7 / 231
第1章 出会いとはじまり
05 閻魔大王、現る!
しおりを挟む田口が教育委員会文化課振興係に配属になって一か月が経った。部署の業務内容も一通り把握できた。この部署では、市が主催したり、共催したりする文化系イベントに関わっている。文化系イベント、特に音楽から美術を取り扱う、かなり偏った、難易度の高い部署だった。
正直、どちらも嗜んだ経験のない田口には、意味が分からないことばかりだ。それなのに、その分野の企画をしなければならない業務内容には不安しかない。焦る気持ちを持ちながら、雑用のような仕事をこなす毎日だった。
「田口、外勤」
ある日の午後。保住の声に顔を上げた。
「はい」
大した仕事もない。一か月は、雑用みたいな仕事ばかりだから。声をかけられて、直ぐに席を立てるくらい予定はないのだった。
「いってらっしゃい」
事務所にいた谷口に見送られて、保住の後ろをついて行った。
***
廊下に出ると、事務局長の澤井と鉢合わせになった。彼は大柄ながっちりした男だ。堂々たる体つきに似合う厳つい顔。いつも眉間には皺が刻み込まれている。口を開けば嫌味。性格の悪さがにじみ出ている容貌だった。
彼は田口たちとは廊下を挟んで向かい側の個室で仕事をしている。そのため、そう顔を合わせることはない。現場の決済権限者である課長の佐久間とのやり取りが多いためだ。
「保住」
重低音の少し嗄れた声が保住を呼ぶ。彼は知らんぷりを決め込むつもりだったようだが、軽く溜息を吐いてから視線を澤井へと向けた。
「なんでしょう?」
「外勤か」
「ええ。なにか問題でも?」
澤井は長身だ。そのおかげで足も長いのだろう。間合いを詰めてくるのが早い。ぐんっと目の前に立たれると、大きな壁みたいで威圧感を覚えた。同じくらいの身長の田口ですらそう感じるのに、保住は臆することなく、面倒だと言わんばかりに視線を逸らした。
「例の企画。全く音沙汰がないのだが」
「詰めている段階です」
「そんなことは、おれがやるから。早く出せ」
「ご冗談を。本当にお持ちしたら、ゴミ箱行きでしょう」
「拗ねるな。ちゃんと見てやる」
ちらっと澤井を見た保住は、また溜息。そして肩を竦めた。
「承知しました。明日、お持ちいたします」
「今日だ」
「帰りは、定時を過ぎますよ」
「何時でも構わないぞ」
澤井はそう言うと、踵を返して自室に消えた。
「ち、面倒だな」
心底、嫌そうな顔を見せる保住。いつもは飄々としていることが多いのに、さすがに事務局長の澤井の相手は面倒らしい。
「課長飛ばしで企画書を見るというのですか」
——そんなこと、聞いたことがない。しかも、局長が係長に直接指示? ありえない。
田口の疑問をよそに、保住は歩き出しながら答えた。
「いつものことだ」
「いつもって、え? そ、そうなんですか」
「あの人のやり方は好きじゃない」
——あの人?
なんだか棘のある言い方に聞こえた。田口が不可解な表情をしていると、言いたいことをくみ取ったのか、保住は口を開いた。
「あいつの部下になるのは、二度目だ。——全く好かん!」
「二度目——ですか」
「そうだ。入庁して初めての部署で一緒だった。澤井は課長だったが」
田口は首を傾げた。
「課長と新人では、あまり接点がなさそうですが……」
——よほど嫌われるようなことがあったのだろうか?
「おれは見ての通りの人間だからな。根に持たれるような事をしたのかどうかはわからないが、それでもあまりにしつこい嫌がらせばかりだ。悪いな。おれの部下になったばかりに、澤井には何かと嫌なことをされるだろう」
保住は申し訳なさそうに顔をしかめた。しかし、そんなことは問題ない。
——上司からの嫌がらせなんて、いつものことだ。
田口は首を横に振った。
「上司の嫌がらせなんて日常茶飯事ではないですか。別に直属の上司を恨んだりしませんよ」
「そうか? お前は、今まで随分な部署にいたようだな」
「おれも悪いのだと思います。火のないところには煙は立ちません」
公用車に乗り込んでから、保住は笑った。
「田口が火の元になるようなキャラには見えないが」
「いえ。こんな無愛想な男、扱いにくいと思われる人が多いでしょう」
「無愛想かな……」
保住の呟きは良く聞き取れないが、エンジンの音がして、車が走り出したので、特に聞き返すことはなかった。
10
あなたにおすすめの小説
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます
なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。
そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。
「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」
脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……!
高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!?
借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。
冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!?
短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。
野球部のマネージャーの僕
守 秀斗
BL
僕は高校の野球部のマネージャーをしている。そして、お目当ては島谷先輩。でも、告白しようか迷っていたところ、ある日、他の部員の石川先輩に押し倒されてしまったんだけど……。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる