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第4章 犬の故郷へ
05 よく働く男
しおりを挟む翌日の金曜日。祖父と父親は、いつもの通りに畑仕事に出かけていった。兄夫婦も仕事だ。芽衣は午前中は部活。小学生たちは午前中は寺子屋行きだ。
夏休み、小学生たちは近くの寺に集まって宿題をするのだ。この時期、農家は忙しい。子供たちのことばかり構ってはいられないので、寺の住職の好意で、特設学童クラブが開催させれているのだった。
田口の帰省最大の理由は、土曜日に開催されるクラス会である。そのクラス会以外は、実家でのんびりする計画だったので、金曜日は特にやることもなく、家業の手伝いだった。
「すみません、行ってきます」
まだ起きられずに、床にいる保住に声をかけると、彼は本気で申し訳なさそうな顔をしていた。
「気になさらずに。少しでも身体を戻してください」
そう言ってから障子を閉める。田口家の人間たちが保住に多大なる興味を抱いていることは一目瞭然。彼をなんとしても、自室から出すわけにはいかないのだ。
——絶対だ。
田口は自分にそう言い聞かせてから、玄関に向かった。
***
こうしてなにもしていないのに。うつらうつらしているせいか、時間の感覚もない。蝉の鳴く声がよく聞こえてくる。昼が近いのだろうか。
「あの、起きでます? 係長さん」
ふと優しげな落ち着いた女性の声が響く。田口の母親だと、一瞬で認識した。
「起きています」
障子が開くのと同時くらいに、保住は体を起こす。
「あらあら。寝ていていいんですよ」
「そうもいきませんが、本当に申し訳ないことばかりです」
「ずっと寝てるがら、着替えどうかしらと思って」
彼女が持参したのは藍色の寝巻きだった。
「これは珍しいですね」
「療養中は、今時の服では汗を吸い取らないがらね。家ではこれに限るんですよ」
「そうなんですね」
馴染みのないそれだが、田口の母親の言うことは一理あるのだろう。
「肌触りがいいですね」
「是非よがったら」
「ありがとうございます」
「それと、銀太は遅れてくると思うから、昼食を持ってきますね」
田口はまだ手伝いか。「よく働くものだ」と、保住は思った。
自分が実家に行った時は、ともかく自分の仕事ばかりで、母親の手伝いをするなんてことはない。親孝行なものだ。見習わなくてはならない。
「いえ。運んできてもらってばかりでは申し訳ありません。ただ、逆におれが出て行かない方がいいのであれば、ここにいますが」
「あらやだ! そう言う意味ではなくて」
田口の母親は、顔を赤くして笑う。可愛らしい女性だ。
「係長さんにご迷惑がと思って」
「おれは、そんなことは」
「じゃあさっそく! 一緒に食べましょうよ。張り切っちゃおうがな~」
彼女は嬉しそうに手を叩いて部屋を飛び出した。
——大丈夫だろうか。
彼女の出て行った戸を見て、保住はため息をついた。
***
「銀太、そろそろ飯だ。戻るか」
祖父に声をかけられて汗を拭う。畑仕事は重労働だ。デスクワークで鈍った身体には堪えた。
「体力落ちたんじゃねーか」
父親にからかわれる。
「仕方ねえだろう。体を動かす機会なんて取れないんだから」
「言い訳はいっちょまえだな。あの係長さんに聞いてみっがよ」
「な! 仕事の事は話すんなよ」
地元に来ると、どうしても地元の言葉になるものだ。
「なんでだー? よっくど話聞いてみたいものだ。家の息子は、使い物になるかどうか」
「父さん!」
父親は豪快に笑った。
「係長は、こんな田舎育ちじゃないんだから、あんまり話するとバカ丸出しになるからな。やめとけよ」
「バカ丸出しはひどいな」
「おれたちとは、住む世界が違う人だ」
「そんなにすげーのか」
鍬や鎌を持って、三人は連れ立って歩く。
「東大出てんだぞ」
「東大って、東京大学?」
祖父も口を挟む。
「あららら。頭いいんだな」
「見たことねーな。そげだ人」
「お前と一緒に役場さ来てもらったらいいんでねーか」
二人は、勝手な事を話す。
「ゆっくりと話をしてみたいもんだが。体調戻らないのか? 母ちゃんが、一緒に飯食わないとダメだって騒いでいだぞ。具合悪い時ほどみんなと一緒にいないどダメだって」
田口は嫌な予感がした。自分が留守の間、保住にはちょっかいかけないように釘を刺してきたが、そんなことを気にする母親ではない。
「早く帰る」
スタスタと歩みを早めた。しかし、その不安は的中していた。
「おかえり」
案の定。帰宅すると、保住は居間に座っていた。しかも藍色の寝巻きを着せられて。
「母さん……! 係長は療養できてるんだから、勝手にいじり回すなって!」
「まあ! そんな失礼な言い方しないのよ」
「田口」
テーブルの上のうどんは、半分程度平らげた跡が見られる。少しは昨日より、食が上がったか。
「無理矢理やってるわけじゃないし。ちゃーんど係長さんにも相談してるし」
保住の目の前に座っている祖母もニコニコだ。
「銀太、本当にいいお友達がいていがったね」
「ばあちゃん、友達じゃないから。おれの上司」
「上司ってなんだい?」
「ばあちゃん……!」
家族との会話で四苦八苦している田口がおかしいと思っているのか。保住は吹き出した。
「な、笑わないでくださいよ」
「だって」
おかしいんだものと言う顔。笑われた田口は不本意で仕方がない。
「あんた、係長さんになんて口聞いてんの」
母親は呆れた顔をした。自分でもそうだ。そうなんだけど……。
「お、係長さん、身体いいかい?」
そこに遅れて祖父と父親が入ってくる。
「あの、係長はやめてもらえませんか?」
「いやいや、係長さんは係長さんだべ」
「んだな」
それから、続々と人が増える。芽衣が帰宅して、小学生二人組が揃うと、田口家はたちまち戦場と化す。田口は頭が痛い。昼食も手をつけず、さっさと保住の腕を引っ張り自室に戻った。
「そんな慌てなくても大丈夫だ。少しは起きて過ごさないと。本当に寝たきりだろうが」
「いけません。あんなうるさいところ」
「そうだろうか? 楽しいのに。それに、お前のその訛り。可愛いな」
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