

 なんだか棘のある言い方に聞こえた。田口が不可解な表情をしていると、言いたいことをくみ取ったのか、保住は口を開いた。

「あいつの部下になるのは、二度目だ。——全く好かん!」

「二度目——ですか」

「そうだ。入庁して初めての部署で一緒だった。澤井は課長だったが」

 田口は首を傾げた。

「課長と新人では、あまり接点がなさそうですが……」

 ——よほど嫌われるようなことがあったのだろうか?

「おれは見ての通りの人間だからな。根に持たれるような事をしたのかどうかはわからないが、それでもあまりにしつこい嫌がらせばかりだ。悪いな。おれの部下になったばかりに、澤井には何かと嫌なことをされるだろう」

 保住は申し訳なさそうに顔をしかめた。しかし、そんなことは問題ない。


 ——上司からの嫌がらせなんて、いつものことだ。

 田口は首を横に振った。

「上司の嫌がらせなんて日常茶飯事ではないですか。別に直属の上司を恨んだりしませんよ」

「そうか? お前は、今まで随分な部署にいたようだな」

「おれも悪いのだと思います。火のないところには煙は立ちません」

 公用車に乗り込んでから、保住は笑った。

「田口が火の元になるようなキャラには見えないが」

「いえ。こんな無愛想な男、扱いにくいと思われる人が多いでしょう」

「無愛想かな……」

 保住の呟きは良く聞き取れないが、エンジンの音がして、車が走り出したので、特に聞き返すことはなかった。


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