田舎の犬と都会の猫ー振興係編ー

雪うさこ

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第18章 飼い犬に手を噛まれる

06 犬の逆襲

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 その日の夕方——。

「ダメ」

 十文字は保住の目の前でぽかんとしていた。その後ろ姿はなんとも間の抜けたような、情けないような気持ちにさせられると渡辺は思った。

「あの、どう言う……」

「0点だな」

「ゼロですか!?」

 渡辺と谷口は一瞬、呆気にとられたが、すぐに爆笑する。

「これは——っ!」

「最高新記録!? 田口くんを抜く! ですね!?」

 十文字はコメントもない。口をパクパクとしているだけだ。ショックを通り越して放心状態というやつだ。

「ど、どこがどうで、どうなん……どうなんですか」

 もう言葉にならないとはこのこと。十文字は保住を見下ろしているが、彼は気の毒そうに視線をよこした。

「全部作り直しだな」

「ぜ、全部ですね」

「そういうこと。頑張れ」

 にっこり笑顔で書類を返されても……酷だ、と渡辺は内心思う。案の定、十文字はがっくりうなだれて席に戻った。田口のように食らいつくようなタイプではないせいで、あっさりと引き下がったようだ。

 もうノックアウトもいいところ。立ち上がる気力もないようだ。昔のボクシングアニメみたいに、十文字のところだけ白黒に見えるのは気のせいではないと思った。

「細かいところまで教えないって……結構、ご機嫌斜めのお姫様じゃないですか?」

 谷口がボソボソと渡辺に話しかけてくる。

「触れないほうがいいな」

 渡辺と谷口は、目配せをしてから、黙って仕事に戻った。十文字にダメ出しをした保住は、相変わらずパソコンと睨めっこ中だし、落胆の色がはなはだしい十文字は仕事が手につかない様子。

「早く田口、帰ってこないかな」

 二人がそんなことを切に願っていると、噂の田口が顔を出した。

「戻りました」

 二人は助けを求めようと田口を見るが、それよりも先に保住が朝に受け取った依頼状をふりかざす。

「遅い。これ直しておいた。さっさと直して再提出しろ。今日中な」

「はい」

 ——係長の我がままに対応できるのは、田口だけか。

渡辺と谷口は撃沈して動けなくなっている十文字を哀れみの視線で見つめる。

「まだまだ振興係の一員になるには、程遠いな。十文字」

 これは、少しテコ入れをしないと持ち直さないだろう。渡辺は定時を待って十文字に声をかけた。ちょうど保住は課長の野原に呼び出されている最中だ。

「十文字。今日付き合えよ」

「しかし、仕事が」

「それも相談に乗ってやるから。谷口も来るっていうし。な」

 谷口は頷く。

「すみません、おれは……」

 田口は視線を外すことなく先ほど返された書類の手直しをしていた。

「田口は、いいよ。新人君はおれたちに任せな。お前はなんとか依頼状仕上げろ」

「すみません」

 パチパチと慌ただしく書類を作っている田口を横目に十文字は、泣きそうな顔で渡辺を見る。

「渡辺さん……」

「少しは相談に乗れると思うから。な。行ってみようぜ」

「はい……」

 しゅんとしている彼。事情を知らない田口は、首を傾げた。すると谷口がそっと耳打ちする。

「0点だってよ」

「0点ですか」

「最高新記録だよな」

「おれよりも、——ですね」

「……だろ。ちょっと持ち上げてくるわ」

「すみません。おれがやらなくてはいけないのに」

「仕方ない。お前は逆にお姫様のご機嫌でも取っておいてよ。みんなご迷惑様になるんだから」

 保住は機嫌が悪いのか。田口はそんなことを考える。

「じゃあ、悪いな」

「お先」

 三人は身支度を済ませると退勤して行った。


***


 三人を見送ってから田口は、自分の仕事を続けた。一日出ていた自分も悪いが、夕方に返して今日中はない。確かに保住のご機嫌は悪そうだった。

「なんだ。みんな帰ったのか」

 そんなときに限って、保住が戻ってきた。

「みなさん帰宅しました」

「そうか。——お前は?」

「終わるわけないじゃないですか。あなたが課したノルマがあります」

「のんびり外勤になんて行っているからだ」

「仕事で行ったんですよ」

「行かなくてもいい仕事だろう」

「いいえ。星音堂せいおんどうのことをよく理解しました。充実した一日でした」

「ほほう。どう充実したのか聞いてみたいものだな」

「それはあとです。今は依頼状が先ですから」

 保住はおもろくない様子で、横に立つとキーボードを手で叩いた。せっかく打っていた書類は、めちゃくちゃだ。

「係長! なんてこと……」

「今日の報告が先だ」

 田口はむむとして立ち上がる。

 ——どれだけご機嫌斜めなのだ。

 こうなると、澤井よりもひどい。話し合うとかのレベルではない。

 ——場所を変えよう。

 そう判断した田口は保住の肩をつかむと、「ここでは話ができませんから帰りましょう」と言った。まだ他の島に残っている職員もいる中で、込み入った話など出来るわけがないからだ。

「離せ。まだ業務が残っている。お前とは話すことなどないっ」

 言葉では強いことを言っていても、田口の逆襲に保住は怯んでいることが手にとるようにわかる。

 ——強気なくせに押すとなびく。

 澤井の言葉が脳裏に響く。

「きちんと話をしなければならないと思うのです。係長。お願いします」

 声を潜めて耳元で囁くと、すっかり大人しくなるのは肯定と捉えていいのだろう。田口はさっさとパソコンと閉じた。どうせ、ぐちゃぐちゃになったデータだから、保存するだけ無駄。強制的にシャットダウンだ。

 そして左手に保住の荷物を抱えて、右手で保住の腕を捕まえて歩き出す。騒いでも仕方がないと踏んだのか。保住は不本意そうな顔をしながらも、田口に連れられて事務室を後にした。





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