田舎の犬と都会の猫ー振興係編ー

雪うさこ

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第16章 最恐メンバー最後の仕事

10 最狂メンバー最後の仕事

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 ——そばにいたいのに……。

 この忙しさじゃ、それは叶わないのだ。田口は諦めるしかなかった。菜花なばなを連れて、ホールに入っていく保住の後ろ姿を見つめながら、そう実感した。

 年齢は二つしか違わない人なのに、保住の背中には追い付けない。

 市長と会話をしている彼も。県担当者と仲良くしている彼も。どれもこれも、田口には担えないものばかり。 

 ——もどかしい。

 もっと力が欲しい。隣に並ぶことは難しいのかも知れないけど、せめて付き従える力、立場が欲しかった。いつまでも足手纏いでは困るのだ。田口の脳裏には、澤井の言葉が繰り返される。

『一緒にいれば、お前が足かせになる時が来るかも知れない』

 最もなことだ。澤井は、その時は、保住にしがみついていろと言っていたが、その時が来たら、自分にはできるのだろうか——? きっと遠慮してしまうのではないか。そうならないためにも、自信を持たなくてはいけないのだ。もっと胸を張れるように。堂々と、「保住さんといたい」と言えるように。

「すみません、あの。もう始まるのでしょうか?」

 「マスコミ」という腕章を付けた女性に声をかけられた。田口は腕時計を見る。

「あと五分で開会です」

「最初は市長のご挨拶からですよね」

「ええ、その通りです」

「ありがとうございました」 

 ホールに入っていく女性を見送り、田口は仕事の頭に切り替えをする。余計なことは考えないようにしなければ。ともかくこの時を待ち望んできたのだ。渡辺や、矢部や、谷口。そして、保住。文化課振興係の扉を初めて開けた瞬間から、二年が経つのだ。

 思い返せば、色々なことがあった。最初は緩い雰囲気に馴染めなくて戸惑った。いい加減な恰好で、適当な保住に対して嫌な気持ちを持った。

 頼りになるけど、ストレスに弱く、すぐ胃が痛くなる渡辺。

 アニメヲタクで、美少女の話ばかりしている訳の分からない太った矢部。

 骸骨みたいに痩せているのに、女子との絡みには、めっぽう興味があって、それでいて、田口の保住への気持ちもよく理解してくれる、お兄さん的な谷口。

 鬼みたいで、威圧感半端なく、罵声を浴びせてくる澤井。

 ぽっちゃりしていて、ニコニコ温和で優しい佐久間。

 ここで本当にやっていけるのか——? そんなことばかりだったことを思い出す。

 星野一郎の企画の時は、本気でみんなの前で泣いたりわめいたりして、情けない姿を見せてしまった。

 熱中症で死にかけた保住を実家に連れて行ったこともあった。

 雲の上的な存在である上司の澤井と、保住を取り合ったりするという、到底ありえない経験もした。

 オペラの制作で、作曲家である神崎かんざきの家政夫のようなこともした。それから、今までに出会ったことのない人種の人たちとの出会いもあった。

 ぼんやりとしていて、興味のないことだと、目の光も失せている保住なのに、彼の笑顔は、田口の人生を一変に変えた。生けるしかばねだった田口。今まさに、仕事の楽しさを知り、人生がイキイキと輝いているのだ。

 ——失いたくない。一度手に入れたものは。そうやすやすと手放したくないのだ。

 こんな思いは。生まれて初めて。

『皆様、お時間となりました。これより梅沢市制作[星の夜空の輝きに]のレセプションを開始いたします』

 依頼していた、プロのアナウンサーの声が響いてきた。

「始まるな」

 受け付けで一緒にいた谷口が顔を上げた声にはったとした。

「——おい。田口。おれたち、ここまで来られたのは、お前のおかげだ」

 ふと谷口が言う。隣にいた矢部も頷いた。

「本当だ。田口が異動できてくれて、良かったよ」

「矢部さん」

「おれは、これから水道局に異動だけど……、谷口と、渡辺さんと、それから今度来る職員と一緒に、係長を支えてやれよな」

 矢部は異動が決まっている。澤井と一緒にこの事業を最後に離れていくのだ。二千人近くいる職員の中で、同じところで、また仕事をできるということは皆無だろう。矢部は、珍しく寂しそうな顔をした。

「もう少しここで、みんなと仕事したかったな」

「矢部さん」

「変なの。あんま、そう言うの関係ないタイプなんだけどさ。ここは居心地もよかったし。こんなおれの性格を受け入れてくれる人がいたからな」

 それは、田口にも言えること。

「おれもですよ」

「そっか、そうだよな」

「矢部さん、また飲みましょうよ! 係長を囲む会じゃないですか」 

 谷口の言葉に矢部は、目元をゴシゴシとして笑顔を見せる。

「そうだな! 飲もうぜ」

 市長の話が終わったのか、中からは盛大な拍手が響く。それを横目に三人は顔を見合わせた。

「よっし、もう少しだ! 気合い入れようぜ」



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